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準決勝・アリア

 小刻みに震える手を俺はジッと見ていた。


 昔からの癖みたいなものだ。ここ一番の場面の前はいつも緊張で手先が冷え震える。けれど変に頭は冷静になってその手をジッと見てしまう。


 ──かなり、緊張しておるな。まあ無理もない。この試合、負ければ即処刑に繋がるといっても過言ではないからな。

「まあな。昨日は二人には何とか隠せたけど、正直絶望感が凄いよな。勝ち筋が見えないどころじゃないし」

 ──確かに貴様の近接では分が悪い遠距離。それに弾切れも無く追尾し、位置関係すら関係なく放たれる矢。近接戦に持ち込んだとしてもあの小僧の隠し球でさえ一撃も入らぬ身のこなし。さてどうしたものか。

「実際何か手はあるか? 流石に無策では突っ込むのはな」

 ──そうだな……まずあの光矢。あの小僧は物理でしか防げておらなかったが、あの矢よりも強い魔力濃度の魔法……少なくとも邪竜黒獄炎ドラゴニック・ヘルフレイム開闢の焔(フラム・プレリュード)の炎なら灼け落とせるだろう。しかし二つとも我らといえど魔力消費が大きく、長期の使用は出来ない。だからといって氷魔法を用い物理で打ち落とすのも数を考えればじり貧だ。躱す事に徹するのが賢明だろう。試合中は常に身体強化を行っておけ。

「やっぱそうだよなあ」


 昨日の試合を見ながら何度か考えていたが、例えば矢の進行方向に巨大な障害物を置いたとしても中途半端な堅さでは数にものをいわせて壊されるだろうし、そもそも軌道や発射地点すら自由自在な反則技だ。やたらめったら防いでいたら逆にこっちが身動きがとれなくなる。なら消費を抑えた強化魔術をして逃げる方がよっぽど良い。


 ──いかにあの矢を避けつつ、接近戦を押し付けられ続けられるか……月並みだが、正直これくらいしか言えんな。我の体ならあの程度の矢は突き刺さらんし、押し潰せば良いだけだがな。

「……やっぱお前が一番反則技だよ」


 話していてもどうしようも無さは変わらない……どころか口にしたせいで余計実感が出て逆効果な気がするんだけど、気づいたら手の震えが止まっていた。


「……なんかお前と話すのがリラックスになってんのが微妙に癪だが、ありがとうな。……で。相談なんだが、お前どっちが良いと思うよ?」




          ***




『お前等待たせたなぁ! ガヴァールとガルシオの馬鹿どもが会場を滅茶苦茶にしやがったがようやく直ったぜ! これから準決勝第二試合を始めるぞぉ!!』


 待ちに待ったその言葉に、観客の声が爆発する。


『まずはこっち! 前回は圧倒的な強さで相手を押さえ込んだ幻想魔手シーナ! 対するはアルガーンから来たこの少女! 見た目に惑わされるなかれ、その実力はアルガーン随一! 幼魔刀士アリアァ!』


「……君には申し訳ないと思っている。君が悪くないことは理解している。だとしても、君の中のソレはそんなことは関係なく討伐せねばならない存在だ。だから我々は”君達”を見極める」

「ええ、私も覚悟は出来ています。元からそのつもりでしたから」


 シーナは弓を構え、アリアも如月を構える。シーナは既に矢を持っておらず、アリアも既に身体強化魔法を使用している。


『おおっと二人とももう待ちきれねぇ見てぇだな! ならもう前置きは要らねぇな! 両者、始め!』


 初動は同時。しかしシーナが一手早い。弦を弾くという動作だけでアリアの周囲に四つの魔方陣を放つ。


次元格納(ディメンロック)解除!」


 アリアは既にシーナへ向かって駆け出し、左手で背後の何も無い空間から不知火を引き抜く。


 陣から矢が射出される。不知火が完全に引き抜かれる。そして既に鞘は無く、紅く灼ける刀身が露わになっていた。


邪竜黒獄炎ドラゴニック・ヘルフレイム!」


 矢が突き刺さる刹那、アリアの体を覆う炎によって次々と矢が灼け落ちる。


 ──合計の魔力量が勝っていようが、相手もエルフ故に多い、下手に長引かせればこっちが体力と気力をすり減らされるだけ。ならば打つ手は──。


「──速攻勝負!」


 更に速度を上げたアリアはシーナとの距離を一気に詰める。


「なっ……!」


 シーナが二手目を放つ寸前、既にアリアは接近し不知火を振りかぶっていた。


開闢の焔(フラム・プレリュード)!」


 全身の黒炎が不知火へと集まり白炎の刀と化す。アリアはそれを左手で横薙ぎに斬る。通常なら反応不可能な速度だ──しかし。


「遅い!」


 シーナは地に伏せる様にし躱し、炎も消え無防備になったアリアの胴を蹴り上げ距離を離させる。


「確かに驚異的な速攻だが、こちらはいつもレイの速さとやり合っているからね。不意打ちだとしても追いつけるさ」

「……正直五分五分だとは思ってたけど、五分すら無かったとは、ね!」


 悪態をつきながら、背後に現れた陣からの矢に対し振り向きざま不知火を振るう。振るわれた刀身から炎が伸び、陣ごと灼き尽くした。その光景に、シーナは僅かに眉をひそめる。


 ──おいアリア。貴様さっき……。

「黙ってろ。ちゃんと自覚はある」


 ドラグニールの問いにアリアは小声で返す。


 ──魔力消費量からして……持続できるのはあと五分といったところか。一度納めるのも手だが、再発動の魔力消費を考えると使えるのはそれこそ一瞬だな。

「ならもう……攻めるしかねぇな!」


 如月を鞘に収め、燃え盛る不知火を手に駆ける。四方から放たれる、不規則に動く予測不能の矢。アリアはそれらには意識を向けず、ドラグニールの指示だけを頼りに灼き落とす。


「見た目だけでいえば炎を纏っただけの刀……しかしだけというには火力が恐ろしいですね。振るえば中距離の攻撃としても使用でき、私の矢を落とすほどの魔力密度。全く」


 前方から迫る矢を灼いた炎を避けながら、観客席を守る魔力障壁への損傷を確認し僅かに震える自分の腕に気づいたシーナは溜息を漏らした。


「本当に嫌になる」


 既に目前にまで距離を詰めているアリア。後二歩踏み込めば不知火の間合いに踏み込まれるだろう。シーナは再び弦を弾く。アリアの右に魔方陣が生まれる。迷うこと無くそちらに向かって不知火を振るうアリアだったが、そこから現れたのは光矢ではなく柱だった。

 柱の先端は不知火から放たれた炎で灼け落ちたが全てを溶かすことは出来ず、アリアはそのまま突き飛ばされ壁に押し潰された。


「──本当に、自分が嫌になる」

「女の子を押し潰して自己嫌悪するなら初めからやらないで下さいよ!」


 視界を遮る柱を見て目を閉じるシーナ。だが次に響いたのはドルガンの試合終了の声では無く柱の砕ける音とアリアの憤る声だった。

 驚き目を開けたシーナに映ったのは燃える不知火ではなく如月を構え壁のくぼみから降りたアリアだった。


「その刀……オリハルコンか。なるほど、魔力で構成した物体ならひとたまりも無いな」


 かすかに笑みを浮かべ、シーナは弓を地面に置いた。次の手を警戒するアリアだったが、しかしシーナから放たれたのは予想だにしないものだった。


「私の負けだ」

「なっ……どうして!」

「最初の攻撃。避けはしたが、炎が放たれなかった。その後の様子を見るに不発という訳ではあるまい。そもそも距離を詰めずとも炎をこちらに飛ばし続ければ苦も無く決着はついていた。何故そうしなかった?」

「それは……」

「まあ聞かずとも知っているのだが。君のこれまでに受けた任務。実力に見合ったものを選び、危険で緊急性のあるものも進んで受けている……が、相手が人間、またゴブリンやハーピィなどの知能が高い、意思疎通がとれる相手が対象の任務は全く受けていない。君はどうも甘すぎるようだ。自身の生死すらかかる場においても」


 言い返す余地も無く黙り込むアリア。その様子に笑みを浮かべシーナは続けた。


「初撃の後、君の中のソレと話していただろう。口調には目を瞑るが、対等の立場のような話し方だった。強さもこれだけ立ち回れれば問題ない。理由としてはこんなところか。ああ、あと一つ」


 そう言ってシーナはアリアを──アリアの中の存在に向けて指をさす。


「私が殺したいのは君の中の竜であって君では無い。君を殺して目的を成そうとした事に嫌悪する程度にはね」


 その言葉を最後に、シーナは会場を後にした。


『し、勝負あり! 勝者アリア!』


 焦ったドルガンの言葉で、準決勝は若干の消化不良を残し幕を閉じた。




          ***




「主様のご様子は」


 コロシアムでの準決勝が終わり大通りが帰宅する観客で溢れる中、一人が人気の無い裏路地へ逸れると中で待っていた男に話しかけられた。


「順調に力を得られているご様子。本来の力には届いてはいらっしゃらないが時間の問題かと」

「それは喜ばしい。こちらも片割れを発見した。この街に入り込んでいる様だ」

「僥倖。では早速」

「ああ。明日決行しよう」


 男達はお互いの成果を確認し白いローブを羽織り赤い仮面を付けると、夜の闇へ消えていった。   

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