ルージュとサイボーグと騎士とギャルとニンジャ6
「複雑な、味がする」
ガーラは人生初のピザをそう評価した。
「ウォルイーの様な酸味があるが、それとギーダが合わせてあるのか……? 濃厚な味わいが合わさってなかなかによくできている。あと、この葉っぱの香りいいが、食べていいのか? それにこの、薄いのにすごいふんわりしたパンのようなものが、これだけでも多分美味であろう。昨日のよりは手が込んでいるな」
「喜んでもらえてよかったです。昨日は凄い微妙な顔してたので」
「否、急ごしらえならあれが適当であろう。ルージュに文句があったわけではない」
食レポ中だったガーラは慌てて言いつくろった。
「うぉるいーとかぎーだはわからないが、パンはあるんだな」アメノは照り焼きピザを食い食いそういった。
「……そうだな。我が国にもこのような食べ物は、ある。が」
ガーラは急に静かになった。
「すまない、少し出る」
そういってガーラはそそくさと部屋を出ていった。
「ラン子さん、ガーラさんと今日一緒にいて、どうだった?」
「別に。普通だったよ。ずっと大人しくしてたし、剣道してた時もなんかすごかったみたいだし。しゅしょーさんもありがとうって」
「そっか」
瑠朱は少し思案すると、
「ちょっとわたしも行ってくる。二人は食べてていいからね」
瑠朱はそういって席を立った。こういうとき、広い家は面倒だ。うろうろしていたが、玄関の戸が開く音が遠くから聞こえてきたので慌てて外に出ると、サンダルを履いて外に出ようとするガーラを見つけることができた。
「外、お散歩に付き合ってほしいんだけど、いい?」
瑠朱の提案に、ガーラは静かにうなずいた。嫌がられたらどうしようかと思っていたので助かった。
もう日も落ちて、街灯だけがぽつぽつ距離と道を示している。その下を二人は取り留めもなく歩く。やがて、ガーラが口を開いた。
「あれは、火でもないし魔法で光っているわけではないらしいな」
「そうだよ。電気で光ってる」瑠朱は答えた。
「あの、クルマというのも、本当に魔法ではないらしいな。似たような道具は境界の最前線で使用されているが」
「そうですか」
「あと、アメノが使っていた、あのぱそこんというのも魔法じゃないし、それから、すまほ、か。あれもだ。てっきり優秀な術師が作り、高等な身分の者だけが持っているものかと思ったが、違った。ラン子だって賢くはなさそうだが、身分と知性は比例しないからな。気にしていなかったが、学校に行って気づいた」
「そうだね。みんな持ってる」
「それと、魔物も、この世界には、存在しない」
「そうだね。いないね」
「……」
ガーラは急に足を止めた。
「……そして、ブロキアも、ここにはない」
ガーラは言った。
「わかってしまったんだ、ルージュ。剣道部に行ってやっとわかった。あんなものは、ブロキアには、否、その周辺諸国にも、遠く東に行ってもないだろう。あれは、完全に遊戯だ」
……一応、みんな真剣だけど、と内心瑠朱は思ったが口には出さなかった。
「あの後、剣道部のみんなと食事もした。らーめんと言ったか、妙な料理だった。ブロキアにはない食べ物だ」
「店の中も変な感じだった。床とかはきれいだったが、なんか全体的に汚かった」
「でも、臭いは悪くなかった。だが、嗅ぎすぎると体調を崩す気もしたな。まるで、田舎の魔法のようだった」
「剣道部のみんなはいい人間ばかりだった」
「学業を嫌がるものがいるのはどこも一緒だな。わたしも好きではないし、兄達も嫌いだった」
「さっきのラン子もそうだが、あそこまで服にみんなが頓着しているのは驚いたな。貴族や社交の場に出るならともかく、あんなにあれで、楽しそうにしゃべれるとは」
「あと、すまほでいろんなどうがを見たぞ。不思議な体験だった。魔術でもあんなに精巧な動くものを映すのは難しいだろう」
「音楽も、なかなか独特だった。耳を突くような音ばかりで困ったが、リズミカルで不思議と胸が沸くような気もした」
「それと、みんなわたしの祖国のことをこぞって聞いてきたりもしたんだ」
「でも」
「そのとき、わたしは答えに、窮した」
まくしたてるようにしゃべっていたガーラがここで止まった。
「ブロキアは広大な山に囲まれた険しい場所にある国だ。年中気温も低く、かなり長い期間雪が降る。だが、その分、春を迎えたときの空の青さと山の鋭い白さはいつ見ても胸がすく。南に出れば海もある。それに、ブロキアは魔族と戦い周辺諸国を救ってきたんだ。その英雄譚を聞かせてやるのも悪くはない、はずだ。でも、言えなかった」
「……」
「わたしは、たった今日一日で、この『国』、否、なんというおうか、この国と、わたしのブロキアがある『場所』が異なることを、感覚で、理解してしまった。彼女たちにブロキアのことを喋っても、奇異の目で見られるはずだ。だって、ここにそんな国は存在しないから――嗚呼、わたしはとうに、わかっていたんだ。そんな、ブロキアがないなどと、わたしの口からは、到底いえまい、でも、それを認めたくなくて、ずっと」
やっとわかってくれたか、と瑠朱は内心安心した。と、同時に、ガーラの様子から察するに、随分とひどいことをしてしまったかもしれないぞ、と不安になった。俯いているからわからないが、ずず、と鼻をすする音がする。ついで、彼女は奥へ顔を反らし目を擦った。
「だが、だとして、ルージュ、ここは一体どこなんだ。ブロキアはなぜなくなり、どうしてわたしだけがここにいるんだ」
ガーラの声は震えていた。
「日本っていう国なんだけど、多分、ガーラさんがいたブロキアって国とは距離も、時代も離れてる。どれくらい離れているかは、わたしにもわからない。ブロキアって国がなくなったかどうかはわからない。でも確かなのは、ガーラさんがここにいるってことだけ」
「わたしは、帰れないのか」
「わからない。だけど、来ることができたなら、帰ることもできると思う。ガーラさんは、帰りたいの?」
「わたしは、ブロキアの姫、ミルキス様の騎士だ。だから、帰らなくてはならない。ミルキス様の御傍にいることが騎士の務めだ」
「そう。なら、わたしも協力する。わたしも、なんでガーラさんやアメノさん、ラン子さんがここに来たのか知りたいし」
「わたしも、帰るためには協力は惜しまない。その時はぜひ、ルージュにも一緒に来てほしい。その、お礼もしたいしな。その、領地ではない、なにか、別の方法で、必ず」
そういってガーラは顔を上げた。だが、いまいち目線は合わせてくれなかった。再びずず、と彼女は鼻をすすった。
「わかった。楽しみにしてる。じゃあ、とりあえずわたしの家に帰ろう。みんなにも手伝ってもらわないといけないと思うから」
「……不本意だが、仕方ないか。否、待て、あの二人は何者なのだ。さっきの口ぶりだと、まるで二人も帰れないようではないか」
「うん、多分ね。でも、アメノさんは帰りたいとは聞いてないし、ラン子さんはそもそも、どこから来たのかも教えてくれないし。でも、ガーラさんは帰りたいんでしょう」
「待て、なんかその雰囲気はよくない気がする……否、でも、姫の騎士としてはまず、ブロキアに戻れるなら戻らねばなるまいが……」
そういって、固まってしまったガーラに瑠朱は辟易した。
「大丈夫? 考えるのは後にしない?」
そういってガーラの手を引いてやる。あ、とガーラは小さい声を漏らす。
「ごめんなさい、痛かったですか」
瑠朱は慌てて手を離した。
「否、そういうわけではない……大丈夫だ。道は覚えている」
そういってガーラはすたすたと道を行く。その後ろに瑠朱の気配を感じる。この先、自分はブロキアに帰ることができるのか、そして、帰るとき傍にルージュはいるのか。




