ある日を境に、妹の様子が変わったのですが!?
第一話をソラン視点、第二話をエリス視点でおくる、甘く切ない恋愛ストーリーとなります。
俺の名前はソラン。
魔法大国で知られるアコール王国の外れに住んでいる、しがない一八歳の健全な男の子だ。
ちなみに、魔法大国に住んでいるが俺は魔法使いじゃない。
魔法使いは基本的に世襲制であり、魔法使い達は家柄で配偶者を選び、子に継がせる。
俺の両親はただの農家だったから、魔法とも魔法使いとも縁が無い、ただの一般人なのだ。
その両親は数年前に他界し、今は彼等の残してくれた遺産を切り崩しつつ、農業をして生計を立てている。
両親が残した家の広さは、一人で住むには丁度良い。床や柱がところどころ腐っているが、生活できるだけまだマシだ。
――まあ、一人で住めばの話だけど。
ギギギと音を立て、リビングの扉が開く。
リビングの中央に据えられているテーブルにむかい、もくもくと朝食を食べていた俺は、扉の方を見た。
開け放たれた扉の向こうに、寝間着姿の少女が立っている。
まだ眠そうに緩んでいる瞳は、深い紫色。肌は絹のように滑らかで、淡いクリーム色の長髪を持つ美少女だ。
触れれば溶けてしまいそうなほどに儚いその少女の名は、エリス。
四つ下の妹だ。
妹と言っても、別に血のつながりはない。まあ、つまるところ義妹である。
出会い方さえ違えば、絶対に口説いていたと思うが、どのみち付き合うことはできなかっただろう。
――何せ。
「おはようエリス。今日は早いな」
「……」
沈黙。
曇った窓ガラスの向こうにいるカラスの鳴き声が、妙に耳を刺激する。
彼女は無言の儘、テーブルを挟んで向かいのイスに座った。
「朝ご飯、できてるぞ」
俺は、コーンスープの入った皿とパンを、彼女の前に置く。
湯気の立ち上るスープの液面をじっと見つめていたエリスは、無造作に木のスプーンを手に取ると、スープをすくって口に運んだ。
「美味しいか?」
「……うん」
こくりと頷いて、木のスプーンを黄金色の液面に沈める。
「他に食べたいのないか? 何かあるなら言って――」
「別にいらない」
「……あ、そう」
沈黙。
カチャカチャという食器が擦れる音だけが、静まりかえった貧しい食卓に響き渡る。
……。
…………。
だめだ、会話が成り立たない!
思わず頭を抱えて「ウゥ~~」と呻き声を上げた。
もうおわかりだろうが、要するに彼女はめちゃくちゃ塩対応なのである。
それはもう、塩辛いほどにしょっぱすぎるソルトっぷりなのだ。
付き合いたい! などと思ったとしても、永久に叶わない。
「ごちそうさま」
「……お、おう」
いつの間にか空になっていたコーンスープの皿にスプーンを置いて、彼女は不意に窓の外に視線を移した。
朝焼けの空をじっと見つめるエリスの横顔は、いつも通り寂しそうだ。
その表情を見つめながら、俺は盛大にため息をついた。
先程、“出会い方さえ違えば”と言ったが、彼女との出会いは少々特殊だ。
忘れもしない、一年以上前のある雨の夜。野菜を市場に卸してきたその帰り道、道端で蹲っている彼女を見つけて、保護したのだ。
捨て猫とはワケが違う。
俺だって、自分の食費を稼ぐので精一杯。
それでも、俺を見上げる紫色の瞳がひどく寂しく見えて、反射的に手を伸ばしてしまった。
捨て子を保護して、その子がたまたま俺より年下だったから、便宜上義妹という形を取っているのである。
それが、俺とエリスの出会いなのだが……彼女を拾ってから一年以上経つ今も、一向に心を開いてくれない。
「うん」とか「ありがとう」とか、一言二言言うだけで、会話らしい会話はした記憶がない。
こんなことを言っちゃ失礼だが、可愛いのに可愛げのない義妹である。
ちょっと微笑むだけで、男共は総じてキュン死するくらいのポテンシャルは持っているのに、笑わないから勿体ない。
それでも、幼くして両親を失った俺からすれば、彼女の存在は大きかった。
彼女がどう受け取ったかはわからないが、俺は実の妹のように接してきたつもりだ。
もっとも、エリスが俺を「お兄ちゃん」と呼んだことは、ただの一度も無いけれど。
貧しく、資金繰りはいつもかつかつだけど、女の子が欲しがりそうなものはちょくちょく買い与えている。(本人はこれといって要望を口にしないから、ほぼ俺の独断ではあるが)
俺の寝間着が父親の着ていたダブダブのお古で、彼女の寝間着が真新しい桃色のものであるのは、そのためだ。
ただ一つ、何故か俺の側から離れようとしないのが気になる。
寝るときはいつも一緒の部屋だし、両親が残した畑を耕すときも、市場に行って作物を売り払うときも、親を追うひな鳥みたいに付いてくる。
依存対象として俺を見ていると考えようにも、彼女は一四歳だ。いくらなんでも、俺のことを親代わりに見ているとは思えない。
それに、依存対象として見ているなら、もう少し愛情めいたものを向けてきていいはずだ。
いろいろとミスティリアスな少女だ。
「なに見てるの?」
ぼんやりとエリスの横顔を眺めながら考え事をしていたら、いつの間にか彼女は俺の方をじっと見つめていた。
どきりと、胸が高鳴る。
差し込む朝日に照らされた彼女の顔は、女神と見紛うほどに可憐だったから。
「べ、別に。なんでもない」
顔が熱くなったのを悟られないよう、今度は俺が窓の外を見る。
朝日は地平線から完全に顔を出しており、空は金と青を織り交ぜた明るい色を湛えていた。
「そ、そろそろ仕事の時間だね。行こうか」
「うん」
小さく頷くエリスを横目に、イスから立ち上がる。
これから畑に水やりだ。今日もいつも通り、歪な関係を持つ俺達の一日が始まる。そして日の入りと共に、歪な関係を保ったまま、一日は終わりを告げるのだ。
△▼△▼△▼
翌早朝。
俺はいつも通り、静かなリビングで一人朝食を食べていた。
今朝の献立は、少し奮発してパンとトマトスープ。しかもパセリを散らしている。
ああ、なんて贅沢。
「エリス、喜ぶかな」
ほどよい酸味の効いたスープを喉に流しながら、俺は他愛もない幻想を抱く。
脳裏には、一度も見たことのない彼女の笑顔がちらつく。
笑えば絶対可愛いのに。
そう本人に伝えたことも何回かあったが、ことごとく「そう」と一言言っただけでそっぽを向いてしまった。
本人は、あまり言って欲しくないらしい。
「まあ、恋人同士でもないんだし、いきなり下心丸出しの発言されても、いい気はしないよな」
苦笑しつつ、スープを啜る。
そのときだった。
ばん! と音を立てて、勢いよく扉が開かれる。
驚いて扉の方を向く。
開け放たれた扉の前には、エリスが仁王立ちしていて――
「おはよう、お兄ちゃん!」
「ブフォッ!」
思わず口に含んでいたスープを吹き出した。
は? え? うそ。
今、俺のこと「お兄ちゃん」て……
「えぇっ!?」
勢いよくイスから立ち上がる。
その勢いでガタンと音を立てて床に転がったイスなど、気にも留まらない。
ちょっと待て!
「お兄ちゃん」なんて、今まで言ってくれたこと一度も無いのに、一体どうしたんだ!?
そう聞こうと思って、今一度彼女の方を凝視して――
「はぁっ!?」
危うく腰を抜かしそうになる。
エリスの目元には、大粒の涙が浮かんでいたのだ。
「ちょっ……お前、なんで泣いて――」
「うわぁ~~ん!」
質問する間もなく、エリスが飛びついてくる。
豊かな双丘が身体に押し当てられ、心臓が大きく波打つ。
エリスは、俺の動揺などお構いなしに、細い腕を腰の後ろへ回し、俺の胸元に顔を埋めて泣きじゃくる。まるで、本当の妹かのように。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
「お、落ち着け! 一体どうしたんだよ!」
怖いくらいにキャラ変したエリスを、胸から引きはがす。
そして、「あっ」と声を上げた。
エリスの顔は涙でぐちゃぐちゃだったけれど、向日葵のように無邪気な笑顔を浮かべていたのだ。
「えっと……君、誰?」
「もう、何言ってるの? あなたのエリスだよ」
「いや、お前のものになった覚えはないけど……マジ? “ドッキリ大成功!”の看板はどこに隠されてんだ?」
「そんなのないって。私が嘘をついてるように見える?」
エリスは涙を拭うと、ぐっと顔を近づけてくる。
涙で光る瞳が、真っ直ぐに俺を見つめた。
「いや……見えない。全然」
「でしょ?」
エリスはにっこりと微笑む。
今までの人形のような表情からは到底想像もつかないほどに、生気に満ちあふれたいたいけな表情で。
今まで幾度となく、彼女の笑う顔を空想してきたけど、いざ実際に目の当たりにすると幻の笑顔など霞んでしまう。
それにしても、一体、彼女の中で何があったのだろうか?
あまりにも別人すぎる反応で、理解が追いつかない。
そんな俺に追い打ちを掛けるように、エリスはとんでもないことを言ってきた。
「あのさ、お兄ちゃん」
「どうした?」
「私と、結婚して」
「……は?」
あまりにド直球かつ唐突な発言に、思わず呆けてしまう。
突拍子なことが連続して話についていけない。
「ちょ、ちょちょ……ちょっと一旦落ち着こう? いきなりどうした? 結婚? 何か悪いもんでも食べたか? それとも体調が悪いのか?」
エリスの額に手を置く。
熱はない。身体はいたって正常。心は……知らん。
「もう、ふざけないでよお兄ちゃん!」
頬を膨らませ、子どもが駄々をこねるように非難するエリス。
「ご、ごめん」
おでこに添えていた手を慌てて戻す。
本人は正気のつもりらしい。
「言っとくけど、お兄ちゃんを困らせようとして言ってるわけじゃないんだよ。私は、お兄ちゃんと本気で結婚したいんだから」
「いや……結婚つったって、俺達はその……兄弟だし。いろいろとマズいんじゃ……」
「義兄弟だから大丈夫だよ。合法だって」
「確かに血は繋がってないから、法的には全然アリだが……いきなりすぎて、ちょっと目眩がしてるんだ」
エリスの目は本気の目だ。
目というのはいつも、人の本性を曝け出す。彼女の目には、一切の曇りも迷いもない。
十中八九、俺と結婚したいと思ってくれているのだ。
ただ……
「今までがアレだったし、素直に首を縦に振れない。俺と結婚したいって思ってくれてることを疑う気はないけど……ちょっと気持ちの整理をさせてくれないか?」
「じゃあ、一つだけ確認させて。お兄ちゃんは、私のこと好き?」
「そりゃ当然好きだよ。いも――」
「妹としてっていうのは無しでお願いね」
「うぐっ」
先に忠告された。さすが、抜け目ない。
「改まって言うのは恥ずかしいけど……好き、かな」
気恥ずかしくてそっぽを向きながら、しどろもどろ答える。
ちらりとエリスの方を見ると、静かな湖畔のように穏やかな笑みを浮かべていた。
「うん。私もだよ」
「っ!」
顔が沸騰したように熱くなって、慌ててまた視線を逸らす。
言ってしまってから気付いたが、これはまさか、告白というやつになるのでは?
妹に告白? もしかして俺、禁忌に手を染めようとしているんじゃなかろうか?
いや、義理だからセーフ……なのか?
すっかりエリスのペースに乗せられてしまい、思考がまとまらない。
驚きや恥ずかしさが胸の中でごちゃ混ぜになって、熱に浮かされたように頭がぼんやりしてくる。
「そういえば、朝ご飯まだ食べてなかったね」
ふと、曖昧になっていた意識を、エリスが現実に引き戻した。
「え? ……ああ。俺は食べてる途中だったけど」
「何食べたい?」
「……話聞いてた?」
ツッコミを華麗にスルーして、エリスは更に顔を近づけてくる。
互いの吐息すら聞こえてきそうな聞こえてきそうな距離で、エリスは小悪魔のように囁いた。
「パンにする? スープにする? それとも……わ た し?」
人差し指を俺の顎に這わせ、艶めかしい唇を見せつける。
さっきからドキドキと鳴りっぱなしの心臓の音を掻き消すように、俺は大声で答えた。
「前者二つでお願いします!!」
△▼△▼△▼
「あぁ~~疲れた」
重りのようにズシリと重たい身体を、ベッドに横たえる。
普段の就寝時間より一時間も早いのだが、もう瞼を開けているのもしんどいくらいにクタクタだ。
なんとも面倒なことに、夕飯のときもあのテンションだった。
別に嫌というわけではない。少なくとも、今までの塩対応に比べればマシだし、微笑ましい。
「けど……慣れないな、さすがに」
はぁ~と長いため息をつく。
今まで何をしても素っ気ない態度だった義妹が、いきなり積極的にアプローチし出したのだ。
赤の他人からいきなり、お兄ちゃん大好きっ娘になったエリス。
正味、どう対応して良いのか、まだイマイチわからない。
絶賛混乱中である。
「そういや、今日は圧しが強かった割に、一緒にいる時間が少なかったような……」
ふと、そんなことを思い出す。
うん、確かにそうだった。あまりにインパクトが強いせいで、今の今まで一日中一緒に過ごしていたと勘違いしていた。
思えば、彼女と過ごしていたのは朝食のときと夕食のときだけだった。
普段は、昼間の畑仕事中も側に居るのだが、今日に限っては「私、家の掃除してるから~!」と言って、家に残った。
あんなにアタックが強かった割に、一緒に居た時間は実際一時間ほどしかなかったように思う。(なお、体感では十時間くらい)
何にせよ、あのテンションで一日中ベッタリくっついてこられたら、こちらの身が持たなかった。
「セーフだ……」
「何がセーフなの?」
独り言に反応が返されて、思わずびくりと身体が反応する。
後ろを振り返ると、寝室の入り口の側に、エリスが立っていた。
「ビックリした。いたのか」
「うん、今来たとこ」
冷たい木の床を踏んで、エリスは近寄ってくる。
ああ、そうだ。いつもエリスと一緒の部屋で寝てたんだっけ。
図らずも、冷や汗が額から流れ落ちて、枕を濡らす。
まさか、「お兄ちゃん、一緒に寝よ?」とか言い出すんじゃないだろうな……?
「お兄ちゃん今、「まさかエリスと一緒に寝るわけじゃないよな?」って思ったでしょ」
「ふぇっ! そ、そんなことないぞ!」
図星を付かれて、思わずきょどる。
「も~、恥ずかしがらなくてもいいのに」
エリスは声を殺して笑いながら、俺のベッドに腰掛けた。
形のいい桃尻が、すぐ目の前に迫る。
仄かに甘い香りが、俺の鼻腔をくすぐった。
「でも、心配しなくていいよ。私、今日からお兄ちゃんとは別の部屋で寝るから」
「……え?」
拍子抜けして、彼女の顔を凝視する。
窓から差し込む月明かりに照らされたエリスは、まるで女神のように美しい。
微かな笑みを浮かべる彼女は、さざ波一つ立たない水面のように穏やか。それでいて、どこか寂しそうにも映った。
「どうしたの? そんな度肝を抜かれたような顔になっちゃって」
「そりゃ驚くよ。てっきり、問答無用で俺のベッドに潜り込んでくるかと……」
「あっはは! そんなことしないよ、お兄ちゃん」
可笑しそうに笑い飛ばした後、エリスは言った。
「今日から私、お兄ちゃん離れすることに決めたんだから」
「いや……昼間あんなにベタベタくっついて来たのはどこの誰だよ。説得力が皆無なんだが」
「え? お兄ちゃん離れするっていうのは、義妹を卒業して、お兄ちゃんの伴侶になるって意味だよ」
「しれっと関係を進展させるな!」
すかさずツッコミを入れる。
まったく。小っ恥ずかしいことを真面目に言ってくるものだから、調子が狂わされる。
「じゃあ、花嫁修業の一貫として寝る部屋を変えると。そういうことでいいんだな?」
「そういうこと。できる妻は、夫の気遣いもできるのです!」
ふんすっと胸を張るエリス。
「おい、まだお前の夫になった覚えはないよ」
「わかってる。でも、いずれちゃんと返事ちょうだいね」
「っ!」
エリスの瞳が、一切の淀みもなく俺を見下ろす。
――「私と、結婚して」――
朝、彼女の言った言葉が脳内をリフレインして……
「わかった」
俺は、ぼそりと呟いた。
恥ずかしさで、エリスの顔は直視できなかったけれど。そう答えた一瞬、彼女の口元がふっと綻んだのを感じた。
にわかに、甘い匂いが強くなる。
さらさらとしたクリーム色の髪が、俺の頬に触れた。
エリスの白い肌が、すぐ近くに迫る。
「待ってるからね、あなた」
あ、あなた?
あなたって、まるで俺がエリスの夫みたいな……!?
ぎょっとして、エリスの方を流し見る。
その瞬間。
ちゅっ。
柔らかさが、頬の上で弾けた。
「……えっ」
掠れた声を上げる。
視界の端で、エリスの唇が遠ざかっていくのが見えた。
更に視界をずらすと、頬を朱に染めたエリスが、愛しい誰かを見つめる目をしていた。
ま、まさか今のは。
ごくりと唾を飲み込む。
今日一日で、何度エリスに振り回されただろう。
お陰で、眠気がすっかり飛んでしまった。
「おやすみ、また明日」
なのにエリスは、夜の挨拶をしてそそくさと部屋を出て行ってしまう。
「ああ……おやすみ」
小声で、エリスの背中に語りかける。
「……嵐のような一日だったな」
寝室を出て行ったのを確認すると、俺は毛布を頭から被った。
頬に弾けた柔らかさは、まだ温もりを保っているように感じる。
その温もりを胸にしまい、俺は眠りについた。
明日もまた、エリスとたくさん話そう。この一年間、すれ違い続けた分を、全て消化できるように。
ソラン視点はこれにて終了です。
いきなり妹の様子が変わったのには、深いわけがあったりします。気になった方は、是非第二話へお越しください!
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