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2 幼馴染と悪友

「あああ……マジで酷い目みた……」


 その日、すべての授業が終了したあとの放課後。赤城風汰は保健室のベッドのうえでうめいていた。体をよじり、苦悶の表情を浮かべているが身体に異常はない。それを裏付けるかのように、保健室の先生も白い目を向けるだけで、なにも言わず通り過ぎていく。


「風汰、お疲れさま。そろそろ元気出てきた?」


 ひとりの男子が保健室に入ってきて、風汰が寝転んでいるベッドの横のイスに腰かける。彼の名は春日美國。この日、昼過ぎに行なわれた授業『恋愛実践』で、風汰の前に男子生徒役を演じていた男子だ。


 風汰は顔を隠していた枕を少しずらすと、覗き込むようにして美國を見る。


「美國はこれが元気そうに見えるのか……?」

「うん。だって風汰がごろにゃんし始めてかれこれ3時間だし」

「心の傷は3時間じゃ治らないんだよ。今だって思い出しただけで辛いし、お腹だって軽く痛くて……あうう……」

「思い出し羞恥か。なんかゾンビみたい」

「てかごろにゃんてなに?」

「さあ?」


 そんな会話をしつつ、美國は柔和な笑顔を風汰に向ける。


 美國は秀令院高校において、風汰が一番仲のいい男友達だ。出会いのきっかけは去年、フツーに同じクラスになったことで、どういうわけか風汰のことを面白がってくれて親しくなった。


 古風ながらも洒落た名前、セットの行き届いた髪型、女子のようにキメの細かな肌質……などなど、パッと見では上品に見える美國だが、実際はなかなかゲスなところがあり、他校の友人との夜遊び話をよく風汰は聞いていた。他校との繋がりがないのは当然として、クラスにもあまり友人が少ない風汰とは、色々と違う部分のある男なのだ。


「ただでさえ人前苦手なのにクラス全員から見られる。しかも女子に甘いセリフ言ったり、胸キュンセリフ言われたり……地獄だよマジで」


 ゆえに、風汰が枕越しにこんなことを言うと、


「俺は結構気持ちいいけどね。見られる快感的な?」


 などと返してくる。


「美國は変わってるから……とか思ったけど、普通に平気な人多いんだよなあ」

「そういう学校だって知ってて入ってきてるからね」

「……」

「まあでも。仕方ないよさっきの授業は」


 正論を続けたと思いきや、美國は優しく添えるように続ける。


「自分が当てられる前に他の男子が当てられてたらその行動を参考にできるけど、今回風汰は1組目だったワケだし。それに、そもそも『恋愛実践』って2年になってからグッと難しくなったよ。あの問題は俺が当てられてても大したことできなかったと思う」

「……でも、女子から悲鳴出たりはしないだろ美國は。『キモい』とか『ひえーっ』とかも言われたりしないだろっ?」

「そんなことな……まあでも、そうかなぁ」

「つら……モテないってほんと辛い……一生布団に入ってたい」

「風汰、授業終わったし帰ろうよ」


 と、そんなやり取りをしていると、である。


「あ、やっぱここにいた!」


 ドアの方向から女子の声が聞こえたと思うと、直後にベッドのうえにダイブしてきた。風汰がブランケットの下にいるとは気づかなかったのか、真上から飛び込まれてしまう。


「おっす美國くん!!」

「おっす菜摘ちゃん。今日もかわいいね」

「やだーっ美國くんってば! お世辞とか良くないよっ!!」

「そんなことないよ。俺は思ったことを言ってるだけ」

「んーもうっ! ホント紳士的なんだからっ!」


 そんな会話を、美國と菜摘と呼ばれた女子が頭上でしている。


「って風汰さっきまでいた気がするんだけど……いなくなった?」

「ここだよ……」


 うめきながら、風汰は菜摘の華奢な体をぐいっと押しのけてブランケットから出る。猛スピードで直撃されたこともあり、腰や足を強打し、体がぷるぷる震えていた。


「ありり、そんなとこいたんだ」

「いや気づくだろ普通」

「……風汰、もしかして体調悪いの?」

「ああ、さっきまではメンタルやられてたけど、今しがた体も悪くなったとこ……」

「ありゃまどしたの? おばちゃんに電話してあげよっか?」

「いいよ。てか母ちゃんに電話とかやめろ……」


 風汰からすればどしたのじゃねーよ、と言う気持ちだが、そんなことは気にしていない様子で、彼女は脳天気な笑顔を浮かべて笑う。


 彼女の名前は吾妻菜摘。ショートカットの快活そうな雰囲気の女子で、童顔の整った顔立ちをしている。色白な頬はツルンと丸くて、キャラ物のクリップで前髪を留めていることもあってか、それとも控えめな胸のせいか、高校生にしては子供っぽい印象。


 なお、風汰とは小学校からの幼馴染の関係であり、クラスは6組だ。


「……とりあえず場所移るか。先生帰ってきそうだし」


 保健室を出ると、3人はぐるっと回ってから中庭へと向かうことにした。


 授業が終わったばかりのため辺りはにぎやかで、とても活気がある。下駄箱の近くを通過すると、そこには物々しい銅像があった。この学校・国立秀令院高校の創設者を模したもので、台座の部分には『恋を学べ。そして汝自身を知れ。』という標語が、物々しい字体で刻み込まれている。


 中庭に到着すると、ベンチにはすでに多くの生徒たちが座っていた。風汰でも恋人同士だとわかる雰囲気のカップルも多く、男女、男男、女女など組み合わせも多様だ。


「なるほどねえ……『恋愛実践』で恥かいちゃったんだ」


 歩きながら、風汰は菜摘に授業での出来事を話した。


 『恋愛実践』の授業で風汰が当てられたシチュエーションは『音楽室の掃除で憧れの女子と一緒に。しかし、彼女は彼氏持ち。印象良く好意を伝える』というものだった。


 その名のとおり、『恋愛実践』は恋愛を実践的に学ぶ授業である。先程やったような『シチュエーションエチュード』や『ランダム組み合わせ校内デート』など、座学と違って個々の恋愛経験が反映されるものが多い。


 しかし、今回のシチュエーションは風汰にとってさっぱり見当がつかないものだった。母子家庭に育ち、昔から勉強と母の内職の手伝い(小中はスマホでできるポチ活や懸賞に精を出し、バイト解禁になった高校からは色んなバイトを掛け持ちしている)しかしてこず、ずっと宅部だった風汰には憧れの先輩なんていたことがないのだ。


 しかし、数学や英語と違って「わかりません」と言って逃げることができないのが『恋愛実践』だったりもする。明確な答えがある他の教科と違って、自分なりの答えをひねり出さないといけないのだ。


 では、風汰はどうしたのか? 


「あ、あんなやつやめときなよ」

「めっちゃ遊んでるらしいし、さっ」

「も、もっと自分を大切にしたほうがいいよ」


 述べたのはこんな言葉だった。そう、女子の彼氏の悪口を言ったのだ。若干ドモリつつ。


 そうすることで、相対的に自分の印象を良くしようと考えたのだが、これが女子たちの総攻撃を浴びることになった。


「悪口言うのは男らしくない」

「人を下げて自分を良く見せようとするのはダサい」

「陰キャの発想」


 などの指摘が寄せられ、次第に、


「猫背がキモい」

「目の下のクマが怖い」

「もうちょっと筋肉つけて。女子より細くて腹立つ」


 などなど、全然関係ないところまで非難されたのだった。まさに公開処刑である。


「そっか……それは酷い言われようだったねえ」


 中庭のベンチに腰掛けながら、風汰が一部始終を話し終えると、菜摘は顔をゆがめていた。まるで自分が酷評されたかのような表情である。


「女子って怖いねー。そこまで怒ることないのにねえ」

「これでも自分的には頑張ってるんだよ。予習も復習もしてるし、『恋愛実践』の授業がある前の夜は、ほとんど寝ずに勉強してる」

「え、風汰朝から新聞配達バイトなのに」

「だから実は今とか……ふわああ……めっちゃ眠いもん」

「それは知らんけど。てかいいタイミングであくびしたね?」

「でも今後はもっと勉強時間増やすつもりだよ。もちろん『恋愛』のね」

「そなんだ……風汰、顔なのかなんなのか緊張感ないから全然気づかなかった」

「そんな緊張感ない緩んだ顔なのか僕。小心者で神経質で、本当は不安で心が押し潰されそうなのに……うっ」


 そこで風汰は声がでなくなる。菜摘が風汰の顔を両サイドからギュッと挟んだのだ。結果、頬の肉がムニッとして、口が不満げに突き出る。意図せず感情通りの不満の表情となったが、菜摘はお構いなしに様々な角度から風汰の顔を見る。


「なんで風汰モテないんだろーねー。たしかに性格はウザめだけど優しいところもあるし、顔だって悪くないと思うんだけどなー」

「女心が全然わかんないからだよ。デートとかしたことないし」

「ほらこの辺の角度なんかとくに……どの角度から見ても視線が合う?」

「モナリザか。菜摘の動きに合わせて目を動かしてるから当然だっ」

「あ、そっか! たはは!」


 菜摘はテンション高めに笑うと、風汰の頬から手を外した。


「まー、でも風汰が女心わかんないのはホントだよね。中学のとき、急に雨降ったけど傘持ってなくてずぶ濡れになったあたし見て『今日は水色なんだな。いつも全然色気ないスポブラなのに』って言ったの、今でも根に持ってるもん」

「菜摘、それは言うなと……」

「めっちゃムカついて『うるせーっ! ぺちゃパイで悪いかーっ! 風汰も小6まで真っ白ブリーフだったろーっ! しかもたまにうんこシミシミしてたしっ!』って叫んだんだよねー。アハハ!」

「風汰も菜摘ちゃんもヤバいね」

「そうかも! あっ、ちなみに今の全部、電車のなかの出来事ねっ!」

「うん、めっちゃ迷惑。やっぱ最高に面白いね、君たちは」


 美國が愉快そうに、腹を抱えて笑う。


 菜摘の暴露は若干腹立たしいものの、内容はすべて事実。女心に疎すぎるあまり、自分がそういうデリカシーに乏しいのも自覚しているので、風汰としては反論しづらかった。 


「ちなみに、相手の女の子誰だったの?」

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