第二部 契約
前述の通り、筆者にとって契約とは事業者間で一つのプロジェクトを遂行する為の約定、という認識だった。だから契約書を交わさずにプロジェクトを開始する、ということは考えられなかった。
けれど出版業界で契約書を交わすようになったのは、ここ最近。その為、書籍発売日の数日前に形式上契約書にサインをする、というのが当たり前らしかった。
その為8月2日15時51分、メールで契約書の雛形を送ってもらえるように要請した。
8月3日20時03分、出版契約書の雛形が届いた。
……それを一読して、絶句してしまった。「こんな契約書に、本気でサインさせる気か?」と。
それは、実は作者(著作権者)側に不利な契約内容ではなく、むしろ出版社(出版権者)側が一方的に不利になる形でその契約を運用出来る、という内容なのだった。
具体的には。契約には、「初版発行部数」が確約されていた。何らかの事情でそれ以下の部数しか出版しないということになったとしても、その部数相当額の印税を作者に支払う、という条項であった。
そして契約の主題は、筆者の作品名。だけど巻数の明記はなかった。一応出版社側の立場では、打ち切りを念頭に第一巻には巻数表記をせず、第二巻発売時に初めて「2」とナンバリングする、という形をとっていたようだったが、契約の主題に巻数表示がない、というのはこの場合、とてつもなく出版社側に不利な問題が発生してしまうのだ。
何故ならその時、筆者は既に最終話までの原稿を書き上げており、推敲の段階だったから。
そして著作権法上に、「出版権者は著作権者から原稿を受け取ったら、6か月以内に出版しなければならない」と定められているのだ!
なら、契約書に定められている締め切り当日までに、最終話までの原稿を出版社に提出したら、出版社は最終話(第八巻)までを6か月以内に出版する義務が生じてしまう。第一巻で爆死しようとどうしようと、出版するのが義務になる。その被害を最小限にする為に、第二巻以降の出版部数を減らしても、「初版発行部数を確約する」条項が機能するから、その金額×8巻分を著作権者(筆者)に支払わなければならない、という、出版社側にとっては自殺的な契約内容だったのだ。
著作権者側に知識があれば、どこまでも悪用出来る契約書を作成し、それにサインさせようとする。それはいくらなんでもおかしいだろう? と。
だから、その契約書の内容に関し、修正を提案した。
それを理由に、書籍化の話を反故にされても構わない。というか、反故にされても構わないから、これだけ不安な出版社相手に書籍化を応諾したのだから。
そしてだから、その修正提案には罠をも仕掛けた。著作権者(筆者)側が一方的に有利になる条項も、仕込んでおいたのだ。多分、それは指摘される。けど「指摘される」ということは会話になるということで、よりよい関係を構築出来る、そう、考えた。
けど。出版社の社長(兼編集長)は、筆者の修正提案を丸呑みした。
これで、理解した。担当者はともかくとして、社長の方は、ある意味天才肌の人間なんだ、と。
「お前たちの、やりたいようにやってみろ。ケツは俺が拭いてやる」。
そういうタイプの、リーダーだった。能力のある部下にとっては、さぞかしやりがいのある職場だろう。
けど、指示待ち部下にとっては、リーダーは指示をしてくれないから、何をすればいいのかわからない。
更になろう出身の作家にとっては、出版業界のことなど右も左もわからない。校正と校閲の違いもわからないし、営業も宣伝広告もわからない。利益体系も想像さえ出来ないから、編集さんの指示に従うしか出来ることはない。のに、その編集さん自身が「何をしたらいいのかわからない」状態だったら。
でも、一方で筆者のように、曲がりなりにもビジネスの、プロジェクトの現場を知っている人間にとっては、つまり「自分のやりたいようにやっていいってことだよね?」って話になる。編集者が「オレの言う通りのこと以外はやるな」って言ってくる出版社より、よっぽどやり易いってことになる。
だから、8月15日。筆者は改訂された契約書に押捺し、一部を控え一部を出版社に返送した。
8月15日。実は、(ほぼ間違いなく)この日が運命の日だった。
この出版社、ある大手企業複合体の末端に位置していた。が、残念ながら売り上げが振るわず赤字を垂れ流しており、資金も枯渇しかかっていた。
そして(この日かどうかは筆者の想像だけど)この8月15日。親会社から、追加資金の融資を断られたようだった。そしてその数日後には、このグループのHPの出版部門の会社名の欄から、この出版社の名は削除された。
(1,894文字:2023/07/26初稿)