魔王の在り方
無茶な目標を宣言して数日後。後から思い返せば自分でも馬鹿なことを言ったと思うが、レイは馬鹿にするどころかそれを叶えるために更に訓練をつけてくれた。しかし、その翌日にはラウドに呼び出されたと思ったらそのままどこかへ旅立ってしまった。
それからというもの、今まで通り教官や他の冒険者と訓練をしたりクラガと任務に出かけたりしたが、新しい目標、それも割ととんでもない目標を掲げる前と同じ事をしてて良いのだろうかという疑念がどうにも拭えなくて……。
――それで、こんな所にこもっとるという訳か。
ギルドの端に位置する資料室。長年培ってきた魔物の生態や魔法に関する書物などが数多く納められている。俺はそこでいくつか適当に選んだ本と睨み合っていた。
――それで? 何か成果はあったか?
そう問うドラグニールの声音には、若干の笑み……それも馬鹿にするような種類のやつが含まれていた。……まあこいつにはバレてるし……というかこいつにしかバレてないんだけど。
「読めねぇ……」
そう。今更だが俺はこの世界の文字が読めない。何故か会話は問題なく出来るが、読み書きはさっぱりだ。今までは記憶喪失設定とこれまた何故か読み書きが出来るドラグニールにこっそり翻訳してもらい乗り切っていたが、流石に本一冊丸々の翻訳などやってられるかと断られてしまった。
「こっちに来てから結構日も経ったからちょっとくらいはって思ったけど、全く意味わかんねぇな」
いやマジでわかんない。文法すら分からない。日本語みたいに一音で一文字なのか、英語みたいに母音と子音の組み合わせなのかすら分からない。
――まあ読めたところで、何か得られるとも限らんがな。というかいいのか? 我と会話するのに声を出して。周りに奇人と思われるぞ?
「ひでぇ言いようだなおい。まあ大丈夫だろ。今ここ俺しかいないし。割と不人気スポットなんだと、ここ。魔物の情報聞きたいなら受付の職員とか教官に聞く方が早いし、魔法とかの戦い方も同上。だからこそ考えつかないアイデアとかあるかなって思ったんだけど……お前、文字が読める様になる魔法とか持ってない?」
――たわけ。この世界の住人がこの世界の文字を読めるようにする魔法などあると思うか?
「だよなー。というかそれならなんで会話は出来るんだろ。文字が違うって事は発音も違うと思うんだけど……」
「それはですネ、恐らく貴方の肉体に理由があるのでショウ」
「俺の体ねぇ……ん?」
聞き覚えのある語尾の声に顔を上げると、赤色のパピヨンマスクをした変態男が当然の様に向かいに座っていた。
「……そのマスク、予備あったんですね」
「えェ! 色、形、素材にこだわり抜いたものがこれでもカトッ!」
勢いよく立ち上がり高らかに声を上げながら広げたコートの裏に無駄に収納しているマスクを見せる変態男……もとい魔王、グリワモール。
「図書室ではお静かに」
「ここは資料室でショウ?」
「同じですよ。いや、というかなんでいるんですか。またなんか企んでるんですか」
「暇なんですヨ」
おい魔王。……いや、魔王が暇な事は良いことなのか?
「まあ冗談はさておキ、さっき言ったことですケドネ。貴方のその体は元の世界のものではなくこの世界で構成されたモノデス。それだけではないですガ、会話が出来るのはそれが理由ですネ」
「……?」
「これでもわかりやすい様に噛み砕いたのデスガ、砕きすぎましたかネ?」
首を傾げる俺に、肩をすくめるグリワモール。いや、そっちじゃ無くて。
「なんで、それを知ってるんですか?」
「え? ……あ、まだ言ってませんでしたっけ?」
「聞いてないですよ! なんで私……俺が別の世界から来たって知ってるんですか!?」
驚きと動揺を隠せず声を上げる俺に、グリワモールはにやりと口角をつり上げる。
「私は四大魔王が一柱、ゴーレムマスター――またの名をマジックマスター、グリワモール。私にかかれば」
「そういう長いのいいんで」
「……えー、貴方のー、魂とー、体があらゆる意味でちぐはぐでー、しかもなんか邪竜も中にいるしー、住処だった洞窟にこの前行ったら異世界召喚魔法を使った形跡があったしー、そうなんだって思ったんですー」
見せ場を挫かれ拗ねたのか、机に突っ伏し口を尖らせながら特徴的な語尾さえ無くしてしまう始末。
なんだろう、このさらっとヤバいこと言ってるし、こいつの強さ自体は本物だからギルドの内部に侵入されてる割と非常事態なんだけど、いまいち緊張感が保てない。
「……まァ、今日来たのはいわば忠告ですネ」
「忠告?」
俺がとってきた本を小さな紙人形にして遊ばせて機嫌を直したのか、ようやくここに来た目的を話し始めた。……お前それ元に戻せるんだろうな?
「竜の目って知ってマスカ? 知ってますよネ、以前襲われてましたシ」
「はい。確か、ドラグニールを崇拝してる教団? でしたっけ?」
「えェ。とはいってもあの邪竜は関係ありませんけどネ。いわば勝手に崇拝してるだけです。本人……本竜としても迷惑でショウ」
――全くだ。何故我が人間なんぞとつるまねばならぬ。
今。今の状況よ。つるみにつるみまくってるぞ。
「まあその団体なのですが、方法は分からないがどうやらあの金髪少女のなかに崇拝する邪竜がいる、という情報を得たらしく、それを確認、確信したのが以前のゴタゴタですね」
「……つまり、また狙ってくるってことですか?」
「でしょうねネ。前回のような強硬手段じみたことはしないでしょうが、彼らが崇拝してるのはあくまで貴方の中の邪竜であって貴方では無いですからネ。保証は出来ないです。マッ、彼らもそこまで大きな組織では無いですし、前回の人的損失は中々の打撃でしょうかラ、しばらくは大丈夫と思いますがネ」
「わかりました。……というか、なんでそんなこと教えてくれるんですか?」
「何でって、仕事ですからね」
「仕事って、魔王のですか?」
魔王ってこう、世界を支配したり滅ぼしたり……いや、それはあくまでフィクションの、前の世界でのよくある魔王像か。というかそのフィクションの中でも色んな性格の魔王がいたしな。
「えェ。我ら魔王の目的はこの世界の調整。正確には違いますが、大まかには間違っていまセン。それを踏まえて、貴方が教団の手に渡るのは少々厄介でしてネ。しかし現状何もしていない人間の集まりに手を出すほど、魔王も自由ではないのデス。……あの黒鬼は若干例外ですが」
「調整……。それって」
「おっと。少々サービスしすぎましたネ。それでは今日はこの辺りデ。忠告はしましたからネ。あ、これはしすぎついでの上乗せサービスです」
そう言ってパチンと指を鳴らすと、初めからそこにいなかったかのように音も無く消え去っていた。
「……あ、これレシピ集だったのか」
俺はさっきまで目の前にいた緊張感の抜けるつかみ所の無い男の、途方も無い力の一端をさらりと実感させられながら、再度資料集めを始めたのだった。
 





