ルージュとニンジャとサイボーグと騎士とギャル 2
「これからお世話になるのですから、別にお気になさらず」
そういって十封高等学校生徒会書記川崎しのぶ、こと自称忍者サヤギは出前の寿司をとりわけ百合畑親房へ手渡し、
「いえ、ごちそうになっているのですから気にしないでください。わたしが好きでやっていることです」
と言って、慣れた手つきで缶ビールをわざわざ彼のグラスへ手酌し、
「随分と肩が凝っていますね、どんなお仕事をされているのですか?」
と、肩まで揉みだし、
「そうだったのですね。瑠朱さんは役員ではないのに様々な行事をお手伝いいただいてとても感謝しているのですが、あまりお父様のお話は聞いたことがなかったので楽しいです」
そしてさらにビールを注ぐ。
「瑠朱さん、素敵なお父様なのですから、普段もぜひお話を聞かせてくださったらよかったのに」
十封高等学校生徒会書記川崎しのぶ、こと自称忍者サヤギは急に話を百合畑親房の娘、紅世原瑠朱へ振った。
「いえ、そんな、別に」
紅世原瑠朱は珍しく、歯切れの悪い返事をした。さっきから気まずそうに俯いている。それもそうである。思い出せないほど久しぶり、百合畑宅の食卓を父と囲む紅世原瑠朱の内心は、形容しがたいものであった。この食卓、広さはせいぜい四人で囲む程度故、来客用の机を引っぱり出して使うことになった。都合、百合畑宅の食堂には大きめの机二つを並べ、少女五人とおっさん一人がついていることになる。
「そんな、本当に大丈夫ですから、ね、川崎さん」
顔を真っ赤にした親房がへなへなとそういった。顔が赤いのはもちろん、照れているわけではない。たまに晩酌をするものの、彼は別段、酒が強い男ではなかった。
「わたし、あまりお父さんが家にいないので、こうしていられる瑠朱さんが少しうらやましいです」
「僕は普通のことをしているだけですから。川崎さんのお父さんはどんなお仕事を?」
「うーん、コンサルティング、とでもいいましょうか。小さな会社を経営しているのですが、うーん、あまり話す機会がないのであまり詳しくなくて。申し訳ございません」
サヤギの嘘はいよいよ堂に入っている、が、一方、本当に忍者かわからない以上、実はこっちが本当なんじゃないか、という疑念が瑠朱には生じていた。とにもかくにも、自分の父親がいいように謎の少女の手玉に取られているの様は心中複雑であった。酔っぱらった上、どこかにやけているように見える彼の表情は、瑠朱が見たことのないものであった。
「それは申し訳ないことを言ってしまった。どうですか、ジュースでも」
「ありがとうございます。いただきます」
「ところで、その、アメノさんたちはどこの国からの留学生なのですか」
急に親房の関心はそのほか三人に向いた。否、彼なりに酔っぱらった頭で話を回そうとしたのだろうか。
瑠朱と同じく顔が完全に固まっていたそのほか三人は、急に背筋を伸ばした。そこですかさず、サヤギが口を開く。
「アメノさんはオーストラリアからの留学生です。アメノさんはアート方面での活躍を目指されているそうです。ガーラさんはドイツからの留学生で、小柄に見えますが、こう見えてドイツの柔道で優勝もしている立派な選手です。もしかしたら、何年後かにオリンピックで活躍する姿が見られるかもしれません」
突然飛び出した大嘘にアメノとガーラは首を傾げた。アメノはともかく、ガーラにとっては知らない言葉を並べられてしまった。
「ほう。それは素晴らしいですね。そういえば瑠朱、うちにも広い畳の部屋が……」
「競技用の畳と普通の畳は違います。危ないのでそういうことはよくありません」
瑠朱はきっぱりと言った。百合畑親房は一瞬むっとした表情を見せたが、
「大丈夫です。わが校にも、このお屋敷に負けず劣らずの柔道場がありますので。しかし、畳の香りのよさなどは負けてしまいますね。お手入れはお父様が?」
何につけてもサヤギは褒めるのを欠かさない。
「いや、恥ずかしながら全部娘がやっております」
「まあ、さすがは瑠朱さんですね。でもたまにはお父様もされてはいかがですか? お仕事は座ってばかりと伺いましたし、体を動かすのも悪くはないですよ。わたしもお手伝いさせていただきますので」
「いや、もう年であまり運動は……」
「そんな、まだまだお元気でしょう。謙遜なさらずとも大丈夫ですよ」
そういってささ、とさらにビールを注ぐ。すでに缶は四つ空けられ、しれっと五缶目である。そういえば、こんなにビールを飲んでいる父親を見たことがない、と瑠朱は思った。
「あーいや、川崎さん? もう、そろそろ……あー」
とりあえず注がれた分を飲み、そして何の嫌がらせか、笑顔で、あくまでも嫌味を見せず、サヤギはさらに空いたグラスへすかさずビールを注ぐ。いい気になった親房は、ついにそれをぐい、と飲んで、急に言葉が出なくなった。
「もう、今日はお開きにしましょうか。お部屋へお連れしますね」
「あー、うん」
心なしか、親房の顔色が赤から青白く変わっている。
「わたしが運びます、ご迷惑はかけられません」
瑠朱はすかさずそういった。
「では、お手伝いしましょう」
瑠朱はむっとした表情のまま、自身の父親の腕を引いた。酒臭かった。引っ張る瑠朱と、背後から背を支えるサヤギ。もはや逆らいもせずにふらふらと、しかしスムーズに百合畑親房は自室に納まった。
「おやすみなさいませ」
最後まであくまで生徒会書記の優等生らしくサヤギはそういって彼を送った。
「どういうおつもりですか」
部屋を後にし、瑠朱は訊ねた。
「せっかくお家にお世話になる身、拙者を含めて、この人数を収めるなら、もう語らぬ、では済まないでござろう。しかし、これくらいしておけば、もう何も言われないでござろう」
雄弁にサヤギは言った。すでに眼鏡をはずし、縛っていた髪を解いている。
「もしも、ガーラさんやアメノさんに父が話しかけたとき、嘘がうまくいかなかったらどうするおつもりですか」
「見ての通り、今日のことの仔細は大して覚えていないでござろう。結局、わからないことだらけ故、一番よく覚えている拙者を父上は頼るはずにござる。何か父上が二人に言いたいことがあれば、拙者を通すはずにござろう。ご心配召されるな、拙者が全部うまく回すでござる」
うまく回す――瑠朱はさっきの食卓を思い出し、鮮やかに嘘を振りまく彼女を思い出した。
「そう。わかりました」
なんといっていいのかわからず、瑠朱はつい返事をしてしまった。
「それに、なんだかんだよいお父上ではござらぬか」
「どこが」
瑠朱は声を張った。
「まあまあ。ルージュ殿、お父上はきっと、もっと頼れば応えてくれる人にござる。ルージュ殿がいつか、大望を抱いた時、本当に力になってくれると拙者は思うでござる」
「そうでしょうか」
「思うに、普段からもう少し、話してみてはいかがでござろうか」
「そうは思いません」
「とにかく、ひとまず静かにしておくでござる。とりあえず、食卓の片づけをするが肝要にござろう」




