紅の雪原
「貴方達の追っていた犯人はあの神父であり、そして神父ではナイ」
空を移動中、意外にも無抵抗のグリワモールは不意にそんなことを言い出した。
「なんだよその禅問答みたいなの」
「ゼン? よく分かりませんが、気にはなっているでショウ?」
炎尾に絡め取られ風に吹かれながら、普段と変わらないように演技がかった仕草をする。
「貴方が予想した転送魔法の類、今回の事件に使われたのはそれで間違いありまセン。被害者を人気の無い場所へ移送シ、同時に魔物も移送。そして魔物を帰せばソコに残るのは奇妙な事件現場。しかし、私はあることに気づいたのデス」
人差し指を立てもったいぶるように指を振るグリムワールに、アリアは尾を全力で振って答える。
「うぇっぷ……言いますヨ……乱暴ですネ……。ソコに残された気配、それは魔法の残滓ではなかったと言うことデス」
「……もっかい振っとくか?」
「イヤ本当なんですって! アリアさん、貴方この世界の地理はどれくらい把握してますか? ギルドがある国より更に外の範囲で」
「正直全く。地図とか見たことないし」
「まあそんなことだろうと思ってましタ。貴方の知っている国々……便宜上その区域全体をギルド連合国としておきまショウ。その連合国の東にギルティシア帝国という国があるのデス。今は諸事情で大人しいですが、少し前まで侵略活動に精を出していた元気なお国デス」
その話が今回の事件と何の関係があるのだというアリアの視線に気づき、グリムワールは急ぎ本題へと移った。
「かの国で生まれるギルティシア人にはある特徴がありマス。それは一切魔法が使えないということデス」
「魔法が使えない?」
「ええ。もともと使える人が限られるのが魔法デスが、彼らは一切使うことが出来まセン。魔具の使用も同等に。理由までは知りまセンが、恐らく魔力を生成する器官がないとかソンなのでしょう。で、これは貴方もよく分かる質問でショウが」
両手の人差し指を立て片方ずつ振りながらアリアへ質問を投げかけた。
「剣が使える人間と、剣と魔法が使える人間、厄介なのはどっち?」
「そりゃあ、後者」
「でショウ? 彼らにとって魔法を使う戦力を有するギルド連合国は攻めるに難い相手なのデス。ナラどうするか。答えは簡単。同じ力を得れば良い」
「……なんか矛盾してないか?」
「エェ、私も最初はなんの冗談かと思いましタ。しかし彼らはまだ実験段階とはいえ完成させている用ですネェ、魔法が使えない彼らの新たな武器となる力、魔導という力を」
そう言い細くなったグリムワールの目は、どこか怒りにも近い感情が見えた気がした。
「魔導……それが今回の事件で使われた転送の正体ってことか。……でもそれとキルト神父とどう関係があるんだよ」
「まあ簡単なことデスよ。魔導技術は未完成、とはいえ既に最後の実験段階というくらいデショウ。しかし最後の実験で自国と民に何かあっては大変ダ。じゃあ実験体と場所は入り込め易そうな他国にシヨウ、ってくらいナ」
剽軽その言葉に、アリアの表情は凍り付く。
「……じゃあ、まさか」
「ええ。あの神父は不幸にも実験体に選ばれてしまったのでしょう。ただただ運悪く都合良く目についてしまったのでショウネ。彼には奇妙な気配が二つありましタ。一つは転送魔導。もう一つは、あの様子からして洗脳魔導とかでショウネ」
「……二つ。俺がお前にするのは質問二つだけだ」
一瞬の無音。風を切る音だけが響き、やがてアリアは重く口を開いた。
「オヤ。てっきり一つだけだと思ってましたガ、まあ同じでショ。ドウゾ?」
「一つ、お前は魔導を解除できるか。二つ、協力する気はあるか」
出された二つの問いに待っていたとばかりにグリムワールは笑い声を上げた。
「ハハハハハハ! エェ、エェ! 貴方ならそう問うでしょうとも。そして私の答えも聞くまでもなく分かっているのでショウ?」
指を二本立て、一本ずつ答えと共に折っていった。
「一つ目、当然可能デス。二つ目、するわけがないでショウ? この私がたかが人間一人の為ニ」
「まあ、そうでしょうね」
既に場所は国外。眼下に広がるのは月明かりに照らされた雪原のみ。
「だからここからは、力尽くです」
体を翻し尾を振るいグリムワールを地面へと投げ落とした。
「うわっぷ! 全く、地面が雪で助かりまシタ。サテ、力尽くは良いですガもう前回での戦闘をお忘れですか? 果たしてどうするつもりなのやラ──」
「──ああ、それなら案ずるな」
舞い上がり視界を覆った白が、紅に消え失せる。
「貴様は我自ら相手をしてやろう」
紅一閃。不知火がグリムワールの右腕を斬り飛ばし、同時にドラグニールの不知火を握る右腕も断ち切られる。
「クハハッ、まだまだァ!」
炎翼をはためかせその場で横一転すると左手で右腕を掴むとその遠心力のまま更に左腕も切断。同時にドラグニールの左腕も切断された。
「……ッ、これはこれハ、あまりの勢いに不意を突かれましタ。しかし、魔法主体の私はともかく武器を持つ貴方が腕無しになってしまいましたガ?」
後ろへ引き距離を取るグリムワール。両腕は斬られた事実などなかったかのように備わっており、声音はいつも通りではあるが、その口元は僅かに歪んでいた。
「言ったであろう? 貴様の相手はアリアではなく、我だと」
両腕を失いバランスを失ったのかそのまま地面に落下したドラグニール。纏う炎の影響で周囲の雪が急速に蒸発しグリムワールからは姿が見えなくなっていたが、その言葉と共に飛び出したのはしっかりと付いている両腕に如月と不知火を携えた姿だった。
「チッ、当然の様に治しますカ!」
悪態と共に指を鳴らすと周囲の雪原が盛り上がり複数のスノーゴーレムが現れた。
「ハハハハッ、当然よ! 我もアリアも、使える魔法、スキルは同じ。だが使うと使いこなせるでは全く話が別だからな! 我ならばこの程度造作もない! ……あぁ、しかし」
まるでそこに何もいないかのように速度を緩めることなくスノーゴーレムを屠りながら突き進むドラグニール。
「この刀というもの存外悪くないな。戦いなど魔法と自身の肉体があれば事足りると以前の我なら切り捨てていたが、ヒトの体であれば道具というのはよく馴染む。さてグリムワールよ。以前オーガと戦った時はあちらは暴走、こちらは威力を抑えていたとはいえそれなりに耐えて見せたが、貴様はどうだ?」
「私をあの筋肉達磨と同じにしないで頂きたいですネェ!」
両腕を大きく振るうと呼応するように大地がせり上がり、ドラグニールを囲うように四つの壁が現れる。それらは急速に移動し回避する間もなくドラグニールを押し潰すと更に崩れ、圧縮され平坦な大地へと戻った。
「目で見た限りは逃げられてませんガ」
「当然、食らっておらんよ」
愉快そうな声がしたのは前方ではなく背後。悪態をつく間もなく振り返るが急に視界がぐらつく。自身の両足が切断されたことを瞬時に把握し修復した時には、既に修復し終えたドラグニールが如月でグリムワールの胸を地面ごと突き刺していた。
「カハッ……!」
「ふむ、やはりな。貴様のソレ、こやつ等は反転魔法だのスキルだの言っておったが、ただの同調魔法の類だろう」
自身の胸を触りながら、既にどこか飽きたような口調のドラグニール。その胸を触った手には血は付いていなかった。
「初見の時から思っておったのだ。反転であるなら、傷の程度を貴様が把握出来る筈も無い。だが貴様は把握していた、しかし肉体は負傷していなかった。何故か」
「ソレをわざわざ私に言わせますか、意地が悪い」
「いや? そんな下らん趣味は持ち合わせとらん。単純にアレは、一つではなく二つ、ないし複数の魔法の組み合わせだったのだろう。自身の負傷を相手にも与える同調、自身の負傷は瞬時に治す治療の魔法の同時使用だろう。言うは容易いが、超高度魔法の複数同時使用、流石マジックマスターなどと言うだけはある。だが存外底は浅かったようだ。他魔術で距離を詰めさせないように焦ったのが悪かったな。実際貴様の両足は切断された。治療の連続回数か、程度か、どちらかに一旦の限界が来たのだろう」
「……チッ、そこまで見透かされればおしまいですネ。ところでその胸。同調魔法の方は今も発動中なのですガ?」
如月に貫かれている自分の胸とドラグニールの胸を交互に指さす。
「これか? いや、魔法をかけられたなら解除すれば良いだけだろう。未知のものならともかく正体が分かれば造作ない」
「随分簡単に言ってくれますネェ……そうだ、因みに何ですが」
呆れたように大の字になって力を抜くグリムワール。不意に何か思いついたように顔を上げた。
「ん、なんだ」
「こう言う場合、貴方ならどう対処します?」
パチン、と軽い音が冬の寒空に響く。一拍おいて、暗い雪原が上空からの強烈な光源に照らされた。
「これは……あれか。隕石とやらか」
「まあそんなものです。直撃すれば私達は当然、すぐ横のお国も……というかこの大陸全土に影響が出るレベルの大きさデス。勿論砕いてもその破片で同じく。サテ、どうしますか?」
からかうような口調、しかしどこか期待も含ませるグリムワールの言葉に、ドラグニールは焦ることもなく顎に手をやる。
「ふぅむ。以前の我ならただ砕いておったが、そうするとアリアにどやされる……なんてのは流石に冗談だが、被害が広く出るのはいかんな。最近こやつは覚えておるのか不安に思っておるが、我はこの世界を見て回りたいのだ。かつての我では叶わなかった、ありのままの世界を。それを壊されるのは……あれだな、困るな。ならば」
左手を隕石めがけ突き出すと、親指と人差し指以外を折り、銃を模した形にする。
「確かアリアから聞いたのはこんな形だったか。そうしてえーっと……ああ、そうだ。バーン、だ」
気の抜けた発射音と共に人差し指から放たれた光は瞬く間に隕石と接近し、衝突の寸前、膜のように形を変え広がり隕石を覆った。そして思わず耳を覆うような轟音と共に光球はみるみる小さくなり、やがて消失した。
「……ハハ、ハハハハハッ! いやはやお見事! ただ砕けば破片が飛び散る。ならば隙間なく全方位から破片も、いや塵すら残さず砕くとは! 力押しにも程がアルでしょう!」
「フハハ、貴様が予想よりも不甲斐なかったのでな。ふらすとれーしょん、の発散というやつだ」
「意味は分かりませんガ……ご満足頂けたようで何ヨリ。魔王とは名乗っておりますが、何分実戦経験としては一段劣っておりまして。しかも強者との一対一など、数えるほどしか」
「だろうな。で、どうする? こやつに協力するか否か」
「当然、ここまでされてしまっタラ、せざるを得ませんヨ」
「フン、そうか。ならば後は任せる」
如月を引き抜くと鞘に収め目を瞑る。再び開くとそこには先程までの鋭さはなく……尋常ではない痛みにうずくまるアリアの姿があった。
「……あー、もしかして?」
「あんのクソ竜! 斬られた痛み全部こっちに押し付けやがってっいったぁああああああああああ!」
「うーわご愁傷」
グリムワールはただ心の底から同情し手を合わせた。





