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白百合の姫と騎士

作者: チホ


緑豊かなフロス国。

多種多様の花々が咲き乱れることでも有名な彼の国には一際美しい花が咲いている。

真紅の薔薇、大輪の向日葵、純白の百合。

それぞれの花の異名を持つのは可憐な姫君達。

姫の姿を見た者はたちまちその姫の虜になるとまで言われ、宮廷画家の誰もが一度は肖像画を描きたいと願う羨望の的だ。


そんな憧れの中心である花々が大人しく咲いているものだろうか。

否。王城の誰もがそう答える。

美しい花々はそれぞれ一癖も二癖もある。


これは、そんな花姫の一人、白百合にまつわるお話。


挿絵(By みてみん)



平穏な時代、それゆえに気の引き締めが強いのが王宮の近衛兵達だ。

彼等は日夜稽古に励み、交代でそれぞれに国の象徴の護衛を務める。

象徴が輝き続ける日々を守る事が彼等の誇りで使命だった。

しかし、どんな世にも異端という者は生まれるものである。


長らく近衛隊長を務める彼は朝から頭を抱えていた。

重役を背負う彼にはほとんど休める日はないほど仕事が多い。

けれどここ数年の間大きな問題もなく、彼は的確な采配でその大役を務め続けてきた。

だが、そんな彼が唸るほど今朝舞い降りた案件は難題であった。

数人の部下が気難しい顔の彼を気遣って声をかけてくる。

しかしそれらを全て断り、やがて彼はひとつ大きく呼吸をすると近衛の詰所を後にした。


数分後、王城の西の庭で彼はぴたりと足を止めた。

庭はよく手入れされ瑞々しい草花に溢れている。

その中の一本の逞しい木。ある一つの枝からチラリと不自然な白い布が垂れ下がっていた。


「今日はここでサボりかリリウム?」


落ち着いた、けれど重みのある声でそう呼びかけられると、ゆっくり布が引っ込み、次いでひょこっと首が生えてきた。

いや、枝に乗っていた者が器用に体を捩って首だけを覗かせた。


「ん、今日はお説教の気分なんですか?隊長」


緊張感の欠片もない、涼やかな声だった。

カサリと枝葉を軽く揺らして、まるで猫のように器用な動きで一人の青年が地面に降りる。

フロス人特有の薄っすら緑がかった白髪に葉っぱをつけ、どこか眠そうな萌黄色の瞳がゆっくり瞬きをする。

一見すれば美青年とも言われそうな整った風貌の持ち主である。

身につけているのは近衛兵の青と白の制服だが、ところどころに皺が寄っていた。

美しけれどだらしない。

誰しもがそう称する事を知ってか知らずかリリウムと呼ばれた青年はのそのそと上司の前に歩み寄る。


「ここ数日は大きな仕事もないですし、俺みたいなのが一人抜けたって特に問題ないと思ってたんですけど」

「その認識で丸3日も仕事を放棄するだけの度胸があるのはお前くらいだよ」

「ん、どもです」

「褒めとらん」

「でしょうね」


敬語はおろか反省の態度を微塵も出さないリリウムに上司である彼の眉間に皺がひとつ増える。

それをしっかり見ておきながら、リリウムはまるで空気の読めないようにぐっとひとつ伸びをした。

はぁという大きなため息が庭に響く。


「知っているかリリウム。お前が仕事をサボった日数がとうとう100日になった」

「おー、新記録ってやつですか。俺もなかなかやりますねー」

「……そんなお前に、今日は贈り物がある」

「え、要らないです」

「拒否権はない」


あからさまに嫌な顔をするリリウムに有無言わせぬ態度で、隊長は懐から一枚の羊皮紙を取り出す。

その途端ぴくりとリリウムの眉間が動いた。


「……なんすか、お国からの恩賞でもないでしょう?そーんな綺麗な紙が使えるほど国庫が潤ってるんですか?」

「そんな冗談が言えるならここに書かれている文言がいかに重大かも分かるだろう?言っておくが逃げたら降格と一か月の飯を禁ずる罰を与えよとも言われている」

「…………殺す気です?」

「なら逃げずにいるんだな」


隊長の言葉にリリウムは小声で「こんな事なら隊長が見えた時点で場所変えれば良かった……」と後悔を漏らす。

それをしっかり聞きながら彼は先ほどより低く重い声でリリウムに告げた。


「お前に異動命令だ」



+++


異動。

初めて言われた訳でもないその言葉が今日は鉛でも飲まされたかのように胸を重くさせる。


普段の異動であれば近衛から辺境への配属に変わるか、はたまたどこかの貴族お抱えの軍にでも移されるかというところだろう。

でも隊長が持ってきたのは、いつも報告書に使うような物とは一目で違いが分かってしまうくらい上質な羊皮紙だった。

それが意味するのはひとつ。位の高いお方からの直々の命令書という事である。

そんなものを無視すれば最悪首が飛ぶ。物理的に。

怠惰では有りたいが死ぬのは嫌だ。非常に嫌だ。

俺は働くのが嫌な訳ではなく、働かなければならない状況で貪る惰眠に良さを覚えているだけであって、動かぬ屍になりたい願望はない。

生きる為に仕方なく、今は隊長に指示された場所へ向かっている。

当然ながら足取りは重い。

はぁと何度目か分からないため息を溢す内に指定された場所に着いてしまう。

王城の東の大廊下の一室の前。

てっきりその室内で話と思いきや扉の前には先客がおり、こちらを見るとニコリと笑みを浮かべた。


「お待ちしておりましたリリウム様」


すっとスカートの裾を持ち上げ上品に頭を下げる侍女に形式的な礼を返す。

ニコニコと微笑む彼女のリボンタイを確認すれば深緑色が目に入ってくる。


「……第三王女様のお付きの侍女さんが俺のような一介の兵に何の御用です?」

「あらあら、御用があるのは私ではありませんとも。ご一緒に向かいましょうかリリウム様」


ニッコリと有無言わせぬ笑みを浮かべると侍女は歩き出す。

つぅと冷や汗が頬を伝っていくのを感じつつ、更に重い足で彼女の背中を追うように歩き出した。


第三王女。純白の百合とも称される姫君にはとある噂がある。

曰く“重度の男嫌い”である、と。

生まれて数年で彼女は自身の周りの男の従者を全て辞めさせ、それから十数年彼女に仕えているのは女性だけらしい。

婚約者候補の名のある家の男子達を一人も相手にせず、なんなら毅然な態度で追い払ったとも聞く。

その為未だに婚約者はおらず、父王を除けば枢機卿の一握りしか彼女は謁見を許さないとか。


そんな気難しい姫に、何故、今、俺のような平民上がりの一兵卒が出会わなければならないのか。

泣きたい。今すぐ大泣きしてこんな面会から逃げたい。

けれどさっきのやり取りで分かる。

この侍女、若そうだが絶対に俺を逃してはくれない。

普段すれ違うような侍女とは風格がまるで違う。だからこそ王女付きの侍女なんだろうが。

重苦しい空気の中、長い長い廊下を歩き続け、一枚の扉の前で侍女が立ち止まる。


「さぁ、中で姫様がお待ちです。くれぐれも失礼のないよう、お願い致しますね」


今までで一番威圧感のある笑顔こちらに向け、侍女が慣れた動作で扉を開ける。



瞬間、ふわりと柔らかな風が頬を掠めていった。

扉の先に見えるのは、瑞々しい草花。

隊長に話を聞かされた西の庭に似た景色がそこには広がっていた。

侍女に促されゆっくり扉の奥へ歩いていけば、そこは庭ではなく温室であると理解できた。

整備された石畳の道が奥へと続き、仕切りのある空からは柔らかな陽射しが降り注いでいる。

慎重に辺りを見回すが周囲に人の気配はない。

コツコツと靴音を響かせながら温室の奥へと向かう。

植えられているだろう木々は林のように何本も連なっており、空の仕切りがなければ田舎にでも来たように錯覚してしまいそうだ。

道の脇には小さな花がいくつも咲いていて、心なしか白い花が多いように見える。

ゆっくり観察しながら進み続けると少し先、温室の端に近い辺りに人の気配を感じる。

ごくりと生唾を飲み、一歩一歩慎重に歩いていく。

すると石畳の道が途中で終わった。

その先は土がほとんど見えないほど草に覆われた地面が広がっている。

じっと目を凝らせば誰かが踏み入ったような足跡がある。それは緩やかにカーブを描いて奥へ続いており、一番奥であろう場所はまだ木々に遮られて見えない。

踏み出すと石畳とは違う柔らかな感触が伝わってくる。

足跡を辿るように進む。

そして木々が開けた先に、その空間は有った。


真っ白な百合が視界いっぱいに咲き誇っている。

緑と白の世界。

その中心に、ドレスを着た人間がこちらへ背を向けるようにして座っている。

一本の百合に手を伸ばしていたその人はふと立ち上がり、そして振り返る。


空を映した湖のように深く蒼い瞳がこちらを真っ直ぐ見た。


反射的に膝を折って頭を下げる。

頭で考えるよりも先に本能が跪くべき相手であると悟った。

心臓が早鐘を打っている。極度の緊張。息をするのが少し苦しい。

さくさくと小さな足音が近づいてくる。

三メートルほどの距離で動きが止まった。


「顔を上げなさい」


鈴を転がすような高さで、けれど凛とした声音が命じる。

言われるがまま顔を上げた。


そこには白百合と陽射しを背に立つ、麗しい姫君がいた。


フロス人特有の色をした髪は陽光の下で艶やかに輝き、身につけた装飾品も密やかに輝きを放っている。

身につけたドレスは白と緑、第三王女の象徴である深緑が体のラインを引き立てている。

触れれば手折れそうな細い身体だというのに、ただそこに居るだけで気品がそこらの娘とは違う。

まさしく、彼女は王の娘たる姫君なのだ。


数秒が何時間にも感じられる。

そんな沈黙を破るようにふっと姫が笑んだ。


「ああ、やはり私の目に違いはなかった」


先程の命令口調とは違う、軽やかな声が響く。

楽しげに目を細めて、姫はこう言葉を続けた。


「貴方……やはり女性のように綺麗な顔をしているわね」



にこり、と笑う姫。


「………………は?」


思わず口から声が溢れた。

1秒前まで感じていた緊張も、なんかすごい雰囲気も全部消し飛んだ。

ただ、僅かに残った理性で言葉を選んで声を出す。


「……失礼ではありますが、お、わた……くしは……男で、ございますが……」

「あら、変な喋り方をするのね貴方。もちろん、そんな事は承知の上よ」

「では、何故あのようなことを……?」

「だって、表向きの理由は必要でしょ?“女性に見紛う美貌の青年を引き入れた”。これなら表向きの私にも丁度いい理由でしょう?」

「良くはないですが!?」


思わず荒げてしまった言葉にハッとするがもう手遅れだ。

僅かな理性も吹き飛ばして口が勝手に言葉を並べる。


「男!男ですよ俺!?そりゃあ周りにキレイキレイとは言われますが、誰が見たって男です!何ですか?女装をしろとでも言うんですか!?」

「あら、それが素の貴方?随分無礼なのね。でも女装というのは悪くない考えかもしれないわ」


くす、くす、と笑ってもう一歩姫君がこちらに近づいてくる。

深い蒼の瞳が楽しそうに、けれどどこか違和感のある揺らぎを含んでこちらを見た。


「少しくらいの無礼は許します。だってこれから貴方は私の騎士に……いいえ、私の共犯者になるのですから」



+++


姫との面会数分後、俺は姫が呼んだ侍女数人に連行され更衣室にいた。

用意されていたのはドレス……ではなく、白を基調とした制服。

遠目でしか見たことがない王族の側付きの騎士にのみ許された服だった。

飾り襟やマントには第3王女の象徴である深緑が使われている。

部屋の外で待機している侍女から数分おきにノックで急かされつつ慎重に着替えていく。

パリッとした着心地はまだ他の誰も袖を通していないと自身に教えるようだった。

なんだか胸がむず痒いような、そんな心地がした。


部屋を出れば侍女達に一通り褒め言葉を投げかけられた。

「似合うわ!」「素敵!」「惚れ惚れしますわ!」「眼福です!」

周囲を囲むように眺め回されたら再び連行され、今度は温室とは違う部屋に通された。


「あら、思っていたより早かったのね」


そこには豪奢なソファに寛ぐ姫君がいた。

こちらの姿を見てうんうんと満足そうに頷いている。


「ちゃんとサイズもピッタリね。良かったわ。急ぎで作らせたから、大丈夫か少し心配だったの」

「……あの」

「なにかしら?」


こてんと小首を傾げる姿は幼い。

もちろん気品が損なわれる訳ではないが、その仕草ひとつで彼女に感じていた遠くの存在を前にしていると言う感覚が薄れていく。

そういえば、彼女は歳下だったなんていうこともぼんやり思い出した。

落ち着いた理性で今度こそ普段の自分を保ったまま言葉を口に乗せる。


「ひとつ質問してもよろしいですか?」

「何か気になるの?今後の処遇?仕事の内容?それとも寝る部屋のことかしら?」

「いや、あの……どれも気になることではありますが……違います」


姫の言葉一つひとつで今後の自分がどうなるかが頭を過っていくが、一旦それは置いておいて一番の疑念を口にする。


「……どうして、俺をお選びになったのですか?」

「あら?それが気になること?」


少し意外そうに姫が唇を尖らせる。

そうしてしばらく目を閉じて、もう一度瞳を開くと楽しそうに笑った。


「とても簡単な理由よ。

貴方は他人に興味を持たないから。

いいえ、それは適切ではないわね。正確には、貴方は女性に特別な感情を抱かないからよ。

貴方のこと少しだけ観察させてもらったわ。だから、多少は貴方の人となりを理解しているつもりよ」

「……それなら、俺がこの仕事に適任じゃない事も理解していらっしゃるのでは?」

「ああ、仕事放棄のこと?それは確かに致命的ね。

でも貴方、ちゃんと“自分がいなくてはいけない仕事”の時には投げ出したりしないわ。

だったら、今後の仕事は投げ出せないでしょう?

だって、貴方一人にだけ任されている仕事なんだもの」

「…………買い被りすぎでは?」

「言ったでしょう?貴方を観察させてもらったって。

貴方、努力家なのね。

合同訓練は出たり出なかったりするし手も抜くけど、個人的な訓練は一切手を抜かないんですもの」


ふふ、と笑って見せる姫に思わず絶句した。

確かに自分は個人訓練をしている。

けれどそれを知っているのは隊長だけだ。勘づいている人間は他にいないはずだ。だって、


「まさか墓地の奥の林の中で個人訓練に励む兵士がいるなんて誰も思わないでしょうね」


くすくす、と姫君は笑う。

冷や汗が背中を伝っていくのが分かる。

観察なんてものじゃない、自分は徹底的に調べられていた。


「……なんで」


疑念が一気に膨れ上がる。

いくら自分の態度がお気に召したにしても一個人をここまで調べ尽くすのは何故だ?

慎重というには行き過ぎていて、恐ろしさすら感じる。


「そうね。そんなに全てを見られていては貴方も気味が悪いでしょうから、お話ししてあげるわ。

そもそもの発端は貴方の素行。こんなに不真面目な兵士をずっと雇っているなんておかしな話よね。

だから侍女に頼んで近衛隊長に聞いてもらったの。そうしたら貴方、するべき事はちゃんとしているし、剣の腕もかなりの腕前だって聞いたの。

それからは話の裏付けと貴方の性格調査。個人訓練についてはその時に知ったの。

それで、貴方なら合格だと思ってここに呼んだのよ」

「……お言葉を借りるようですが、そもそも何故不真面目な兵士をお選びに?

いくらわたくしが仕事を投げ出さない可能性があるにしても、もっと真面目に仕事をして、それこそわたくしより腕の立つ優秀な人間がいたはずでは?」

「真面目すぎてはダメなのよ」


すっと姫君が立ち上がる。そしてこちらに歩み寄ってくるとおもむろに腕に触れてきた。

こちらを見上げる瞳が怪しく光る。


「私が欲しいのは従順で真面目な出来る人材ではないの。

だってそんな人、お父様が命令したら私よりお父様の言葉を優先してしまうでしょう?

それではダメなの。表向きにはそれでいいけど、裏では私の言葉を聞くだけの……私だけの私の騎士が欲しいの。

あ、勘違いしないでね。別にお父様に何かさせるためなんてこれっぽっちも考えていないわ。

そもそもそんな事を王女が考えたなんてスキャンダル、国のためにも悪いもの。

私はただ……私が無理矢理婚約をさせられる時に私の味方になる誰かが欲しいの」


ぽかんと口を開けて一連の言葉を聞いていた。


「……そこまでするくらい男性がお嫌いなのですか?」

「別に全員を毛嫌いしている訳ではないわ。その証拠に貴方を雇うって言っているし、こんなに近くにいるでしょう?」


じっと上目遣いで見つめられる。

確かに生理的に嫌な相手にこんな事は進んでしないであろうが、なんだか自分の何かを試されているような気がして居心地が悪かった。

それが顔に出たのか、満足そうに姫はにこりと笑う。


「私が嫌なのは“女性に節操のない男性”よ。私に色目を使ってくる視線が嫌!

王宮の人間でもそうよ。綺麗だの何だの言いながらこっちを舐め回すような視線……気持ち悪いったらないわ。

それを私の周囲の者に向けるのも嫌!

だから騎士にするなら女だからといって興味を持たない、恋沙汰に夢を見ないし、誰かと関わる内に信頼度が上がって好きになってしまう……そんな事のない人がいいって思ったの!

ね?貴方ってそういう人じゃない?」

「……俺いま侮辱されてます?」


なぜかキラキラと目を光らせて熱弁する姫に思わず不躾に見てしまう。

そんなものでは怯みもしないのか、なぜか誇らしげに姫は言い放つ。


「侮辱ではないわ。それは貴方の誇るべき良い点よ!

人間関係って面倒くさいと思っているのでしょう?だから同じ隊の人と誰ともお喋りしないんでしょう?」

「それ、人によっては傷になるだろうから言っちゃダメです」

「でも貴方は気にしないんでしょう?

ほら、こんなに私の騎士向きの人、他を探してもいないわ?

だったら早く引き入れなくちゃ、お姉様方に目をつけられたら大変ですもの。

ずっとハラハラしていたのよ?貴方って見目はいいからいつか誰かの目に留まってしまうのではないかって」

「……まあよく褒められますけど」

「そこで謙遜しないからいいの。それに……ふふふ、貴方、私への言葉遣いがまた素に戻っているわ」

「あ…………」


慌てて口を塞ぐが、それも面白いのかくすくすと笑われてしまう。

そして不意に空いていた方の手を掬われた。

自分よりも小さい両の手のひらがぎゅっと握りしめられる。


「いいのよ。いいの。気にしないで。私ずっと、そういう風になにも気兼ねせずお話ができる人が欲しかったの。ずっとずぅっと……小さな頃から」


握られた掌が離される。すっと滑り込んできた冷たさが先程までの温かさをすぐに奪っていってしまった。

それが、少しばかり残念に思えてしまって、そうしてもう逃げられないところに自分がいることにやっと気づく。


これから、俺は共犯者になるのだ。

お姫様の、我儘で、どうしようもなく自分勝手な思惑の共犯者。

多分、俺にしか出来ないだろう。こんなどうしようもなく不真面目で身勝手な騎士の役なんて。

だから、少しだけなら良いだなんて思ってしまった。

このお姫様の望みを叶えてあげよう。

不真面目だけど、一応これから俺はこの方の、この方だけの騎士になるのだから。

姫の願いを守るのが、多分騎士の役目なのだろうから。


「それじゃあ……これからよろしくお願いしますね。ユリ姫さん」


こちらの言葉に姫がキョトンとする。

いきなり距離を詰めすぎただろうか。不敬でこのまま無職はやだなぁなどと考えていれば、ふふふっと大きな笑い声が聞こえて、楽しそうな姫君が満面の笑顔を浮かべた。


「ええ、よろしく、リリウム。私だけの騎士」


百合の姫が右手を差し出す。その手を恭しく取り礼をした。

多分今までの人生で一番敬いを込めた礼を、俺の白百合に。


この作品は22年06月にSNSにて公開した作品の修正版です。

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