ルージュとギャルとサイボーグと騎士11
「ねー、るっぴー、帰ろうよー」
「ダメ。ちゃんと確かめないと」
「もうマジ無理」
正真正銘の山道。ローファーだと愈々きつい。道なき道を行く紅世原瑠朱の後ろを大蔵ラン子は泣きそうになりながら歩いていた。今日こそ普通に家に帰って普通にご飯を食べて普通にお風呂に入って普通に寝るつもりだったからだ。
二人は今、十封市中央公園のハイキングコースに合流する山道をひたすら登っていた。
「言ったでしょ。昨日のあの変な装置の破片を回収しないとみんな困るから、ちゃんと回収しないと」
「そのためのゴミ掃除じゃん。っていうかもうないに決まってるし。警察あんなにいたのみたじゃん」
ラン子の言う通りであった。昨日の騒ぎを聞きつけてか、なんとこの公園は警察によって封鎖されていたのである。
「っていうかこれ、週末も絶対無理じゃん」ラン子は半分願望を口にした。
「でも、もしも開催することになったら大変だから事前に確認しないとだめでしょ」
瑠朱は頑なだった。
そういうわけで、瑠朱の案内の元、警察の封鎖をかいくぐって現場入りしようとしている二人だった。曰く、昔はこの山でかなり遊んだから道はわかる、とのこと。
日も大分落ちてきおり、陽光はすでに真っ赤な夕日に変貌していた。大蔵ラン子は、できればどこかで警察に見つかってほしい、というわずかな望みにかけて山を登る。
「もし」
そんな彼女の心情を察してか、二人に一つの声がかかった。
「あ、あの! わたし達道に迷っていただけで!」
そして、瑠朱には悪いと思いつ、もし警察に見つかったときのために考えていた、とっておきの言葉をラン子は素早く繰り出した。が、相手の姿を見て絶句した。
真白な着物を着た、声からして女がいた。
市女笠――頭には大きな笠を被り、それから垂れるベールのようなもので顔は伺い知れない。ラン子ですらそれ以上話しかけるのをためらう異質さの塊であった。木々が茂りぬかるんだ地面の上に、あでやかな着物を着た人がいる。これを見て絶句せぬ者があってたまるものか。
「どうかしましたか。道に迷いましたか?」
だが、瑠朱の反応はそれを超えていた。絶対にそんなわけがないとラン子は直感していた。
「もし、我らは、失せ物を探しているのです」
そう答えたのは目の前の着物姿ではない。はっとして二人は振り返る。彼女らより高い斜面の上に、今度は和傘を差し、やはり顔の見えぬ着物姿の人影があった。
「失せ物?」瑠朱は訊ねた。
「我らの主が探す物」
「我らの主に必要な物」
「星の示す所、失せ物、高きところに出べし」
「失せ物、人もて、子供の知る事あり」
「故に」
「そちら、我らの主の失せ物を示せ」
交互に上下から二人は喋る。ラン子はそれだけで頭痛のする思いだった。そもそも、二人とも女性の声で喋るが、妙なことに男の裏声にも聞こえる。ラン子にとってはすでに情報過多であった。否、それだけであろうか。第六感か、この二人からは特に異質な力というか、圧を感じる。
「何を失くしたのか教えてください。わたしが持っていたらお渡ししますし、持っていなければ一緒に探します」
頭痛の種第二号。それどころじゃないと思う、ラン子は思ったが、なぜか言葉にはならなった。
「失せ物、これほどの棒に似たもの」
最初に話しかけてきた市女笠の着物姿の人が両手でその失せ物の大きさを示す。人の前腕ほどの長さ、あるいは折り畳み傘ぐらいの長さを示していた。
「我らの主は〈すくあ〉と呼ぶもの」
「それって、これ?」
瑠朱はそういって鞄の中からまさに、それほどの長さの棒、否、空き缶を取り出した。
「るっぴー、それはゴミだよ」
ラン子は困ったように言った。ゴミ一つで交渉が進むなら安いものである。
「それこそは」
「我らが主の失せ物!」
市女笠の女の声が大きくなる。
「マジか」ラン子は疑問と紅葉の混じった声でそういった。空き缶一つで交渉が進むようだった。
「我らへ返したまえ」
「疾く」
「疾く」
そういって二人は一歩、一歩と瑠朱に寄る。瑠朱はしばし、その手元の棒状の物体を見つめ、
「ですが、これがあなたたちの物であるという証拠に欠けます。本当の持ち主に心当たりがあります」
とっとと渡しちゃえばいいじゃん、とラン子は内心思ったが、やはり瑠朱は頑なであった。
「るっぴー、ゴミだよそれ。早く渡しちゃいなよ」
「いいえ。これはゴミではない可能性があります。きちんと持ち主に返すべきです」
「空き缶だよ!?」
ラン子は絶叫した。
「それはまさしく、我らが主の失せ物。疾く、渡したまえ」
「断ります。わたしの考える本当の持ち主へ、一度訊ねさせてください」
「否、それは、否!」
市女笠から垂れたベールのような布、垂れ衣が揺れる。その隙間より、ラン子は見た。瘦せこけに瘦せこけ、骸骨の様な頭を。真っ黒に焦げた、黒炭の様な肌を。まさしく、垂れ衣の下の顔は化け物であった。
「るっぴー!」
瑠朱の持つ『失せ物』へ伸びる手もまた、黒鉛もかくやという黒色で、肉など削げ落ち、枝のごとく細っていた。
さすがの瑠朱もとっさに身を引いた。
「逃がさぬ」
その背後、すでに傘を捨てたもう一人が瑠朱へ手を伸ばしていた。もはや隠す気もないようで、黒色の骸骨が如し頭部を晒している。しいて言うならば、その頭には一つ、角のような突起が一つ伸びている。
「もう、マジわけわかんない!」
そんな中、ラン子は声を張り己のスマホに手をかけた。だが、
『我輩はコレには効かぬよ』
「え? マジで?」
と、自分にしか聞こえぬ声と間抜けな会話をして固まった。
「ラン子さん、とにかく下がって!」
といいながらラン子を背に、瑠朱はぐいぐいと後ろへ押し込んで距離を取る。
「ちょ、ちょ、ちょ、るっぴー!」
相手が急に走らないのだけは幸いだった。もしくは足もおそらくぼろぼろに細いから走れないのかもしれなかった。なんにせよ、そのおかげで瑠朱はラン子ごと彼女らから強引に離れる。それに従い、どんどん暗がりに入っていくことが、ラン子の気分を下げていく。
「逃げるな」
「逃げるな」
「追うぞ」
「渡せよ」
声だけがする。どこにいるのか、もう見当もつかなかった。間違いないのは、今自分たちが相手をしているのが人間ではない正真正銘の化け物であることだけ。
一人だったら恐怖と混乱で足が止まっていただろう。ただ一つ、彼女の体をぐいぐい押す瑠朱の力強さだけがラン子を動かしていた。が、それがついにぴたりと止まった。
「渡せよ」
「〈すくあ〉」
ついに観念したのか、瑠朱は足を止めていた。
「ちょっと、るっぴー……」
まるで、すがるようにラン子は言った。瑠朱はうっすら浮かんだ汗をぬぐい、乱れた呼吸を正す様に大きく息を吸う。
「〈すくあ〉!」
「〈すくあ〉!」
紅世原瑠朱は動かない。もうだめだ、とか警察は何をしているんだ、ということしか思い浮かばない。誰か、早く助けに来てください、と念じ、
「るっぴー……」
と彼女の肩を掴む以外にラン子にできることはなかった。
「このままでは、奪うだけでは済まさぬぞ」
「わかった」
そういって瑠朱は、己の肩を掴むラン子の手を振り払い、
「そんなに欲しいなら」瑠朱は手中のそれをぎっと、握ると、ぐいとそれを天高くつき上げた。
「そんなに欲しいなら」
そのまま右腕を振りかぶり、右足をラン子を蹴り飛ばさん勢いで下げ、重心を大いに移動させる。
「高いところへ」
そして、右爪先から再びその重心を前方へ。その勢いは彼女の腰の回転、肩甲骨の伸縮、肩の運動、肘を通ってその指先に集中する。
「行ってください!」
そう、彼女はその時、その手にある失せ物と呼ばれるそれを、全力で投擲したのである。
――時が時なら、体育の教科書に載せたい、見事なオーバースローであった。
一瞬影として夕日をよぎったそれは、あっという間に闇に溶けた。
「失礼!」
ラン子さん、行くよ、そうそっというと、今度こそラン子の腕を引き千切れんばかりの馬鹿力で握った瑠朱は、えいやえいやと山の斜面を駆け下りていく。どうやら相手もこれ以上羽織ってこない様子。
後日、瑠朱が語るには。
「結局、ワイヤーなどのゴミを回収できなかったのが心残り」
とのこと。




