閑話休題・制作秘話
勢いだけで書いた、書きたかっただけの話です。ご了承をば。
夜。大通りに面する酒場はいつも以上の賑わいをみせていた。
「おう兄ちゃん、観てたぜ試合! お前すげぇモン作るじゃねぇか! 若ぇのに大したもんだ!」
「姉ちゃんも惜しかったな! あの魔法操作、度肝抜かれたぜ!」
「嬢ちゃんも明日は期待してっからな!」
祭りの一大イベントであれだけ目立つ活躍をしたからか、アリア達は吞み客から次々と声をかけられ奢られ、気づけば注文していない料理でテーブルは埋め尽くされていた。
「……まあ、食費は浮いたな」
「……絶対残しますけどね、この量」
「まあ、取り敢えず……」
いただきまーす!
先程までの困惑もどこへやら。三人は次々に料理を口へ運ぶ。
「しっかし。準決勝に進めたのはアリアだけか。そんな気はしてたけど……つーかお前だけ相手Sランクじゃねぇのずるいだろ」
「人数の関係でそうなったんだからしょうがないじゃないですか」
「でも、アリアならどのみち勝ち進んだんじゃありませんか」
特に深い意味はなく言ったであろうエリシアの言葉に、アリアとクラガは目を泳がせる。
「いやぁ……お前と当たったドワーフのおっさんとか次の銀髪の奴ならともかく、あのエルフは大分ヤベーぞ」
「前者二人もどう考えても力押さえてアレですからね……ていうかレイさんクラスな時点でぶっちゃけ勝機見えないんですけど……」
思いがけず暗くなってしまった二人に、エリシアは慌てて話題を変えた。
「そっ、そういえば! クラガの試合、とても盛り上がったそうですね! 先程もドワーフの方が言っておられましたが、見たこともない装備だったとか」
「あ? ああ、そういえばエリシアには見せてなかったな。どっから話したもんか──」
***
「籠手の改良、ですか?」
アリアとレイとの特訓が休みのある日。クラガは装備の点検をしに工房を訪れたアリアに助言を求めていた。
「ああ。性能としちゃあ悪くないんだが、如何せん重量がある。一対多の近接戦じゃあかなり不利だし、一定距離以上離れられるとこっちの攻撃も当たらねぇ。そのための炎系魔法を使っての加速飛行だが、腕二本じゃあバランスも悪いし、移動中は攻撃が出来ねぇ。なんか良い方法ないか?」
クラガの質問に、アリアはしばらく思案を巡らせる。
「腕二本で悪いなら……いっそ増やします? 腰とか足とか」
「それもまあ考えたが……そうなると単純に移動用に魔具を増やさないといけねぇ。両腕の魔具二つ使うのに正直手一杯でなぁ。同時に飛行バランスなんて面倒なこと到底出来るとも思えねぇ」
「魔具の数はそのままで、取り回しも良くして飛行も安定して出来つつ同時に攻撃も可能……無理ですね」
「だよなー!」
諦めの笑顔を放つアリアに、クラガも笑って倒れ込む。
「いやまあそこまで笑い事でもないんだがな。さてどうしたもんか……」
「おうクラ坊。なんか面白い話してんじゃん」
「あ? キーラか、どうした」
二人がうんうん唸っていると、キーラと呼ばれた女性が工房に入ってきた。
「あ、キーラさん。お久しぶりです」
「うん、久しぶりアリアちゃん。最初に防具の採寸したとき以来だっけ。どう調子は?」
「バッチリです!」
「なら良し……じゃなかった。クラ坊、ちょっと来なよ。アリアちゃんも。珍しい素材が入ったって皆集まってんだ」
「珍しい素材だぁ?」
キーラに連れられ二人はアルガーンの一角にある工房の集落。その広場に来ていた。
「こっ、こいつは……! デュアミスリルじゃねぇか!」
集まっていた鍛冶師達に分け入り、置かれているものを見るなりクラガは興奮し叫んだ。
「デュア……ミスリル、ってなんです?」
「こいつはいわば記憶する鉱石だ。原石の状態から加工し完成させる。そしてそのまま何も手を加えず一晩置くとなんと原石の状態に戻っちまう」
「えっ、それって意味ないんじゃ」
「だがこいつの真価はここからだ。続けてまた違う形に加工する。そうしたら今度は原石には戻らねぇが……その代わり魔力を送り続けてる間は一つめの形に変形するんだ!」
「おお、変形! かっこいい! ……ん? 魔力を送り続けてる間?」
アリアの質問に、クラガのみならず周囲の鍛冶師達も難色を示した。
「……そこが欠点でな。一瞬でも魔力を途切れさせると二つめの形に戻っちまう」
「武器にしたとしても、魔法を使わねぇ奴はこいつを使えるほどの魔力もねぇ奴が多いし」
「使える奴も、その回す魔力を魔法に回した方が良いし」
「高度は普通の鉄並でそこいらの鎧と然程変わんねぇし」
「そもそも鎧で使う利点も浮かばねぇし」
「じゃあ、このデュアミスリルって……」
「「「めっちゃ珍しいけど使い道が碌にねぇおもちゃ!」」」
「おもちゃって……そうだ。クラガ、これ使えませんか?」
「あ? どれにだよ」
「さっき言ってた籠手の改良ですよ」
アリアとクラガの話に、周りの鍛冶師達も耳を傾けた。
「ふぅむ、そいつは難題だな。こいつを使うなら……籠手と移動用の二形態か?」
「いや移動用に絞るのも面白みが……もったいないだろう。戦闘面も考えておかねば」
「おい聞こえてんぞ」
「ならば防御面も考えておかねば。ちょうど暇つぶしの遊びで書いたフルプレートの設計図がここに」
「隠せ。せめて誤魔化せ」
「これなら他の金属もいるな。デュアミスリルの性質が生きる割合は……」
「全体の六割だ。折角だ、昨日巨脚硬殻蜘蛛の糸が入ってな。布部分の素材を提供しよう」
「アホか。お前等アホなのか?」
「折角なら移動スピードは超速にしようぜ! 軽くて頑丈なカルボライト鉱石余ってるからとってくるぜ!」
「アホだな。お前等アホだな」
誰もクラガの言葉など意に介さず各々がそれぞれの工房に戻り、素材を持ってまた戻ってきた。
「移動バランスを考えりゃあ発射口は掌、脚、腰……」
「それっぽいところに全部付けりゃ良くないか?」
「おいティーダ! お前の鎧の図面、空気抵抗のこと考えてんのか!」
「誰が鎧作りに空気抵抗のとなぞ考えるか! 待ってろ速攻で書き直してやる!」
「やっぱ第一形態は同形態の籠手で、ここぞと言うときに変身できる感じで」
「それ良いな」
「採用」
「嬢ちゃんセンスあんじゃねぇか」
「発射口こんなに付けたら威力分散しねぇか?」
「これウチの新商品予定なんだが、出力増幅器。小型だが取り付ければ結果として籠手の二門と同様の性能を全ての門から射出可能だ」
「お前馬鹿だろ。採用」
「おら出来たぞ! これで文句ないだろ!」
「……まだ行ける。まだ速さを目指せる」
「嘘だろおい!」
「手段選ばない系ですけど、魔物の形に習ってみるのはどうでしょう? 中にはかなりのスピードで移動するものもいますし」
「それだわ」
「お嬢ちゃん案採用。早速図書館行くぞ。最速の魔物を求めて!」
「性能は大凡固まってきたが……あと一歩。あと一歩何かが足りない感じが……」
「必殺技欲しくありません? 全エネルギーを使って放つ最強の一撃的な」
「採用。反論の余地無し」
「嬢ちゃん浪漫の塊じゃねぇか。こんどウチの工房こいよ」
「もう……勝手にしてくれ……」
最早自分一人などこの場において居るも居ないも同然だと、自身の装備を作られているはずのクラガは静かに悟った。
そして数時間後。籠手と鎧両方の素材と図面がしっかり揃っていた。
「いやー、まさか今回のおもちゃはここまで行くとはな」
「これだけの希少な素材や技術を詰め込んだのだ。過去にも未来にも、これ以上は難しいだろうよ」
「まさかかの邪竜ドラグニールを模する事になろうとは……我々も恐れ知らずだ」
「いやはや全く……」
「「「やり過ぎたな……」」」
「おう馬鹿ども。ようやく気づいたか馬鹿ども」
ようやく冷静になった鍛冶師達に呆れるクラガだったが、しかし彼らはどこか達成感を感じていた。
「だが俺達の技術はこれで更に上に行った」
「これは確かな糧となる」
「ということでクラガ」
「「「金払ってくれ」」」
「お前等マジでふざけんなよ!」
手を差し出す同業に、クラガは全力で怒鳴った。
「いやいや、俺等だって鬼じゃあない」
「同業のよしみだ」
「「「俺等じゃ作れないから素材代だけで良いぞ」」」
「ほんっとお前等ただの馬鹿だろ!」
***
「鍛冶師って……そんなに……?」
「待てエリシア。言いたいことは分かるが、俺も散々言ったが全員じゃない。信じてくれ。頼む」
クラガの必死の頼みも、今の話を聞いたエリシアには効果半減だろう。
「それで、図面と素材を引き取ったクラガが完成させたのですね」
「おう。スキル頼りでギリギリだった。ほんとなんだアレ……」
「まあ完成したんだからいいじゃないですか」
「大変だった箇所大体お前の発案部分だからなアリア……」
恨めしそうに睨むクラガ。アリアは逃げるように食事に戻った。
「……あれ。そういえば料金はどうしたのですか?」
「あ。私が払いました。面白かったし単純に完成品が見たかったので」
当然のように言うアリアに、二人は顔を近づけ小声で話す。
「……料金。聞いた限りとんでもなく高そうなんですが」
「希少金属と素材、売り出し前の技術の寄せ集めだからな。普通に家が建つ」
「……平屋?」
「二階庭付き」
「アリアの貯金って……」
「言うな。惨めになるだけだ」
軽く引いている二人を余所に、普段の依頼や三度の魔王との激闘によって本人すら把握できていない額の貯金を持つアリアは暢気に食事を楽しんでいた。