三回戦・エリシア
一回戦から二日後。順調に二回戦を勝ち抜いたアリア達は三回戦へと駒を進めていた。
「こっからシードのあいつらが出てくるんだよな」
「ですね。予選の時にいたSランクの人達……あの時は四人いましたけど、トーナメント表見てる感じだと三人しか出ないみたいですね」
「お前のとこ居ないもんな。ずっり」
「いや言っても三回戦まで来てる相手ですからね?」
「冗談だって。それよりも今はあいつを応援してやろうぜ」
ひとしきりアリアをからかうことに満足し、クラガは視線を会場の中央に立つエリシアに移した。
「相手はあいつが予選の時に当たってたドワーフか……ぶっちゃけ勝ち目あると思うか?」
クラガの質問に、アリアはエリシアの正面に立つドワーフの姿を確認した。
纏っている装備はそれほど特殊さを感じられない鈍色の鎧防具。全身では無いものの急所部分は確実に守れる作りだ。しかし何よりも目を引くのはその背にある巨大な戦斧。全長は彼の二倍近くあり、左右には彼の身の丈に迫る大きな刃が付き、中央は補強のためか持ち手部分よりも太い四角の形状になっている。
「一度戦っている事はエリシアに有利に働くと思います。事実一対多でしたから向こうはこっちの戦い方まで一人一人覚えてないでしょうし。とはいえ……」
アリアはSランクの実力を三人知っている。レイとは長い訓練の中で。ガルシオとは予選の中で。そしてエクシアとは、あの会議室での一瞬で。
期間は違えど、彼らの実力の底の知れなさを知るにはどれも十分な経験だった。そしてそれは彼女の知らない三人も同等の実力を持っているという事実に繋がる。
正直に言って、エリシアが勝てるという想像はアリアには難しかった。そしてクラガも同様の考えを持っていた。
『さあいよいよ三回戦! こっからてめぇらお待ちかねのSランクの化物どもが出てくるぞおおお!!』
そんな二人の不安を余所に、司会のドルガンの声が響き、観客の歓声が会場から溢れだした。
『まずは挑戦者、アルガーンから来た絶世の美剣士! 多彩な魔法と木剣から繰り出される予測不可能な攻撃で全く相手を寄せ付けない高嶺の華! エリシアァ!』
「……二回戦までこんな紹介無かったですよね?」
「……ここまでは前座扱いだった訳か。虚しいな……待て、もしかして俺等もあんなん言われんのか?」
『そして対するは我がオルシアギルドが誇る最強のドワーフ! 金鎚を握るだけが能じゃない、むしろ斧を握ってからがこいつの本番! 豪技万斧ガヴァール・ウィシュミッドォ!』
「……ったく。ドルガンめ勝手なこと言いよって。金鎚を持ってる方が本番に決まってんだろうが。嬢ちゃんもそう思うだろう?」
「ええ、そうですね」
ガヴァールは緊張でも解すかのような口調で話しかけるが、エリシアは一瞬たりとも緊張を緩めることはなかった。
「なるほど、聞いたとおりか。若ぇのにそれなりの修羅場くぐったみてぇだな。予選の時も思ったが、そこいらの奴じゃあ相手になんねぇよ」
「随分と甘く見て頂けているようで」
「いやいや、年寄りの賛辞は素直に受け取っときな。ましてや格上からのものとくりゃ尚更だ」
『そんじゃあ行くぞ! 三回戦第一試合!』
「格上……ですか。私、最近ある人に追いつきたくて色んな方に訓練をつけて頂きましたの。勿論、皆様私よりも強い方ばかりです。そしてある時気づいてしまいましたの」
「……聞こうか?」
エリシアは木刀を構え、ガヴァールは背の戦斧に手をやる。
「格上の方を這いつくばらせるのって、とても気分が良いんですよ?」
『開始ぃ!!』
「フレイム・ゾーレ!」
開始の合図の瞬間、炎の柱がガヴァールを呑み込んだ。
『おお! 開始早々エリシアの容赦無い炎柱! これには流石に会場もドン引きだァ!』
「……興行の一環とはいえ勝負の場、それに相手は遙か格上。ならば最大の勝機である初手は全力で行くべきでしょう」
「――おう。分かってんじゃねぇか。周りの事なんざ気にすんな。攻められるときは全力でやりな」
一閃。
流動のはずの炎を戦斧で斬り消し、悠々とガヴァールは肩に担ぐ。
「客を沸かせるのは俺に任せときな」
にやりと笑うガヴァールのわかりやすい煽りに、エリシアは溜息を漏らす。
「手応えはありませんでしたし、そもそもこの程度で倒せるような人がSランクとやらとは思っていませんが、その煽りは安すぎませんか?」
「はは、すまんな。久々の祭りでちったぁ浮き足立ってるみたいでな。それにこの後にもでっけぇ仕事もあるしな」
「あら、お祭りの直ぐ後にお仕事ですか。可哀想に」
「そうでもないさ。なにせ相手はあの伝説級の邪竜だ。俺の作品の試し打ちも良し、やり方によっては素材もとれるかもしれねぇ。最高じゃねぇか」
その言葉に、エリシアの目が見開かれる。しかし必死に動揺を押し殺すように息を吸い、喉を鳴らし呑み込んだ。
「……随分と、口が軽いようで。軽率に言っていい情報ではないでしょう、それ」
「なあに。流石の俺もそこまで考え無しじゃねえよ。なあ、アリアのパーティメンバー、エリシアよ」
言い終わるや否や、斬りかかるエリシアの木刀を戦斧で弾く。
「その挑発には、乗ってあげます。ですが後悔しないで下さい」
弾いた動きのまま振り下ろす戦斧を半身で躱し、木刀を地面に突き立てる。
「即死以外なら即座に回復する彼女の魔法、そんなもの、間に合わさせません」
地面が変形し形成された四匹の竜がガヴァールに向け襲い掛かる。
四方から襲い掛かる竜に防御が間に合わなかったか、下から這うような一撃をまともに食らい空へ突き上げられた無防備な体を好機と睨み、押し潰すように四方から同時に竜がぶつかりガヴァールを中心に巨大な土塊になる。
しかしエリシアの攻めはそれで終わらない。地面と地続きになっている竜の体が土から氷に徐々に変化しやがてガヴァールを覆う土塊すら氷塊に変えてしまった。エリシア自身も氷竜を足場にし駆け上り、氷塊の正面に飛ぶと木刀に魔力を流し巨大な剣に変え、全力で振り下ろす。
そして眩い光を放つ剣が氷塊に当たる直前、エリシアは気づいた。
空中だろうがどこだろうが、四方から襲われれば少なくとも手持ちの武器を用いどこかの攻撃を防ごうとする。
しかしガヴァールの戦斧は防ぐそぶりすらなく。真っ直ぐ正面に──今まさに斬りかからんとするエリシアに向けて突きつけられていた。
おかしい。何か意図がある。この場所は危ない。
その思考が頭を過った時には、既にもう遅かった。
耳を裂くほどの爆発音。氷塊を砕いた音の発生源を細氷のせいでエリシアは即座に判断できず、その一瞬の間にエリシアの腹部を切り裂いた。
「っづ、ぁあああああああああああああああああ!!!」
聞くだけでも自らが傷を負ったと錯覚するほどの悲痛な悲鳴。
地面に叩き付けられたエリシアのその姿を、何事もなかったかのように着地したガヴァールは哀れむでもなく、ただ見ていた。
「四方からの同時攻撃。中に浮かせてからの拘束、破壊。土を氷に変えるアイデアも悪かない。その方が中の標的ごと砕けるからな。まったく見事な……教科書に載りそうな組み合わせだよ。やるなら虚を突く想定外の手だ。俺のこの――」
ガヴァールの手に持つのは戦斧ではなく、その持ち手部分だけだった。その先からはワイヤーが伸び、エリシアの背後の土煙へと伸びている。持ち手を通し少し魔力を通すと、刃部分はひとりでにワイヤーを巻き取り元の戦斧の形に戻った。
「――ハルヴァール見てぇにな。思ったように動いてくれて一安心だ」
自身の作品が思い通りに動いたことに満足げな表情を浮かべ、再びエリシアに視線を移したガヴァールは眉をひそめた。
「おいおい、なんでもう立ち上がってやがる。それどころか構えやがって。傷こそもう塞がってるだろうが痛みはそのままだろうに」
ガヴァールの言葉通り、右脇の衣服は裂け周囲には血が滲んでいる。しかしその体には傷どころかその跡さえ残っていなかった。
「先程の、言葉……挑発の為の戯れ言では……ないのでしょう? 貴方をどうこうした所で……状況は変わらないでしょうが……貴方一人分彼女は楽を出来ます……だから……」
息も絶え絶え。腹部を引き裂かれた痛みに体が痙攣し、ガヴァールに向ける切っ先さえ安定しない。それでもエリシアの目にはまだ確かな闘志が宿っていた。
「……ったく、参ったな。お前はあいつらの参謀役って聞いてたぜ。煽った俺が言うのも何だがもっと冷静に考えろ。相手はあの邪竜ドラグニールだ。討伐すんなら見つけた時点で即開始だ。今はまだ様子見。それに俺の見立てじゃああの娘は白だ。じゃなきゃお前みたいな仲間思いのやつはいねえだろうよ。安心しな」
その言葉に安堵したのか、それともただ限界だっただけか。エリシアはその場に倒れ込み、静かに眠りについた。
『勝負あり! 勝者ガヴァール!』
ドルガンの声と会場の歓声が、エリシアの試合の終わりを告げた。