ルージュとニンジャとサイボーグと騎士とギャル 1
「というわけで、実は拙者、ずっとルージュ殿の傍でしのんでいたのでござる」
紅世原宅、大部屋。二十時五分。けったいなランニングスタイルの少女はそう告白した。残り四人、紅世原瑠朱、大蔵ラン子、ガーラ・ダラ・ゴルディラ、アメノ・マークアローは紅世原宅の大部屋で一人びしっと印を切ってニンジャアピールする彼女を呆けて見つめていた。
「どうしてですか」瑠朱は問うた。
「本当は助けてくれたお礼をすぐさまいうべきだとは思ったのでござるが、これはもう忍びの性でござる。あと、忍び的にも未知の土地に来たらとりあえず情報収集が基本でござる。人を知りて世を知りて、影に紛れて様子見でござる」
一人納得気にうん、うん、とうなずく。彼女は言動もけったいであった。
「待って、つまりその、サヤギ、さんは、ずっとるっぴーとかわたしのこととかも見てたわけ?」
「見てたわけでござるなあ」得意げにけったいな少女=サヤギは言った。
「なんとなく、時々家出るときとかに視線は感じてたけど……」
「そうでござるな。たまーに声を掛けようか悩んだことがあったでござる。でもやっぱり、視線とかが合いそうになるとついついそむけてしまうのがまた、忍びなのでござる」
照れるように首を振り振り彼女は言った。
「整理させてほしい。つまり、サヤギさんは、数週間前に川で溺れて倒れていたところをルージュに助けられ、そのまま病院に行き、目が覚めたからとりあえず抜け出て、ずっとこの街に潜伏していたというのか」
「川で溺れていた下りはうっすらでござるが、その通りでござる、アメノ殿。そのままお礼も言えずにルージュ殿の傍で忍んでいたらこの度、あの化け物がルージュ殿の前に現れ、あわや危ういところを颯爽と拙者が助けたのでござる。アメノ殿もガーラ殿も間に合いそうになかったでござるから、まあ、仕方なしでござる」
どこか含みのある言い方に、アメノとガーラは同時に眉をひそめた。
「もちろん、咎めているわけではござらぬよ、お二人とも。白星殿と一緒にルージュ殿を気絶させるのも選択肢にはござったが、人に隠れて悪を斬っていてはいつまでもルージュ殿に礼の一つも言えないまま。そこで拙者、堂々と見参仕ったわけでござる」
「とりあえず、サヤギさんがあれから無事だったのはよかったよ」
瑠朱はサヤギのことをそう総括した。
「時間がかかってしまったこと、誠に面目ない。それと」
そういってサヤギは背負ったリュックサックを降ろし、そのまま膝を折って丁寧に、三つ指を立てて頭を下げた。
「先日は、拙者の命を助けていただき、誠にありがとうございました。この御恩、拙者の一生を以て返させていく所存にござる」
先ほどのけったいな態度とは異なり、きちんと彼女は頭を下げ礼を言った。
「そんな、大げさなことはしなくていいです。顔を上げてください。それにもう、わたしは助けてもらっています」
「あんなもの、拙者にとっては些事でござる」
サヤギは頭を下げたままそういった。
「それと、恩人にこう言うのも難でござるが、そろそろ野宿と兵糧丸では厳しく、ずうずうしいのは承知でござるが、必ず役に立つ故、拙者もルージュ殿の家にご厄介になりたく候」
「いいよ。今更だし」
瑠朱はあっさりとそういった。一瞬、ガーラ達から小さく困惑の息が漏れた。
「ただ、サヤギさんがどういう人なのか、改めて説明してほしいんだけど、大丈夫ですか」
「もちろんでござる」
そういってサヤギはぱっと顔を上げた。
「拙者、名はサヤギ。西暦千五百年代、東北の歴史に名の残らぬ小大名に仕えていた草の者、いわゆる忍者でござる。当時、仕えていた殿が討ち死にし、我ら忍びの一族が骨肉の争いをしていた頃合い、何の因果か、この時代に来てしまったのでござる。質問があれば何でも答えるでござる」
さっぱりとサヤギは言い切った。
「いまいち、あなたがその、古い時代の人間とは思えないのだが……」
アメノが言った。確かに、言動はともかく、サヤギは恰好だけならかなり現代に染まりきっている。
「それはそうでござろう。なにせ、『我々』のなかで一番この時代に長くいるのは拙者でござるからな。その間にたっぷり勉強させていただいたでござる。近代にいたるまでの歴史や言葉遣い、慣習にいたるまで、すべて『ラーニング』済みでござる。まあ、この程度は潜入の専門家、ニンジャの領分でござる」サヤギは快活に答えた。
「まあ、確かに? どこかの誰かさんみたいにここがどうやら自分のいた時代とか? 場所でないことに困惑はしたでござるが? もう過去のことでござる」
「いちいち含みが過ぎるぞ!」ガーラが声を上げた。
「拙者は誰のことか一言も言ってないでござる。それとも、心当たりがあるのかな」
「お前、やはり見ていたな!」ガーラが顔を真っ赤にしてそういった。
「落ち着いて、ガーラさん。サヤギさんもそういうのはよくないよ」瑠朱は素早くたしなめた。
「確かに大人げなかったでござる。申し訳ない」
あっさりサヤギは謝った。
「謝るついでに、確かにアメノ殿がいろいろと勘繰ったりしたくなる気持ちもわかるし、これから拙者は皆に世話になる身。ここで一つ、皆に重要な情報を手土産として伝えたいと思うでござる。これでどうか、拙者とも仲良くしてほしいでござる」
そういって、サヤギは神妙な表情になった。
「ふん」とガーラは鼻を鳴らした。
「実は、どうやら拙者がこの街に現れることを、事前に知っていた人物がいるようでござる」
「どういうこと?」
瑠朱が食いついた。三人も一様に、え、だの、どういう、と困惑を示した。
「故に、その者を訪ねることができれば、拙者らの置かれている状況、つまりこの、『正しくない』状況の経緯を知る事ができるのではないかと思うのでござる」
「それは誰だ」ガーラが言う。
「それは……」
サヤギが言いかけた、その時である。
「瑠朱、玄関の靴が多いぞ、これは、どういうことだ、って増えてる! 増えてるぞ! 人が! 増えてる! いい加減に説明しなさい!」
大声。そう、この家主、百合畑親房が戸を開けて現れた。
「今、それどころでは……」ガーラがすかさず膝を立てる、のをサヤギが立ち上がって制し、そのままぺたんと座らせた。はっとしてサヤギの顔を追おうとしたガーラだったが、そこにもう彼女はいなかった。
「忍法、疾着替えの術」
その代わり、サヤギの小声が彼女の背後で聞こえる。
「それは申し訳ないことをいたしました」
そして、次の瞬間にはサヤギが親房の前に立つ。なんと誰よりも殺気立ち、出て行けと言わんばかりに嫌悪の気を発す瑠朱よりも先に動き、自然にその動きを封じていた。
「きちんと、ご挨拶すべきでした。重ねて、お詫び申し上げます」
そういうサヤギの姿は見違えていた。なんと、十封高等学校の制服を着ているではないか。それどころか、眼鏡までばっちりかけている。
「誰だ、君は!」
「お父さん、わたしの……」サヤギに怒鳴る親房を抑えに瑠朱が声を上げるが、
「いいえ、ここは、これからも長くお世話になる、わたし達から伝えるのが筋でしょう」
急に丁寧な口調でサヤギは喋りだした。思わず、瑠朱ですら面食らって言葉を失う。
「はじめまして、わたしは川崎しのぶと申します。十封高等学校三年生、生徒会の書記を務めております。いつも、学校のボランティア活動についてはお嬢様の御世話になっております。生徒会でも、いつかご家族の方にお礼を言う機会があればと話しておりました。まず、代表してこの場で、おじ様にもお礼を言わせてください」
丁寧にお辞儀をしながら、サヤギは鮮やかに、かつ、すらすらと、あまりに大きく噓をたっぷりつき、いつもありがとうございます、と架空の礼を言った。
「は、はあ、否、こちらこそ。娘がお世話になっています」
それにあっさりと親房は飲まれてしまった。
「そして、この度わたしがこうして参上したのは、最近、おじ様のお家に出入りしている三人についてです」
「あの、子供たちですか?」
そうです、とサヤギは首肯する。
「こちらの二名は、最近わが校で行っている交換留学生プログラムの参加者です」
「な、交換……?」
親房は目を丸くしてそういった。ほかの四人は無言だったが、皆が皆、親房と同じことを考えていた――彼女は一体、何を言っているのか。
「実は瑠朱さんは、この交換留学生プログラムのホストファミリーとして立候補してくださっていたのです」
「何?」
あな恐ろしや、親房だけでなく、この場にいる全員が初耳の話である。
「本当は、もっと早く生徒会から、否、学校側から連絡すべきでしたが、そこはお嬢様に任せきりで、ご家族の方もよくご存じない、という状態であることにもっと早く気付くべきでした。昨日、こちらの、留学生のサポート役を務めるボランティア部の大蔵ラン子さんより、お話がうまく伝わっていないのではないか、という報告をいただくまで、まったく気づきませんでした」
「な、それは、どういうことだ」
「大蔵さんは、事前に留学生が泊まるお家を整える役を負っていたのです」
ラン子は初めて聞く自分の任務に目を白黒させた。
「ご家族の了承が得られないまま、ホストファミリーの話が進んでいたことを謝罪いたします。申し訳ございませんでした」
「否、そんな、それは……こちらこそ、娘がどうやら勝手にいろいろと話を進めていたようで、なんだか、その、申し訳、ございません」
謝った。瑠朱は自分の父親のしおらしい姿に吐き気を催した。
「それで、実はホストファミリーの登録は済んでしまっており、今から変更となると手続きが煩雑になります。また、留学先でこの二人を困惑させるのはよくないと学校側でも考えております。よって、生徒会ともちろん学校側でも、付きっ切りでサポートさせていただきますので、何卒このまま、留学生二人とサポート役の彼女のホストファミリーをしてはいただけないでしょうか」
「それは、急に言われても……」
親房は言い淀んだ。
「迷惑はかけないよう、わたしも監視させていただきます。勿論、生徒会と学校、わたしもサポートいたします。おじ様のご負担にはなりません」
親房は回想する。そもそも、負担といっても、ラン子やそのほか二人が増えたところで、自分が彼女らに接した時間は極めて少ない。家が広いおかげで騒音があるわけでも無し。しかも、今、こうしてやたらと丁寧かつしっかりした生徒が懇願している。
「わかりましたが、細かい書類を確認するまでは……」
「はい、もちろんです。後日、改めてお渡しします。学校を代表して、お礼を……」
「否、いい。もう、君がそうする必要はない。瑠朱、少し来なさい。これはどういうことなのか、聞かせて……」
「大蔵ラン子さん、そろそろ『アレ』を使ってはいかがでしょう」
一切後ろを振り見ず、サヤギはそう提案した。
『肯定だ。これだけ信じれば、貴殿のつたない言葉でもこの男を騙るに足るだろう』
「えっと、全部この人の言う通りだから、全部信じて!」
ラン子はスマホを取り出し、あまりにもざっくりした指示を慌てて飛ばした。
「そうだな。生徒会の人が言うならそうなのだろう」
ついにあっさり、この長文の嘘を親房は飲み込んだ。
「ありがとうございます。それでは、皆さん、きちんとアイサツと自己紹介をして、せっかくだからお寿司でも補給しませんか」
一瞬振り返った彼女は、随分と悪魔的な笑みを四人に投げかけた。




