ドラグニールVS.ガルシオ
なんて悪夢だと思った。
昔世界を滅ぼすほどの脅威となった邪竜……原初の魔王と呼ばれるドラグニール。過去現在に至る唯一の竜種であり、最強の生物。
それが勇者とかいう更に強い馬鹿みたいな奴に封印されて五百年。殆どが文字でしかその存在を知らなくなったこの時代に、その封印から解放されたときた。
「待たせたな。詫びに我直々に相手してやろう。なに、遠慮するな」
そしてその解放されたそいつは、あろう事かこんなガキに取り憑いて見た目とちぐはぐな口調で話しかけて来やがる。
ったく。なんて悪夢だ。
***
『テメェ等待たせたな! いよいよ、いよいよこの統合武道祭典も大詰め! 決勝戦の幕開けだぁ!』
今までで一番の熱気を上げるコロシアム。しかしその熱は向かい合う二人には全く届いていなかった。
「テメェ、あのガキはどうした」
「ああ。アリアは別件でな。この体は作り物だ」
「……ああ、レイの奴がなんか騒いでたな。まあどうでもいい。つーかおい。そのナリ、どんな気分だ?」
「ん、この体か? まあ元は我の魔力だからな、馴染みという点でいえば問題ないぞ。ずっとアリアに憑いていた事もあって形状の違いも割と慣れておる。強いて言えば性別が違うが、まあこれはこれで乙なものよ」
怠そうに問いかけたガルシオに、ドラグニールは軽く身動きしながら楽しげに答えた。
「そうじゃねぇよ。昔存分に殺した人間風情に押し込められるのはどうだって聞いてんだよ」
苛立ちさえ感じさせるその言葉に、ドラグニールから笑みが消えた。
「つまらん事を。見た目など些事よ。それこそ家畜となろうが虫となろうが、我が我であるならそこになんの違いも無い。それに言っても無駄だろうが、貴様等が殺されたのは、貴様等の愚かさ故だ」
「……ああ、そうかよ」
もう会話を続ける気は無いと、ガルシオは右半身を前にし構える。
「……ふむ。やはり貴様は素手での戦闘か。ならば都合が良かったな」
「あ?」
「この体はあいつの中にあった我の魔力で組んだものでな。それ以外はなにも無いのだ。あの二刀も魔法を放つ魔力も、中身が我ということ以外は多少動けるただの小娘同然だ。ほら、ちょうどよいハンデだろう?」
わかりやすい挑発に、ガルシオは無言で突き出した拳の中指を立てた。
『試合開始!』
言うが早いか、ドルガンの号令と同時にガルシオの拳は既にドラグニールの眼前に迫っていた。
「おっと、いきなりご挨拶だな。こんな可愛い顔を殴ろうなんざ、な!」
バク転でそれを避け正面を向き、追い立てるように迫る脚を避けずに引き寄せる様に掴みガルシオの足下に滑り込むと、低い姿勢から逆立ちのように勢いよくガルシオの蹴り出した右膝を蹴り上げた。
「実戦なら膝を砕けば致命傷だろうが、この場ではその限りではないな」
折れた右足を庇うどころか治癒魔法によって治ったことを確認する素振りもなく軸足にし、不安定な体勢で隙の出来たドラグニールに回し蹴りを食らわせた。
「……チッ。ごちゃごちゃ五月蠅い奴だ。黙ってろ。防ぐな」
「おいおい、ただでさえ地味な試合なんだぞ。そこに幼子に暴行を振るう男の図と来てみろ、我でさえ気遣いを見せるというものだ」
回し蹴りをとっさに両手で防ぎ着地したドラグニールは痛みをアピールするように両手を振って大きく溜息をつく。
「うざってぇ。いちいち芝居がかって癇にさわるんだよ」
「まあそう言うな。芝居云々は否定はせんが、我とて久々に自由に動けてやや舞い上がっておるのだ」
「そうかよ。じゃあそのまま死ね」
跳躍。距離を詰めての踵落とし。一連のその速度は今までよりも飛躍的に速くなっており、レイのそれすら連想させた。ドラグニールは両腕を交差させ受け止めようとするが、寸前で後ろへ飛び防御から回避へと移行した。ガルシオの踵は掠めたドラグニールの腕の皮膚を切り裂き、更には地面を窪ませた。
「……おいおい。たかが人間の威力ではなかろう。強化魔術も使っておらんのに」
「いい加減黙れッつってんだろ!」
一瞬の驚きで隙を見せたドラグニールの髪を掴み、回避不可能な状態の腹部を全力で蹴り飛ばした。渾身の力で蹴り飛ばされたアリアの体は軽々と吹き飛び壁へと叩き付けられた。
──試しに防がず食らってみたが、これは本来の肉体ならば骨どころか内臓……というか、アリアがオーガに風穴を開けられた威力に匹敵しておるのではないか? それをただの人間が、魔法の補助も無しに、ノーリスクで?
「そんな訳なかろう」
壁の窪みから降りると、壊れた鎧を捨て魔力に戻し肉体修復に宛がう。
──あの小娘が放っておる治癒魔法。流石に魔力で構成した肉体の修復は出来ぬか。それにしてもあの小僧……可能性はあるか。
「さて。そろそろ攻守交代といこうか」
ドラグニールは脚の防具を魔力に戻し、身体強化の魔法を発動。一度の跳躍で距離を詰め右拳を放つ。対するガルシオは不意の接近にも動揺を見せず、迫る拳を防ぐどころか同様に拳を放つ。ほぼ同時に放たれる両者の拳は、背丈の利があるガルシオのものが先に当たる。
ドラグニールは途中で拳を開きガルシオの腕を掴み自身を引き上げ、左手で首を掴むとゼロ距離で曲げた脚を伸ばし蹴りを放つ。微力ながら身体強化込みのゼロ距離での全力での蹴り。オーガや先程のガルシオの威力とは比べものにはならないが、人体には十分すぎるほどの威力は放っていた。──しかし。
「軽ィんだよ」
蹴りを放つ直前。ガルシオはそれを防ぐでも避けるでもなく、空いている左手でドラグニールの頭を掴み地面に叩き付ける。
「ガッ……! おいおい。そこは反射的に防ごうとするものだろう? 先程から骨を折ろうが全く怯まん……被虐趣味という奴か?」
「いい加減黙れ。あいつの魔法の中でも一発で頭潰せば死ぬだろ」
ガルシオは逃がすまいと左手の握力を強め、右拳を振り上げる。対するドラグニールは大の字に倒れたまま動こうとせず、ただ最後の腕の防具を魔力に戻した。
「おお怖い。いくら我といえどただの少女ではこれが限界か。なれば──ここで選手交代といこうか」
ドラグニールは得た魔力を全て使用し煙幕を放つ。それはただの黒煙。会場中を覆えはしないが二人の姿を隠すには十分すぎる煙は高く高く舞い上がって空へと登っていく。
「あァ? こんな目眩まししたところで掴まれてるんじゃ意味が──ッ!」
不可解な行動に眉を潜めるガルシオだったが、次の瞬間手を放し後ろへ飛び黒煙の外へ出る。そして響く黒煙内での轟音。一瞬の間を置き、黒煙は急速に上へと登り、その姿を露わにした。
「すみません。お待たせしました」
燃え盛る炎刀を携える少女。しかしその髪は煌めく金ではなく燃え盛る赤。その背には竜を彷彿とさせる炎の翼が煌々と光を放っている。目を焦がすほどの炎の化身が、そこにはいた。
「時間が無いので、速攻で決めます」