転生したくない世界に転生したよ
ある日死者が蘇り始めた。
全ての死者ではない。だが確実に、死したはずの人間が動き出した。
後にアンデッドと名付けられたその存在は体をバラバラにするなどして殺さなければすぐに五体満足になる高い再生能力と強靱な異形の肉体を備え人類に………否、生物に牙を剥く。人が死を恐れるように、死者であるアンデッドは生者を忌避しているからだ。
多くは理性を持たずただ暴れまわる。最初は数も少なく、生者が眠り人の数が減る夜にしか行動しなかったが死の気配が広がり始めると活動規模と時間を増やしていった。
元より人より優れた力を持ち、簡単に死なぬ異形共。死の歪みそのものであるアンデッドに殺されると高確率でアンデッドになる。ゾンビ映画そのものの特性を持ちながら、強さは銃で倒せるゾンビとは比較にならない。
抵抗も殆ど行えず蹂躙されていく人々。
世界が死に包まれるのは時間の問題だと誰もが思った。だが、その時現れたのだ。
不可思議な鎧を纏いアンデッドと渡り合う一団が。
特撮番組から飛び出してきたような彼等はその姿に恥じぬ戦闘力でアンデッド達を打ち倒していった。
人々は彼らを称え、政権乱れた国を立て直す新たな指導者として崇めた。
結果として彼らは政治にも介入する墓守党となった。
「………でも真っ当とは言えねえんだよなあ」
政権がほとんど崩壊したタイミングで現れたのは偶然ではない。権威を得るためにそのタイミングを待っていたのだ。
そうでもしなければ都合好く啜られるだけだからと、アンデッドに殺される人間を必要な犠牲とした。
なんでそれを平隊員の俺が知っているかと言うと、前世でプレイしていたゲームだからだ。
そう、ゲーム。この世界は俺にとってゲームの中の物語でしかなかったのに、今では現実。アンデッドが存在して、それを倒すのが俺の今の日常。
《目標発見。ショッピングモール跡地の中だ…各員、戦闘準備》
その連絡が聞こえ、すぐにブレスレットについているスイッチを押し込む。
「変身……」
【PLAIN】
「〜〜〜!!?」
電子音と同時に左腕から全身に広がる違和感。体を内から弄られるような感覚。否、事実として体が細胞レベルで入れ替わる。
柔らかい皮膚は銃弾も通さぬ硬質な生体装甲に変わる。
葬儀隊の服装を着た変身ヒーローのような格好になり、変身完了。あまり長い間変身するわけにもいかない。すぐに飛び出す。
『マアアアアアアアッ!!』
ショッピングモール跡地に飛び込むと吹き抜けのある広間に大型のアンデッドが居た。既に人間性を完全に喪失した異形。
蜥蜴のような突き出した口には唇がなく歯茎がむき出し。巨大な顔についたギョロギョロと周りを見回す目とは別に、顎下には人の顔のようなものが存在する。
手は4本。うち2本はナックルウォークに使われている。
《戦闘開始!》
号令と同時に同じくショッピングモールに飛び込んでいた葬儀隊が銃剣を構え、引き金を引く。
『ムウゥゥウゥ!!』
銃弾すら弾くはずのアンデッドの体に傷を与え、煩わしそうに唸る大型級。確実に効いてはいるが、効果が薄い。
葬儀隊の一人が接近し斬りつける。銃弾よりも遥かに深い傷が前足代わりの手首に刻まれ、肩から生えた長く、痩せ細った不気味な腕を振るう。
「ぐぁ!?」
「がは!」
劣化しているとはいえコンクリートをたやすく抉りながらなおも衰えぬ勢いで下級兵を吹き飛ばす。
変身し超人的な力を得ているおかげで死んではいないが、動けない彼等を喰らおうと大口を開ける大型級。
「させるかぁ!」
葬儀隊隊服に腕章をつけた、分隊長が蜥蜴の目を斬りつける。
『アアアアア!?』
激痛で暴れる大型級。本来なら痛み感じぬ死者ではあるが、葬儀隊が使用する武器は特別製。アンデッド共が忘れて久しい『死』を与える武器。
本来ならあっという間に治るはずの傷はなかなか塞がらない。
「動けない者を保護! 残りはこのまま押し切れ!」
「「「はい!!」」」
振るわれた攻撃用の腕をカウンターでぶった斬る分隊長の姿に、仲間がやられ及び腰になっていた葬儀隊に活力が戻る。
いくら不死者とはいえ肉体で動く以上例外を除き腱を破壊されれば動きに支障をきたす。
「おらぁ!」「くらえ!」「っ!!」
均一化された見た目の集団が巨大な怪物に集団で襲いかかる姿は、或いは変身形態の見た目も合わさり巨大な虫に集る蟻の群れにでも見えることだろう。
だがアリの群は象すら殺す。手足の腱を切られ、肉を抉られ、幾分か軽くなった体が地面に倒れる。
「離れろ!」
分隊長の言葉に従い全員が離れる。分隊長は銀色の筒のような爆弾を大型級に向かい投げる。閃光と轟音がショッピングモール跡地の一角を包み込む。
煙が晴れると砕けた骨や潰れた内臓がむき出しの大型級がピクピクと痙攣していた。
これだけのダメージを受けて死ねないなんて、逆に哀れだ。
分隊長が近づく。後は細かく刻んで、【火葬場】で焼けば────。
『アバ──』
グリンと蜥蜴頭がひっくり返り、顎下の人の顔が分隊長に噛み付く。
「………え」
『あぐむ、ぐむぅ………』
噛み切れなかったのかゴクンと丸呑みする大型級。再生が阻害されているはずの身体だが、ものすごい勢いで再生した。
「なっ………は?」
「ぶ、分隊長!!」
皆が動揺する中、立ち上がった大型級の姿が変化する。人の歯のようだった歯は鋭い牙に変わり、角が生え、攻撃用の腕の前腕が肘から縦に裂けていき被膜が覆う。
「………“竜”」
異形化したアンデッドの中でも特に強力な存在を呼称する名。
一定以上のサイズに達した異形に与えられるのは、最強の怪物………世界各地に伝わる神にすら並ぶ怪物の名。
ふざけんな! こんなもん中隊案件だろ!
『バアアアアアアア!!』
二回りほど巨大化し、咆哮を上げる竜。ビリビリと大気が震える。特殊能力はないだろう。あったらそもそも接敵時点で全滅している。
竜はギョロリとこちらを睥睨する。
「う、うわあああ!!」
「来るな、来るなぁ!」
所詮は分隊。十五人の平団員しかいない俺達では勝ち目はない。
確かにアンデッドは死に直面するほど力を増すが、だからといって進化が早すぎる。個体として優秀だったのだろう。
「撤退だ! 本部に報告を………あべ!!」
上等兵が臨時指揮を取り撤退しようとするが、突如現れたアンデッドに殴り飛ばされる。
ゾロゾロと何処に潜んでいたのか、アンデッドの群れが姿を現した。目が口になっているもの。顔に縦に裂けた口を持っているもの。首から上がなく、ヤツメウナギのような口を持つものと種類は様々。
共通点は、ボロ布のようになった白い服。髑髏のようなマークに輪が追加されている。
「狂信者共が………!」
アンデッドを人類の進化と信じ崇める集団、『彼岸の園』の信者の服だ。裏で取引されるアンデッドの一部を取り込みアンデッド化したのだろう。
理性も何もかも失いただただ生きている者を殺すだけの怪物になるのが進化なわけねえだろうが!
『アソボ……!』
『アハアア……タノシイネエ』
『テンセイシヨ』
生前の言葉を繰り返す程度の記憶が残っている成り立て。もっと厄介なタイプ………ではないな。動きに知性を感じない。
ボロ布のサイズからして、明らかにガキも混じってんじゃねえか。正常な判断もできねえ親の言うことに従うだけの子供も………!
『ルウウウウ!』
竜が前足を振るいアンデッドも人間も纏めて吹き飛ばす。アンデッドも人間も関係なく爪で引き裂かれ、掌で潰され、肉片と血が飛び散った。
「は、はぁ………はぁ………!」
全員死んだ。
丸呑みされた分隊長はもしかしたら生きているかもしれないが……だからなんだってんだ。
竜だけじゃなく下級アンデッドもまだ数匹残っている。勝ち目は………無い。
「くそ………死んでたまるか、くそったれ!」
銃剣を構える。
死への恐怖を、死のイメージを銃剣に込める。少しでも威力を上げ、ここから生き延びる可能性を………
「………は?」
覚悟を決めた瞬間、パリィン! と天窓が割れバイクが現れる。乗っている少年は赤いブレスレットのスイッチを入れる。
「へ〜ん…しん!」
【FLAME】
間の抜けた台詞と同時に聞こえる電子音。
全身から炎が吹き出し、現れたのは赤い鎧をまとったかのような炎の戦士。
量産品のプレーンタイプとは違う、上級兵士のみに渡される、その中でも特に強力な変身アイテム。適性がない者が使えば一瞬で焼き尽くされる程強力なそれで変身し、伸ばされた竜の腕を蹴りつける。
『グオオオオオオ!?』
腕が一瞬で炭化し砕け散る。余波の炎が進行方向に居たアンデッドを焼き尽くし、建物の一角を溶かす。
「状況は?」
「お、俺以外全滅。分隊長は丸呑み………まだ、生きてるかも」
「なるほど」
『オオオオオオ!!』
腕を燃やされ怒り狂ったかのように迫る竜に向かい、音を立てながら変形する銃を向ける。
響く発砲音。連続して放たれる炎の弾丸が貫通しながら円を描く。
ゴボッと内臓がこぼれ落ち、中に分隊長が紛れていた。
生きては、いる。変身しているとはいえアンデッドの体内に居て正気を保てているかは不明だが……。
「中隊案件だろこれ………」
「『彼岸の園』が関わっているかと……」
「ああ、彼奴等に出資してる政治家も多いからな。お前さん方も大変だ」
ヘラヘラと笑うこの男は、実は指名手配犯だったりする。
墓守が死者を土へと返すための道具、装具と呼ばれる変身アイテムを盗み使用しているからだ。それなのにこうして平然と話しかけてくるのは、脅威と思われていないから。
「だとしても平団員ばかり………この近くになにかあるのかね?」
「それは………俺達が調査する案件です」
「違いない。頑張れよ、公務員」
と、不意に後ろに飛ぶ。床や天井に線が走る。切断面は湿っていた。
「おっと………」
「そこまでよ、赤騎士」
金属光沢のような輝きを持つ蒼い生体装甲を持った戦士。
「佐条美波葬儀官………」
原作で主人公を墓守に所属させた張本人。属性は水………。
「それは貴方ではなく、墓守達が持つべきもの。我々に返しなさい」
「そうは言うが、僕以外が使えば燃え尽きるじゃないか。あるいは、もっと厄介な事になるか………」
そうなんだよな。
こいつから装具を取り返した場合、ルート次第では墓守だけでも半数が死ぬ。一般人も500万以上死ぬ。
一番最悪な場合は……
「はあ!!」
「ふふん」
「うお!? あっぶなぁ!!」
水球と火球がぶつかり水蒸気爆発が起こる。吹き飛ばされた瓦礫から分隊長を庇いつつ距離を取る。
炎と水………相性的には美波葬儀官が優位に見えるが出力差は文字通り焼け石に水。
度重なる変身を繰り返すことで人間からかけ離れていく墓守達。装具の出力、適性でだいぶ変わるが、使えば使うほど強くなる。美波葬儀官は適性も高く使用頻度も多いが、それでも相手とは絶望的なまでの差がある。
「流石作中最強キャラの一角………」
ルート次第では本気のあれと戦うんだよな。倒すと言うか説得だけど……。
「まぁまぁ落ち着けよ。ほら、君のお仲間も危ないぜ?」
「───!!」
美波葬儀官の動きが固まる。それもそうだろうな………敵がアンデッドやテロリストなら他の墓守も覚悟の上と割り切れたんだろうが、今回の敵は装具を盗んだという罪はあれど、その力を一般人に向けずアンデッド狩りに使っている。
目的は不明なれど、人々にとって危険のない相手。それを捕らえるために死にかけの仲間やこの場にいるだけで流れ弾で死ぬかもしれない俺みたいな一般兵を犠牲にしてまで捕らえる事ができるか、と言われるとこの人は出来ない。いい人だから…………
「じゃ、ばいばーい」
と、一瞬の戸惑いのうちに炎に包まれる。炎が晴れると消えていた。
「…………っ………貴方、部隊は?」
と、変身を解き此方に視線を向ける美波葬儀官。蒼く変色した髪が月明かりを反射する。
直ぐに変身を解除し頭を下げる。
「分隊長と自分を除き、全滅しました………竜と『彼岸の園』が転じたアンデッドの襲撃に…」
「そう………治療班を呼びます。一先ず休みなさい佐々木葬儀官」
名前、知ってたのか。平隊員なのに………。
死んで欲しくねぇなあ………。
佐々木隼人葬儀官。階級は一等兵士。
特別優秀というわけでもない。士官学校も平均的な成績で卒業。
現状適性が高い装具があるわけでもなく、何処にでもいる平隊員。それが佐条美波の目にとまったのはある出来事がきっかけだ。
新人が戦えるか見るためのアンデッド討伐遠征。人の領域が減ったこの世界において人の領域を取り戻す遠征にして、新人の覚悟と才能を見る試験。
美波がいるのだから当然全員生き残った。ただしアンデッドという怪物を前に心が折れた者が数人。
彼もその一人。明日には辞表を出すだろう、そう思っていた。
だけど彼は残った。死を恐れながら、死者に怯えながら、墓守として生きる道を選んだ。何故? 力が欲しいから、ではないだろう。アンデッドへ復讐するため、という考えを持つ者の目でもない。
ならば自分はどうかと考えた。
死ぬのは怖い。今でこそ平然と立ち向かえるが、かつて『死』そのものであるアンデッドを前に動けぬこともあった。それでも続けたのは、一族の使命感、適正者という責任感………そして、少しでも人が救えるという義心。
血筋も才もない彼は………ならば義心だけで死の恐怖に抗うのだろう。そんなあり方に憧れた。
「きっと彼も強くなれる」
強い意志は、そのまま装具の出力による負荷に対する耐性となる。旧時代の物語でも気合で覚醒する者達がいたらしい。
何時か、自分の隣に立ち共に戦う日が来ると思うと、無意識に微笑んでいた。
「さて、それよりも………」
わざわざ平隊員を狙っての襲撃。言い方は悪いが、そこまで痛手にならないことに竜間近の異形を用意する徹底ぶり。
本当の目的は別にあると見ていいだろう。
美波は故に周辺を自立ドローンに探索させる。やがて、見つけた。
「………これは、白騎士の……?」
穴だらけの倉庫跡地。
この穴は、赤騎士と同じく試作段階だった装具を盗み使用している白騎士の攻撃の後だ。
中に入る。大量の人の死体。ただし、『彼岸の園』の信者達。
「………何、この気配?」
奥の部屋から漂う異質な気配に眉をしかめながら扉に触れる。重い鉄の扉。完全に施錠されている。
美波は変身することなく腕力で鉄の扉を引き剥がす。
「……女の子?」
黒と白が乱雑に混じった長い髪をした少女が眠っていた。
彼女こそ、この世界の主人公。人の領域の外……冥府と呼ばれる領域に潜む死者の王を打ち倒す者。世界は救えず、変えられず、されど脅威の一つを打ち破るもの。
「あ………」
今思い出した。
佐条美波が主人公を発見したのは、冥府領域浅層で強力なアンデッドの気配を感じ取り、そこで全滅している仲間を見て、しかしすぐにそれを囮と断じたからだ。
元々『彼岸の園』に怪しい動きありと知らせを受け、それが墓守を罠に嵌める………ということに見せかけたと見抜き、結果として冥府領域に移された主人公を発見する。
「まじかよ、俺あの時死ぬ平隊員に転生してたのかよ………」
原作どのルートでも必ず起こる百鬼夜行。
一般人も平団員も死にまくる………何ならネームドも死ぬ可能性すらあるあのイベントを生き残る可能性を上げるために墓守になったというのに、その前に死ぬ可能性があったのか。
「いやまあ、冷静に考えりゃそりゃそうか……」
でも装具は使えば使うほど体に馴染む。それを考えると、なるべく早く入隊していたほうが生存率も上がるし………。
「はぁ〜、死にたくねえ」
西暦4054年
年号なし
文明が超発達した遥かな未来。現代文明では足元にも及ばない超技術が存在する。ただし現在人類の生存圏は地上4割。
墓守
死者を死体に還すための集団。政権の一部に食い込んだが、発言力はそこまで高くない。そこは党首が人的被害をこれ以上放置できないと完全に冷徹になりきれなかったゆえ。
アンデッド
突如現れた死なぬ者達。不死の兵士の実験の産物とも、神の怒りとも言われている。詳細は不明。
文明の利器ってショベーと言わんばかりに超技術でも倒しきれない。
医療技術が発達するもいまだ不老不死が実現されていない世界において、不老不死に繋がる存在として注目されている。元人間ではあるが人権は認められていない。
そのすべてが異形化しており、例外を覗き人間性を失うほど強力な個体となっている。
『彼岸の園』
アンデッドを現人神、人類の進化と崇める集団。
政治家の一部と繋がっており、装具を使用する者もいる。アンデッド化を解脱と考え、信者自らアンデッド化することもある。