魔法と犯人と再調査
犯人は転移魔法、ないしはそれに準ずる魔法を使っている。であればその魔法を使える者を調べればおのずと犯人も判明する……と思っていたのだが。
「残念だけど、転移魔法なんてものはこの世に存在しないね」
ばっさりとユリーンに切り捨てられてしまった。
場所は昨日もずっと引きこもっていた資料室。昨日散々探し回った所とは別の場所で、俺達は話していた。
「ここにあるのは有史以来人間が発動可能にした魔法が記述された本でね、もし新しい魔法が開発されてたらここに加筆される。ま、例外もちょっとあるけどね」
「例外って?」
「その人の体質や個人的な能力、それこそスキルに依存したみたいな、その人にしか使えない魔法だね。後は君みたいな、ドラグニールから継承して発展させた魔法みたいなものも例外だね」
説明しながら、本棚から本を何冊か抜き取り机にのせる。一冊一冊はそれほど大きくも厚くも無い、大判の小説くらいのサイズだ。
「そんな例外を除いた、理論上誰でも発動可能な魔法が書かれた本がここにある十冊。とはいえあくまで理論上。実際に発動可能有無を考えると……」
そう言いながら十冊の本から二冊の本を抜き出した。
「今置いた八冊かな」
「びっくりした。その二冊しか無いと言うと思いました」
「はは、流石にそれはね。ただその八冊は、正直使えたとしてもそれほど有用で無い魔法が殆どなんだ。単体で冒険者になれるかどうか、なれたとしても最低ランクのE止まりだね。そこから上にいけるかどうかは、この一冊に書かれた魔法を使えるかどうか」
そういって手に取った本の一冊を机に戻す。
「もし仮に最後の一冊に書かれた魔法も使えれば、その人も僕たちの仲間入りかな」
そして最後の一冊も戻す。俺は試しに最初の八冊から適当に選びページを捲る。そこには魔法の名前と発動手順……魔力をどう練り、形作り、放出するかの手順が書かれている。幾つか目を通し、俺はあることに気づいた。
「これ、どういう魔法が発動するかは書かれてないんですね」
名前と手順はあるが、結果が無い。
「そう。それが最初に理論上といった理由でね。手順をみて、そこから正しい結果を導きだせれば発動できるんだけど、上位の魔法ほどこの手順は複雑に絡み難解になる。それを読み解き余裕の無い決死の場面でも使えるかどうかってことだね」
なるほど。いわゆる数学の数式みたいなものだろうか。小学生の足し算引き算とかなら式を見れば殆ど考えずに答えられるけど、中学校、高校と上がれば難解になり、大学で学ぶような物になればそれはもう誰でも出来るものでは無くなるだろう。まあ俺文系だから想像だけど。
「……というか、最後の一冊とか大事そうな本ですけど、普通に資料室に置いてて良いんですか?」
「んー、まあその辺りは各ギルドとか施設によるけど、ここだと資料室に入るのは僕か、せいぜいガルシオくらいだしね。それにもし別の人が入っても、少なくとも今のイシュワッドギルドにはこの本を見る人はいないかな」
「え? だってこの本見て練習して魔法使えるようになった方が良くないですか?」
「まあそれはそうだけど……あ、そうか」
困ったような表情のユリーンだったが、何かに納得して手を叩いた。
「アリアさんって記憶喪失で、ずっとギルド所属なんだっけ」
「え、えぇそうです」
「じゃあ勘違いしちゃっても仕方ない。えっと……これでいいか」
そういってユリーンは机の上にさっきの魔法の書かれた本十冊を並べた。
「この十冊がこの世界の人間だとする。その内騎士や傭兵、それこそ冒険者のような戦える人というのは……」
七冊本を除外する。
「三割くらいかな。戦闘可能だけで言えばもうちょっといるかもだけど、あくまでまともに戦えるという事でね。そしてその中で魔法が使えるかどうかでいうと……」
二冊本を除外。更に残った一冊を真ん中辺りで開く。
「一割もいない。その半分ってところ。更に上位魔法も使えるかって言っちゃうと」
パタンと本を閉じ、そのまま手に取ってしまう。
「こうなっちゃうね。魔法が使える人が集まる場所にいたら錯覚しちゃうけど、実際の比率で言えばこんなものなんだ。そして現在イシュワッドギルドで魔法が使える冒険者はいない……というか、僕含め職員にもいないね。今ならここの本、アリアさんだけで占有できちゃうよ」
「あはは……。そうだったんですね、始めて知りました。……で、最初に戻るんですけど、転移魔法の類はそこには書かれていないんですね」
「うん。僕や他のギルドマスター達は立場上、使用可否に関わらずあらゆる魔法について知らされている。勿論本に書かれていないものについてもね。その知識の中には転移に関しては無い。そしてある程度、存在しない魔法についても何をどうすれば作り出せるかって言うのも他の魔法知識の応用で想像できるんだけど……」
少し考え、やがて口を開く。
「転移は工程の複雑さ、魔力消費の点から見てもトップクラスだ。ましてや自分じゃ無くて他人をと考えるとね。それこそ……魔王クラス。最悪の想定だけど」
苦笑を浮かべるユリーン。しかしそれは冗談では言っていないだろう。
既に昨晩の被害者から証言は取ってある。何もせずただ歩いていたら、別の場所にいた。そしたら目の前に突然大型の魔物が現れ、俺が飛び降り、魔物が消えた。
転移、それに準ずる魔法が使われたことは明白。そしてその使用者は……魔王クラスの疑いがある。
「やれやれ、思ったより大事になるかもしれないな。ユリウスさんに支援を頼もうかな」
ユリーンの呟きに、俺はふと思い出した。
「そういえば、エクシアさんって転移魔法使えないんですか?」
最初にあったとき。正面、それも離れた場所にいたエクシアは気づけば背後に回っていた。レイの高速移動の類でも無く、気配も無く文字通り瞬きの間に。
「あー、あれば本人曰く転移とは違うらしい。正直、エクシア君はまだ底が知れないんだよね、それこそ君と同じように」
そうなのか。もしそうだったら何か手がかりでも無いかと思ったけど。
少しして、ユリーンは別件の仕事を片付けに出て行った。俺は一人残り、ペラペラと読むでも無く魔法書を捲る。
なあドラグニール。お前転移魔法って知ってる? お前自体は持ってないよな。
──知らんな、生憎と。我の封印されいる間に発明されていれば別だが、あの小僧の言いようであればそれも無かろう。人でも魔物でも、使える者が居れば話題に上がる。まあ心当たりがあるとすれば……あやつくらいではないか?
あやつ?
──以前本人が言っておったろう。ゴーレムマスター改めマジックマスターと。魔法の支配者などといっておるのだ。そのくらい訳ないだろう。
……ああ、あの蝶マスク。
「その憶えられ方は心外ですネェ」
…………。
──…………。
「おや、どうしました? 私をズっと見つめテ。もしヤ! 私に気があるト!?」
「確保ー!」
飛びかかり、組み伏せ、動きを封じた。驚くほどスムーズだった。
「なっ、なんデスカ! せっかく好意で出てきてあげたのニ!」
「うるせぇ! 最有力容疑者が現場近くにいたらそれはもう確保だろうが!」
「チーガーイーマースー! 私はここで起こってル事件とハ無関係デスー!」
「じゃあなんで都合良くいるんですか?」
「それは貴方に着いてきてたカラで……」
「ストーカーの現行犯逮捕!」
「誤解デース!」
***
「つまり、前に私がこの世界の文字を読めるようにしたときに、ついでに私が常にどこにいるか分かるようにして、更についでにいつでも目の前に現れられるようにしたと」
「その通りデス」
「もうそれ転移魔法だしどう考えてもお前犯人じゃんとか言う前にシンプルに気持ち悪い。見てこの腕の鳥肌」
そう言って俺の前で背を向けて座るグリワモールに右腕を近づける。その動きのせいでそのまま構えている如月がグリワモールの首筋に近づく。
「近い近い近い当たってマスもうこれ当たってマス。だって私の転移は私を事前に設定した地点に転移するんデスモノ!」
身の潔白を表現したいのかバッと手を広げる。どうでも良いがこいつがいると若干ギャグ空間になる気がする。
「……で。じゃあ今回の事件で使われたような、他人を任意の場所から任意の場所に転移させる魔法ってのはあるんですか?」
「ハ? 無いですヨそんなノ」
「…………」
「アーごめんなサイ! 言い直しマス! ごめんなサイって!」
流石にずっと構えているのも疲れたし、そもそもなんか馬鹿らしくなってきたので如月をしまって向かいに座る。
「そもそも考え方からデス。魔法というのは、全くの条件無しでは成り立たない、けれドある程度条件を設定すれば成立するものもありマス。私の転移のようにネ」
「つまり今回の魔法にもそれがあると?」
「えェ。例えばある条件に引っかかった人間を操り移動させる魔法。転移では無く透明になり、あたかも消えたように錯覚させる魔法。簡単な思いつきでもこんなにありマスガ……」
「今回の被害者は文字通り一瞬で移動してました。魔力感知と本人の証言付きです。仮に魔物が現れ、消えた理由が透明化だとしても、その移動だけは理由がつかないです」
「ですネ。まあさっき言った操る魔法も透明化の魔法も無いんデスガ」
「…………」
「アッちょっと待ってそっちの紅い方の刀はヤバいです流石に」
「次は無いですよ」
その時は不知火が火を噴くぞ。物理的に。
「マッ、多少ふざけすぎたシネ。少しくらい手伝ってあげまショウ。個人的に興味もありますシ」
そう言って立ち上がるとそのまま資料室を出ようとするグリワモール。……ってちょっと待て。
「いやいや、魔王が堂々と歩き回るのは不味いでしょ。ただでさえ見た目ヤバいのに」
「まあ私くらいにナレバ魔物と気づかれることナド……え、今見た目ヤバいって言いました?」
語尾が消えた。なんかショック受けてるらしい。
「……仕方ありません。今日はこれにしましょうか」
まだ若干引きずってるが、諦めたように仮面を外し髪を撫でる。すると長い黒髪は金髪に変わり、無駄にイケメンな金髪碧眼好青年がそこにいた。しかも語尾もまとも。
「これで問題ないでしょう。さあ、行きましょうか」
「やっぱ一回だけ斬らせて貰いませんか? 大丈夫、如月の方にするんで」
「どうして!?」





