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在りし日-1

 親の愛情を知らなければ不幸というなら、この国はそんなガキばかりだ。


 貴重な鉱石の産出国と言われたのも昔の話。馬鹿な男共は過去の栄光を手放せず掘り尽くされた鉱山から出涸らしを持ち帰る。そしてそんな男に馬鹿な女は体を売る。まともな奴ならこんな国とうに出て行く。それが出来ない奴らの終着点みたいな国だ。


 少なからずいるまともな仕事をしている親から生まれたガキは幸せだ。少なくともこの国の基準ではまともな幸せを得られる。だが大抵は女が体を売って出来たガキだ。それでもまともに育てられる場合もある。女が普通の仕事に就いたり、男と結婚したり。将来の雑用係だとしても育てられるだけまだいい。


 最悪なのは途中で捨てられること。自我のねぇガキほど未熟じゃなく、なんでも出来るほど育ってもない、まともな事は何も出来ないただ生意気なガキ。


 俺たちはそんなガキの集まりだった。



「このガキ共、待ちやがれ!」


 カリナは手先が器用で、手癖が悪かった。すれ違いざまに金や貴重品を気づかれずに盗むことが得意だった。

 ユートは細身で、足が速かった。カリナから物を受け取ると一目散に走り出す。人混みもお構いなしにすり抜け、盗まれた馬鹿が気づく頃には遥か彼方。それでも稀に追いつく奴もいる。


「はは、逃げられなくて残念だったなぁおい!」


 行き止まりの路地裏。二人の少年が大柄な男三人に追い詰められている。


「馬鹿なガキだぜ。次からは相手を選ぶんだな。生きてたらの話だけどなあ!」

「馬鹿はお前らだよクソどもが」


 カリナは手先の器用さ、ユートは足の速さ。そして俺は、喧嘩だけが取り柄だった。


「ガルシオ、今日も大量だったな!」

「テメェが間抜けに気づかれたからだろうが」

「ま、まあまあ……」


 盗んだものを金に換え、すぐに食べ物に換える。そうしたいつもの流れを経て俺達は住処に帰る。


「おかえりみんな……って、ガル! 貴方また喧嘩したの?」


 中に入るなり喧しく怒鳴ってきたのはサリナ。本人曰く俺達の母親役。実際ガキ共の面倒みたり飯を作るのはこいつがやってる。


「っせぇな。こんな傷、怪我の内に入らねぇよ。ガキ共は?」

「さっきみんな寝たとこ。あんたらの夜食も作ってあるから後で食べなさい」

「おう」


 短く返事をし、固いパンを手に取り囓る。

 ただそれだけの、俺達にとってのいつも通りの日常。なにも余計なことを考えない、ただ今日を生きる事だけ考える日々。

 しかし。ふいに浮かんでしまったのは、不安げにガキ共を見るサリナの顔が目に入ったからだろう。

 

 今日を生きる事だけ考える。明日以降を考える余裕のない俺達に、果たして将来なんてものがあるのだろうか。


 らしくない考えを押し込めるよう、大きめにちぎったパンを飲み込んだ。

 んなもん考えるだけ無駄だ。俺がこいつらを守る。それだけだ。




 中途半端に自尊心のあるガキは一番生意気だ。根拠も何も無えことを出来ると思い込んでる。


 俺達は何度も盗み、奪い、殴り倒した。どれだけ怪我しても、俺が負けることはなかった。

 そうして気づけば、俺の評判が広がっているようだった。


「君がガルシオ君、だね?」


 話しかけて来たのは小太りのおっさん。この国では珍しく、身なりの良い格好をしていた。


「あ? なんだテメェ」

「このガキッ、ジーユ様になんて口を!」

「はは、良い良い。ガルシオ君。私は鉱石商を営むジーユというものだ。今日は君に仕事の依頼をしにきたんだ」


 語気を荒げる男を窘め、穏やかに言うジーユ。


 この国で金を持っている奴は大体悪い奴。そんなことは誰だって知っていることだ。だがそんな奴が俺に依頼をする……下手に出ているという状況、押し込めていたこの先の不安、そして……どうなろうが俺なら解決できるという思い上がり。


 俺はそいつらの後に続き、ジーユの商館の一室で話を聞くことにした。


 同業商売相手との誤解や行き違いなんてもっともな理由を並べ立てていたが、要は相手を追い出す、場合によってはこちらから潰すための戦力要因という内容だった。

 正直そんな事なら気は進まないが、ガキ共を養う金が稼げるなら問題ない。


 しかし話はそう思い通りにはいかなかった。


 提示された給金はそこらの大人よりも上。少なくともガキ共に今よりは良い飯を食わせられる。だがこれから先、まともな生活を送らせる基盤を作ると考えると到底足りない。

 その事で一歩返事を踏みとどまり考えていると、ふいにジーユが口を開いた。


「そういえば、君には同じような年頃の家族がいるね? 彼らにまともな暮らしを送らせるなら流石に君一人では難しいだろう……そうだ、彼らにも一緒に働いてもらおう」

「……は?」


 白々しく芝居がかった口調。しかし俺はその内容に耳を疑ってそれどころではなかった。


「男の子二人は君ほど強くはないから坑道の掘削員になってもらって、あの少女や子ども達には……うん、大丈夫。しっかり働ける場所を用意しよう」


 さっきまでと同じ人の良い穏やかな笑顔。しかし俺にはもうその裏の下卑た笑みが見えるようだった。


「おいテメェ……なんでアイツらのこと知ってやがる」

「それは私は君に依頼する立場、君には是非協力してもらいたいからね。調べられる事は全て調べたさ。……なに。君が依頼を快く受けてくれて、予定以上の成果を挙げてくれればその分給金は上乗せしよう。そうすれば、さっきの話は現実にならなくて済むよ?」


 戯けた表情。俺は馬鹿か、今更になって気づくなんて。この国で身寄りの無いガキはクソみてぇな大人に利用されるだけの道具だって散々見てきただろうが。


 歯を食いしばり睨みつける俺にジーユはやれやれと首を振った。


「まあなに、今すぐ返事を聞かせてもらおうとは思ってないさ。帰って皆に報告して喜び合うがいいさ、良い仕事が見つかったとね。……ああいや、その必要は無かったな」


 最後の言葉に、腹の底にドロリと何かが流れ込んだような気持ち悪さを感じた。


「……どういう、意味だ」

「言ったろう? 調べられるものは全て調べたと。今頃私の部下が挨拶に向かってるだろう。なに、人攫いなんて野蛮な事はさせないさ。ただの"挨拶"さ」


 その後の事は覚えていない。ただ商館を飛び出して住処に走ったんだろう。

 日光すらまともに入らない路地の行き止まり。泣きじゃくるガキ共とサリナ。そして傷だらけになって倒れるカリナとユートの姿が薄く無様に照らされていた。


「……お、おう。あんまり遅ぇ、から……もう終わっちまったぜ……」

「は…ははっ、どうガルシオ……、僕らだってやれば、できるんだよ……」


 弱々しく笑う二人。カリナは右腕が、ユートは右足が折られている。だがそれでもサリナやガキ共には怪我どころか掴まれたような跡も無かった。文字通り指一本と触れさせなかったんだろう。


 二人の側まで歩き、屈んで肩を抱く。


「ああ、よくやった。テメェ達は最高の相棒だ」






 夜。

 痛みに耐えられなくなったのか、それとも落ち着いたのか。二人は静かに眠っている。幸い冷やすものには事欠かない。折れた箇所に雪を乗せるが、こんなものその場凌ぎですら無い。何とかしてちゃんとした治療を受けさせないと。……その為には金がいる。それもそれなりの額が。恐らくこれがジーユの狙いだったのだろう。


 俺が二人を治療する為の金をすぐに用意しようとするならジーユの言いなりになるしか無い。俺に不利な条件をつけるだろうが金は出すだろう。

 当然俺が大人しく従うとは考えてないだろうが、だからこそこの行動なのだろう。向こうには既にそれなりの戦力がいることを示し、逆らった場合は俺よりも他の奴に危害が及ぶ……つまり人質だ。

 大人しく言いなりになるしか……いや、そうなったところでこいつらの安全が保証されるのか?


「どうして、こうなっちゃうんだろうね」


 答えの出ない、いや、答えなんか無いのかもしれない問いに頭を抱えていると、隣に座るサリナがポツリと零した。


「そりゃ、私だってガル達ほどじゃ無いけど悪いことしてきたよ。でも、そうしないと私達は生きられなかったんだもん」

「…………」

「ねぇ。ガルが私を見つけてくれた時に言ったこと、憶えてる?」

「……ああ」

「ふふっ。俺達を切り捨てた大人、社会。そいつらを纏めて見返してやろうぜ! ……今思うと恥ずかしいこと言ってたね」

「うるせ」


 拳を突き出して笑みをこぼすサリナ。ガルシオはバツが悪そうに顔を背けた。


「……ねぇ。私達、こんな暮らしでも幸せだったのに。それすら奪われるのかな」


 俯き、ガルシオに身を預ける。その体は僅かに震えていた。


「生きることすら、しちゃダメなのかな」

「……ごめんな。俺がもっとちゃんとしてたら、こんな事にはならなかったんだ……なんとか、俺が何とかしてみせる」


 寒さを温め合うように抱き寄せ、慰めの言葉を口にする。方法なんて何も浮かんで無い。でも諦めたら駄目だと。自分に対しての言葉を。


「ガルまでいなくなったら、嫌だからね……」


 それきりサリナは静かに眠った。

3ヵ月も音沙汰なしはどうかと思う(土下座)

今回からちょっと過去編。1話ちゃちゃっと終わらそうとしたけど1万超えたあたりで(これ分割だな……)ってなったから後2話くらい過去編。その後また2話くらいでこの章は終わりかなって感じです。

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― 新着の感想 ―
[一言]  アリアが不死って分かってない時点で殺そうとしてるのにガルシオがいい人って違和感ある…。その理由もガルシオの独断で危険だと思ったからってだけだし。
[一言] ガルシオ、たいへんだったんだなぁ お久しぶりです!
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