ルージュとサイボーグと騎士とギャルとニンジャ9
昼食時。誰が言ったか、校庭になんかいる! の言葉に真っ先に反応したのは紅世原瑠朱であった。誰より先に校庭を確認すると、校庭で昼練にふけっていたサッカー部と、真っ黒な蜘蛛のような、巨大なダニの様な何かが目に入った。どう考えても『やばいもの』である。ついで、見覚えのある甲冑をまとった人影が、見知った少女を小脇に抱えて飛び出てきた。彼女は随分と落ち着いたもので、スマホを振り振り、そしてそのまま校庭にいる生徒たちを先導して校舎へ逃げかえっていった。
窓際に野次馬が溢れかえる前に、瑠朱は急いで教室を飛び出していた。彼女も校庭に出、この異常を捉えようと思ったのである。だが、彼女の耳はもう一つの異音を捉えたのである。
――もう一匹いる。
そのとき、瑠朱の頭によぎったのは同じクラスの友人、白星風美であった。彼女は教室に来ていないが、そういうとき保健室にいることもある。あのやばいものがどこから来たかは皆目見当がつかないが、あれらが下にいるのは、わかる。それを証左するように、階段の奥から生徒たちがどっと溢れてきた。瑠朱は慌ててその流れに逆らって階段を下った。そのまま一途、保健室へ。
「白星さん!」
瑠朱が飛びいると、ちょうど保健室の机で昼食をとっている白星風美がいた。
「どうしたの、紅世原さん」
とぼけた顔で風美は言った。おそらく、彼女はなんだか外が騒がしいなあ、ぐらいにしか思っていないのだろう。
「白星さん、なんか外が大変なことになってるからここをでよう」
瑠朱自体、外で起きているあれについて、詳細な説明は思いつかなかった。
「紅世原さんが言うなら……」
風美は事情が呑み込めない、という雰囲気を隠すことなくそういって、立ち上がる。信頼する瑠朱が言うことだから従う、それだけだった。だが、瑠朱は素早く風美の手を掴み、ぐいと引っ張って廊下に連れ出した。思ったよりも強い力で引かれ、風美は思わず顔をしかめた。
「あの、何があったの? 火事?」
「よくわからない」
瑠朱は正直に自分の感想を告げた。廊下にも、その先の教室にも人の気配はない。だが、瑠朱は廊下に出たのは悪手だったと直感した。
ぶぶぶぶぶぶ。
唸り声の様な、ねっとりとした泡がはじけるような不快な音。唯一廊下を支配する、気配の主。
赤黒い肉体に黒と金の毛がまばらに生え、その体から突き破るように生えた十本の脚。正面に空いた大きな穴は口のつもりだろうか、喉の奥まで黄ばんだ人間の前歯のような突起が乱雑に生えている。そんな化け物が、こともあろうに玄関側の廊下を塞いでいる。
「なにあれ……」先に言葉として反応したのは風美だった。
「走って。できる?」そう言って廊下の奥を指差した。
「紅世原さんは?」
「わたしは、大丈夫。白星さんより頑丈だから」
そういいつつも、生理的に触りたくない見た目をしているのはもちろん、そもそも触って皮膚が被れたりしないだろうか、と瑠朱は思案した。地域の清掃活動に参加した時、毛虫に被れて全身に発疹が出た人がいたのを思い出す。
「行って」
だが、そのとき、すとん、と瑠朱の握った手の先が重く感じた。化け物から目は放したくなかったが、一瞬ちらりと見てみると、目を潤ませたまま、彼女が腰を抜かして地面にへたり込んでいるのが見えた。瑠朱も見るの初めてだが、どうやらもう足腰に力が入らない様子で、恐怖に目を潤ませている。
「わたし……ごめんなさい、紅世原さん……」
一、彼女を置いて逃げる。論外である。
二、彼女を背負って逃げる。できる?
三、戦う。徒手で? 徒手で。
教室に竹刀が立てかけてあるのが口惜しい。
「動かないで」
瑠朱はそういって風美の手を放す、放そうとした。すると、風美の方からしゅるりと手を離した。わかってくれたか、と思ったが、異質なものを感じふり見ると、どうやら気絶している様子。ぐったりとして床に倒れていた。だが、それにしたっておかしい。気絶したのならもう少し派手に、どん、と床に倒れていてもおかしくないのに――。
そのとき、怪物はいよいよ大声を上げた。紅世原瑠朱にではない。
「あーあ、これじゃあ、忍びたくても忍べないでござる」
紅世原瑠朱の目の前にいたのは、化け物だけではない。いつの間にか、自分と同じくらいの背格好の少女がそこにいた。フード付きのランニングジャケット、白黒タイプの迷彩柄。蛍光ピンクの小型リュックサックが目に痛い。きゅっと結んだ長い黒髪が馬の尾のように愉快に揺れた。
「でも、そろそろ潮時だと思ってたので結果オーライでござる。ルージュ殿、拙者の活躍、とくと御覧じろ」
一瞬少女は瑠朱を振り見た。その横顔に見覚えがある。
「あなたは……」
「鶴にも仁義あらずんば、況や忍びをや」
そういって少女はふわりと地を蹴った。少女の動きに反応し、怪物は確かにその脚を振るったが、少女の速度には遠く及ばない。少女は化け物の腹の下にいた。いつの間にか下したリュックサックを化け物の腹に当て、無言でそこに掌底を当てる。すると、面白いようにその巨体が跳ね上がり、天井にぶつかり、蛍光灯を潰し、落ちてきたところを再び、少女はえい、と蹴りこみ玄関へ押し込んだ。だが、その程度で死ぬ化け物ではない。あっさりとその不気味な足を廊下に突き立て、と、そこでふと天井を眺め始めた。
急に雰囲気が変わったことを察し、ランニングスタイルの少女は動きを止めた。唸っていた怪物はそのまま、しばらく、ぶぶぶぶ、と唸っていたが、やがてそのまま、まるで何事もなかったかのように、消えたのである。まるで白昼夢であった。
「些か消化不良でござるが、まあよしとしてやろう」
そういってランニングスタイルの少女はぱんぱん、と手を払う。
「あの、ありがとうございます」
瑠朱は礼を言った。
「それは、拙者の台詞であろう」
彼女の物言いに、瑠朱はあっさり得心がいった。
「じゃあ、あなたはやっぱり」
それは、再会であった。瑠朱は回想する。数週間前、自分が河原でたまたま見つけた少女のことを。搬送先の病院で、そのまま行方不明になった彼女のことを。
「そう。拙者こそ先日、紅世原瑠朱殿に命を救われた鳥部流忍者、サヤギにござる」




