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探偵達の現場調査

 机に広げられたイシュワッドの地図にはいくつか赤い×印がつけられている。


「これが被害者が消えたとされる場所だ。どこも人目に付きにくい路地裏だけど、残った血痕からしてこれは間違い無い。時間は恐らく深夜帯。被害者には共通点は無し、それこそ子供から大人までだ。これだけみればただの通り魔事件として動けるんだけど……」

「被害者の遺体が見つかってないんですよね?」


 今回の事件の最も不審な点を言い、ユリーンも肯定した。


「そう。奴隷として攫うならある程度痛めつけるけど、それにしては残った血痕は致命傷レベルだ。けれど死体を移動させたと考えると、血痕も続くはず」

「荷車に乗せたとかはどうです?」

「残念ながら現場までは道が細くて傍まではつけられない。それにそこまでするなら、そもそも血痕を消すくらいはするだろうしね」

「じゃあ喰ったんじゃねぇのか?」


 面倒くさそうに言ったガルシオの突拍子もない言葉に、けれど俺達はそれを無碍にすることは出来なかった。


「まあ正直、思いつく中じゃ一番あり得そうだよね。その場で殺して、食べる。いやー、実に説明がついちゃう」

「でも現場には肉片や骨どころか、衣服すら残って無いんですよね? 人一人をまるごと食べるってのもアレですけど、そんな事……」


 いや、全然ある。

 ここは国内で、犯人は当然人間だと思ってた。けれど例えば、最弱モンスターのイメージがあるスライム。この世界のスライムは最弱なんてもんじゃ無くて、獲物を取り込むと肉も骨も、それこそ鎧すら溶かして養分にする。物理攻撃も殆ど通らない割とヤバい魔物だ。そう考えれば、何が起こったかの推理も広がる。

 けどそれは……。


 俺がそのことに気づいたことを確認したのか、ユリーンは頷いて真剣な声で発した


「そう。この国内に魔物が入り込んでいる可能性がある。しかも誰にも見つからず、かなりの強さをもった魔物がだ。被害者の中には僕が冒険者としてスカウトしようとしていた人もいて、少なくともBには届く強者だ。不意を突かれたと考えても、加害者側が攻撃を受けた形跡が一つも無い。そこで君たちの出番だ」


 一度間を置くと、俺とガルシオをしっかりと見て言葉を続けた。


「Sランクの中でも戦闘に特化し、レイさんやシーナさんとは違い閉所での戦いでも不利にならない二人に調査をお願いしたい」

「ケッ、いちいち前置きが長いんだよ」


 ユリーンに悪態をつくと、ジッと地図を見てその後部屋を出ようと歩き出した。


「オラガキ、ボサッとしてんな。置いてくぞ」

「えっ、あ、ちょっと待ってくださいって!」


 有無を言わさず部屋から出ていったガルシオに慌てていると、苦笑したユリーンに促され俺は慌ててガルシオの後を追った。





「ここが最初の場所だな」


 しばらく歩いて着いたのは表通りから少し外れた狭い道。まだ明るい時間だが曇っていることを加味しても薄暗く、人の気配も無い。


「えっと、最初の被害者は……」

「傭兵まがいのごろつきだ。馬鹿みてーな大剣を力任せに振ってビビらすしか脳が無いしょうもねぇ三流だったよ」


 なんとか資料の内容を思い出そうとしていると、つらつらとガルシオが言った。


「すご……ここまで全く迷ってませんでしたし、もしかして全部覚えてるんですか?」

「あ? 普通だろ。こっちはお前とは違ってここの地図は覚えるまでもねぇんだから、どこで起こったかイメージして覚えておけば良い。殺された野郎だって、紙だけで知った場合と顔程度知ってる場合だと憶えも違ぇだろうが」

「いやまあ、そうですけど」


 にしても凄くないだろうか?


 ガルシオは辺りを見回し、暫くしてある物を見つけた。


「ガキ、これ見ろ」

「この痕……多分剣でついたものですね」


 壁に線状につけられた傷。俺の刀に比べるとかなり深い痕だが、さっきガルシオが言ってた馬鹿でかい大剣って事を考えたらこのくらいの痕になるだろう。


「この被害者ってそれなりに大柄でしたよね。ならこの痕は……斬り上げかな」


 斜めに走る痕は上の方が浅く、払ったように先がやや細くなっている。


「自分の射程も把握し切れてない雑魚で助かったな。お陰で手がかりを残していきやがった。にしてもこの位置か」


 痕の先を見上げるガルシオ。そう、見上げている。痕の位置があまりに高い。

 高いと言っても普通の成人男性が上に向かって斬り上げれば十分つくだろう高さだ。相手が魔物と仮定すればこの高さも頷ける。馬鹿でかいドラグニールの首を斬ろうと思ったらそうなるし。足下を攻撃して転ばせるってのも手だけど。


 そう。正面や下に向かって剣を振る目的はいくらでもあるけど、上に向かって斬る理由の殆どは、そこに急所があるからだ。つまり……。


「この相手、相当デケぇな」


 大柄な男が、かなりの大きさの大剣を、上に向かって振った。

 勿論他の可能性は十分ある。飛行型だったり、跳躍力が凄かったり。けどその中の候補として大型という可能性は考慮しておくには十分だろう。

 それに死体がない理由。捕食したと仮定すると、大きさからしてスライムなどの溶解捕食の魔物では無いだろう。飛行型や跳躍などのすばしっこい魔物の多くは中型から小型。大人一人を捕食するには小さい。であれば一番可能性があるのは大型の魔物だろう。


「大型と仮定すると、二つ疑問が残りますね。何故目撃情報が無いのか。衣服や装備品はどこに行ったのか」

「後者のはいくらでも理由つけてやるが、誰も見てねぇってのはな……次いくか」


 もうここから分かることは無いと判断したのか、去ろうと移動するガルシオを慌てて追いかける。


「そういえばガルシオさんってどうしてギルドに入ったんですか?」

「あ?」


 無言に耐えかね道中の世間話にでもと切り出してみたが、相変わらず不機嫌そうに返された。とはいえ流石に慣れたものだ。


「いや、立ち上げたばっかり、しかも他に冒険者もいない状態のギルドなんてかなり忙しくなりそうなのに……なにか理由があったのかなって」


 ぶっちゃけ労働条件としてはブラックもブラックだろう。ユリーンは誘ったといっていたけど、だからとはいえ余程の理由が無いとその誘いには乗らないだろう。それに、このガルシオがあのユリーンさんの誘いに乗ってギルドに加入するっていう図があまり想像できない。


「んなもんどうでもいいだろうが」


 一蹴されてしまった。

 その後もなんとか会話を試みたが、二回ラリーが続くのもやっとの気まずさだった。


 そして到着した次の事件現場。薄暗い路地裏の通路という点ではさっきと同じだが、今回は行き止まりの場所だ。


「窓も扉も、屋根上に上る方法も無し。完全に袋小路ですね」

「ああ。ここでやられたのはこの辺りで見かける悪ガキ集団の一人だな」

「悪ガキ集団……治安悪いってユリーンさん言ってましたけど、本当なんですね」

「ああ。因みにそいつらだ」

「……えっ!?」


 そう言って俺の背後を指さすガルシオ。あまりに話の流れそのままに、全く変わらないトーンで言うもんだから反応が遅れてしまった。

 振り返ってそこにいたのは三人の少年。コートを着ていてもやや寒さを感じるというのに薄汚れた薄い服の少年達が俺達を閉じ込めるかのように立ちジッとこちらを見ている。

 とっさに剣を構えそうになったが、彼らの目には敵意のようなものは感じず、襲ってくる様子も無かった。


「おう、お前等か。どうした」


 ガルシオは変わらずぶっきらぼうな言い方をしながら俺の前に立った。


「ガルシオ、キースの事件調べてんのか?」

「おう。っつてもそれ含めた全部だけどな」

「……頼む、俺等にも手伝わせてくれ!」


 ガルシオの言葉を聞いて三人は頷き合うと頭を下げそう言ってきた。


「俺等だって悪いことしてたよ。でもあんたに言われて心入れ替えたんだ! そりゃ罰だって受けるべきって思ってるけど……けど殺される程のことじゃないだろ!? こんな理不尽、ジッとしてられねぇんだよ!」


 そう訴える少年達。しかしガルシオは面倒そうに頭をかいた。


「いいか? 俺が動いてるってことは相手はこの国じゃ誰もまともな相手にならないってことだ。自分勝手に無駄に動くごろつきも邪魔だが、戦えねぇガキはもっと邪魔だ。デカブツの相手は任せといて、テメェ等は教会にでも行っとけ。ちったあマシになったら冒険者にでもなりな」

「……分かった。あんたに任せる。けどデカブツってなんの事だ?」


 渋々といった少年の声。しかし俺と、恐らくガルシオもその次の言葉が引っかかった。単純にそれが犯人の事と分かっていない故の疑問だろうが、何かが食い違っている。


「おい、念のため確認させろ。キースが殺されたとき、お前等はどこにいた?」

「どこって、キースと一緒にいたんだよ。あいつが俺等を逃がす為にあの犬みたいな魔物共の気を引いてここに逃げてきたんだ」

「……その後お前等はどうした?」

「勿論助けようとして、木でも何でも良いから武器拾って追いかけて……でも着いたときにはもう何も無かったんだ。全然時間も経ってなかったのに」


 そうして少年達はその場から去っていった。


「……おいガキ、想像しろ。狭い路地、狼型の魔物二体、一体は下から、もう一体は壁を跳び上から、獲物は大剣。この場合、上の魔物にしか当たらない斬り上げをするか?」

「絶対しませんね。横に避けるか、斬ったとしてもど真ん中に斬り下ろしです。それに一度……経験があるんですけど、複数の狼型だとしても子供一人を食べきるのはそれなりに時間が掛かりますし、食べ残しは当然残ります」

「……チッ。思ったより面倒な事になりそうだな」


 俺の不安とガルシオの悪態をあざ笑うかのように、冷たい風が通り抜けていった。

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