ルージュとサイボーグと騎士とギャルとニンジャ8
魔物など、いないのではなかったのか。
昨日の、否、今までの瑠朱たちとのやり取りを思い出し、ガーラは叫びたい思いに駆られた。
十封高等学校、校庭のど真ん中。そこでガーラ・ダラ・ゴルディラは真理甲冑と誓剣を手に、未知の怪物と対峙していた。幸い、周囲に人気はない。大蔵ラン子がスマホを片手に何やら騒いで、あっという間に人払いをしてくれた。あとは、この魔物を叩き切るだけ。
――否、これは本当に魔物だろうか。
姫の騎士とはいえ、姫につく前も後も戦線に駆り出されることは少なくなかった。故に、彼らのことはよく知っている。だが、目の前のこれは、一体何なのだ。
それは、適当に膨れた赤黒い肉の塊。ところどころに真っ黒な毛と金色の毛が轟轟と生え、正面に巨大な口がある。牙のようなものもあるが、人間の前歯のようなものも乱雑に生えている。目はない。いったいどうやってこちらを感知しているのか、皆目見当がつかない。極めつけはその九本の脚。昆虫の脚のようで関節から毛が吹き出、しかし足先に爪はなく、鋭く一本尖っているのみ。地面に突き立て歩くようだが、不便に見えて仕方ない。その九本のうち二本が正面に突き出ていて、まさにガーラを突き刺さんと振るわれている。
そして、機敏だった。全長はクルマ二台ほどあるにもかかわらず、器用に跳んでガーラの剣をかわし、その脚先を打ち込もうとしてくる。
がん、と衝撃が盾を伝わりガーラを揺する。この程度、誓剣の騎士となって以後、ますます耐えるに難くないが、それにしても異質な力を感じる。
魔物の脚先を裁いて剣を振るう。だが、対手はひょいと脚を上げてそれをかわし、代わりに踏みつけてくる。それをかわすことなく肩当で受け、流し、斬る。が、相手は器用に二本足で立ち上がり、見事に彼女の剣を避けて見せる。そして、今まさに今度は一本脚となってガーラを狙う――見切ったり。ガーラは突き出された脚を盾で往なし、魔物を支えるその脚を、すぱんと切り落とした。残り、八本。
だが、足を一本一本切り落とすなど言う酔狂に浸るつもりはない。足を落とされ、地面にどん、と落下した魔物の背後に回ったガーラは、そのまま剣の一振りで、えいや、とその胴体に切り込んだ。柄まで相手の肉に沈むほどの深さ。
慌てて身を引くと、案の定対手の体から出る出る、真っ黄色の不気味な体液。さすがに堪えたか、それは実に耳障りな音を立てて絶叫した。そして、間髪入れずに振り返り、体液が漏れることも気にせず、その大口を開けてガーラに飛びついた。
まだ動くか。
だが、すでにガーラはこの対手の動きも、力も理解していた。地面をしかと踏み込んで、逃げることをしない。そのまま盾を大いに突き出し、殴りつける! 残り八本のうち、一本でも地面につけて踏ん張れればよかったが、『これ』はそれをしない。ガーラに殴りつけられるままに魔物は地面にはじかれ転がった。
斬る、斬る、斬る。
ひっくり返った対手は、脚をひたすらじたばたさせて抵抗した。それをガーラはほいほいと切り捨てる。怪物の左側面の脚は全て斬りおとした。残り五本。空いた右側の体に剣を突き立て、えい、と斬る。勢いよく噴き出す体液を避け、距離を取る。と、すぐさまそれはガーラめがけて走り寄ってきた。驚くべきことに、それは足を逆側にへし折って、上下さかさまのまま、しかも右半身を引き摺り、ガーラめがけて突進したのだ。恐るべき執着である。だが、いくらやっても同じこと。もはや脚の本数、体液の消耗が怪物を弱めているのは自明の理。その大口の上から拡大した盾で抑え込み、縦に剣を入れて頭を半分に割ってやる。
「まだやるか」
だが、それでも化け物は、半分になった頭を不気味に動かし、ガーラを追うことをやめなかった。前言、撤回である。
――これは、魔物ではない。
魔物には大なり小なり知性がある。そして、どんな種であろうと、生きようとしていたはずだ。故に、逃げるもの、命乞いするもの、あるいは仲間のために勇敢に向かうものもいた。だが、これは、どうだ。
まるで、誰かに言われていることをそのままに実行しているような不気味さがあった。決して、これが自分に向かってくるのは生命力を担保にした行動ではない。逆に、誰かがこの化け物の生命力を担保に、けしかけてきているようにしか思えなかった。明確な根拠はないが、幾度となく魔物と戦ってきた勘が、彼女にそう告げていた。
「この!」
そうするつもりはなかったが、この化け物から移動する力を奪うためにも、すべての脚を切らねばなるまい。
ガーラの剣は金剛不壊の真理甲冑が前提の、不動の剣術である。暴れ狂う怪物の強固な一撃を躱さず受け止め、剣を振り上げ、防御しようとする脚ごと叩き切る。だが、怪物の放った一蹴りが、ガーラの体を崩した。慌てて地を蹴り後方に跳んで距離を取る。伸ばしてきた相手の脚を前腕で受け止め、爪先から膝、腰、胴、肩、と全身を回転させ、こじ開けるようにしてその脚の向きを反らす。それを止めとうと伸びてくる足など構うものか。彼女の剣術はそういうものである。剣が相手の上に置ければそれいい。あとは重量で押し切るまで。だが、そうなる前に再度、胴体を強く怪物の脚が叩いた。それだけで彼女は体勢を崩し、ただ相手の攻撃を弾くために剣を振った。ガーラは奥歯を嚙んだ。
それか……とガーラは周囲を見渡し、目がないことを確認した。アメノと戦った時も少し使ったが、あれをより大掛かりに行えば、こんな化け物造作もなく二つにできる。だが、これは秘匿すべき技、早々に使っては……ガーラが思案した時であった。
「離れろ!」
大声が校庭に響いた。ガーラが慌てて身を引くと、代わりに怪物へ巨大な何かが飛んできた――岩?
それも一瞬、ばん、と追突する音がすると、一瞬であたりに怪物の破片が飛び散った。急いで突き出した盾に、ごん、ごん、と破片がぶつかる音と衝撃が来る。
「怪我はないか」
背後から声がし、慌てて振り返ると、そこにアメノがいた。丈の短い、家の中の瑠朱とそっくりな、いわゆるジャージ姿であった。
「ないが、お前は……」
「自信はなかったが、投げてみたら当たるものだな」
「岩でも投げたのか」
「否、多分コンクリートの塊だ。いまいち使い方がよくわからなかったから拝借した」
怪物を粉砕したのは車止めの枕木だったが、今となっては一メートル弱の砲弾となって怪物を砕いていた。ガーラは胸の裡で、アメノの戦闘力については更新せねばなるまい、と思った。
「ラン子からメールがあった。なんだこれは。というかその、敵だと思って殺してしまったが、殺してよかったのか?」
とアメノは問うた。
「この学校の生徒に危害が及ぶ可能性があったのは確かだ。ランチタイムにあれが現れ、わたしが対処した。悲鳴が上がっていたし、この生徒にとって害悪なのは間違いないだろう」
「そうか。一応聞くが、これが魔物か?」
「……これは違う」
「この土地、固有の生物かもしれないが、パソコンで調べたときも、こんな生き物はいなかったはずだ。否、これがたまに街に出てくるというヒグマという生き物か?」
アメノは地面に散らばった化け物の破片に近づく。すると、破片はふ、と音もなく消えていった。
「……生き物ではなさそうだな。見た目は少し野良ナノマシンのスウォームが近いが、周辺にナノマシンの反応はない」
「とりあえず、いったん戻……」
そのとき、校庭をぱたぱたと走ってくる音がした。振り見ると、大蔵ラン子であった。走りなれていないのか、あまりにもけったいな腕の振りと足の動きに、二人は笑いを禁じえなかった、が、彼女が必死な様子を見、同時にとある結論に至る。
――まずい。
「ルージュはどうした?」「ルージュだ」




