ルージュとニンジャとサイボーグと騎士とギャル 3
瑠朱の複雑そうな表情は置いておいて、サヤギのその手際の良さたるや、大蔵ラン子はいよいよ閉口したかったが、ついつい色々漏れてしまう。もちろん、ほかのみんなに聞かれると気まずいのでトイレの中である。
「まじでなんなん、あいつ」
ラン子は掌中のスマートフォンに向けて言う。
『誰のことだ』
「ニンジャ」
『彼女は自分のことを忍者だといっていただろう。ならば、忍者だ』
「そういうことじゃねえだろ」
ラン子は頭を振った。
『苛立っているな』
「だってねえ」
ラン子はむきになって否定した。
『貴殿の心理に波を立てるのは我輩の本意でもない。だが、いくつか注意事項がある。まず、彼女には我輩が通用しない可能性がある』
「え、マジで?」
ラン子は思わず大声を上げた。
『彼女はおそらく、貴殿が我輩を使って催眠をかけている場面を幾度となく見ている。人間の意識を強制的に貴殿の言葉に向ける注意音波や画像、そして貴殿の言葉も、来るとわかっていれば備えられる』
「クソじゃん、マジ使えねえ」
『言葉が汚いぞ。それでは、紅世原瑠朱には好かれない。注意したはずだ、彼女に好かれたければ言葉遣いに気を配れ』
「はいはい、もーしわけございません」ラン子は苛々を嚙み潰しそういった。
『それに、彼女はおそらく、それ以外にも我輩の催眠術が効かない条件を把握している。もしかしたら、貴殿が百合畑親房に催眠術を掛けようとして失敗したところを見ていたのかもしれない』
ラン子は、この家に来て間もなく、百合畑親房に催眠術を掛けようとして怒鳴られたことを思い出した。
「だから百合畑親房に対し、催眠術が利きやすいように条件を作ったと考えていいだろう。彼女の父親は、たとえ生徒だけで構成された組織と言えど、生徒会などの『肩書』に弱い。それに、ああ見えても慈善活動にいそしむ自分の娘には肯定的だ。故に、そういった心情をくすぐることで我輩の術が浸透しやすいように意識を誘導したのだ。なかなかの曲者だぞ』
「つまり、わたしがバカって言いたいわけ?」
『そうではない……肯定的に考えろ。もう、お前が百合畑親房を嫌ったり避けたりする必要はなくなった。これからはボランティア部の代表として寝食を共にする『大蔵ラン子』になるのだ』
「はいはい。わかりました」
『あと、今後は我輩との会話も控えた方がいい。これは我輩の至らないところだったが、まさかあそこまで見事に気配を消せるものがいるとは思わなかった。我輩の声は聞こえていないだろうが、お前の独り言に疑問を持つのは容易い』
「それな。まあいいや。でも、なんかあったらマジ頼むわ」
『我輩は貴殿と一蓮托生である。共に助け合おう』
ラン子はその言葉を聞きながらスマホを鞄にしまい、トイレを出る。廊下の明かりは落ちており、ラン子は無意識にスイッチへ手を伸ばす。
「やあやあ。随分と長かったでござるな」
ぱちん、というスイッチの沈む音に合わせ、ラン子の耳元で声がする。ひい、と悲鳴を上げてラン子は転がるように廊下の床に伏せた。
「そんなに驚くこともないでござろう。サヤギにござるよ」
「わかってるって。急に話しかけんな」
思わずラン子の言葉がとがる。
「それは申し訳ないことをしたでござる。いやなに、随分と長いので誰かが心配しそうでござった故」
そういってサヤギは手を伸ばす。よく見ればその格好、すでに瑠朱から借りてきたのかジャージ姿に変わっており、片方の手にはきれいに畳んだ制服を持っている。どうやら着替えた後らしい。
「知らんし。お前には関係ないじゃん」
「そんなことないでござる。これからはルージュ殿の元で暮らす仲間でござろう」
「知らんし」
ラン子はそういって、サヤギの手を無視して立ち上がる。
「片づけは終わったでござる。みんな奥の部屋に集まっているでござるよ」
「知ってるし」
台所へ戻ろうとしたラン子はぴたりと足を止めた。真逆の位置である。チッ、と小さく舌打ちをすると、くるりと反転し、サヤギの脇を抜ける。サヤギはやれやれと肩をすくめるとその後を付く。




