彼女の秘密
暴走した魔物と会敵すること数十分。俺たちはそれぞれ気づいたことを話し合っていた。
「一口に暴走といっても、その度合いには個体差……いえ、種族差ですわね。それがあるように思えます」
「いや、個体差もあると思うぜ。おんなじ魔物でもなんかだんだんデカくなってやがる」
「今は森の中心部に向かって進んでるから、原因はそこにあるかもしれませんね」
「種族差ってのも、魔物の知能に関係してやがるな。どうにもある程度知能が働くやつには影響は少ねぇみてぇだ。俺には何の影響もねぇしな」
総合するとこの森の中心部に魔物を暴走させている何かがあり、その影響はオーガみたいに意思疎通が出来るような知能があるほど少なく、動物的なものほど大きいらしい。今俺たちに影響が無いのは魔物にしか作用しないだったらいいけど、影響が少ない方ならマズい。今までの魔物の様子からして、効かないって訳では無いだろう。あまり長引かせる訳にはいかない。
その考えには全員が同意したが、問題はその解決方法だった。
「中心部まではまだ距離がありますが、だからこそ影響が無いとも言えます。近づけばより暴走の影響が強まるでしょうし、私たちはともかく、少なくとも魔王オーガはその影響を逃れられません」
「つっても、こんな広範囲の魔物を暴走させてるやつだ。どうやってるかは知らねぇが、俺抜きってのはかなり骨が折れると思うぜ」
「だったら速攻でカタをつければ……」
「明確な犯人がいて、倒せば終わる、ならいいでしょうが、それ以外だとリスクが増えます」
全員がうんうんと唸る中、不意にドラグニールが話しかけてきた。
――何をお前まで一緒になって唸っておる。
え、どういうことだ?
――お前はそこに何があるか知っておろうが。
……え?
知ってる? 俺が? いや、この森に来たのだって今回が初めてだし……まあその手前の森なら何度か来てるし、ケーデ達と初めて会ったのもその森だから覚えてるけど……あ。
――ようやく思い出したか。あの時は道を覚える事など気にせずただ歩いていただけということもあったから仕方ないが。この森の中心部にあるのは洞窟。我が貴様を召喚した場だ。
失敗召喚だけどな。
――黙らんか!
そうだ思い出した。つまり原因はあの洞窟に……? いや、洞窟の中に原因があるって場合もあるし、あまり有用な情報じゃ無いけど……言っておいた方が良いだろう。
そう思って言ったことだが、クラガとエリシアは面食らったような表情を浮かべた。
「あの邪竜が封印されている洞窟!?」
「そんな……ということはまさか、封印が解け始めていますの!?」
え、なんでそんな反応……ああそうだ。世間一般にはまだこいつは洞窟に封印されてるんだった。……というか最近忘れがちだけど、やっぱこいつヤバいやつなんだな。
――全くだ。最近の貴様は我を何だと思っているのか……貴様今我のことこいつと思ったか?
気のせいだ気のせい。
そこで俺はオーガの反応が無いことに気づきそちらに視線を向けると、俺は思わず不知火を出しそうになってしまった。
そこにいたのは鬼神。闘志と興奮を隠そうともしない暴力の化身だった。
「ドラグニール。世界を滅ぼす力をも持った邪竜……いいねぇ。いいじゃねぇか。最高じゃねぇかァ!」
咆吼。思わず仰け反る程の叫びの後、オーガは中心部へ向けて飛び出してしまった。
「なっ、オーガさん!」
しまった。あいつは根っからの戦闘馬鹿。強いやつと戦うことが生きがいみたいなやつだ。そんなやつにドラグニールのことを言ったらこうなることくらい容易に想像できるだろう。勿論行ったところで目当てのドラグニールはいないけど、オーガが探せば探すほど、あいつ自身が暴走するリスクが高まる。それだけは避けないと。
「クラガさん、エリシアさん! 私たちも――」
追いかけましょう。そういって立ち上がったとき、オーガだけを追いかけていた視線が二人を映した。震え、怯えている二人の姿を。
ああ、そうだ。オーガを追いかけると言うことは、二人にとってはドラグニールと戦うこと。暴走したオーガと戦う事だってあり得る。二人は今回が初任務。ましてや今まで命のやりとりとは無縁の立場だ。俺とは違う、一度だけの命。立ち上がるのが無理な話だ。
……なあドラグニール。
――良い。
まだ何も言ってねぇよ。
――我と貴様は一心同体だ。会話するまでも無かろう。こやつらは力量もわきまえず鬼の小僧に向かえる程、貴様と共にいたいと思う奴らだ。ならば貴様は……我と貴様は、その気持ちに応えねばなるまいよ。
……そうだな。
――とはいえ、貴様が別世界から来たこと、本性は男であることは隠しておけ。前者はその魔法自体が禁忌のものだから。後者は……色々厄介だろう
はは。そりゃそうだ。
珍しくドラグニールが気を遣ってくれたおかげで、少し気が軽くなった。俺は二人の前に座り、ゆっくり語りかけた。
「ねぇ二人とも。聞いて欲しい事があるんです」





