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邪竜の教え

 その瞬間、彼女は何も出来なかった。アリアが襲われているのをただ見ているだけしか出来なかった。

 もしかしたら勝てるかもしれない。真っ向から戦っている訳では無いが、それでも私たちならあのオーガに勝てるかもしれない。そんな思いが、ただの思い上がりだったと見せつけられる様を、ただエリシアは見ている事しか出来なかった。


 遠くからクラガの声が響く。目の前の鬼が迫ってくる。逃げなくては。戦わなくては。

 足が動かない。思考がまとまらない。彼女はただそこで震え、立つことしか出来なかった。


 オーガが拳を振りかぶる。その表情に感情は無く、ただ当たり前の作業と言うように拳を握る。背後に当たるクラガの魔法も意に介さず。


 握りしめられた死が繰り出される。クラガが向かってくるが、どうあっても間に合わない。エリシアが出来たのはただ反射的に強く目を瞑ることだけだった。


「貴様は我と戦いたかったのだろう? 喜べ。その夢、叶えてやろう」


 聞き慣れたはずの聞き慣れない声音。エリシアが恐る恐る目を開くと、金髪の少女が目の前に立ちオーガの拳を受け止めていた。


「アリ……ア?」

「己の幸運……いや、先程打ち明けたこやつに感謝するのだな。でなければ我が出てくることも無かった」

「では、まさか……」


 少女はオーガの拳を受け止めた腕に力を込め、そのまま力任せに投げ飛ばした。


「ああ……懐かしい。息を吸うとはこういう感覚だった。言葉を話すのはこうだった。姿形はまるで違うが、体を動かすとはこうするのだった」


 噛み締めるように言う彼女の姿に、エリシアもクラガも確信を持った。今の彼女は自分たちの知っているアリアでは無い。かの邪竜、ドラグニールなのだと。


「ドラ、グ、ニー……ル?」

「ほう。まだ言葉を発する理性は残っておるか。流石魔王にされる器か」

「ドラグニィィルゥゥウウウウウ!!」


 咆吼を上げオーガが突進する。その気迫にエリシアは怯えるが、ドラグニールは悠然と右手を突き出す。


「低位の魔法のみとはいえ、この短期間で無詠唱での発動をものにしたことは褒めてやろう」

「え……」

「しかしまだその程度だ。中位程度はものにして見せろ。そして無詠唱魔法の神髄は出の早さでも相手の不意を突くことでも無い。同時発動だ」


 突進するオーガの目の前に巨大な土壁がせり上がる。その程度では止まらないと腕を振りかぶるオーガだが、拳が壁に届く前に拳大の大きさに自壊し、その全てが炎を纏って四方からオーガに襲い掛かる。


「地面から壁を作り出す土石壁(ストーンウォール)。石の礫を飛ばす土石魔弾(ストーンショット)。対象に炎を纏わせる炎衣(フレイムウェア)。いずれも低級魔法だが、それでも魔王に一泡吹かせる事も出来る。貴様は魔法の質の高いエルフの中でも更に見所がある。剣の腕もなかなかだ。貴様らの中では一番伸びしろはある」

「何を……」


 呆然とするエリシアを気にもとめず、ドラグニールは駆け出しオーガが自身を視認していることを確認しクラガの前で止まった。


「貴様は戦い方が単純すぎる。直接殴るか遠距離で魔法を飛ばすか、まあ炎で加速させて殴るのは考えた方なのだろうが、もう少しバリエーションを加えろ。今の貴様はその魔具に込めた四属性の魔法をただ飛ばしているだけだ。ただ単純な炎だけでも」


 ドラグニールが掌を上にして右腕を突き出すと、オーガの足下に円を描くように炎が現れ、拳が握られると連動して足下の炎がせり上がりオーガを覆った。


「このようにコントロール出来る。やり方はあのエルフの小娘にでも聞け。より上位の魔法が必要ならこいつにでも頼め。嬉々として協力してくれるだろうよ。まあ、貴様の魔具が我の魔法を受けいれられる器ならな」


 最後に意地の悪そうに笑うと、ドラグニールはゆっくりとオーガの方へ歩き始める。既に覆っていた炎は消え失せ、ドラグニールを睨むオーガの姿が現れている。


「ふむ。まああの程度でくたばられては本題に移れなかったから良いが、それにしても貴様頑丈だな」

「ド……ラ……――――!!!」

「……聞くに堪えんな。おい、聞こえておるな。最後は貴様だ、アリア」

 ――お前、かなり面倒見いいよな。

「抜かせ。貴様には言葉で言っても無駄だからな。体で覚えろ」


 獣のような、いや、獣の雄叫びを上げオーガが襲い掛かる。


「これが貴様の到達点だ」


 瞬間。ドラグニールの姿が消える。空を切り地面を殴ったオーガが顔を上げると、そこにいたのは赤い翼で羽ばたくドラグニールの姿だった。


「この姿で使える我の身体能力は翼のみか。まあその他は特に必要なかろう」


 自分の体を確認して呟くと、オーガに手をかざし目の前に赤く光る光輪を出現させる。その円の中心を勢いよく殴ると、光輪から幾本もの光線がオーガに向かって襲い掛かる。


「ガアアアアアアアアッ!」


 オーガは光線に当たることなど気にしないかのようにドラグニールに向かって突き進む。


「おお。我の中では高威力の魔法なんだがな。まあこの体で出力が下がっておるのもあるが、余程頑丈に出来ておるようだ。……ふむ。そもそも魔法は使いどころが分からないだけで使えないわけでは無いからな。戦い方を教えてやるか」

 ――お前、この体で戦えるのか?

「ハハッ。舐めるでないわ。我にとって体の違いなど些細な事よ。見ておれ」


 にやりと笑みを浮かべると、翼をはためかせオーガに向かって急降下する。

 降下する標的に拳を突き出すオーガと正面から受けようと拳を握るドラグニール。本来であればいくら身体強化魔法を施したところで、今の状態のオーガとドラグニールが正面からぶつかり合えば打ち負けるのはドラグニールの方だった。しかし両者の拳は拮抗、むしろドラグニールがやや押していた。


「腕の筋力の底上げ、急降下による速度の底上げ、衝撃吸収の併用でこの細腕でも十分受け止められる」


 ドラグニールは直ぐ地面に降りると右足を軸に勢いをつけオーガを蹴り飛ばすが、両腕で防ぎ雄叫びを上げ襲い掛かる。


「攻撃も正面から受け止めるだけで無く、受け流し躱し、それから反撃に繋げる術を覚えろ」


 顔面へ放たれた拳を身を屈めて躱し、そのまま頭上の拳と背後の岩を魔鋼糸で繋ぎ縮めることでオーガの体勢を崩し、無防備になった腹部に蹴りを放った。


「まっ、やりやすいのはこんなものか。貴様はある程度戦えるが、魔法や剣術を個として使っているうちは二流だ。二手、三手からの連携を覚える事から始めよ」


 それだけ言うと、あたりを軽く見回し飛翔し右腕を上げた。


「そろそろこの漏れ出した魔力をどうにかせんとな」

 ――出来るのか?

「当然だ。元は我から漏れ出した魔力だぞ。我の元に戻すだけだ」


 ドラグニールは短く息を吐き意識を集中させると、洞窟内に溜まっていた魔力のみならず、森の中へ散った魔力さえも自身に吸収し始めた。


「グ、ゥ……流石我といったところか。いくら憑依しているとはいえこの体ではちとキツいな」

 ――大丈夫か?

「……カハハ! 貴様に心配されるとはな。丁度いい。最近の我に対する貴様の態度も改めさせねばと思っていたところだ。貴様のその甘い考えごと引き受けて見せよう」


 ドラグニールは周囲の魔力を吸収したまま、起き上がろうとしていたオーガを組み伏せ左腕で頭を掴むと、その体内に入り込んだ自身の魔力をも吸収し始めた。

 がむしゃらにもがくオーガだがドラグニールは力尽くで押さえつけ、徐々にその抵抗が弱まるのを確認すると立ち上がり、漏れ出した魔力を全て吸収し尽くした。


「ま、我にかかればこんなものよ」

 ――……流石だわ。


 アリアとクラガ、エリシアが三人がかりでもなし得なかった事を片手間のように容易く済ませたドラグニール。対するアリアの声音は、どこか沈んでいるように感じられた。

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