ルージュとサイボーグと騎士とギャルとニンジャ2
この国の料理、というには随分とあっさりしたもの(わたしやアメノの来訪が急だったため、慌てて用意したのだろう)、で、とりあえず空腹を満たした後。ひとまず、本国に帰るまでは紅世原瑠朱の家に厄介になることが決まった。伝令所や領主がいる屋敷がないか尋ねたが、そんなものはない、と言い切る彼女には辟易したが、今後はなるべく自分傍にいてほしい、というルージュの言葉に悪い気はしなかった。おかげで、
「ところで、わたしの友達がいる剣道部に付き合ってあげてほしいんだけど、いいですか? わたしはこの通り、腕を怪我してしまっていて勤まりそうにないのです」
という言葉にも、わかった、と二つ返事してしまったのだ。しかも、その後は対して瑠朱とはいることができず、代わりに大蔵ラン子とずっと一緒にいた。その上、何を言っているかはわかるが何をしているかわからない座学まで受けさせられた。こんなことをしている暇があれば、機でも織るか家畜の世話か、畑にでも出た方がいい、そう思った。
「……」
「じゃあ、ガーラさんはこの辺で」
隊長の彼女に誘導されて、定位置につく。この部屋の端から三分の一ほどが、自分とこの教え子五人のスペースらしい。五人がガーラの前に並んだ。
「こちら、改めて、紅世原さんの代わりに稽古に来てくださったガーラさんです。ガーラさんへ、礼!」
隊長の号令に五人は、よろしくお願いします! と大声を上げて頭を下げる。どうすればいいかよくわからなかったが、ガーラも浅く頭を下げた。
「稽古前の挨拶でも伝えた通り、ガーラさんは日本に来て日が浅く、剣道文化にもあまり通じていないそうですが、西洋の剣術が得意だそうです。先輩と先生には内緒ということで、無礼講重視、みたいな、感じで楽しく技術交換するように」
「はい!」五人が一斉に返事をする。この威勢のよさだけは兵士のようであった。殺気や覚悟のようなものを感じない、どこか間抜けな感じがあるのは、戦場に出たことがない新兵ならば、と思うことにする。それはこの、隊長の女にも言えることだが。
「これどうぞ」
そして手渡される剣を模した何か。幼いころ使っていた木剣すら今思えば枝だと笑えるが、これには失笑すら浮かばない。すかすかの木の棒である。これで練習とは、笑わせる。竹刀、というらしいが。
「では、順番に」
随分と適当な指示だったが、彼女たちは慣れているようである。おそらく、ルージュの時も同じく、杜撰に進行しているのだろう。
隊長の彼女は少し離れたところへ移動した。一応、彼女も面倒を見るようであった。腕を組んでふふん、と少女五名と、こちらにも気を張っている。なるほど、隊長というだけあって、実力はどうせ自分に及ばないが、将器だけは多少感じる。
と、隊長の様子を伺っているうちに、一人の少女が前に出て、こちらに剣を向けているのに気付いた。すでに冑もどきの面をつけ臨戦状態のつもりだろうか。しかして、特に構えもしないわたしに困惑しているようであった。彼女はしきりに隊長へ視線を送っている。と、隊長がこくん、と頷いた。すると、少女はぱっと弾ける様に剣を振り上げ、ヤァ、と大声を上げて斬りかかってきた。
武道場内に、ぱん、と軽やかな音が響き渡る。
右手に竹刀を受け取ったままの姿勢だったガーラは、言われなければわからないほどわずかに右足を前に出し、爪先、膝、腰をほんの少しだけ運動させ、波のごとくうねりを作り、ついでに竹刀を振り上げた。振り上げた竹刀は相手の竹刀の鍔を下から打ち上げ、大きな音を立てたのだ。ついで、打たれた少女は大きく上体を反らし、おっとっと、と片足で一つ、二つ、三つ、と後退して落ち着く。彼女からしたら、よそ見をしていた相手に、いとも簡単にやり返されたように感じるだろう。すでにガーラは高く振り上げていた腕を戻している。ともすれば、ガーラは何もせず、ただ相手がのけぞって転びそうになっているようにも見えるだろう。
当の相手は、もちろん茫然としている。
「もう一度」
隊長の言葉に、今度こそ、と相手が気張るのを感じる。少しはやる気になったかと、彼女の形に合わせて竹刀を両手持ちしてやる。普段は左手に盾、右手に剣を持つガーラだが、元より諸手の戦い方も心得ている。それに、戦いの最中に対手の剣術を見切るのも騎士の技。この部屋の残り三分の二で剣を振るっている人たちの動きから、彼らの剣術の大体の基本はすでにわかった――わかってしまった。
対手の少女が剣を出そうとする気配を感じる。そこで、切っ先の向き先をわずかに変え、ついでに一歩だけ踏み出す。すると、再び、竹刀同士がぶつかる音がする。対手の少女が今、まさしくガーラの竹刀の切っ先に向けて振り下ろしたからである。切っ先同士がぶつかり、再び少女は後ろにのけぞった。ガーラが腰を据えて剣を構え、ついで爪先から重心を前に走らせていたからである。少女は今、まさに地面に向けて剣を叩きつけたに同じであった。幼稚な。自分の振る剣がどこに向かっているかも追えていない。確かにわざとぎりぎりまで剣の向きは変えなかったが、自分がやったことといえば、剣をそこに置いただけ。この程度見切れずしてどうするつもりか。そこでふと、この隊長の言葉を思い出す。
「鹿島とか、そういうのっぽいね」
小声で隊長の女がそうつぶやいたのが聞こえた。わたしのはゴルディラ家の剣術である。何をいうか、とガーラは思った。こいつらは何も知らないのだ。
――可愛がってあげてください。
そう、児戯、か。
少女の態勢が整わぬうちにガーラはぱっと剣を振り上げる。すると、喜び勇んで彼女が大声を上げてガーラの胴へ剣を振る。が、その剣は見事に宙を切った。ガーラは勢い良く振り上げただけである。焦っていた彼女は、ガーラが攻勢に出たと勘違いしたに違いない。大きく剣を振って飛び込んでくると考えた彼女が空ぶった形になった。否、彼女の剣が空を切った原因はそれだけではない。そもそも間合いの取り方がへたくそであった。はあ、とガーラは内心ため息をつく。
ごりごりごりごり。
大分前のめりになっている彼女が大勢を戻す前に、その頭の上に剣を乗せてやる。そして、撫でるように切っ先を回す。こうすれば満足か。恥辱か困惑か、反応に困っているらしく、相手の少女はついに撫でられるままに動かなくなった。
この調子では、今日は存外に長いぞ、とガーラは考えた。




