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転生者二人の小さなお茶会

作者: ましろみぃ

現実と回想が交互に来ているため読みにくいかもしれません。久しぶりなのでゆるっとしているかもですが、それでも大丈夫な方だけどうぞ。



 王宮で開かれる披露宴。そこは王国の重鎮たちも集まる社交の場。そんな会場の中で、とある茶番が終わろうとしていた。


 そこには取り押さえられた女が一人。その者は公爵令嬢であるソフィーリア・ローズウェルに危害を加えようとしたとして王宮の兵により捕らえられたのだ。


 従者が罪状を読み上げ、罪人が暴れるさまを興味本位で見ものに来た人々は、出し物でも見るかのように笑っている。


「どうして!私はヒロインなのよ!?どうして悪役令嬢が悪役しないの!?カイン様と悪役令嬢が婚約してないし、嫌がらせもしてこない!何でシナリオ通りに動かないのよ!?」


 妄言を吐き散らかす罪人が睨む先には一人の令嬢。その傍には「完璧な王子様」と呼ばれる王太子殿下と宰相候補たる令息、若くして騎士団長に上り詰めたという騎士に、将来有望と噂される魔法師が並ぶ。背後では異国の出で立ちの青年と黒いフードを被った幼げな少年が睨んでいた。


 令嬢を守るような立ち位置にいる彼らを見て、さらに形相を歪ませる。


「おかしいじゃない!カイン様もジル様もロイド様もレスター様もファビオ様もリュウ様も!何で悪役令嬢なんかと一緒にいるわけ!?」


 未だに令嬢を侮辱するような言葉を放ち続ける彼女に、とうとうしびれを切らした騎士が剣を抜こうとするのを令嬢が手で制し、床に押さえつけられた彼女に近寄る。


 そうして妖艶に微笑み、彼女にそっと耳打ちした。


「ねえ、自称ヒロインさん。あなた、こうは考えなかった?あなたこそが、物語の悪役であると」

「…は?」


 ピシリ、と表情が固まる。何を言われているか分からない、というような彼女を見て、くすくすと笑う。


「あなたはそういう設定を与えられただけのただの当て役。あなたが話す現代日本についても、あなたが生きたこの世界での記憶も、全ては私がヒロインであるための布石。この物語はね、悪役令嬢が奮闘するための物語だったの」

「はっ?そ、そんなわけないじゃない。何バカなことを言っているのよ」

「そうよねえ?信じられないわよねえ?」


 面白いものでも見るかのようにケラケラと笑う目の前の少女に、思わず畏怖の念を抱く。目の前の彼女には何もかもを見抜かれているような気さえする。


「あなたの住む国、確か日本だったかしら?そこの引きこもりの学生さんで、生まれたときには異世界転生したってはしゃいでいたのでしょう?私は愛される存在なんだって、思い込んでいたのではなくて?本当に()()()()()()で助かったわぁ」


 令嬢の言葉を聞くうちに、彼女の顔は青白くなっていく。思い当たる節が確かにあったのだ。でも、ここが物語の世界だなんて、自分が物語の中の存在でしかないだなんてありえない。ありえるわけがないのに。目の前の令嬢は日本を知っているかのように話すのだ。この世界の人々が知っているはずのない日本を。まるで何かで見てきたかのように。


 思わず彼女は声をあげて叫んだ。


「そんなこと、あり得るはずがないでしょう!?大体、そんなシナリオなんて…っ!!」


 あるはずがない。


 そう言おうとして口を噤んだ。


 そう、そんなシナリオなんて、あるはずがないのだ。存在しない以上、証明することすらできない。


 だけど彼女は否定できなかった。


 ――そんな噓みたいなシナリオを信じ切っていたのは他でもない、彼女自身だったから。


 万が一。万が一にも彼女の言うことが本当だったなら。今の自分は、いや、前世の自分も、いったい何のために生きていたのだろう。これからの自分の行動も、目の前の少女の掌の上なのかもしれない。既に攻略対象者全員を侍らせているのだ。一介の男爵令嬢如きがかなうわけがない。


 今度こそ、自分は愛される存在だと疑いもしなかった。何をやっても許されると思っていた。だってそれがヒロインだから。この世界は自分の為にあると思っていた。だけどそれが全て、目の前の少女によって壊されていく。


「じゃあね、()()()()ちゃん」


 その言葉が聞こえると同時に、罪人である女は連行されていく。その瞳には、絶望を宿して。


 こうして王宮を騒がせていた茶番劇は幕を下ろした。



 ◇◇◇



「殿下、ソフィーリア様がお越しです」

「ああ、わかった」


 第一王子であるカイン・クラウディオは完璧である。文武両道で人望にも厚く、齢十歳で立太子が決まった。そして十八になった現在でも、彼の名声は衰えることを知らない。


 カインが応接間につくと、すでに公爵令嬢ソフィーリア・ローズウェルは優雅に紅茶を啜っていた。傍らには彼女の侍女が一名佇んでいる。


「待たせてしまってすまない、ソフィーリア嬢」

「先日の披露宴ぶりですわね、王太子殿下」


 ティーカップをそっと戻し、優雅に微笑むソフィーリア。


 給仕の者がカインに紅茶を注ぎ、そっと退室する。そうすればこの部屋には、カインとソフィーリア、そして彼女の侍女の三人だけ。


「「………。」」


 静寂が支配する中、真っ先に動いたのはカインだった。ゆらり、と立ち上がった彼はガシッとソフィーリアの手を両手で掴む。


 やがて、ぽたりと水滴がテーブルに落ちた。


「あ、ありがどおおおソフィィィィ!!!あいづ本当に鬱陶じがっだんだよおおおおおおお…!」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のカイン。今の彼は、完璧という文字など見る影もなかった。そんな彼を見て、呆れ顔でため息を吐くのはソフィーリアだ。


「ほんっとうにダメダメですわね。カイン様。せめて顔面崩壊させないでくれます?完璧な王子様像が台無しですわ」

「だって、あいづ、ほんどうにうっどうじぐで」

「まあ確かにちょっと度は過ぎていましたけど」


 何かとソフィーリアを悪役にしたがり、「シナリオ通り」に進めることに拘っていた彼女だ。自作自演のいじめに、極度の虚言癖でソフィーリアを貶め、挙句の果てには披露宴という舞台でナイフを取った。


(まあ、だからこそ操りやすかったのだけど)


「言われた通りシナリオとやらはへし折ってやりましたわよ。約束通りそれなりの報酬はもらいますわね」

「うっ、ほんどうにありがど…」


 顔をぐちゃぐちゃにしながらも懐から袋を出し、ソフィーリアに差し出した。ソフィーリアは袋の中身を確認して、満足そうに笑う。


「金貨十枚、約束通り頂きましたわ」


 平民出身であるという男爵令嬢は、問題行為が多いと評判だった。「身分なんて関係ありません!」なんて言って王太子であるカインにくっついてまわるわ、「差別なんてよくありません!」って言っている割には話しかけているのは見目麗しい男性ばかり。女性や見目が平凡な男性相手には話しかけられても無視。授業をサボることなんてしょっちゅうだし、成績も著しく悪い。せいぜい珍しいとされる光魔法をちょっと使えるくらいで、それも実戦で使ったことなんてほとんどない。


 特にソフィーリアは何かと目の敵にされており、嫌がらせなんてしょっちゅうだった。しかしそれくらいの嫌がらせなんて躱してきた立場である彼女だからこそ、そこまで大騒ぎになることなく、くだらない茶番として社交界の笑い話にできたのだ。


 ようやくカインの顔が正常に戻った頃、ソフィーリアはニヤリと口角をあげた。


「『悪役令嬢』、よく出来ていましたでしょう?」

「うん、アレがソフィーの作戦だったんだね」

「ええ。あの子の信じるシナリオとやらをぶち壊すにはアレが効果的だと思いまして」


 ソフィーリアは男爵令嬢を確実に再起不能にするため、数多の作戦を練っていた。もちろん少しでも反省の色を見せていれば容赦はしたかもしれないが、反省の色が見えなかったため精神的にポッキリ心を折る作戦で行くことにしたのだった。


 彼女の言う攻略対象者全員を手中に収め、彼女の信じるシナリオをぶち壊すことにしたのである。ついでに彼女のシナリオと別のシナリオで動いていることにして、彼女が知るシナリオを彼女自身に疑わせるように仕向けたのだ。


「あの子は最初っから気に食いませんでしたし。自分が目立って当然、他者は自分の為の引き立て役、そんな感じでしたもの。自分の行動の軸ともいえるシナリオがボロボロに崩れ去った彼女はこれからどう生きるのかしらね」

「ソフィー、笑顔が怖いよ…」


 真面目に引いた様子のカインをスルーし、ソフィーリアは嗤う。あの男爵令嬢には個人的な恨みがあったのである。


 そしてソフィーリアはこの騒動の言動となった『あの日』のことを思い出していた。


「それにしてもカイン様が『このままだとソフィーが婚約破棄されて処刑されるぅぅぅ!』って泣きついてきたときはとうとう頭が壊れたのかと思いましたよ」

「それはひどくない!?結局ソフィーだって転生者だったじゃないか!」

「だからこそですよ。今まで接してた人が突然自分と同じ世界の前世思い出すなんて思わないじゃないですか。そもそも私、婚約なんてしてないし」


 そう、カインとソフィーリアは同じ現代日本からの転生者だった。



 ◆◆◆



 事が始まったのは二週間前。


「ソフィイイイイイイイ!!大変だあああああああ!!」


 ソフィーリアは公爵邸の一室での優雅なひと時をぶち壊した声に頭を抱えた。仕方ないので読んでいた本を傍に控える侍女に預けると、勢いよく扉が開かれる。そしてその者は思いっきりソフィーリアにぶつかった。そしてそのままソフィーリアの肩を掴み思い切り揺さぶる。


「大変なんだ!ソフィー!!大変なんだあああああ!!」

「肩掴まないでください気持ち悪いですよ」

「ひどいいいいいい!!」

 

 現在取り乱しながら喚いている彼がこの国の王太子だと誰が分かるだろうか。世間では完璧な王子様と呼ばれているカイン・クラウディオは、中身がこれなのである。


「それで、何が大変なんですか?」

「それが…」


 カインが一度言葉を止め、ソフィーリアの目をまっすぐ見た。ソフィーリアもそこは空気を読み、押し黙る。一瞬の静寂の後、カインは口を開いた。


「実は、このままだとソフィーが婚約破棄されて処刑されるかもしれないんだ!」

「何言ってんですか?」


 思わず真顔で突っ込むソフィーリア。


 目の前のカインという男は昔からダメダメだ。勉強は苦手だし、人がいなくなった途端めそめそ泣きだすし、完璧とは程遠い姿である。それでも、王太子のプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも理想の王子様として振る舞っていることをソフィーリアは知っていた。所謂幼馴染である。


 まあ、だからこそこの時、プレッシャーでとうとう頭がやられたのではないかと心配してしまったのだ。


「本当なんだよおおおお!!信じてくれよおおおおおお!!!」


 話によるとカインは、日本で生きたとある青年の記憶を思い出したそうだ。そして姉のやっていた乙女ゲームと類似していることに気づき、真っ先にソフィーリアのところに向かったという。このままではソフィーリアが処刑されてしまうかもしれない、と。ソフィーリアはメインヒーローであるカインの婚約者であり、悪役令嬢なのだ。悪役令嬢であるソフィーリアが向かう先はまさかのどのルートでも処刑。曰く殺され方がそれぞれ違うらしい。湖の底に沈めたり崖から突き落とされたり、火あぶりにギロチンに絞首刑に魔王の生贄に、そこだけは様々なバリエーションがあるという。処刑は全て披露宴の翌日。家の悪事が暴かれただとかヒロインを殺そうとしたとかルートによって理由は様々のようだ。


「このままだとソフィーが婚約破棄されて処刑されるぅぅぅ!どうすればいい、どうすればいいんだああああああ!!」

「………。」


 鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった顔でソフィーリアに縋りついているカイン。いつもならばプロ意識が高く感情を一切表に出さないソフィーリアの侍女だが、今回ばかりは呆れ顔を隠せないでいる。


 そんな状況下でもソフィーリアは一切の動揺を見せることなく真顔で告げた。


「私、あなたの婚約者になった覚えは無いのだけど」


「…!?」


 先程まで頭を抱えて喚いていたカインが突然ピタリと止まる。その間に給仕の者が入り、そっと紅茶とお菓子を置いて去っていく。


 そしてしばらくソフィーリアが優雅に紅茶を飲んでいると、突然カインが正気に戻った。いつのまにか置かれたティーセットに驚いている彼を放置し、カップを戻して何事もなかったかのように口を開く。


「それで?あなたの言うヒロインとやらは今どうなってるんです?」

「そ、それが、滅茶苦茶ぐいぐい来てて正直苦手で…」

「ああ、例のあの子ですか。あなたそういうタイプ苦手ですものね」


 彼の口ごもった様子にヒロインの正体に見当がついたソフィーリアは、カインに軽く同情した。


 最近平民から養子に迎え入れたという男爵家の令嬢。平民出身だから貴族のマナーも何も知らないというのを言い訳に、色々な殿方に近づいては色仕掛けをしているという問題児だ。ここ最近はカインがターゲットになったらしく、付きまとわれ続けているのをよく見かけていた。しかもカインだけでなくソフィーリアにも絡んでくるのだ。それも話が通じない。彼女にとってもあの男爵令嬢は率先して関わりたくないタイプであった。塩対応を貫いてもなお、ソフィーリアに絡んでくる根性だけは大したものだが。


 と、そこで思いだす。その男爵令嬢もよく『ヒロイン』『悪役令嬢』といった言葉を口にしていたことを。彼女も()()だとすると、やはりカインの話も全てが嘘というわけではではないのだろう。そもそもこのダメ王子にそんな器用な芸当ができるわけがないのだから。だからこそ真っ先に精神崩壊を疑ったのだが。


(それに『日本』なんて言葉、そうそう出てくるわけないもの)


 そう、ソフィーリア自身も日本人の記憶のある転生者なのだから。


(となると、転生者の可能性のあるヒロインはシナリオとやらに沿って動きたがっているとみて間違いないないわね。もしもそこにシナリオ通りに動かない不穏分子がいたなら)


 ――何らかの方法で排除される。


 しかしまだ可能性の話。彼女も理性的で穏便な方法を取ってくるかもしれない。話し合い、は正直厳しいだろうが、最低でも互いに不干渉くらいならまだいい。


(でも私たちに害が及ぶなら――)


 ちらりとカインの方に目を向ける。


「ん?ソフィー?」


 茶菓子としておかれたクッキーを頬張りながら首を傾げてくるカインに対し、ソフィーリアはにこりと笑った。


「相応の報いを受けてもらわないとね」

「ひっ」


 突然満面の笑顔を浮かべるソフィーリアに怯えて縮こまるカイン。そんな彼を気にすることなく、ソフィーリアは思考を重ねる。


(まずは情報収集。あの男爵令嬢の身の回りと、『攻略対象者』の現状)


 真っ先にやるべくは情報収集なのだが、まだまだ情報が足りない。乙女ゲームとやらの情報が少なすぎる。前世のソフィーリアは乙女ゲームなんてやっていなかったから。


 しかし今、丁度いいところに()()()()()()()()()()()()()()()がいる。


 ソフィーリアはにこりと笑いながら侍女に預かってもらった本を手に取る。そして勢いよく机に叩きつけた。


 ドゴンッ


 本を置いただけで鳴るわけがない音を聞いてカタカタ震えているカインに、ソフィーリアはとっておきの笑顔で告げる。


「とりあえず『攻略対象者』とやらの情報含めて、全部吐きなさい」



 ◇◇◇



「あの時のソフィーは怖かったよ…」

「私はただ情報を集めたかっただけですわ」


 あの後ちゃっかりカインから搾り取れるだけ搾り取ったソフィーリアは早々に男爵令嬢に監視を付けた。そして徹底的に動向を観察したのだ。


「結果到底ヒロインと思えないクソビッチでしたけれど」

「ソフィー、言い方」

「正直よくあれで主人公名乗れましたわね?あんなの炎上待ったなしですわ」

「炎上って…」


 苦笑いしつつも否定はできない様子のカイン。あの男爵令嬢はそれほどのことをやっていたのだ。攻略対象以外でも外面の言い男は誘惑して修羅場に遭遇なんてことはしょっちゅうだし、逆に見目の悪い男は罵る。それ以外にも宝石を女性から掠め取ったり、窘めてきた貴族子女は虚偽のいじめで陥れようとしたり、泣いた子供を殴って黙らせるなんてこともあったのだ。


 自分が主人公だと信じ切っていたからか、かなり好き勝手していたようだ。


「まあ、家の方も相当問題抱えてましたけど」

「家?男爵家ってこと?」

「ええ。むしろあちらの方が国家規模でヤバかったですわ」


 横領なんてまだ易しい方で、山奥の領地であることを裏目に密かに銃器を製造して他国に流したり、川上に大量の毒を潜ませて隣国の水源を毒で汚染させようとしたり。あげようとすればキリがないが、どれも国を揺るがす問題になるようなことばかりだ。


「前々から怪しい動きが多かったので調べていたのですが、どうにも本拠地に探りを入れることができなかったのです。まあいわゆる、地の利というものがあったのでしょうね」

「そういえばあの男爵って戦闘狂だったなあ。『戦略面でも人を搔い潜るのが上手いが性格に難あり』って父さんも言ってたし、戦争でも起こそうと思ってたんじゃない?」

「まあそこはあの男爵令嬢のおかげでまとめて処分することができたのでいいですけど」


 今となっては過去の話だ。ソフィーリアは再びティーカップを手に取った。男爵は陛下に判断を任せたが、男爵令嬢はちゃっかり農地に追放して絶望するさまを観察中だったりする。ちなみにそれはカインには話していない。


「本当に未遂で済んで助かった…」

「そうですねぇ。そんなことを起こした国の王子だと知られれば、あなたの首と胴がお別れしなければなりませんもの」

「うっ、やめてよソフィー…」


 想像だけで顔が真っ白になる。カインは痛いのも怖いのも苦手だった。


「それにしても披露宴直前にソフィーが日本からの転生者だって知って驚いたんだよ?もっと早く言ってくれればよかったのに」

「ああ、そんなこともありましたねえ」


 ソフィーリアは手元のお菓子をつまみながら披露宴の日を振り返った。



 ◆◆◆



 披露宴直前の会場前。


 ソフィーリアとカインは正装に身を包み、佇んでいた。


 この披露宴の日に起こるという断罪イベントを回避するべく、今日まできっちり作戦を練っていたのだ。当初に思った以上にあの男爵令嬢は厄介で、面倒な相手であった。


 ソフィーリアも彼女を「問題児」とは認識していたが、引っ付いてくる彼女のことを調べる気には全くもってなかったのだ。問題児故に社交界からも学園からも爪弾きにされていたから。何の力もないのに警戒するだけ無駄だと高を括っていたのだが、今となってはそれが惜しまれる。


(せめて半年前に気づけば男爵家ごとじわじわ潰すこともできましたのに…)


 彼女の家名、リュグナー男爵家は前々から調べていたのだ。国境付近で怪しい動きが見れ、早々に証拠を掴もうとしたのだが現地に赴いても何の音沙汰も無し。むしろ人が少なく、静かすぎるくらい何もなかった。流石に証拠がつかめない状況で潰すのはどうかと思ったため見送りにしていたが、あの段階で動き出していたなら今こんな状況になることもなかっただろう。


 とはいえ、過去を悔いても仕方ないので今は計画通りに事を進めるだけ。既に会場には人員を配置済みだ。あとは彼女の動き次第。シナリオ通りに動かないソフィーリアたちを見て、男爵令嬢もといヒロインの動きは徐々に過激化を見せている。しばらく泳がせていたが、間違いなく今日の披露宴に動くだろう。彼女にとって重要なイベント、悪役令嬢の断罪があるのだから。


(さて、断罪されるのはどちらでしょうね)


 ソフィーリアは会場に向けて一歩進む。


 しかしいざ会場へ入ろうと思った矢先、突然カインが立ち止まった。思わず振り返り、その様子をソフィーリアが不思議そうに見つめる。覗き込んだ先の目には何故か不安と後悔が籠っていた。


「あのさ、ソフィー。今更だけど本当に僕に付き合っちゃってよかったの?」

「突然どうしたんです?」


 本当に今更な質問だ。思わず首を傾げるソフィーリア。


「だって、ソフィーは僕に巻き込まれただけで何の関係も無いんだよ?」

「そもそもあなたが言ったんでしょうが。私が処刑されるって。私の生死が関わる時点で関係ありまくりじゃないですか」

「そうだけど!だけどさ…!」


 一度区切り、拳を強く握りしめる。


「君の人生を僕が勝手に変えてるみたいじゃないか…!」


 そう叫ぶ彼は、ソフィーリアが今まで見たことがないくらいに辛そうだった。


「ソフィーにはソフィーの人生があった。なのに僕が余計なことを言ったからソフィーの人生が…!ソフィーの自由を奪ってしまったようなものなんだよ!?」


 唇を噛みしめ、拳を震わせるカイン。


 そもそもソフィーリアは、前世なんて言う身も蓋もない話を信じてくれた。だからこそ罪悪感が拭えなかった。自分があんなことを言い出さなければソフィーリアはこんなことに付き合わなくてもよかったわけで。ソフィーリアはシナリオを確実に変えるためにカインに今日まで付き添ってくれた。でもそれは、彼女の自由な時間を奪ってしまったことと同義ではないか。確かにこの世界はゲームの世界と類似しているが、ソフィーリアはソフィーリアだ。今の彼女なら自分といなくても処刑なんてされないだろう。簡単にやられるような彼女じゃない。


 ソフィーリアの処刑を止めるため、なんて理由は必要なかった。結局は彼女のためではなく自分の為だ。


(僕はやっぱり、ダメダメだな…)


 ソフィーリアを死なせたくないというのは本当だ。だけど間違いなく、ヒロインなんかと結ばれたくないという自分勝手な思いも確かにあるのだ。


 ソフィーリアがゆっくりとカインに近づく。俯いてしまったカインには今の彼女の表情なんて全く見えない。


(こんな僕に呆れてしまっただろうか)


 そしてソフィーリアの手がゆっくり近づき――


 むにっ


「っ?」


 突然カインの頬に痛みが走る。とは言ってもそんな大層な痛みではない。カインの頬がソフィーリアにつままれているのである。


「いひゃいよ、そふぃー」

「どうです?目は覚めました?」


 ソフィーリアがパッと手を放すと、カインは赤くなった頬を両手で抑える。涙目になりながらも顔を上げると、目の前のソフィーリアのニヤッとした笑みが見えた。


「えーっと、私の自由を奪っている、でしたっけ?本当にくだらない事で悩んでいましたのね」

「く、くだらない!?」


 カインが何日も考え込んでいたことをたった一言で一笑されて衝撃を受ける。


「ええ。お風呂上がりのデザートをプリンにするかゼリーにするかくらいくだらないですわ」

「うっ」


 ソフィーリアの具体的な例えに覚えがあるカインは思わず胸を押さえる。割と最近、そのくだらないことに悩んだばかりだったのである。結局両方食べてしまったが。


 そんなカインを知ってか知らずか、ソフィーリアは続けた。


「そもそもあなたについていくかを決めたのは私自身なので何の問題もありません」

「そうじゃなくても僕が君の人生を利用してるみたいで…」

「あら、それなら私だってカイン様を利用してますよ」

「え?」


 そう言われたものの、カインは彼女に利用された覚えなんてない。時間を遡りながら首をひねっていると、ソフィーリアから特大の爆弾が落とされる。


「先日のクッキーだって勝手に『王太子御用達』と付けてがっぽり儲けさせていただきましたし」

「えっ」

「昨年から発売されていた王室プロマイドカードにはガッツリ写真を載せたので注文が殺到しましたし」

「待ってそんなことしてたの!?」


 初耳である。


 確かにソフィーリアの持ってくるお菓子はどれも絶品で大層気に入っているので間違いではないのだが、カイン本人が知らないところで王太子御用達と付けたとは聞いてない。それに王室プロマイドカードなんてもっと知らない。


「そういうことです。他にも勝手に色々と儲けさせておりますし、別に構いませんよ」

「え、他にも…?」


 他にも、という言葉に悪寒を感じたカインだが、ソフィーリアはにこにこ笑顔を浮かべるだけでこれ以上は教えてくれないらしい。そして話を逸らすようにソフィーリアはカインに提案を出した。


「どうしても気が引けるというなら、この披露宴が終わった後に報酬でも用意してくださいな」

「報酬?」

「そうですね…。それでは、報酬として金貨百枚を所望しますわ」

「ひゃっひゃく!?ささささ、さすがにそれは多いような…」


 金貨百枚は平民なら一生暮らしに困らないほどの大金だ。さすがのカインでもそれだけ自由に使える金はない。国庫から引き出すにしても民からの税金を使い過ぎるのも気が引ける。でも他でもないソフィーリアの望みだ。どうにかしなければならない。


 目をぐるぐると回しているカインを見てソフィーリアは小さく笑った。


「冗談です。金貨十枚でどうでしょう?」

「まあ、それなら僕のポケットマネーで何とか…。うん」


 金貨百枚よりは現実的な金額にほっとしつつ、しばらくお菓子は禁止だな、と少ししゅんとするカイン。


「さてカイン様。そろそろ会場に入りましょうか」


 ソフィーリアはカインに手を差し出す。そして差し出されたソフィーリアの手を見つめながら未だ迷った様子を見せるカイン。


 そんなカインの様子にとうとうソフィーリアはため息を吐いた。


「全く、ものわかりが悪すぎてもはや()()()レベルですわ。()()()()()でも背負ってみれば良いじゃないですか?きっと似合いますわよ?」

「う、流石にせめて中学生くらいが…って、え?」


 思わずソフィーリアを二度見する。


 彼女が、いや、この世界の人が知るはずのない言葉を聞いて、思わずこれ以上ないくらいに口を開けて固まるカイン。ソフィーリアはそんなカインの様子を面白そうに笑うと、くるっと会場の方に向きを変えた。


「それじゃ、先に行ってますわねー?」

「待っ、」


 ソフィーリアは一足先に会場に入っていく。


 そしてカインは速足で彼女を追いかけた。


「もっと早く言ってよっ!!ソフィー!!」



 ◇◇◇



「あのときはホントに驚いたよ」

「ええ。あの場にカメラが無かったのが悔やまれるぐらい面白いお顔でしたもの」

「え、僕そんな変な顔してたの?」


 思わず頬を触り、頬をムニムニと揉んでいたカインだが、ソフィーリアが笑いを堪えていることに気づいて即座に手を放した。そして気恥ずかしさのあまりに話題を逸らす。


「そういえばこの世界でカメラ作ったのもソフィーだったね。ホントに僕何で気づかなかったんだろう」


 よくよく考えればソフィーリアは最初からゲームとかけ離れていた。ゲームでは完璧な王子様であるカインに懸想し無理矢理婚約者の座に居座るなんてこともあったが、現実ではそんなこともない。金儲けとコネづくりには貪欲だが、冷静沈着に見せかけた面倒くさがりである。


「よく出来ているでしょう?これがあれば証拠写真なんて撮り放題ですもの。再現するのに苦労しましたのよ?」

「本当にもっと早く言って欲しかったよ。僕の苦悩は何だったのさ…」


 そしてそのソフィーリアと言えば、幼少期にすでに転生者の自覚があったという。しかし前世の彼女は社畜に近い働き方をしていたが故に乙女ゲームなんてやったことすらなかった。どこかの貴族の令嬢に転生したと判断し、前世と同じ轍を踏まぬべく奮闘していたらしい。


 なお、そんな彼女に婚約者はいない。


 仮にも公爵家の令嬢である彼女には縁談こそ多く持ちあがっているが、それをことごとく蹴っているのは彼女自身である。これでも一応、幼い頃有力な婚約者候補がいたのだが、その直後に破談となった。


 …そのときの相手が実は目の前のカインであったりもする。


「そもそもどうしてソフィーは僕と婚約しなかったの?コネづくりにはもってこいじゃない?」

「王太子殿下の婚約者なんて普通に面倒ですし、有能な人材は懐柔しとけばいいと思いまして」

「懐柔って…」


 ドン引きしているカインだが、彼女が言っていることは間違いなく実行されていることも知っていた。だからこそあの茶番劇が演じられたのだから。


「大変でしたのよ?あなたの言う攻略対象者とやらを集めるの。元々知り合いだった四人を除いて、街で暗躍する暗殺者の少年にお忍びで商人の真似事をしている隣国の王子だなんて。わたくしの情報網を持ってしても面倒くさいったらありゃしませんでしたわ」


 ソフィーリアは自らの伝手を頼りに攻略対象者全員を会場に集めた。その上彼ら全員を懐柔済みだ。方法は一切口にすることはないが、気づいたときには彼らはソフィーリアの忠実な手下となっていた。


 まさかあの男爵令嬢も、攻略するはずのヒーローたちが全員買収済みだなんて夢にも思わなかっただろう。


「僕はただソフィーに逃げて欲しかっただけなんだけど…」

「私が逃げるなんて真似、するわけがないでしょう?」

「それはそうなんだけど!あそこまで完膚なきまでにやるとは思わないでしょ!おかげで助かったけど!」


 ソフィーリアが彼女のシナリオを粉砕した後、ただでさえ魂が抜けたような顔をしていたのだ。取り調べの最中も上の空で、流石のカインも同情した。そして一通り問い詰められた後、貴族籍剥奪の末平民へと降格。しかも、世間にはソフィーリアの温情で助かったのだと知らしめて。敵に情けをかけられるとは、実に屈辱的だろう。


「せっかく与えられた情報ですもの。有効に活用させていただきましたわ」

「活用しすぎなんだよなぁ…」


 頭を抱えているカインを見て、ソフィーリアは小さく笑う。


(本当にお人よしですわね、カイン様は)



 ◆◆◆



 ソフィーリア・ローズウェルが「彼」と出会ったのは歳が十になった春のことだった。


 婚約者候補として紹介された彼は、この国の王子様だった。


 そのころのソフィーリアには既に日本で生きた記憶があり、金や財産にこそ興味はあれど、地位や権力には興味はなかった。地位なんてものがあっても面倒なだけ。自分が生きるための金さえあれば生きていける。前世でも中途半端な地位と能力があったからこそ疲労で死んだのだから。故に公爵令嬢としての役目を放棄し、齢八歳にして商会を立ち上げた。たった数名の小さな商会だったが、二年も経てばそこそこ金も貯まり、このまま怠惰に余生を過ごすつもりだった。


 そう考えていたからこそ、その打診を断った。歯に衣着せぬ断り方に両親は焦っていたが、ソフィーリアにはどうでもよかった。ソフィーリアの人生には地位も権力も必要ないから。王子様なんてもってのほかだった。


 断った直後、目の前の彼は泣いた。大泣きだった。


 もちろんソフィーリアは引いた。将来この国を背負って立つ方が目の前で顔をぐちゃぐちゃにしながら大泣きしていたから。王族だからと何でも許されてきたのだろう。縁談を断られると思ってもいなかったらしい。国の行く先が不安になり、国外に亡命するべきかを真面目に考えた。


 しかし。


『うえええええ、やっばりぼぐはだめだめなんだあああああああ…!!』


 目の前の少年は彼自身を責めていた。


 鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃにして。


 地位や権力は時に人を高慢にする。実際前世で彼女の上に立つ者がそうだったのだ。権力者なんて彼女にとって「悪」そのものだった。


 しかし今、そんな権力を持っているはずの目の前の彼は、高慢とは程遠い小さな少年だ。


 その日は、泣きじゃくる彼をただただ茫然と眺めていた。


 しばらくして、彼が最近母親を亡くしたことを知った。確かに、彼の母親である前王妃が亡くなったことは知識としては入っていた。それに先日新たな王妃が王宮に召し上げられたが、病にかかっていたという前王妃の代わりに別の妃が入ることは元々決まっていたのだ。だからこそ気にも留めないでいた。


 だが、彼からしたらどうだろうか?


 実の母親を亡くし、そのすぐ後に父親が別の女を母の部屋に迎え入れたのだ。


(もう少し、世間に目を向けるべきだったかな)



 それからソフィーリアは彼と時々お茶会するようになった。婚約は一度白紙に戻したが、王太子の話し相手を国王陛下に頼まれたのだ。父親なりに息子を気遣っていたらしい。もちろん最初のうちの彼は震えて挨拶すらできなかった。しかし数週間ほど言葉を交わし、本でも読み聞かせてみたところ、子犬みたいに駆け寄ってくるようになった。


 彼、カイン・クラウディオは王族とは思えないくらいに弱気だった。ちょっとしたことですぐ泣いて、自分を責めて、落ち込む。気弱で、泣き虫で、王族の威厳なんてちっともない。


 しかし同時に彼が優しい心を持っていることも理解した。少し擦りむいただけの傷を誰よりも心配し、非力のくせして重そうな荷物を率先して持とうとする。ソフィーリアよりよっぽど他人を気遣っていた。


 だからソフィーリアは彼に身を守る術を教えた。常に完璧でなければ王族というのは即座に足元をすくわれるものだから。今世で学んだマナーも、前世での経験も、一つ一つ彼に教えた。


 やがて彼は「完璧な王子様」とまで呼ばれるようになった。


 それでも一人になるとめそめそ泣いていた。


 「完璧な王子様」という名が広がる分、悪意も強くなるものだ。彼は優しいが故に人の悪意に弱い。それでもなお他人を責めることはなく、自分自身を責めてしまう。それだからか精神が擦り切れている日々だった。


 そんな彼に対していつの間にか情が沸いたのだろう。


 ソフィーリアは時折菓子を持って彼をそれとなく慰めてやった。ついでとばかりに彼へ牙を剥くものを片っ端から一掃した。公爵家としての地位は便利で、多少の荒療治は何の問題も無かった。


 前世の記憶を頼りに色々なものを再現し始めたのもこの辺りからだ。彼が少しでも楽しく暮らせるように、トランプなんかのゲームも流通させた。


 そして、彼のために色々画策しているうちに、裏社会でのソフィーリアの地位が確立していった。小さかったはずの商会は、大規模で国どころか他国をも張り巡らせる流通の要になり、人数も数百を超えたエリート揃い。元々の公爵家という地位も合わせ、ソフィーリアはかなりの権力を手にしていた。


 かつていらないと捨てたはずの地位を、権力を、彼女は再び手にしたのだ。


 しかしソフィーリアは悲嘆することはなく、これ幸いと彼のために情報を集め続けた。


 そのときには完全に、彼に絆されていたから。


 男爵令嬢の件も、確実に情報を集め続けた。いつも自分で抱え込むばかりの彼が、珍しくソフィーリアを頼ってきたのだ。少し派手にやりすぎた自覚はあった。いつもなら密かに処分していたものを、あえて泳がせてから公衆の面前で追い込むことにしたのだから。


 シナリオにこだわり続けた彼女の心を折る方法は既に考えていた。せっかく彼が教えてくれた情報を有効に使ったうえで、完膚なきまで叩き潰すつもりだった。それに男爵令嬢自身も転生者ということもあり、念には念を入れていたのだ。


 披露宴当日、男爵令嬢がナイフを手に隠し、近づいてくることは知っていた。血走った眼におぼつかない足元、殺気に気づかないわけがない。


 それでも彼女が気づかないフリをしたのは、自らを囮にすることで確実に男爵令嬢を捕らえるためだった。公爵令嬢である彼女に危害を加えたとなれば、男爵令嬢は貴族社会での地位を完全に失うだろう。そんな哀れな令嬢を保護という名目で辺境に追いやることもできる。


 その計画は完璧だった。


『ソフィーっ、危ない!!』


 しかしその計画に狂いが生じた。ナイフが彼女を掠める直前、カインがソフィーリアを庇うように前に出たのだ。


 ソフィーリアは驚いた。


 王族である彼が、自らの体を張ってソフィーリアを守ろうとしたのだから。


 すぐさま王宮の騎士達が男爵令嬢を押さえつけたので彼が怪我を負うことはなかったが、ソフィーリアはしばらく放心していた。


『ソフィー、大丈夫!?怪我はしてない!?』


 かつてないほどに動揺した様子の彼は、ソフィーリアの肩をがっしり掴み、しきりに心配してくる。


(ああ、なるほど)


 彼が転生者だったことには確かに驚いたが、それでも彼は彼のままだった。


 彼には細かい作戦も伝えていないし、何ならついさっきソフィーリアが転生者だということを伝えたばかりだ。それでも彼はソフィーリアを守るために動いた。


 もしも最初からソフィーリアが囮になることが計画に入っていたと知っていたら、彼は意地でも止めていたのだろう。


(本当に、無駄にお人よしですわ)


 こんな状況にも関わらずくすりと笑ってしまう。


 そんなお人よしな彼にナイフを向けてしまった男爵令嬢だが、反省の気配すら見せず、ただひたすらにソフィーリアを睨み、暴れていた。王族に刃を向けるのは反逆罪とも捉えられる重罪だ。いくら間違いだと主張しても、王太子を危機に晒した事実は覆らない。反逆罪で処刑ということにしてしまえば楽だろうが、それはきっと優しい彼は望まない。しかし生かした結果、彼に被害が及ぶことは絶対に避けなければならない。


 それならば、どうするべきか。


 簡単な話だ。反抗する気が起きないように心を折ってしまえばいい。


(それに私個人としての恨みもできましたし)


 会場内に配置した人員に合図を送る。会場内に潜んでいた「攻略対象者」たちが集まり、彼女の従者が並ぶ。そして騒ぎに乗じて野次馬たち(エキストラ)が集まってきたころ、ソフィーリアは男爵令嬢へ優雅に微笑んだ。


『さあ、断罪を始めましょうか』



 ◇◇◇



「ねえソフィー、何で笑ってるの?そんなに僕の顔が変?」

「ええ、それはそれは面白いくらい」


 再びカインが頬をムニムニしはじめ、思わず笑いを堪えるソフィーリア。そして同時にカインが高速で手を放し、また恥ずかしそうに視線を逸らした。


「それにしても、ソフィーに最初に前世の話をして正解だったね」

「まあ、私以外だったら問答無用でお医者様を送りつけられていたでしょうし」

「そこまで僕って信用されてないの…!?」


 予想外の爆弾に、思わず机に張り付いて落ち込むカイン。これでも幼い頃よりはマシになったと思ったのだ。確かにソフィーリアの前では相変わらず弱気になってしまうが、少しくらい信用されているものだと思っていた。


(いつもソフィーに心配かけてばっかりだし、信用されなくて当然かもしれないな…)


 自分で思ってしまった言葉は、カインにずっしりとのしかかる。どんよりとした空気を放つカインに、正面のソフィーリアは呆れたように溜息をついた。


「…信用されてるからこそ心配されるんでしょうが」

「…!」


 反射的に顔を上げると、ぱっちりとソフィーリアと視線が合う。次の瞬間にはソフィーリアの視線は外れ、ふいっとそっぽを向いていた。


「もう無茶しないでくださいよ」


 そう言った彼女の耳は、赤く染まっていた。


 カインは見たことのない彼女の様子に目を見開きつつも、にへらと笑う。


「…うん、わかった」

「それなら良いですわ」



(なんだかんだでやっぱり優しいな、ソフィーは)


 思わずくすりと笑ってしまったカインを、ソフィーリアはほんのり赤い顔で睨みつける。そのままソフィーリアがカップを手に取り紅茶を飲み干すと、彼女はいつもの余裕のある表情に戻っていた。


「それにしても家のコネで次期宰相も現騎士団長も有望な魔法師も()()()()()()懐柔できましたのに、あなたが前世なんて思いだすから私の計画がすべてパーになりましたわ」

「ちょっと待って、僕懐柔されてたの!?」


 慌てだすカインにすまし顔でからかうソフィーリア。


 転生者二人の小さなお茶会は、まだまだ続くらしい。




中編書こうとして行き詰っているので年内の内に短編を出しとこうと思って投稿しました(笑)

なろうには天才が多すぎですね。尊敬します。お読みいただき、ありがとうございました。


おまけの設定集 


※本編に入れ損ねた設定達です。年末暇すぎて暇だという方だけどうぞ。


・男爵令嬢(自称ヒロイン)

 登場頻度が主役二人の次に多い割に名前すら出てこなかったゲームのヒロイン。ソフィーリアが保護という名目で農地に追放した。常に監視されていることは本人も気づいており、逃げ出すこともできないまま震えて暮らしている。

・ソフィーリアの侍女(有能)

 ソフィーリアが信頼している侍女。未婚の令嬢を異性と二人きりにするのは不味いので、実はずっと傍にいた。有能で感情を顔に出すことはないが、流石にカインが前世の話をしたときは軽く引いた。でもソフィーリアには絶対の忠誠を誓っている。

・ジル(宰相候補)

 名前だけの出演。ソフィーリアの才能に憧れ、崇拝している信者。冷たい視線で見下されたいらしい。

・ロイド(騎士団長)

 名前だけの出演。王子のために動くソフィーリアがカッコ良くて即懐いた。ソフィーリアの忠犬。

・レスター(魔法師)

 名前だけの出演。隠れ厨二病。カッコいい詠唱を考えていたところをソフィーリアに見られたので従わざるを得なくなったかわいそうな子。

・ファビオ(異国の商人王子)

 名前だけの出演。ソフィーリアとは利害が一致したため協力している。ソフィーリアのおかげで母国の水源の異変に早期に気づくことができたので感謝している。実は腹黒。

・リュウ(暗殺者)

 名前だけの出演。病気の妹を救ってくれたソフィーリアに恩義を感じ、新たな主として仕えている。まだまだ幼く、ゲームでは唯一の年下枠。

・男爵(戦闘狂)

 ヒロイン(自称)の父親。戦争大好き戦闘狂。平和が続いたことで、戦争が恋しいあまりに隣国との仲を拗らせようとしていたヤバいやつ。

・国王陛下(良い人)

 良い人(強調)。新しい王妃を迎え入れたのは体裁を保つため。ほとんど白い結婚で、新たな王妃も親友に近い。家族仲は良好。


2024/02/10 追記

久しぶりにホームに戻ったら誤字報告いただいてました。指摘くださった方、ありがとうございます。


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