ルージュとサイボーグと騎士とギャルとニンジャ4
「侵攻である、それも、即時!」
摩訶不思議、宙に浮いた鏡に向かって、姫はそう絶叫した。その言葉を聞いて、ブーム・ブーマ・ケドドム=ケドドム卿はその虫のような体をびくり、と震わせた。鏡に映る彼の驚く様に、姫は不快感が増し、思わず唇をかんだ。
「落ち着いてください、姫。彼らの言う、舟が出来上がってからでもよいのではないでしょうか」
ケドドムは慌ててそう言った。
「駄目だ。もうわたしは十分に待った。先行しろ、ケドドム。先にかの国を侵略し、ブロキアの属国とする」
「しかし、先行については彼らも否定しています。命の保証はできない、と」
「誰の?」
「わたしの、です、姫」
「ならば、よいではないか。一族はお前だけ、先の戦争では失態を演じたお前の地位など知れたもの。魔王もそう言っている。だが、かの国で戦果を挙げれば魔王もお前を取り立てるだろう。先行しろ、結果は『今と変わらぬ』」
ケドドム卿は言葉に詰まった。
「即時。奴らに頼んで先行させてもらえ。その先でお前は勝手に増えていろ。わたしがかの国に到着し次第、地上と天上の双方よりかの国を攻め落とす。以上だ」
「そんな……」
「聞いていたな、火の国。これを先行させろ」
姫の言葉にケドドムは慌てて振り返った。そこには、真っ赤な、かっちりとした詰襟の服を着た人形がいた。彼らの技術があれば、より精巧な人間を模したものを作るのは造作もないだろう。だが、あえてその顔はつるんとしていて、大きな目と鼻のようにとがったパーツがついているのみ。ケドドム卿はあまり好かなかったが、どちらかといえば愛嬌があるようにも見える顔をしている。
「指定座標までケドドム様をお連れする、そういうことでよろしいですか」
「構わぬ。費用については、要らぬよな」
「はい。もとより、この転移については我々も情報が欲しいところです。可能でしたら、転送先の情報をケドドム様からいただきたく存じます。それで、取引とさせていただきたいです」
「よい。姫の口約束が気に入らぬなら、お前たちの好きな請求書とやらを発行しておけ」
「かしこまりました。今後とも、よい関係を」
「うむ。任せたぞ。では、卿よ、行け」
「……はい。姫」
その一言を最後に聞き、姫は机の上の箱をきい、と開いた。すると、宙に浮いていた鏡が割れ、そのままばらばらと移動して箱の中に納まった。
一方、火星にいるケドドム卿は絶望を持って宙に浮く鏡をいまだにじっと見つめている。
「ケドドム様、用意は早く済まされた方がよいかと」
火星の使者はそういってケドドムを部屋から出るように促した。
「わかっている」
そういって、ケドドムも二対の腕用の脚のうち一本に持たせていた箱をきい、と開き、鏡を片付ける。そして、ばっくんと大口を開け、その箱を口腔に飲み込んだ。さらに、そのまま人間の頭部を縮め、昆虫めいた頭殻にしまい込む。
「姫の命の通り、好きにしろ」
「では、指定座標までケドドム様を安全に送り届ける輸送船を手配いたします」
「お前たちは乗るのか」
「いいえ。自動操縦です」
「だろうな。だが、お前たちの仲間が一人ぐらいいた方が情報は好きに手に入るのではないか」
「いいえ。ケドドム卿。すでに一度、我々の仲間がその指定座標に移動したきり、連絡が途絶えています。我々と同じく機械や観測装置も送り込みましたが、結果は同じです。我々や、反響体では指定座標に発生した現象に堪えられない可能性があります。唯一、近似の現象に遭遇し生存しているのはあなただけです、ケドドム様」
火星の使者の言葉に、内心ケドドム卿は否定を入れた。自分は生存したのではない。死ななかっただけだ、と。それに、自分が生存したのは、彼らの言う現象とは異なる。ケドドムが生存したのは、ブロキア領内の城、ハルネン城を支える大樹の洞の先を確かめよ、という魔王の実験からだ。それも、火星の使者が偶然ケドドムを見つけなければ死んでいたに違いない。
「ケドドム様。いかがされましたか」
火星の使者の表情は読み取れない。
「いや。いい。行くぞ」
ケドドムは覚悟した。確かに、姫の言う通り、自分には死ぬか、戦果を挙げるしか道はない。そうでもしなければ、自分が欲する『真理』は得られないのだ。
その四本脚を器用にさばき、彼らの用意した机や、結局使わなかったベッドなどを避けて外に出る。そこから先の光景に、ケドドムは首を捻った――相変わらず、不明な技術だ。
ケドドムの眼前に広がるのは、広大な、黒い壁、否、『向こう』と、真っ白な理路整然とした空間だった。剣闘士が戦う剣闘場や舞踏会の会場などとは比べ物にならないほど広い。それを構成する素材は、金属や大理石でもない『なにか』で、ぴたりと理路整然と敷き詰められているおかげで極めて清潔に見える。そして、その中を浮いて移動する巨大な箱たち。魔術や神誓の気配はないのに、いったいどうやってこんな現象が起きているのか、ケドドムには皆目見当がつかなかった。だが、一番目を引くのは、やはりその奥、巨大な黒。それは、一面透明なガラスのようなものが嵌められていて、彼ら曰くこれは窓。この黒が『外』だという。
「さあ、こちらへ」
先を行く火星の使者が促す。移動する巨大な箱を尻目に、階段を下る。そこが彼らの工場であると聞かされていた。
「ほお、できているではないか」
そこにあるのは、巨大な城であった。火星の使者とケドドムは、手すりこそあれ、幅は人間の体二つ分しかない細い通路を渡っている。その下に見下ろす形で、城はあった。
「我々はブロキア国との取引に従い、鹵獲駆逐艦〈クゥ〉を改装しています。すべてあなたの姫と魔王の指示通りです」
「そうか」
魔王と火星の使者の取引の内容について、ケドドムはあまり知らされていない。だが、彼らは、自分が体内に持っていた『鏡』を利用して取引を行い、こうして空飛ぶ城を手に入れようとしているのだ。その見返りに、おそらく自分は利用されている。彼らは、自分が洞を通って移動してきた方法、否、その理屈を知りたいのだ。それには、たくさんの実験が必要なのだろう。この空飛ぶ城も、彼らの実験の過程に過ぎない。
「ケドドム様はあちらに乗っていただきます」
火星の使者が指差すのは、その城と比較すると小屋ぐらいしかない大きさのものを指した。
「あれが輸送船です。不満ですか」
「なぜそう思う」
「そう観測しました」
「侮るなよ」
「失礼いたしました。先を急ぎましょう」
ケドドムは内心ため息をつく。すでに覚悟は決めた。そして、これからはこの人形たちとも会うことはない。そう思うだけで気が晴れる。そうだ、わたしはこのまま、彼らの輸送船でかの国に行く。魔王様が預言で知った、ブロキアも魔王もまだ手にしていない新天地。そして、ケドドム卿だけが知っている預言の地。できれば姫と使者たちの契約で作られるこの天空城を利用して移動したかったが仕方ない。こうなっては、先行の利を生かして、好きにやらせてもらう。そうだ、好きにやるのだ。
――そこに、消えたはずの我が伴侶、ガーラ・ダラ・ゴルディラが生きているのだから。




