私たちの初めての冒険
鬼という種族は、魔物の中ではかなり高度に発達した種族だ。言葉を話し、決まりを作り、階級を作る。仮に人間の暮らしを知能の発達の証明とするなら、鬼はそれに近い暮らしをする種族の一つだ。しかし鬼はその中でも最も低い位置にある。理由は鬼の作った決まり。
弱肉強食。強さこそ正義。多くの魔物はこの考えだが、鬼は最もこの考えを遵守している種族だ。
どれほど下の階級であっても、強ければ頂点にのし上がれる。それが鬼が最も危険な魔物に数えられる所以である。
それは当然、どれほど小さい鬼――後に鬼神と呼ばれる鬼も同様である。
その少年は幼いながら村で一番の大鬼さえ倒し、次の村長の座は確実とされていた。しかし少年は小さな村の長では満足しなかった。村を飛び出し、数多の魔物、人間と死闘を繰り広げ、ただひたすらに戦い続けた。
何度も戦い続けたその果てに、青年となった彼は初めての敗北を得た。
「やれやれ。全く嵐みたいな方ですネェ。これほど強い鬼は聞いたこともありまセン。これほどなら席が埋まるかもしれませんネェ」
蝶の様な奇っ怪なマスクをつけた男に負け、青年はより苛烈に戦いを求めた。そして更に時は流れ、最後の負けが記憶から消えた頃、彼はとある存在を知った。
彼が生まれるずっと以前。世界を滅ぼす程の力を持った邪竜がどこかに封印されているということを。最早敗北を失った彼はその存在を強く求めた。
そして彼は再び旅に出た。それが鬼神、暴力の化身と呼ばれる魔王オーガの目的である。
とある森深くの洞窟。俺たちはその入り口に立っている。
「これは……澱んだ魔力が流れ出しています」
「俺ですら分かるぞ。なんだこれ……」
そこからはエリシアの言うとおり、深く澱んだ魔力が漏れ出していた。恐らくはこれが暴走の原因だろうけど、何だこれは。
――恐らく我の魔力の残滓だ。魔力というものはその場に存在するだけで漏れ出す。五百年封印されていた我の漏れ出した魔力が澱み、外へと漏れ出しているのだろう。
「洞窟から漏れ出してるなら、洞窟を塞げば収まりますっけ?」
「恐らく大丈夫でしょうが、その場しのぎにしかならないでしょう。それに中には……」
エリシアが言葉を切り、洞窟の入り口、その周辺を見る。
洞窟とはいえ、ドラグニールを封印していた洞窟だ。入り口には重厚な扉があった。はずだった。
今は扉が無く、ひしゃげたそれが少し奥に落ちている。漏れ出してたって事は元々開いていたのだろうが、内側にあるってことは間違いなくオーガだろう。
「行くしか……ないよな」
「大丈夫。中にはオーガ以外いません」
「それが一番の悩みの種なんですけれど……」
俺たちは意を決し洞窟の中へと足を進めた。
オーガがいるのは最奥。そこまでは何もいないし、分かれ道も無い。俺たちはただただ歩き続け、数分後、俺たちはそこに辿り着いた。
「オーガさん!」
こちらに背を向け立つオーガに、俺は呼びかけた。
暴走さえしてなければ、今すぐ外に出れば取り敢えずの厄介ごとは無くなる。
こちらの呼び声が聞こえたのか、オーガはゆっくりと顔を上げ、口を開いた。
「俺ぁよ。ただ強いやつと戦いたかったんだ。そうして勝ち続けて、あの邪竜は数百年ぶりに俺が負けられるかもしれねぇ相手だったんだ」
「オーガ、さん?」
「そうしてようやく辿り着いてよぉ。なのに何だよこれ。中はすっかりもぬけの殻。あるのは残滓だけで、外にいる気配もねぇ」
澱んだ魔力が少しづつオーガに集まっている。これは……遅かったか。
「……オーガさん、覚えてますか。前戦ったとき、私がまだそんなに強くなかったから、本気で戦えませんでしたよね」
「あァ?」
俺の言葉に、オーガは気怠そうにこちらに振り向く。その目は紅く染まっていた。
……ダメか。
俺は如月を握り、クラガとエリシアもそれぞれ構える。
「いいですよ。条件もありましたしね。私たちが相手になってあげますよ」
「アリアがカ……そいツはありがテぇ……ナァァアアアアアア!!!!!!!」
殺意の込められた咆吼。一瞬の怯み。しかしその一瞬で既にオーガは間合いに入り拳を握っていた。
「ダァアアッッ!!」
「アリア!」
「アリアさん!」
ただの力を込めただけのパンチ。だがオーガのそれは必殺に値する。
「せぇいっ!」
壁に叩き付けられ舞う粉塵の中から弾丸のように飛び出し、下段から斬りあげ仕返しとばかりにオーガを吹き飛ばす。
「残念。今回は穴空きませんでしたね」
軽く腹を撫で、オーガの拳を受け止めた如月に傷が無いことを確認すると、クラガとエリシアに指示を出す。
「クラガさんは動き回りながら隙を見て攻撃してエリシアさんに意識が向かないように。エリシアさんは私たちへの補助魔法と遠隔魔法でオーガさんの動きの阻害をお願いします」
「おう!」
「分かりました!」
そうして俺たち三人の初めての冒険が幕を開けた。
 





