ルージュとギャルとサイボーグと騎士12
「拾えぬ、か」
遠く。彼がいるところは『遠く』にあった。暗い洞窟の中、九本の蠟燭の明かりだけが照らす、彼の祭壇、あるいは儀式。地下およそ五十メートル、入り口からはかれこれ二百メートルはある遠い場所。星の示すその場所にあった洞窟の、奥の奥にあった小さな水たまり。洞窟の天井から染み出たわずかな水滴が集まってできた小さな水の中に、外にいた鹿の血を数滴。それで彼は、はるか遠くの出来事を知る。
ふ、と息を吹きかけると、水たまりの奥より、どっぷりと棒状のものが浮かび上がった。それはそのまま吐き出されるように地面に転がり出る。彼はその道具の名を知らないが、のちの世でいう折り畳み傘である。彼は、それと数日前に占いにて生じた絵を比較し、おおよそ全く違うものだと判断した。
「戻れ」
彼はそういって袖を振り、蝋燭を二つ消した。
そのとき、彼の足元にあった小さな箱が、ぴりりりりり、と鳴った。
「その音、乃公は好かぬといったよな」
『生憎、我々の無線の着信音はそれしかない。我慢していただきたい』
小さな箱から声がする。
「納得はいかぬが。何用か」彼は訊ねた。
『〈スキュア〉の回収は失敗かな? 占い師』
「……失敗だ。再び星に問うところよ」
『わたしもここに長居はしたくない。早く決着をつけてくれ』
その言葉を最後に、その衛星無線は静かになった。相手の良いところは、すべてにおいてきわめて簡潔であることだった。
「声だけで偉そうなものよ」
そういうと彼はその、束帯装束を、袴をふわりと宙に翻し、洞窟を後にする。その後ろを、ずるり、と真っ黒な何かが蠢いた。まるでテーブルクロスを引くように、その何かが動くと蝋燭も衛星電話もずるずると移動する。やがて、それらは何か、の一点に集約され、その何かがすくっと立ち上がり歩き出す。屈強な筋肉、闇夜の様な真っ黒な皮膚に巨大な顎、牙、そして角。
「そちはそこになおれ。日のあるうちはあまりで歩かぬがよい」
洞窟を出て空を見上げる。星も月も出てはいるが、それにもましてまだ夕日が強い。うっそうと茂る木々の間から赤い光が差してくる。
「駕籠を。卜占の用意をする」
彼がそう言うが早く、気づけば彼の目の前には駕籠が、そしてそれを担ぐ人影があった。しかして、その人影、心なしか足が三本にも四本にも、足の指は四本や三本にも見える。それに躊躇いもなく彼は乗り込む。
「行くぞ」
その声に促され、駕籠はゆっくりと山中を移動する。日本の何処か、うっそうと茂る木々の青さは、夕暮れにもかかわらず生き生きと感じられた。影の脚が柔らかい腐葉土を踏む。その下からわらわらと蚯蚓や蛆が沸き、逃げていく。影がその実を木々にかすめれば、どんなに青く茂っていても、その樹皮が乾き、歪み、剝がれていく。ついに日が落ち、空に星が満ちるころ、彼は山頂にいた。おおよそ、西暦二千年代には到底お目にかかれないであろう満天の星空であった。何しろ、白く光って見えるだけでなく、その中に赤や橙、黄色など、様々な鮮やかな色すらついて見える時代。
列島に生命が溢れ、その反対に無数の死が蔓延る時代。
西暦にして千百四十四年。彼こそは占い師、否、陰陽師。京を離れ、卜占を以て遥か遠くを見る〈魔人〉であった。




