小休止・名入れ
クラガとエリシアが試験を終えた翌日。俺とエリシアはクラガの工房に来ていた。
「おう。昨日は悪ぃな倒れちまって。んじゃ、仕上げちまうか」
出迎えたクラガは俺から刀を受け取ると、机の上に置いて準備を始めた。
「仕上げって何をするんですか?」
「あ? あー、言ってなかったな。名前だよ。名前をつけてこいつをそこらの最高の武器から唯一無二の最高の武器にすんだよ。理屈はわかんねぇけど実際出来がとんでもなく上がるから仕方ねぇ。で、何かあるか? お前の武器だからお前が気に入りゃ何でも良いんだが」
「名前……ですか」
特に意識してなかったけど、確かに武将の刀とかも名前あったもんな。
それにしても名前か……。オリハルコン製の青い刀……どうせなら和風っぽいのが良いけど……刀の名前ってどんなのがあったっけ。村正は……妖刀か、ちょっと縁起悪いな。
「そうだ。あのフレニウムの方も持ってるか? そっちも名前入れねぇとだな」
「あ、はい。ちょっと待って下さいね……っと」
俺は次元格納を解除し、フレニウム製の紅い鞘に収まった刀を机に置いた。
「でまあ名前だけど、なんか思いついたか? 何だったら明日とかでも良いけど、俺も明日から忙しくなるからな。名入れ出来る余裕があるかわかんねぇぞ」
そうか。クラガもエリシアも明日から本格的に冒険者として認められて、まずは訓練漬けになるんだっけ。だったら今日決めておきたいけど……この間の魔法、開闢の焔は不思議と勝手に思い浮かんだけど、今回はさっぱりだ。
「二人とも、何か良い案ありませんか?」
何かヒントにならないかと、二人に意見を聞いてみた。
「そうですわね。青い刀はクリスタリア、紅い刀はフレリュードなんて如何でしょう?」「あ? えらく上品だなおい。俺だったらスカイブレードにファイアーソードだな」
「…………」
「…………」
「ん? どうしたよ」
空気が凍った。
嘘だろクラガ。お前鍛冶の腕は最高なのにネーミングセンス小学生なのかよ。
……うん。なんかクラガのおかげで吹っ切れた気がする。もう深く考えるのはよそう。使ってるうちに愛着が沸くさきっと。
「じゃ、じゃあオリハルコンの方は如月、フレニウムの方は不知火で」
「キサラギにシラヌイな。また変な名前だな」
お前のよりはマシだ。
「でもなんだか良い響きですわね。素晴らしいと思います」
おお。エリシアは日本語の語感の良さが分かるのか。
エリシアの方を見たときふと腰に携えた木刀が目に入って、二振りの刀を持って作業に取りかかろうとするクラガに問いかけた。
「そういえばエリシアさんの木刀ってクラガさんが作ったんですよね? これってスキルで作ったんですか?」
「おう。流石に木を削って剣にするなんざやったこと無かったからな。スキル頼りでやったな」
俺の質問にクラガは当たり前のように答えたが、何故かエリシアの顔色が沈んでいった。
まさか……。
「そ、それじゃあエリシアさんのも名前入れないと……ですね?」
「いや? そっちのは作ったときにそのまま名付けちまったな。スキル頼りとはいえ初めてにしてはかなりの出来でな、興奮してついやっちまったぜ。でもその分良い名前もつけられたけどな!」
「ち、ちなみになんて名前ですか?」
もはやエリシアの顔は絶望に染まっている。その顔色から武器としても性能の良さがあまりに良いだけに、名前を受け入れるしか無かったという諦めがありありと伝わってきた。
「普段ならウッドソードとかつけてたんだが冴えに冴えててな。ユグドールブレードだ」
ついには顔を両手で覆うエリシア。
後から知ったことだが、この世界にも世界樹神話、元の世界で言うユグドラシルに当たるものがあるらしく、それがユグドールという名前らしい。
木の剣だから世界樹の名前にしたっていう安直さ、そこにブレードをつけたことにより発生した絶妙なダサさ、けれど神話の重要な大樹の名前だから堂々と否定できないもどかしさ。あらゆる要素が集まってある種最悪の剣みたいになってしまっていた。
エリシア……合掌。
かくして俺は一人の犠牲者に背を背けて、如月と不知火というこれから長く付き合っていくことになる武器を手に入れたのだった。