私を一番愛してるって、そう言ったじゃないですか
ただ,浮気男がギャフンされる話が書きたかっただけですね……(〃ω〃)
季節は春。
比較的温暖なデュッセル王国にも、花が咲き始める時期になりました。
本日もお日柄は良く、絶好の断罪日和にございます。
私、アメリア・キース伯爵令嬢は由緒正しきキース家の一人娘にございます。
両親の愛を一心に受け、蝶よ花よと甘やかされて育った…………という訳でもなく、世間の厳しさを幼き頃から教え込まれて育ちました。
そのせいでしょうか。
周囲からは達観した子供だと感心されることが多くありました。
しかし、妬み僻みは人の業。
心がない、気味が悪いと囁く声も少なからず上がっております。
なかなか感情を表に出すことが出来ない私でございます。
【白銀の氷姫】などと呼ばれ、憧れの的になりつつも避けられることが、私の日常の一風景なのです。
そんな私に婚約者が宛がわれました。
貴族たるもの、家同士で決められた婚姻は避けられぬ道。
国民の血肉とも呼べる税金で生活している身として、国のために身を差し出すのは王侯貴族の義務でございます。
幼少より、相手と親交を持つことを良しとする風習ですから、彼と私が出会ったのはそれこそ物心つく前にございました。
あら、私としたことが失礼致しました。
お相手の名前をまだお教えしておりませんでしたね。
婚約者の名前は、ラッセル・カーマイン様。
国の子爵家の跡取り息子の青年です。
ラッセル様は、私とは真逆で愛想の良い温厚な人柄から周囲に好かれるお人でした。
そんな彼と私が、婚約する運びとなったのです。
私にとっての彼は、婚約者であり良き友人でした。
よく話しかけてくださり、口下手な私の気持ちを察してくださる優しい方でした。
お互い10歳も半ばを差し掛かった時でしょうか。
彼は私に言ってくださったのです。
『この世界の誰よりも、君を一番愛している』と。
その時、私は彼が婚約者で本当に良かったと喜んだものです。
同時に気付いてしまったのです。
私が彼に恋をしていることに。
お互い婚約者なのですから、将来結婚するのは決定事項。
相手に好意を抱くことは咎められることではありませんし、むしろ仲は良好な方がなお良しでしょう。
けれど、その時の私はどうにも恥ずかしく、この気持ちを押し込めたい一心でございました。
私と彼は16歳を迎えました。
少し前より、国の貴族の学び舎である全寮制の学園に、私とラッセル様は入学しておりました。
私は特進クラスに席を置く形でございましたので、勉学の得意でないラッセル様とは別のクラスに相成りました。
完全能力重視のこの学園において、一方的な要望は通されません。
加えて、私は子供でもありません。
彼と離れることに、何の不満も口に致しませんでした。
それがよろしくなかったのでしょうか。
学園に入学して以来、彼の友人関係が華やかになりました。
……それも、行き過ぎているほど。
婚約者のいる女性を何人も侍らせ、授業にまともに出席もせず遊び呆けるのです。
門限を過ぎても寮に帰ってこないこともしばしばありました。
入学以来、毎日一緒に取っていた昼食も取ることがなくなり、会話する機会さえ失ってしまったのです。
学長に呼び出され直々に注意されても、全く反省の色を見せない彼。
ご一緒している令嬢は、いつも違う顔ぶればかりです。
いつの間にか、彼のクラスも最下層クラスへと変わっていましたが、出席をしない彼に取っては何の関係もないことでした。
入学から1年もした頃には彼を授業で見ることもなくなり、あろうことか教師までにも手を出されていらっしゃることも知りました。
当初、いち婚約者である私若きが、ラッセル様のプライベートに口を出すわけにもいかないと黙っておりましたが、ここまで来ますと見て見ぬ振りはできません。
実家の方よりも、ラッセル様の派手な行動の制限を言い渡されておりました。
「ラッセル様」
廊下のすれ違い様、彼を引き止めました。
相変わらず、女生徒を連れ立って歩く彼の服装は着崩されており、また女生徒のリボンの色は彼女が後輩であることを示しておりました。
ほぼ1年ぶりとなる婚約者との会話ですが、ラッセル様は私が誰かも分からないような顔で立ち止まられました。
実際、私を忘れていた訳ではないようで、「ああ」と小さく頷きを返してくださいました。
「……アメリア……何か用?」
「最近、ラッセル様の乱れた規律が目につきますわ。
王国貴族の誇りをもって、もう少し節度ある行動を意識していただきたく存じます。」
ラッセル様の腕を絡ませている女生徒に、意図して視線を向けます。
彼女も私に睨まれたとあり、大きく体を揺らして驚いておられました。
遅れて、絡ませていた手も焦って離し、私たちから距離を取ります。
未だ【白銀の氷姫】は健在なのです。
けれども、私の言葉は当の本人には響かなかったようで
「そうだな」
と見当違いな返事を一言返し、挨拶もさながらに横側を通り過ぎて行きました。
昔、彼が言ってくれたあの言葉は、もう二度と聞くことが叶わないのでしょうか。
あっという間に、学園生活の3年目を迎えました。
とうとう、集会にも顔を出さなくなったラッセル様の悪い噂は、学園外でも広まっておりました。
社交界にも、あっという間に噂は広がり、生徒に手を上げた、店先の商品を盗んでいる、などと言った根も葉もない噂が広まって行きました。
実家からではなく、とうとうカーマイン家からも私に連絡がございました。
徹底的な監視を頼むその手紙には、さも私がこの事態の元凶のように書かれておりました。
「アメリア・キース伯爵令嬢」
3年生になり、特進クラスの首席生として教室の椅子に腰掛ける私にそう声がかけられました。
その男性は同じクラスの方ではありませんでしたが、学園一有名な生徒……そう、王太子殿下のローレンス様でした。
「……だよね?ラッセル・カーマインの婚約者の。」
私の反応の無さに自信をなくしたのか、殿下の声色が低くなりました。
殿下は最上級生の4年生なのに、なぜ3年の教室にいらしているのでしょうか。
「はい。私がアメリア・キースでございます。」
椅子から立ち上がり、軽く挨拶を交わします。
学園の門戸をくぐる生徒は皆平等。仰々しく挨拶をするのも、それはそれで失礼にあたるのです。
「私に何かご用でございましょうか、王太子殿下。」
「ああ……うん、用というか、なんというか……」
言葉を濁されたのは恐らく、周囲の目が気になったのでございましょう。
話の内容の察しもついておりましたので、私の方から「場所を移しましょう。」と提案させていただきました。
と、いいましてもお互い婚約者のいる年頃の男女と複雑ですので、移動した場所は人通りのある庭園でした。
幸い、相当耳を澄まさなければ話が聞こえないような位置ですので、秘密の話には持って来いの場所でございます。
「私への用とは、ラッセル様の女性関係について……で間違っておりませんでしょうか。」
「ああ、その通りだ。素晴らしいね、僕はまだ話始めていないのだけれど。」
「私を呼び止められた際、確認なされたではありませんか。
ラッセル・カーマインの婚約者の?と。」
そこから考えるに、やはりラッセル様の派手な友好関係に難色を示されていらっしゃるのでは。という想像を働かせたまででした。
「単刀直入に言わせてもらおう。
ラッセル・カーマインを庇護するのはやめたほうがいい。」
「……なんのことだか、分かりませんわ。」
「悪い噂の絶えないラッセル・カーマインが退学処分にならないのはなぜかと思って、少し探りを入れて見たんだ。
結果から言えば、教師からの信頼が厚い生徒1人の生徒が、どうやら彼の在校を強く希望しているということだったんだよ」
君だよね。と仰る王太子殿下の口振りは、最早揺るぎない確信を得ておりました。
殿下のお話は全て事実です。
私が学園長や教師に掛け合い、とっくに処罰の下されているはずのラッセル様をなんとか学園に留めていただくよう、手配していただいております。
驚きました。まさか、知られるなんて思ってもいませんでしたから。
「最近、ラッセル・カーマインが1人の女生徒と懇意にしていることも偶然知ってね。
いつも相手を取っ替え引っ替えの彼が、同じ令嬢を隣に置くなんて不思議な話だと思ったよ。」
「そう……ですね。私、存じ上げませんでしたわ。」
婚約者の私でさえ、学園内では1度たりとも隣に置いて下さらなかったのに。と喉元まで押し上げた嫉妬を抑え込みます。
「その女生徒がね、私の婚約者、イザベラ・クリスティレイン公爵令嬢だってことも知らなかった?」
「……なっ!」
思わず席を立ち上がります。
婚約者のいらっしゃらない女性なら、まだ許容される範囲内です。
最悪、貴族の婚約者の女性でも、まだ折り合いがついたでしょうに、よりにもよって王太子殿下の婚約者に手を出してしまうなんて……
「これは警告だ、アメリア・キース。」
私の婚約者に婚約者を奪われた彼は、言いました。
「ラッセル・カーマインに干渉するのはもう止めるんだ。」
しばらくして、講堂にいるラッセル様を見かけました。
隣には、可愛らしいご令嬢がこれまた可愛らしい笑顔で座っております。
なるほど、彼女がイザベラ・クリスティレイン。次期王妃の女性なのですね。
「……そんな笑顔、私には見せてくださらなかったのに。」
彼女を見つめる彼の瞳は、とろけそうな程に甘い色でございました。
大切なものを、愛おしがるような眼差し。
……それでも、子爵家と公爵家では釣り合いが取れません。
お互い、家が決めた婚約者がいるというなら、尚更許されることではありません。
それでも私は、彼に嫌われるのを恐れて突き放せないでいるのです。
『この世界の誰よりも、君を一番愛している』
脳裏に響く言葉が、更に私の心を抉るのでした。
「今日」
偶然、すれ違ったローレンス王太子殿下が呟きました。
思わず足を止めて振り返りますか、殿下は振り返っておりません。
そのまま、言葉を続けました。
「イザベラ嬢から言われたんだ。婚約を白紙にして欲しいって。」
そこまで言って、私の方に向き直りました。
「心から愛する人を見つけた……らしいよ?」
まるで嘲笑するような微笑みでしたが、同時に私に向けて言葉を訴えたようにも感じられました。
『君は負けたんだ』と。
「……私は、そのようなことは聞いておりません。まだ私は、ラッセル様の婚約者です。」
生まれて初めて、拳を握りしめるという動作をしました。
本当に、無意識でやってしまうものなんですね、こういうことって。
殿下は私に近づき、仰ります。
「それで?婚約破棄を申し込まれたらどうするの?受け入れる?何方にしても、君は婚約者の心を掴みきれなかった汚名を被って生きていくの?」
「……それは。」
「いいこと考えたんだ。」
王太子殿下はイザベラ・クリスティレインのことを愛しているのでしょうか。
それとも、自分のものに手を出されたという怒りからくる感情なのでしょうか。
まともとは思えないほど黒い笑顔で、殿下は私に囁きました。
「あいつらに、目に物言わせてやろうじゃないか。」
それはさながら、悪魔の惑わしのようでした。
「ラッセル様。」
「……分かった分かった、善処する。」
後日、廊下で再び彼を呼び止めたのですが、何かいう前に彼は私を流すように返事をされました。
珍しく、イザベラ・クリスティレインを始めた女性とは連れ立って歩いておらず、1人で校内を回っておられるようでした。
「殿下の婚約者様と懇意にするのはあまり頂けませんわ。早急に対処をー」
「だから分かってるって言ってんだろ!!」
あろうことか、彼は私の制服の胸ぐらを掴み怒鳴り散らしたのです。
勿論、周囲の視線はこちらに集まり、生徒の何人かは教師を呼びに走ってどこかに行っているようでした。
「お前なんかの婚約者になった俺の気持ちも考えろよ!!なに優等生ぶってんだ、なにいい子ぶってんだ、なに俺に指図してんだよ!!いい加減にしてくれ!もう疲れたんだ!」
「……」
「……ハッ。こんな状況でも眉一つ動かさないのか。……本当に気味が悪い。」
私に向けての恨み妬みを吐き出した彼は、スッキリしたのか私の胸ぐらから手を離しました。
胸のリボンは大きく曲がっておりましたが、今それを直せばまた彼を刺激するのではと思い、静かにラッセル様を眺めておりました。
「…… 私を一番愛してるって、そう言ったじゃないですか。」
「……は?」
私の人生に彩りを与えてくれたあの言葉を、忘れるはずがありません。
それなのに彼は、嘲笑するような笑みを浮かべて私を見ていました。
「なに?いつのことだか分かんねえけど、そんな言葉信じてたとでもほざくのか?
誰がお前みたいな欠陥女、愛してくれると思ってんだ。」
私の中で、何かが崩れ落ちました。
何かが切れる音もしましたが、私はただ彼を見上げていました。
私を幸せにしてくれた言葉を、私が今まで耐え忍ぶことができた言葉を、私が彼を愛する理由になった言葉を。
ただ平然と、意義を否定されたのでした。
そんな私が面白かったのか、彼は鼻を鳴らして私から離れていきます。
その場にいた生徒たちも、何事もなかったかのように廊下から立ち去るのです。
残された私は、ただ1人でした。
「心底、傷ついたんじゃないかい?」
何秒、何分、何十分そこに立ち続けていたのか分かりませんが、そっと私を後ろから抱きしめる人影がありました。
「こうなる前に、終わらせたかったんだけどな。」
「…………。私、こんな時でも、泣けないんですね。」
「私が泣かせてあげるよ。
あいつらを、無残に裁いて嬲って苦しめて、生き恥晒して陽の元でさえ堂々と歩けなくして、不幸に絶望に地獄に突き落として、最後に君を『やってやった。』と泣かせて笑わせてあげるから、」
“ 私を好きにならないか? ”
以前とは違いました。
傷心中だったからなのか、彼の提案に惹かれたのか、彼の存在に惹かれたのかは分かりませんが、私は悪魔の囁きを受け入れてしまったのです。
「あいつらの行っていることは、王国貴族法 第24条に記される、双方婚約者の同意のない不貞行為に該当する。
勿論、教皇庁に証拠とともに差し出せば、法が正しく処罰してくれると思うが……」
「それじゃあダメです。つまらないし、心地も良くありません。これは私とあなたの、復讐なんですから。
……第三者の介入は、否が応でも受け入れません。」
「その通りだ。」
魅惑的な笑みを浮かべる彼は、私の考えに同意を示しました。
「やるならそれこそ、大々的に。」
「生き恥晒して陽の元でさえ堂々と歩けなくしてくださるんですよね。」
「ああ。」
そこから、私と彼の復讐劇が幕を開けたのです。
学園でのパーティは、4年生の卒業を祝う意味の催しです。
卒業式の後に開催され、学園生徒全員が任意参加という肩書きなものの、そのパーティに出席しない学園生徒は存在しないと言っていいほどです。
「若き生徒らの門出を祝い、皆存分に楽しんでくれ!」
学園長の挨拶から始まり、実質的な終わりのないこのパーティで、わたしは初恋に決着をつける。
「緊張してる?」
「いえ、全く。むしろ楽しみですわ。」
「それはよろしいことで。」
主役の1人、卒業生のローレンス王太子殿下がシャンパン片手に私に尋ねました。
最後のワルツの盛り上がりの差し掛かりに、私たちの復讐は始まるのです。
少し前まで愛していたはずの彼は、相も変わらず人の婚約者と楽しんでいらっしゃるようです。
私の夫となる人だったのに、いつからこれまで嫌悪と憎悪を抱くようになってしまったのでしょうか。
ラッセル様の仰るとおり、私はどこか壊れているのでしょうか?
けれど真偽は知ったことではありません。
壊れていようが、正常だろうが異常だろうが、私がこの後を楽しみにしてしまっていることは、何にも変えられない事実なのですから!
「ワルツのお相手は任せてくれると嬉しいな。」
「それではそのように。」
殿下の手を取り、軽やかにスカートを翻します。
婚約者と踊らない私たちを不思議に思っているのか、周囲の目は私たちを見据えています。
まだかと、待ち焦がれていますと遠くから呻き声が聞こえます。
皆の視線の先には、屈強な騎士たちに床に差し押さえられるラッセル様とイザベラ・クリスティレインが苦しそうな顔を浮かべておりました。
「は、離せ!俺はカーマイン家の子息だ!そしてこいつは公爵家の娘だ!公爵の怒りに触れたくなきゃ、今すぐ離せ!」
「その必要はない。」
王太子殿下が、踊るときに握った手をそのままエスコートとして、私と一緒に2人の元へと移動します。
2人を見下ろす形になり、もはや満足しかけてしまいました。まだダメです。
「それを指示したのは、この私だ。
初めまして、ラッセル・カーマイン。そして……初めまして?イザベラ・クリスティレイン」
元婚約者に向かって、皮肉とも取れる態度をお取りになります。
イザベラ・クリスティレインも何も言わず、ただ殿下を睨みつけておりました。
「アメリア……!お前は俺の婚約者だろう!!婚約者がいながら他の男……しかも王太子と俺を侮辱しやがって!」
「全く同じことを、あなたにお返し致しますわ。」
私はくるりと振り返り、唖然とされている皆様に尋ねます。
「この皆様の中で、私の婚約者、ラッセル・カーマインと王太子殿下の元・婚約者、イザベラ・クリスティレインが仲睦まじくしている様子を、見かけたことがあるという方、挙手を願えますか?」
時間を置いて、ポツリポツリと手が上がる。
王太子殿下からの入れ知恵ですが、こういう時は無関係の大勢をこちらに迎えることが大切ということです。
何が起こっているのか分からなくとも、こちら側には非がないと思わせれば、民衆は自然と私たちを善と思い込む性質にあるようです。
……結果、手が上がったのは9割の生徒たち、正確に言えば9割8分の生徒でした。
中には教師も混じっておりますが、多数決だったら堂々の勝利を収められる頭数でしょう。
「これは正当な裁きだ。私とアメリア・キース嬢は、彼らを不当な不貞行為を行なったと見なした。
その償いを行ってもらおうと思っている。」
馬鹿な……コホン、学のないラッセル様は何のことかと首を傾げておりますが、ある程度の知識があるようなイザベラ・クリスティレインは、顔面蒼白にして怯えております。
「まず、イザベラ・クリスティレイン。君は、つい先日まで私の婚約者だった。間違いない?」
「……はい。先々週に婚約破棄をしたと心得ておりますわ。」
「だから、君はもう次期王妃ではない。分かってる?」
そう考えますと、このイザベラ・クリスティレイン。身分を捨てて、この馬鹿……このお花畑様との愛を貫いたということなのでしょう。
素晴らしい愛ですね……
「君には、セントルラル修道院で一生、神への懺悔を行うんだ。いいね?」
「……な!セントルラル修道院は過酷な環境ゆえ、死者が何人も後を立たないと言いますわ!
そんなところに私を行かせるなんて、父である公爵が許しませんわ!」
クリスティレイン公爵様はそれはそれはそれは娘を、自分の次に大切にしていると有名な話です。
……所詮、自分の次にですけれど。
「先程、偶然公爵の不正の証拠が父上に匿名で届いてね。
公爵には爵位剥奪を言い渡そうとしたんだけど、公爵がその代わりに娘を神の使いとして修道院のシスターにして欲しいと懇願されてね……」
要するに公爵は、自分と娘を天秤にかけて、娘を売ったということです。
素晴らしい自分愛だと思います。
売られた方のイザベラ・クリスティレインは、公爵家から絶縁されたと捉えられてもいいということですから、もう公爵令嬢でも次期皇后でもないただのイザベラというわけです。
「ラッセル・カーマインには、家の爵位剥奪とデュッセル王国からの国外追放を考えていたんだけど……」
私と殿下で、2人の処遇は話し合ったはずです。
何の確認があるのか、殿下は私の方を向き直ります。
「やっぱり、ここは現婚約者のアメリア嬢に決めてもらうのがいいかもね。」
う、打ち合わせと違います!確かにラッセル様は爵位剥奪と国外追放で落ち着いたはず!
『この世界の誰よりも、君を一番愛している』
『気味が悪い』
『誰がお前みたいな欠陥女、愛してくれると思ってんだ』
どうして、先週までの私は、こんな男を愛していたのか分からなくなります。
まだ、ローレンス王太子殿下の方が、私のことを必要としてくれたと思います。
「……家は爵位剥奪、私ととの婚約も破棄してもらいます。」
「うん、それで?」
「迷惑被った私の実家のキース家への賠償金。その程度で大丈夫です。」
「……それだけでいいのかい?君は彼を愛していたのに、裏切られたんだよ?それとも、まだ彼を愛する心が残っていたのかい?」
彼を愛する心?笑わせますね。
心配しなくとも、希望たっぷりの瞳で私を見つめてくる彼には、嫌悪感しか抱いていませんよ。
「それで十分です。私も悪者ではありませんから、愛する2人の結婚を認めてあげたいと思います。」
「……?」
「差し当たって、新郎には新婦の住まいに移ってもらおうと思っています。」
ラッセル様の表情が曇っていくのが分かりました。
「お互い、堅苦しい貴族でもなくなったわけですし、神に祈りを捧げて頂ければ、私は十分ですわ。」
2人とも、自分の婚約者を差し置いて愛を育んでおられた方ですから、幸せになれると思います。
まあ、少なくともイザベラ嬢は、ですが。
「ふ!ふざけるな!俺は身分をチラつかせてくるこいつに付き合ってやっただけだ!こいつのせいで俺の人生狂わされてるんだ!」
「何ですって!私のことを愛してるって言ったでしょ!」
「ほぼ言わせたんだろ!」
「何にせよ、私と貴方は夫婦ですわ!離婚は認められませんのよ!」
「………!アメリア!俺がお前にしてやった恩を忘れたか!」
私に矛先が向きました。
なんて都合のいい男なのでしょうね。
「……私にも愛していると嘘を仰りましたよね。私は、何度も注意いたしました。」
「偉そうに……!」
「キース家はカーマイン家に金銭援助を行っておりました。貴方が退学にならないように手を打ったのも私です。恩を施していたのは、私の方です。」
金銭援助分のお金を含めた賠償金は多大でしょう。
その額を見れば、王太子殿下も『それだけでいいのかい?』とは聞けなくなるとは思いますが……まあ、今のラッセル様は実家のことを考える余裕はないみたいですけど。
「……目の前でみすぼらしく暴れられては目障りだ。連れて行け。そのまま、修道院にだ。」
暴れるラッセル様に対し、案外割り切った様子のイザベラ嬢はぺこりとお辞儀をして歩いていきます。
婚約を破棄した時点で、この結果を受け入れていたんでしょうか?
……やはり元公爵令嬢。一杯食わされた気もしますが……まあ、ラッセル様の様子をみれば、『ざまあみろ』と思えますので満足です。
「……アメリア……」
「ありがとうございました、ラッセル様。嘘だとしても、私を愛していると言ってくださり嬉しかったです。」
未練も恋心もありませんが、彼のおかげで今までの人生を楽しめました。
こういう形になってしまいましたが、彼を夫に迎えるのに抵抗はありませんでした。
「……あ、あの時みたいに女性の胸ぐらを掴むのは感心しませんよ。イザベラ嬢と末永く幸せに。」
ラッセル様が何かを言おうと口を開きかけたところで、私は騎士に目配せし、ラッセル様が連行されます。
今、何かを言われたら心が揺らぎそうな気がしました。
「……後悔し」
「してません。」
王太子殿下に被せるように声を発します。
長い時間のように感じましたか、時計を見る限り実際は10分も経っていませんでした。
あの時間が、永遠に続けばいいと思いながらも、早く終わって欲しいとも思っていた自分に罪悪感が募ります。
「罪悪感はありますけど、後悔はしてません。絶対しません。」
「そうか。」
未だ、注目が集まったままの私たちですが、殿下は構わず私に膝を付きました。
「君は私を好きになってくれた、そうだろ?」
「……不本意ながら。」
「それじゃあ」
私はそこで殿下の口を塞ぎます。
不敬罪かも知れませんが、その先を言われては困りますから。
「好きでも、愛してません。もう人を、愛しません。」
「ふーん」
殿下は私の手をどけて、立ち上がります。
「それじゃ、その気持ちを忘れないで、ずっと持っていてね。」
「善処します。」
人の心は変化しますから。と小さく呟きます。
自然と人は散っていき、盛り上がりには欠けますがパーティが再開されます。
殿下は良いとして私は卒業まであと1年残っていますし、あまり大々的にされては後が困るのです。
結局は、学園で噂になるのは目に見えていますが……
「……殿下は、私のことを愛していますか?」
「いいや。」
テーブルに置かれた飲み物をひと息で飲み切り、仰りました。
「私が愛していたのは、後にも先にも1人だけだよ。」
恋する心は美しい。
愛する心も、また美しい。