月夜のゴミコレクター
なんか変なのできちゃいました。
タグ付けもしましたが、特に意味のない作品なので、深読みなどなさらずに……
秋月 忍 さまの「夜語り」企画参加作品ということにしといてください。
そいつは月夜の晩に現れる。
俺たちは甲州街道の新宿にほど近いあたりでそいつを見たが、都内ではいたるところで目撃情報が出ているようだ。ただし、じっさいに奴を見たという人間の数はそう多くはない。比較的人通りの多い場所でも目撃されてはいるが、同じ日の夜、同じ時間帯、同じ場所でその姿を見たと証言する人間はひとりやふたり、それも目撃者が複数人いる場合、彼らは一緒にその時間を過ごしていた一組であって、たまたま居合わせた数人が同じ証言をすることはない。そいつのほうはひとりなのか複数人なのかわかっていないが、先の月夜、ほぼ同じ時刻に府中と日本橋でそれぞれ一件の目撃情報が出ているため、それがほんとうだとすれば、奴は複数ということになるだろう。
そいつは灰色のカンガルーのような着ぐるみ姿で現れる。身長はおよそ百九十〜二百センチ。針金でも入っているのか耳の部分が空に向かって立っているためにじっさいよりも高く見えるのだとか、シークレットブーツを履いて身長をかさ増ししているのだという見方もあるが定かではない。着ぐるみの見た目はほとんどよれよれのカンガルーといったところだが、特徴的なのはイエローに輝く目玉と、そしてなんといっても胴体にあるポケット、じっさいのカンガルーであれば育児嚢にあたる部分だ。
奴のポケットは胸部から下腹部にかけて三つあり、それぞれに真っ赤な油性マーカーで書きなぐったような文字で「カン」「ビン」「その他」と記されている。聞くと笑ってしまうような光景に思われるが、じっさいに見た者は二、三十分のあいだ思考が停止し、ただその印象だけが視界に残り呆然としてしまうといわれている。じっさい俺たちもそうだった。
甲州街道にかかる歩道橋、上にも道路がかけられていて薄暗い明かりの閉塞的な空気感のなかで、俺たちはそいつを見た。上からも下からも自動車の通る音が響くが、それらはなにか外の世界の出来事のように聞こえる、そんな場所で俺たちはそいつに遭遇した。
奴は欄干から下の道路をのぞき、ため息をついているらしかった。歩道橋の灯はまるで奴に吸い込まれるように集中し、ぼんやりとしたオレンジ色のなかに奴の姿を際立たせていた。一緒にいた彼女が無言で俺の腕に手を回す。汗ばんでいるのがわかった。
そいつは俺たちに気がつくと、噂どおりのイエローの瞳で俺たちと対峙した。口元よりも目玉のほうが笑っているような、ふしぎな表情に見えた。
「アキカン、フソクチュウ……」
俺は後ろを振りかえり、彼女に訊ねた。
「なにか言ったか?」
彼女はひどく驚いていたが、無言で首を横に振った。
「……」
「アキカン、フソクチュウ……」
俺たちはしばらく呆然としていたが、そいつが消えた瞬間がわからなかった。奴の影はしだいに薄くなっていき、ほとんど気がつかないくらいの速さでゆっくりと明かりが分散されて、元の歩道橋に戻っていった。上からも下からも自動車の音が聞こえる。
歩道橋を降りて空を見上げると、月が俺たちを見下ろしているのに気がついた。