在りし日-2
翌朝。
俺は当てもなく歩きながら無い知恵を絞って考えていた。
昨日のは牽制、ならば連日で来ることはないだろうと考えてだった。……とはいえ、何も浮かばない。住処で籠るよりはと思ったが、場所を変えたからっていい考えが浮かぶ訳でもない。これならあいつらの傍にいてやる方がいいんじゃないのか?
……いや、諦めるな。何がなんでも全部解決する方法を考えるんだ。
頭を振って弱気な考えを振り払うと改めて今の状況を整理した。
一番最初に用意しないといけないのは二人の治療費だ。どんくらいいるのかは分からねぇが、医者に診せるにもそれなり、治癒魔法ならさらに必要だろう。
ならその金を得る方法。最悪なのはジーユに従うことだが、それは最悪どころか終わりだ。なら何処か別のところでなんとか働かせてもらって……いや時間がかかり過ぎる。今日中にはなんとかしねぇと……なら。
ふと視線を落とす。そこにあるのは自らの拳。その考えが浮かんで、慌てて頭を振った。
ダメだ。そもそも今回はそんな事の積み重ねの結果だ。変わらなきゃいけねぇ。でもならどうやって……。
「……っと。いてぇなおい……あ?」
俯いて考え事しながら歩いていたからか前から来た誰かにぶつかってしまう。目線を上げると、そこには見慣れない黒い服の男が目を回して倒れていた。
「ちょっ、おい、軽くぶつかっただけだろうが! ……ああクソ!」
あまりの事態に動揺してしまったのか、いつもなら放っておくのに俺は男を一先ず近くの日陰に引きずった。
「おいおっさん、しっかりしろ。おいって」
軽く肩を揺らしていると、やがて男は目を覚ました。
「ん……ああ、すまない。さっきぶつかった子だね。もう大丈夫、ちょっと疲れていてね」
力なく笑みをこぼす男。確かに少し顔色が悪そうで、そもそもひ弱そうな印象もある。
「ならいいけどよ。……つうか見ねぇ顔、というかそれは俺か」
ふと周りを見ると見慣れない街並みな事に気づく。いつの間にかいつもの行動範囲からだいぶ外れるほど歩いていたようだ。
男は大きく深呼吸すると俺に話しかけてきた。
「僕はこの近くの教会で神父をしてるキルトといいます。さっきはぶつかってしまってごめんね。助けてくれてありがとう。君は優しい子だね」
「あー、いや。さっきのは俺も余所見してたし。優しくなんか……っと、俺はガルシオだ」
一先ず返事をしながらも、俺は戸惑いを隠せずにいた。
大人っていうのは自己中心でズルい奴、もしくは俺みたいな身寄りのねぇガキを汚く見下す奴。そんな認識だった。少なくとも穏やかに感謝する奴のことじゃねぇ。
「ガルシオ、かっこいい名前だ。ガルシオはこの辺りの子じゃないね? 今日はどうしたんだい?」
「いや、ちょっと悩み事で。歩いてたらなんかいい案浮かばねぇかなって思ってな」
「悩み事か、ちょうどいい。もし話せる事なら僕に相談してごらん。そういったことを聞くのも神父としての仕事だからね」
得意げに胸を張るキルト。
……なんか、妙な感じだ。別に無視してさっさと立ち去ればいいのに、つい自然に話している。こいつかそうさせているのか?
「つうか、シンプってなんだよ。さっき言ってたキョウカイってのも」
「えぇっと、そうだね……簡単に言えば神父っていうのは困ってたり悩んでいる人の話を聞いて、その人の負担を軽くしてあげる人で、教会はその神父がいるところ、かな?」
恐らくその知識は常識なのだろう。だかそんな事を聞いても、キルトは当たり前のように説明してくれた。恐らくしっかりした意味ではなく俺にも分かりやすいようにして。
「軽くつってもな。少なくともアンタみたいなひ弱なおっさんにどうにか出来る悩みじゃないしな」
「はは、これは手厳しいね」
皮肉気味な俺の言葉にも笑って返す。……どうにも調子が狂う。
バツの悪い顔をして頭を掻いていると、一人のガキがこっちを見ると駆け寄ってきた。
「あっ、キルト神父だ! こんにち──わっ!」
ろくに整備もされてない荒れ道だ。窪みか石かに躓いてガキは盛大に転んで膝を擦りむいた。
「……ぅ、うわぁぁああああん!」
「おやおや、大丈夫ですか?」
ガキ特有の甲高い鳴き声に鬱陶しく耳を塞いでいると、キルトはガキを起こすと頭を撫でながら首元のネックレスを外し擦りむいた膝に近づけた。
なにしてやがんだ? と眉をひそめていると、ネックレスは淡く光りいつのまにか膝の怪我が治っていた。
「わーい! ありがとうキルト神父!」
「えぇ。この辺りは危ないですからね。急に走ってはいけませんよ?」
「はーい!」
そうしてガキは手を振ってどこかへ去っていった。
「ふう。すみませんガルシオ、話の途中で」
「あ、ああ。いや……」
俺は返事も曖昧になるほど、キルトが持つネックレスに釘付けになっていた。
「おっさん、それって……」
「この十字架ですか? これは昔に友人に頂いた魔具で、簡単な傷ならすぐ治せるんです。お前はひ弱で危なっかしいから持っていろって」
恥ずかしそうにわらうキルト。だが話の後半はろくに耳に入っていなかった。
傷を治せるマグ。マグっていうのはよくわからねぇが、ようはかざすだけで怪我が治るって事だ。
俺は荒れる呼吸を必死に抑え込み、そのマグにゆっくり手を伸ばし──直前で目をグッと閉じ、キルトの腕を掴んだ。
「頼む、来てくれ! 仲間が大変なんだ!」
「これは、なんと酷い……」
住処に着き、カリナとユートの姿を見るとキルトは青ざめだ顔でそう溢した。俺も目を見張った。
朝の時点では落ち着いていたが、今の二人は苦しそうな表情で全身をびっしょりと汗で濡らし、折れた手足はより赤黒く変色している。
「おっさん、そのマグってので怪我治せるんだろ? 早く二人を治してくれ!」
「これは……無理です」
「なんで! 金なら……今は無理だけど絶対払うから!」
「この魔具で治せるのは放っておいても治るような軽い怪我だけなんです。骨折、ましてここまで酷いものは……」
キルトは歯痒そうにマグを握りしめる。俺はその言葉に俯き座り込んでしまった。
「ガル……? 帰ったの……っ、貴方誰!? カリナを放して!」
騒ぎに気づき奥から出てきたサリナが急に声を荒げ、なんだと顔を上げるとキルトがカリナを背負っていた。
「すみませんガルシオ。もう一人は貴方が運んでくれますか?」
「お前……なにを……」
「決まっているでしょう。この子達は私では治せません。だから治せる人の元へ連れて行くのです」
そうして二人を運んだのは今にも壊れそうなボロい家。中にいた女は俺たちの突然の来訪に機嫌悪く出迎えたが、カリナとユートの怪我を見るとギョッとして奥に運ぶように指示し、しばらくして疲れたように腕を回して出てきた。
「終わりましたか?」
「ああ、なんとかね。ったく、こちとら気持ちよく呑んでたってのに。すっかり覚めちまったよ」
「ふ、二人は……二人は治ったのか!?」
女とキルトの会話に割って入る。女はため息をついて答えた。
「まあ、治ったっちゃ治ったがね。骨自体はもうくっついてるよ。だが怪我してからの処置と……時間がかかり過ぎたね。手の坊主は多少違和感は残るだろうが日常生活には然程不便はないだろうけど、足の坊主は……ちょっと酷いもんだね。走るどころか歩くのも不便するかもしれん」
その言葉に俺は胸の奥が握り潰されたような嫌な感覚に陥った。……いや、それでも助かっただけ十分だ。二人がこれからどうなろうが、俺がどうにか稼いで……そうだ。
「その、今は金が無くて……いつかこの分は絶対に払うから少し待ってもらえないか?」
「あ? ガキがいっちょ前な事言ってんじゃないよ。大体あの二人はあんたのツレでも、連れてきたのはそこのおっさんだからね。払うならそいつだよ」
フンと鼻を鳴らし一蹴され、キルトが苦笑した。
「あはは。まあ元々そのつもりでしたからね。今回はどうですか?」
「二人もいるし、どっちもそこそこ重傷だったからねぇ……五だね」
カウンターに座り指をトントンと暫く叩き、開いた右掌をキルトに突き出した。
「な、中々多いですね……少しお時間頂きますが……」
「構いやしないよ」
「お、俺も手伝う!」
そういうと二人はキョトンとして、やがて笑い出した。
「あんたじゃあ手伝いようが無いだろうねぇ」
「そりゃあ出来る事なんざ殆どねぇけどよ……」
「ガルシオ、彼女が要求してるのはお金じゃあ無いんです。お酒なんですよ」
「さ、酒?」
「ああそうさ。こんなクソッタレな世の中、吞まないとやってられないからねぇ。それに私がやったのはちょちょっと回復魔法をしてやっただけ。減るもんも魔力と体力くらいなもんで、そんなもん酒吞めばいくらでも回復するってもんよ」
飲みかけの酒瓶を飲み干し、赤い顔で上機嫌に女は言った。
「私の故郷はちょっとしたお酒の名産地でして、たまにこうしてお酒を対価に治療をお願いしているんですよ」
気の抜けたキルトの笑顔。
散々悩んで、どうしようも無いと思っていたのに、気がつけばこんな簡単に解決してしまっている。俺はなんだかおかしくって、その笑顔に釣られるように座り込んで笑ってしまった。
キルトはそんな俺の頭を撫でる。
「さ。二人は今日のところはアマンナさんにお願いするとして、僕たちは帰るとしようか」
「ああ、そうだ……いや待て。その言い方だと一緒に帰るみてぇじゃねぇか」
「おや、そう言ったんですよ?」
「は?」
「言ってなかったかな。僕の教会は孤児院も兼ねていてね。とは言ってもまだ色々作り終わってないんだけどね……。よければ君たちに来てくれないかなと」
「は?」
あまりに急な出来事に言葉の意味を理解するまで時間が掛かって、一緒に来たサリナとガキ共を見た。
二人が助かった安堵とこれからの不安、キルトへの……大人への残っているほんの少しの不審と──路地裏暮らしから抜け出せるという、抱えてしまった希望。
……まあ、キルトを信用しろというのは無理な話だ。俺だってしてはいない。ただ……。
こちらに差し出された手。目線を上げると、あまりにも毒気がなさ過ぎる、というか毒気の存在を知らないんじゃ無いかと思うほどの気の抜けた笑顔。
もしこいつが悪人だったら、そっちの方が見てみたいくらいだ。
「言っとくが、ただ世話になるつもりはねぇからな。孤児院ってのがまだ出来てないなら俺等が手伝う。そういう対価だ」
「ええ、よろしくお願いします」
思えばそれが初めての握手だったかも知れない。その手の温かさは、ずっと忘れないだろう。
もうすぐお盆休みだからその隙に何話か書いてしまいたい気持ち
 





