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三回戦・クラガ(後半)

 土煙から現れたクラガの姿に会場中がどよめく。


 全身を隙間無く覆う黒いフルプレート。しかしその姿に鈍重さは感じられず、体のラインに沿った金属と布を使い分けた作りからは寧ろ俊敏さを感じられる。


「その姿……先程までの籠手がなくなっていることを見るに、そこに種がありそうだな」

「すまねぇな。これは時間制限付きでな。だからこっからは──」


 感触を確かめるように手を握り腕を回すクラガ。その様子を注意深く観察していたシーナだったが、突如彼女の視界からクラガの姿が消えた。


「なっ……!」

「──お喋り無しだ」


 既に背後に回っていたクラガの放つ氷柱にシーナは吹き飛ばされた。


『おおっと! 誰がこの展開を予想できたか! ここに来てクラガの攻撃がもろに直撃ぃ!』


 誰もが試合終了とした場面からの大番狂わせ。これに大いに会場は沸き立った。


「アレは……あの籠手?」


 レイの問いにアリアは自信満々に頷く。


「はい! 実はあの籠手は二代目で、新しいのは魔力を流せば予め記憶させた二つの形に切り替えられる特殊な魔鉱石で作ったんです。一つが籠手で、もう一つが……」

「全身を覆う鎧……けれどあの速さは?」

「籠手の状態の魔法射出は掌の発射口から出してるんですけど、あの状態はそれよりも小さい発射口を体の各所に配置してるんです。発射口を絞ることで威力は変わらず箇所を増やし、移動のスピード、安定性も格段に上昇させたって訳です!」

「……なんか、楽しそう?」

「あー、いや。あはは……」


 そんな二人を余所に、試合は更に進んでいく。


 氷柱を消し五つの雷撃を打ち込み、続けざまに跳躍し、背中のブースターで加速した蹴りを打ち込む。


「これくらいやりゃあちっとは……」

「──なるほど。欠点であった俊敏性と取り回しの悪さを改善し、更に数を増やすことで実質的に威力も上昇ですか。ガヴァールでしたら嬉々としそうですが」


 壁が崩れるほどの連撃。その最後の蹴りは地面すら窪ませたが、その足の横でシーナは当然の様に無傷で立っていた。


「なっ……! どうやって!」

「どうした、お喋りは無しなんだろう?」


 シーナは構えすらとらず、下ろした状態の弓の弦を引き放つ。その動作だけでクラガの背後の魔方陣が現れる。


「クソが!」


 とっさに後ろに倒れ地面を滑るようにブースターで移動し矢を回避。しかし魔方陣から放たれた矢はシーナの目の前で方向転換しクラガを追尾する。とっさに火炎を放つが、追尾されている矢は最初に使っていた木製の実体矢ではなくシーナの魔力で構成された矢。無形の炎では防ぐことは出来ず悠々と通過される。


「だったら!」


 目の前に氷塊を打ち出し矢を受け止める。しかしいくつかは左右へ回り込むが、続けざま地面に雷撃を打ち込み土砂を持ち上げ防ぐ。それでも数本の矢は掻い潜ってきたが無理矢理叩き飛ばした。


「ふむ。一つなら防ぎきりますか。そもそも生身でもありませんでしたね。では──」


 再び弦を弾く。そしてクラガの左右と上空、計三つの陣が現れる。


「冗談じゃねえ!」


 考えるより先にブースターを点火し回避。それぞれ放たれた矢が先程までクラガのいた地点でぶつかり合うが、僅かでも本数が減ることを願ったクラガをあざ笑うように無数とも言える矢の追尾が始まる。


 ──全部落とすのは到底無理だ。さっき叩き落とした感触からして、ある程度なら受けても防げる……だったら!


 クラガは回避の軌道を変更し、矢を背後に追わせるようにしそのままシーナに向かって突進する。


「自暴自棄の特攻……ではないのだろうね。だとしたら良い判断だ。しかし──」


 驚異的なスピードで放たれる拳。だがシーナは最小限での動きでこれを躱す。が、続けざま己の放った無数の矢が襲い掛かる。


「これなら──!」


 シーナの背後に着地し、振り向くクラガ。


 しかし彼に届いたのは弾かれる弦の音。シーナの前方には矢ではなく魔方陣があり、そして自身の背後からの陣の光が映った。


「自分の魔法だ。当然対処方法もあるさ。さあ、どうする?」


 前方にはシーナ。後方にはほぼゼロ距離の魔方陣。どうしようもない絶体絶命だった。


「よくやったさ。その装甲、時間制限があると言っていたが恐らく君の魔力が尽きまるでだろう? ハイドワーフの魔力量はドワーフよりは多いが、しかしそれでも少ない。それでもその性能をこれだけの時間使えれば十分。並の冒険者とは一線を画すようになるだろう。しかし……そのデザインはやめた方が良いな」


 最後の言葉に、ピクリとクラガは反応した。


「その姿は悪夢を……あの邪竜を想起させる。細工の技量は認めるが、なら尚更だ」

「……悪ぃな」


 その呟きにシーナは眉をひそめる。


「エルフのあんたはどうか知らねぇが、俺からすりゃあドラグニールは生まれる遙か前の昔話だ。お前にとってとか、世間がどうのとかは関係ねぇ。俺にとっちゃあいつが強さの象徴なんだよ」

「──ガキが」


 初めて、シーナが顔を不快に歪ませた。


 背後の魔方陣から音がする。今この瞬間にでも矢が打ち出されるのがクラガにも感じられる。


 瞬間。使える発射口を全てブースターとしその場から離脱。しかし当然放たれた矢が追尾してくる。

 会場の端と端にいる二人を繋ぐように伸びる光の矢。


 ──どうせ勝ち目はない。この状態でもだし、終わっちまったら尚更だ。


 迫る矢を。その奥にいるシーナを見据え右腕を下ろし、左手で支える。


 ──ならこの一瞬、この一刀に全部注ぎ込む!


 全ての発射口が紅く発光する。しかしそこからは何も放たれずそこから紅い線が体を伝い、全てが右手に集まる。そして全てが右掌の発射口に集まったとき、手首から先が紅い光が溢れ、剣の形となる。


「ハァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 残り僅かの魔力を全て背面ブースターに回し、紅剣を突き出し矢の中を突き進む。


 矢は紅剣に次々と打ち落とされるが、しかし体の大部分の装甲を徐々に削り取る。


 しかしクラガは止まらない。装甲が砕かれようが打ち抜かれようが。足に突き刺さろうと脇を打ち抜かれようと。背中と右腕の装甲が残る限りクラガは愚直に突き進んだ。


 やがて、紅剣は矢の嵐を突き抜けた。最早ブースターも消え、装甲も碌に残っていない。しかしもう必要ない。

 残り1メートルもない距離を埋めるのにブースターは必要なく、装甲で防ぐ矢の嵐ももう抜けた。


 最後の一歩を埋めるべく全身の力を込め踏み込み……そしてそのまま、力なく倒れ込んだ。


 紅剣はシーナに当たる直前、魔力切れで霧散し消え失せた。それを読んでか否か、シーナは避ける素振りすら見せなかった。


『そこまでぇ! 勝者シーナ!』


 誰もが予測し得なかった熱い試合に会場は大いに盛り上がり、両者の激闘を称える声が響き渡った。




          ***




「ハッ、あんなに苦戦しやがって。どうしちまったよ」

「別に。圧倒しては祭りが盛り上がらない。それだけです」


 試合終了後。廊下を歩くシーナをガルシオがからかう様に話しかける。


「どうだか。にしちゃあ最後のあの矢。結構威力高めだったじゃねぇか。それに結局届かなかったが避けもしなかったしよ」

「魔力が保たない事は視て分かっていました。それに例え届いたとしても、真っ向から勝負してきた彼を称え、避けずに受け止めるつもりでしたよ」

「そうかよ。まあ俺はガヴァールのおっさんぶっ飛ばすから、当たるとしたら決勝か。あーいや、お前はその前にあのガキだったなぁ? こいつぁ見物だぜ」


 下卑た笑い声で去って行くガルシオを、シーナはただ睨み付けた。


「ゲスが」


 つい口を出た言葉は誰にも届かず壁に吸い込まれる。


 歩きながら、シーナは試合の最後を思い返していた。


 あの言葉に嘘はない。当たる直前で魔力が切れることは分かっていたし、もし持ったとしても受け止められる方法はあった。だから避けなかった。

 本当にそうか?


 シーナは自身に問いかける。最後、眼前に現れた紅剣とあの鎧。あれは模しただけだ。そのものじゃない。それに顔の半分が露出するほど崩壊していた。しかしそれでも──。


 一瞬。シーナをめまいが襲った。その影響か、奥底に押しとどめた記憶が想起される。


 紅く燃える森林。吐き気を催す悲鳴と焼けた臭い。たった一体の魔物によって滅ぶ自身の生まれ故郷。


「……ああ。何年経とうと、彼らに何の罪もなかろうと、私は思い出してしまうのか」


 自嘲気味に、誰に言うでもなく彼女は呟いた。


 最後のクラガの姿。彼女にとって、それはまるであの邪竜を視ているようだった。 

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