魔法世界の事件トリック
イシュワッドに来て早三日。進展は初日からなんの進展も無いが、新たな事件も起こっていない。それはそのまま良いことなのだが、起こらないと新たな手がかりが得られないとも言える。
流石にそんなことに期待するのはどうかと思うので、昨日今日とギルドの資料室に引きこもっていた。ユリーンも仕事の合間に手伝ってくれて、ガルシオは外の見回りに行っている。
「……ねえユリーンさん、大型で中型で小型で大きな爪と牙を持ってて種子を飛ばして攻撃してくる大人も子供も丸呑みする魔物って知ってます?」
「知らないねぇ。ところでアリアさん、大型で中型で小型で大きな爪と牙を持ってて種子を飛ばして攻撃してくる大人も子供も丸呑みする魔物って聞いたことあるかい?」
「初耳ですねぇ」
二人とも目が死んでた。本のページを捲っていても内容が入っている気がしない。
ところでドラグニール、大型で中型で小型で大きな爪と牙を──。
──知らぬわ。というかそんな魔物いるわけが無いだろう。
「だよなー!」
泣き出したい感情を声に出して倒れ込む。突然叫んだ俺に気づかないほどにはユリーンも疲弊している。
もうダメだ。何も分からん。これ以上考えても探しても何か分かる気がしない。
ということで気晴らしに付き合ってくれ。最近どう? 元気してる?
──相当参っておるな……。久々に話しかけて来たと思ったらこれか。
だってお前からも全く話してこねーんだもん。なんかしてるのかなって。
──憑依している身で何をやれというのか……。こんな紙に埋もれた所で何が分かる訳でもなし、外を歩く方が良かろう。気晴らしにもなる。もう一度行けば新たな発見があるかも分からんしな。
……それもそうだな。
よっこらと床と根付きかけてた腰を上げ長めの伸びをして資料室を後にする。一応一人では出歩くなと言われていたのでユリーンには声をかけたが、あの生返事じゃ気づいてないだろうが、まあ問題ないだろう。
流石にガルシオみたいに一度行ったとはいえ地図無しで行けるはずもないので、初日にユリーンが用意していた地図片手に最初の事件現場へと向かった。
そういやドラグニール、お前一昨日事件現場に行ったとき何か感じたか?
──いや、寝とったからな。今日が初めていくようなものだ。
さいで。
「──さて、着いたわけだが」
再度見渡しても、手がかりになりそうなものは高い位置にある剣の跡だけだ。
──というかこの建物はなんなのだ?
倉庫だってよ。といっても使われてるのかどうかも怪しいくらいのだけど。お陰で目撃証言も無しだ。
──なるほどな。では次だ。
そういって次の現場へ。事件現場は全部で十。連続殺人と考えれば十分な数だが、初日に全部回れたくらいだし地図で見ると改めて分かるが、範囲はそれほど広くない。
そして最後の現場。出発時間が遅かったからもうすっかり暗くなってしまった。早いとこ済ませて戻ろう。
この現場に残されたのは無数の引っ掻き傷と何か鋭いものが刺さったであろう幾つかの跡。三つの平行な傷がついた前者は恐らく爪、後者は被害者の放った弓であろうというのが初日での見立てだ。
地面とか壁の低い位置に矢の跡があるから多分魔物は小型なんだろうけど、やっぱそれ以上はなー……。
──ふむ。ではこれまでの事件の場所を起こった順になぞってみよ。
……まさか何か分かったのか?
ゴクリと生唾を飲み言うとおりに地図の上に指を走らせる。それぞれの場所の順番を思い出しながら何度かなぞり、そして気づいた。
これなんの意図も無いな。
──思いつきで言っただけだからな。
ぶん殴ってやろうか。
──こういうのはふとしたきっかけで気づくものだ。現に事件場所の位置関係など今まで気にしたことは無かっただろう?
確かにその通りではある。初日と同じように見たところでそれ以上の情報が拾えるはずも無い。とはいえ今からもう一回全て見て回るには時間が遅すぎるから、とりあえず今日はここを徹底的に見てみよう。
「ぬぅ、流石にもう真っ暗だな。軽く明かりつけるか」
完全に日も沈み、明かりがともる表通りならまだしも裏通りはろくに視界もないので、指先に火を灯して明かりにする。
実は熱に反応して浮かび上がる文字とか、暗くなると発光する手がかりとかー、は無いらしい。
──そもそもとして、犯人は本当に魔物なのか?
それは多分な。痕跡は全部魔物がつけたものだろうし、そもそも一つだけだけど目撃情報もあった。
──いや、そうでは無い。手を下したのは魔物であろうが、その後ろに何者かの存在が無いかと言うことだ。
それはまあ、考えないではなかったさ。色んな魔物が一種ずつ現れてはろくな痕跡も目撃情報も無く消えていくんだ。だからといって黒幕がいると仮定して、どういう方法使ったか分からないんじゃそんな変わりもないさ。
──確かにな。見たところ、現場の共通点もつといったところか。
まあな。裏路地、人のいない環境……ん?
人差し指と中指を順に立て、薬指も立てようとしたときにピタリと止まった。
……この戦った痕跡じゃ無いよな? え、あと何?
──なんだ、気づいておらんかったのか。我も確信を得たのは六つめ辺りからだが。
てことは時間が経つにつれ無くなる共通点……え、マジで何?
──何って……ああ、そういえば貴様にはまだ教えておらんかったな。昔鑑定眼を教えただろう。その応用で、魔力の残滓を見られるのだ。
魔法を使った形跡とか見られるって事か? 完全に初耳なんだが。
──まあ使う機会などあまりなかったからな。
まあ確かに。……んで、ということは魔法使った形跡があったんだな。
──ああ。どの魔法かまでは特定できんがな。
それが分かっただけでも三歩くらいは前進だろ。取り敢えず今日は帰ろう。
といいながらふと足を止める。一応治安悪いから一人で出歩くなって言われてるくらいだし、昨日今日と座りっぱなしで運動不足感否めないしな。
見上げて屋根がそれほど高くないことを確かめると、せーのと勢いづけて飛び上がり屋根を掴むとそのままの勢いで体を引き上げそのまま着地した。
──ほう。身体強化の魔力操作も上手くなったものだな。最小限の量を予備動作無しで出来ておる。
なんだかんだとこの体も長いからな、っと。
路地によって出来た間を飛び越えそのままくるっと回る。アルガーンやアルプロンタとは違い寒くて明かりも少ない国だが、その分空気も澄んで今日みたいな晴れた日は星がよく見える。
気づけばこの世界に来てどれくらいだろうな。カレンダーもないから分かんねぇわ。
──文脈からして日にちを計る道具か。こちらの人間の暮らしなど知らんが、まあそんなものが必要ではなかろうからな。
それは暮らしてて思ったよ。少なくとも半年、下手したら一年……は言い過ぎか。まあ体感はそれくらいだな。
──ふむ。因みにこれはどこに向かっている? ギルドとは別の方向だが。
せっかくだから色々見て回ろうかなって。屋根上からなら治安も何も無いだろ。
──それもそうだな。
そんなこんなでふらふらと飛び回ったが、思ったより見て回る所は無かった。
いわゆる繁華街的な場所はあるが、それほど賑わっている気配も無い。殆どの店は夜は閉まってるし、閉じた木窓の隙間から光がうっすら漏れた家が並ぶだけだった。
思ったより暇だ。人の気配もろくに無ぇ。
──これならどこで殺そうがバレぬだろうな。
それな。目撃証言が無いのも頷けるわ。
溜息をつきながら暖をとりがてらまた指先に火を灯し座って地図を見る。
どの事件現場も人の来ない場所……外れの倉庫とか空き家がちょっと多いところなんだよな。そもそも被害者はなんでそんな場所にいたのか。唯一被害を逃れた目撃者でもある子供は逃げた結果だが、追いかけられた始点によっては同じ疑問にぶつかる。
「追い込まれた結果とは言え、全員が全員あんな人気の無いところにいくか?」
──多少の差異はあれど、脅威から逃げるのであれば人気の無いところよりもあるところだろうな。
「だよなー。こいつを人の多いところに連れて行ったら被害が拡大する! ここは俺が食い止める! ……なんて主人公みたいな奴ならそれもありそうだけど、生憎とそんな奴らとは思えないしな」
如月を構えて演技して見るも、あの被害者リストの中でそんな奴はいないだろう。むしろ全員悪人、強いて言えば仲間を守ったあの子供達だろうか。
「……ぬぅ。今日はもう頭回らない。そろそろギルド戻って飯食べて寝よう」
──そうしろ。今日はこれ以上進展もあるまい。
やや呆れ気味にドラグニールが言った瞬間、どこかから男の悲鳴が聞こえた。
「……今の悲鳴って」
──ここ数日事件は起こってなかったのだろう。可能性はあるな。
「だよな!」
俺は急いで声のした方へ駆け出す。それほど遠くは無かった。それに魔物が襲ってるなら魔力感知で見つけられ……ッ!?
それに気づいた瞬間、無理矢理体を反転させ屋根を掴んで止まるとそのまま逆方向へと駆け出した。
──何をして……いや、どういうことだこれは。
ドラグニールも気づいたのか困惑の声を上げた。
声が無くとももう魔力感知で場所は分かる。反応は二つ。人間と魔物だ。全力で屋根の上を駆け反応の頭上に飛び出すと両者の間に如月を投げ刺し、着地と同時に抜くと正面の魔物に向かって横一線に斬り付けた。そのまま後ろの男を蹴飛ばしながらバックステップし魔物との距離を離す。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……あんたは一体……っていうかこいつは……」
「話は後で……す……」
一瞬後ろの男に目線をやった。魔物を死角にやったと言え一瞬。位置も分かってるし動き出したとしても斬った時に見たのは視界を覆うほどの巨体。動けば音でも分かる。無音だとしても魔力感知で把握できる。
だから把握できた。
男に目をやった一瞬。魔物から目を離した一瞬。その一瞬でその魔物の反応は初めから何も無かった様に消えていた。
視線を直しても、何もいない。魔力感知が異常を示した訳では無い。
文字通り一瞬の間に消え失せた。なんの証拠も残さず。……そして。
「すみません。貴方はさっきまでどこにいましたか」
後ろでまだ立ち上がれていない男に地図を見せる。そして男が指さした場所は今いる人気の無い路地裏では無くさっき通った人気のある繁華街。そして俺が最初に声を聞いたと思われる方向だ。
つまりこの男は瞬間移動でここに来て、突然魔物が現れて跡形も無く消えたのだ。
なあドラグニール。なんだかんだこの世界に馴染んで忘れてたみたいだ。いやある意味今日気づいた事ではあるんだけどよ。
──何がだ?
そもそもここは魔法前提のなんでもありの世界じゃねぇか。まともに推理する方が間違ってるってもんだ。





