ルージュとギャルとサイボーグと騎士15
「違うんです。わたしは別に喧嘩がしたかったわけではないのです」
とは、青髪の彼女の言。
「では、何故公園で暴れる理由がありますか」
と紅世原瑠朱の詰問。
「それは、この子が暴れるからです」
「暴れてなどいません。最初に手を出したのはそちらの魔物です」
と甲冑の少女の弁明。
「だが、武器を出したのはそっちだ」
「違う、外に出ようとしたわたしを急に羽交い絞めにしたではないか!」
「それは窓を割ろうとしたからだ!」
「なら口で言えばいい!」
「言うより先に割ると判断したからだ! 外の大気成分が不明である以上、この正常な空気を変質させるわけにはいかない!」
「言えば止めた! それにお前の理由はよくわからない! 外も中も空気は空気だ!」
「違う! この環境が異常なんだ! なぜそれがわからない!」
「……るっぴー、わたし眠い」
「そうだね。わたしも最近疲れちゃったかも」
紅世原宅、二十時二十二分。大部屋の和室。百合畑宅はこの近辺でも珍しい平屋のそこそこ大邸宅である。そのうちの一つ、宴会部屋とも呼ばれるここは、二十畳ほどの広さを持つ。そこに、珍客二名、甲冑の少女と青髪の彼女、そして紅世原瑠朱と大蔵ラン子はいた。
「異常なのはお前の方だ。魔物の手先め。何を企んでいるのか白状したらどうだ」
「白状とはなんだ。さっきから訳が分からない。人を怒鳴る前になんか、こう、いうことがあるだろう!」
「なんだと。魔物の手先へ語ることなどあるものか」
すでに珍客二名は二人でヒートアップしている。珍客二名は部屋の中央の座布団の上に、その正面に一畳ほど開けて瑠朱とラン子も座っていた。
公園で大乱闘を演じた二人を無理矢理自宅に招いた瑠朱は、こうして二人と一人を大部屋に押し込んだのである。
「じゃあさ、一緒にお風呂入って早く寝よう。明日も学校行こ」
「そうだね。じゃあ、ラン子さん」
「うん!」
「わたしの部屋から竹刀持ってきて」
「……お風呂は?」
露骨に落胆してラン子は訊ねた。
「一仕事終えてからにします。早く」「るっぴーの部屋入っていいの?」「いいよ。早く。みっともないよ」
しっし、といわんばかりの態度。ラン子は駆け足で大部屋を出、すぐさま竹刀の入った袋を抱えて戻ってきた。
「ありがとう。じゃあお風呂入ってきていいよ。また明日ね」竹刀袋を受け取ると瑠朱は言った。
「え」
いうやいなや、紅世原瑠朱はすっと立ち上がり、竹刀袋を開け、しゅらり、と中の竹刀を抜く。袋を丁寧に畳の上に置き、珍客二人の前に立つ。
「いい加減にしなさいと、何度言ったらわかりますか、みっともない」
瑠朱は二人に言い放つ。
「失礼した。兎にも角にもこの子供が突っかかってくるので」
「人のせいにするのもよくないよ」
「だが、こいつはわたしに攻撃をした」青髪の彼女が主張を重ねる。
「落ち着いて話をしてください。すぐに怒鳴るのはよくありません」
「なんだと、そもそもこの状況を招いたのがこいつなのだ!」甲冑少女は吼えた。
「違います。それならわたしに原因があります」紅世原瑠朱は言い放った。
「何?」
甲冑少女が唸るように言う。
「どういうことだ」
青髪の彼女も食いつく。
「お前がケドドム卿の手下か。さっきから態度が大きいしな」
そういって少女が立ち上がる。
「こんなことをしてどういうつもりだ。何が目的だ。言え」
ちりり。いつの間にか少女の手には剣が握られており、その切っ先はぴたりと瑠朱の首に突きつけられていた。
「まずは皆さんのお名前などを伺いたいのですが」
「奇ッ怪な。化け物どもに名乗るななどない」
「なら、首でも斬りますか」
わたしは丸腰ではありませんよ、と瑠朱は言い、右手を振って見せた。確かにその手には竹刀がある。
「否、そんな棒きれで武器を気取られても……」
「棒切れと侮りますか。これでもわたしは剣を持つものとしての自負があります。距離を開けなさい」
そういって竹刀を少女へ向ける。それに圧されるように、おずおずと甲冑少女は一歩、二歩、三歩と間合いを取った。そして、剣を持つ右手をずい、と前に出して構える。
それを見て瑠朱は竹刀を正眼に、否、大上段に構える。身長百六十ほどの彼女だが、膝も屈曲しているはずなのに、不思議とより大きく感じる。対する甲冑の少女は、全身を甲冑で固めてはいるものの、背はそう大きく変わらない。むしろ、なぜか小さくすら感じた。
「待て、そんな状態でわたしに勝とうというのか」
甲冑の少女の声が震えている。
「勝てませんか」
「否、隙だらけだ。いつでも斬れるぞ」
「やってみなさい」
ずい、と瑠朱は歩を進める。さらに、一歩。二歩。そこで甲冑少女は一歩下がった。
「狂ってる。なんだ、策も技も術もないのか。斬られたいのか?」
「いいえ。わたしは本意気です。真剣な立ち合いを願います」
さらに一歩。少女は一歩下がる。
「さすがに斬るぞ。いいのか。見ていたならわかるはずだろう。わたしの剣なら一瞬だぞ」
「知っています。覚悟の上です」
一歩前進。と、少女の一歩後退。
「バカだ。どうしたいんだ」
「さあ。喋らないで振ったらよいのではないですか」
一歩、一歩、一歩。
一歩、一歩、一歩一歩。
やがて、どん、という鈍い響きが部屋に渡る。甲冑の少女の背が壁にぶつかったのだ。
「この、何がしたいんだ。死にたいのか。馬鹿か。壁に追いやろうとお前は殺せるぞ」
甲冑の少女は声を張った。
「やはり」瑠朱は竹刀を降ろし、ぽいと畳に放った。
「あなたは自分の剣を大事にしているようですね」
そして指先で少女の剣をに触れ、そのまま刃をなぞって彼女の手を握る。剣がそのまま畳に落ち、る前に、ふ、と消えた。
「例え武器を持っていたとしても、それが自分に向けられることがあっても、それでも自分の剣が何を斬るべきか知っている。時に、身を犠牲にしても、斬ってはならないものを知っている。あなたはそういう人でしょう」
そういいながら、瑠朱は彼女の右肩に手を当て、そのままゆっくりと座らせた。
「何を、言って……」絞り出すような声。
「そこの彼女やわたしに剣を向けても、傷つくのはあなた自身です。ここには、あなたが斬るべきものがないのは、最初からわかっているでしょう」瑠朱は彼女の目をまっすぐ見て言う。
「何も、剣を振るなとは言いません」
いつか、あなたは、あなたの思う正しい時に剣を振りなさい、瑠朱は諭すようにそう言うと、そのままゆっくりと膝を曲げて少女とともに畳に座り込んだ。気づけば少女の体から甲冑も消え、病院着の姿になっていた。
冑の下、動揺と恐怖、混乱に引き攣った少女の顔が露わになっていた。が、浅い呼吸がだんだん減っていく。
「落ち着いた?」
「べ、別に、最初からわたしは落ち着いていた!」
少女は急に顔を赤くして否定した。嘘つけ、と突っ込みたかったが、刺激したくない内心が、ラン子の口を固く縫い付けた。
「よかった。じゃあとりあえず、今日は休もう」
そういいながら瑠朱は、少女から身を離し、立ち上がる。
「迷惑をかけた。わたしが至らなかったばっかりに」
小走りで青髪の彼女が駆け寄る。
「いえ、大丈夫です。むしろ、本当はわたしがずっと一緒にいられればよかったのですが」
「そうは言っていません。感謝しています。その、いろいろと伺いたいことはあるのですが、喫緊の問題として、一つお尋ねしたいことがあります。人を探しているのです」
「人? 誰ですか」
瑠朱は訊ねた。
「それは……」
彼女が口を開いたその時だった。
「瑠朱! 騒がしいぞ! またお前は……」
がらっと引き戸から現れたのは紅世原宅、もとい百合畑宅の真の主、百合畑公也であった。
「いいでしょ、お父さん。友達と喋ってただけだよ」
急に不機嫌そうに瑠朱は言う。
「な、増えてる! どういうことだ、説明しなさい、瑠朱!」
そして、百合畑公也は遅れて室内の様子を認識し、顔を青くした。
「待て、あなたがルージュというのか」
今度は甲冑少女、もとい金髪少女が声を上げた。
「まさか、クゼハラ、ルージュというのは……」
青髪の彼女も目を丸くする。
「わたしだけど」
瑠朱は当然肯定した。
「そんな、まさか、そんなことが……」青髪の彼女はそういってへたり込んだ。
「わたしの、運命……」金髪少女は露骨に頬を赤らめる。
「え、急に何言ってんの?」ラン子は確実に嫌な予感がした。
「何か言いなさい! 瑠朱! 聞いているのか」百合畑公也は大声を上げる。
「聞いています。でも、少しだけ考える時間をください」紅世原瑠朱は眉間にしわを寄せ思案した。
今晩もまた、長くなりそうであった。




