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冒険者(仮)の一日

それからは地獄の日々だった。


 朝早く起き手早く身支度を済ませるとギルド二階の食堂で冒険者と職員に無償提供されている食事を済ませ、そのまま一階の以前テストをした奥の部屋に向かう。


「おはよぉ……じゃあ今日はぁ……魔法の訓練からしようかぁ……」


 毎朝寝不足の様子から一向に改善されないダルナに午前と午後の二回に分け魔法と戦い方について学ぶ。

 学ぶといっても座学などでは決してなく、バリバリの実技だった。


 テストの時は疑わしきは殺せレベルのモチベーションだったらしく、仮とはいえ認められた今は本人曰く加減しているらしい。拙いとはいえ防御魔法全開なのに余裕で切り付けてくる程度には加減しているらしい。

 もっと加減してほしい。


「じゃあ……とりあえず休憩ねぇ……」


 午前午後の二回とはいったが、正確にはダルナの匙加減で一回目の訓練が終わり、俺はそのまま食堂へ。とても食欲があるとは言えないが、食べないと午後が更に地獄になることは既に身をもって体感しているので、必死に食べる。

 たまにケーデ達と一緒になることがあり、その時は数少ない癒しの時間になる。


 昼食をとり終わると再び訓練場へ。再び既に待っているダルナに午後の訓練を受ける。今日は午前が魔法だったから午後は戦闘訓練だ。

 この戦闘訓練は魔法によらない戦い方のことで色々な武器を一通り試し、元日本人のDNAなのか日本刀のような少し反った片刃剣がいいという判断をダルナはしたようで、基礎的な扱い方から実践的な技まで多岐にわたって教わる……もちろん初めから実戦形式での鬼スパルタだけど。


「よぉし……じゃあ今日はここまでぇ……」


 ダルナの匙加減で一日の訓練は終了し、俺は再び食堂……ではなく一階の酒場へ向かう。


 ラウドの計らいでこのあまりに厳しい訓練を乗り切った夜だけ酒場で好きなものを食べられるように口を利いてくれているのだ。好きなものをといっても子供だから注文できる種類にも量にも制限があるから金額としては大したことないんだけど、食堂のそっけないご飯に比べれば十分だ。

 それに夜の酒場でならケーデ達とも比較的合流しやすく、楽しいひと時を過ごせる。


 まだ少し見慣れない、けれどもおいしい料理に舌鼓を打ちつつしばらく談笑し、最後の癒しである大浴場に向かう……そしてこの大浴場で、俺は衝撃の事実を知ってしまうのだ。


          ***


 それはテストを受け冒険者(仮)になった夜。俺は今日と同じように酒場で過ごし、ケーデがお風呂に行こうと誘ってきた時だった。


 流石に俺は困惑した。体は少女とはいえ心は健全な男だ。女の浴場には人並みに興味はあるし、今は合法的に入れる。しかし、入っていいのかという葛藤がないわけではないのだ。


 その葛藤が俺を悩ませ。悩み、悩んで、悩みぬいて。


「アリアちゃん、一緒にお風呂いこっか?」

「いく!」


 一秒未満という長い時間悩みぬき、俺はケーデと一緒に大浴場に向かった。


 このギルドは冒険者の慰労という点には力を入れているようで、無償提供の食堂は味こそ質素だが量、栄養面共に考えられたものだし、有料の酒場のメニューも町の酒場の相場に比べると安くはあるようだ。それに一日の最後の慰労の場である大浴場もその例にもれず凄い。

 ギルドの奥に作られた大浴場は単純に広いだけではなく、細部にまで職人の腕が光る細工があったり、普通のものや傷に効くもの、火傷に効くものや弱い毒に効くものなど任務で負った状態に対して使い分けられるようになっている。実際その効能はすさまじく、回復魔法が使えなかったころに負った傷が気づけば治っていたほどだ。

 後で聞いた話だが、所謂温泉の効能というものではなく魔法の一種らしい。


「アリアちゃん、どうしたの?」


 脱衣所についてもなかなか服を脱がない俺を不思議に思ったのかケーデが尋ねてきた。


 普段ローブを羽織っているから日に焼けていない白い肌。中遠距離の魔法が専門で動き回るわけではないが、それでも冒険者という職業柄ほどよく健康的に引き締まった体つき。そして何より普段は隠されているが一糸まとわぬ姿になって初めて分かったその胸の大きさ。


 ……ケーデって、胸に関して着瘦せするタイプだったのか。


 そして俺は気づいてしまったのだ。己の内の違和感に。


 この違和感の正体は初めはわからなかった。しかし確かめる術はわかっていた。そして不思議と、俺は無意識にその術を実行してしまっていた。


「ねえアリアちゃ――きゃっ」


 気づけば俺はケーデの胸を揉んでいた。


「もう、びっくりしちゃったじゃない」


 ケーデは優しくたしなめるように言って俺の手を握る。


「ごっ、ごめんなさい! い……いいなぁって思って」

「ふふっ、アリアちゃんもすぐに大きくなるわよ。ほら」


 そういって俺の服を脱がせにかかる。じゃれ合いのようなそれに俺は形だけの抵抗をするが、内心それどころではなかった。


 ……ドラグニール。大変だ。緊急事態だ。最重要案件だ。


 ――……十中八九下らん要件なのはわかっておるが、聞いてやろう。


 柔らかかった。心地よかった。けど……興奮しなかった。


 ――…………。


 喜びは! 胸を揉んだという喜びは! 変わらずあるんだ! けれど! 興奮が! 出来ないんだよ!


 ――…………。


 あれ、ドラグニールー? ドラグさーん? ドラちゃーん?


          ***


 ……まあそういうわけで、どうやら俺は男としての興奮を失ったらしい。女の子とスキンシップがとりやすくなった代償としては計り知れないが、少なくとも男を恋愛対象としては今のところは見られないし、興奮できずとも楽しめはするから良しとしようということで何とか折り合いをつけた。


 そんなこんな浴場を出てケーデ達と別れ自室に戻る。特にすることもなく、また起きていられるほど体力も残っていないのでそのまま泥のように眠り一日が終わ……るほど甘くはないのである。


「よし。では今日も始めるか」


 そこは真っ暗な空間。まるでこの世界で初めて来た洞窟のような場所。そこには俺とドラグニールの姿があった。

 

 ここは俺の夢の世界をドラグニールが意識を持ったまま動き回れる場として組み替えたものらしい。

 ダルナの訓練である程度魔法の使い方を学んだ日から、俺はこの世界でドラグニールから魔法を一つ一つ教わっている。いずれ憑依体の使える魔法は何もせずとも何が使えるかわかるようになるらしいが、こうした方が早いし、魔法の名前と効果が一致しないことから毎晩こうして少しづつ魔法を試している……が、本当に多い。中には使いやすいものもあれば使いどころがわからないもの、あまりに危なすぎて現実では使えないものまで多種多様だ。


 その日の分をある程度反復すると、最後はドラグニールとの実践だ。意識はあるがあくまで夢での出来事なので、いくら死んでも千切れても捻られても現実には影響はない。……慣れはしないけど。


 そうして再び朝早く起き、身支度を済ませ食堂に向かう。……元の世界にいるより遥かにハードワークな、けれども充実感がまるで違う一日を始めるために。

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