協力締結
俺たちがいるのはアルガーンから徒歩で一日ほど離れた森の中。ギルドの馬車の貸し出しは徒歩で二日以上かかる任務に優先的に貸し出され、余っていればそれ以下の場所の任務でも貸し出してくれる。
運悪く馬車は余って無くて、自分用に買う余裕も無いので歩いてきたのだが、道中は何も問題は無く、討伐対象の発見、討伐もつつがなく終わった。――はずだったのに。
「あー……無理もねぇと思うが、そう警戒すんな。今日はアリアちゃんと遊ぶ余裕はねぇよ」
両断された甲殻剣脚蜘蛛を後ろに放り投げ、手についた体液を払いながらそう言ったオーガだったが、流石にはいそうですかと警戒を解くわけにはいかない。
一度不知火を納め如月を抜き構えたまま、一瞬意識を後ろの二人に向ける。言葉通りに警戒を解く以前に、恐怖によって解く選択肢が存在しない様子だ。
最悪戦闘になっても、俺だけなら死ぬような目にはあっても死ぬことは無い。けど二人は別だ。なんとかして離脱できるようにしないと。
「じゃあ何をしているんですか? 余裕が無いってことは、何かしてるってことですよね?」
「……隠す必要もねぇか。お前らと同じだよ。魔物を狩ってんだ」
「魔物が魔物を?」
素朴な疑問だったのだろう。ふと口にしたクラガを一瞥し、頭をかきながら続けた。
「何もおかしいことはねぇだろ。テメェら人間も同族で無駄に争ってんだろうが。ま、今回はそういうのとはちょっと事情が違うが」
「違うって事は、何か狩られる理由があるんですよね」
「まぁな。こいつら自身には無いんだが……アリアちゃんならわかんじゃねぇか?」
指さされた先に無残に転がる魔物の死体を見て、俺は少し思考を巡らせる。魔物に倒される理由がある魔物。魔王に殺される理由を持つ魔物。俺が知っているものより明らかに大きい甲殻剣脚蜘蛛。
「……魔物の暴走、とかですか?」
「流石アリアちゃん。見ての通りこいつらは普通ここまで成長しねぇし、本来真っ向から襲うような好戦的なやつでもねぇんだ。けどここら一帯の魔物――甲殻剣脚蜘蛛以外もどうにもおかしくてな。鎮圧と原因の調査に駆り出されたってわけよ。こういうのはグリワモールの方が向いてるのによ、ったく」
「魔物の暴走……原因は何か分かったんですか?」
「いや、言ってもさっき着いたところだしな。成果無しだ」
この様子だと、少なくともこっちがオーガに襲われることはなさそうだな。それにしても魔物の暴走……隣接していないとはいえアルガーンとそれ程距離があるって訳ではないし、近くには確か小さな村もあったはずだ。早期解決に越したことは無いだろう。
「オーガ、一つ条件を飲んでくれれば私もその調査に協力します。勿論解決まで」
「……ありがたいこったな。言ってみろよ」
オーガの言葉は低く、どこか苛ついてるようでもあった。
「後ろの二人を襲わないこと。それだけです」
俺の出す条件は予想がついていたのだろう、オーガは頭をかいて深く溜息を漏らすとギロリと俺を鋭く睨み付けた。
「俺ぁ言ったよな? 今日はお前と遊ぶ暇は無いって。ならお前以下のそいつらとわざわざ遊ぶ訳もねぇよな? それに二人を襲わないことだ? そいつらはお前に守られるだけのガキか? 少なくとも初めて会ったときのお前よりは楽しめそうだがな」
……確かに。今の発言は二人にとっては屈辱ともとれるものだろう。だが状況が状況だ。保険はあるに越したことは無い。
「ああ全くだ。こんなチビに気を遣わせて、やってらんねぇな?」
「本当です。やってらんない、ですわね」
後ろから両肩を掴まれ、無理矢理引き戻される。不意の出来事に情けなく尻餅をつくと、頭上でクラガとエリシアが拳と木刀をオーガに突きつけていた。
「おいクソ魔王。俺らもテメェの調査ってのに協力してやるよ」
「条件はそこに転がっている子供を襲わないこと、それだけです」
子供って……、いやそうだけど。
立ち上がり二人を止めようとしたが、勢いよく睨み付けられ思わず動きを止めてしまった。
――全く。貴様は何を見てきたのだ。こやつらは貴様にただ守られるのが嫌で努力し、ここに立っている。貴様は側で見てきたはずだろう。その結果が先の貴様の言葉だ。奴らも言ったとおり、やってられない、だろうよ。
……ああ。思えば無意識に二人のことは守る存在って認識してたんだろうな。せっかくパーティに、仲間になったのに、これじゃあ意味ないよな。
俺はゆっくり立ち上がり、二人の隣に立つ。
「オーガ。さっきの言葉、訂正します」
「おう」
「貴方の調査に協力してあげます。勿論解決までです」
「ありがてぇな。条件言ってみろよ」
「無条件で。何なら全部終わったら、三人がかりで遊んであげますよ」
不敵な笑みを浮かべる三人の人間と一人の魔王。種族を超えた協力関係が初めて結ばれた初めての瞬間だった。





