焔の輝き
あれから何分経った?
──アリア、右だ!
ドラゴニールの声で朦朧としていた意識を覚醒させられ、俺は上に飛び横薙ぎの剛腕を回避する。
くそ。これは明らかに熱中症か脱水のそれだな。見た目ほど熱くはないっつっても、なんとか我慢出来るレベルだ。それに時間が経ったせいで冷えてた洞窟内部の温度もかなり上がってきてる。
「おやおやァ? もう限界ですかァ? 意外と堪え性がないですあ止めてこっち来ないでアツイですから!」
よく聞こえなかったが多分ムカつく事を言っていただろう男の側にわざと移動して熱さのお裾分けをしてやった。よし、なんかちょっとスッとした。
多少気分転換して、俺は再び 結晶人形を見据えた。
幾度となくし続けた攻撃で奴の体は最初に比べればかなり歪みが目立ってきた。だがそれだけだ。決定打どころか有効打にすら届いていないだろう。更にアイツはゴーレム、作られた人形だ。戦意喪失する感情を持つ生物ではなく、行動不能になるその瞬間まで動き続ける人形だ。
ドラグニール、あれから何分経った?
――五十分と言ったところか。
五十……後十分……耐えられるか……いや、耐えないと!
今一度気合を入れようと頬を叩こうとして、余計熱さを加速させるのではと気づいて寸でのところで止めた。
不幸中の幸いか、行動のほとんどを回避に徹していたお陰で身のこなし方っていうのが体で分かってきた。
俺は正面から殴りかかる巨拳に回避ではなくまっすぐ向かって走り出す。直撃の寸前、俺は前傾姿勢になり掌を上にして両手で巨拳の下を掴み、一気に引き寄せスライディングのように勢いそのまま下を滑り回避。即座に勢いを殺さず体勢を整え 結晶人形の懐に潜り込み、これまでの中で調整してきたこっちにダメージの無いバランスで肉体強化と肉体硬化をして足元を蹴り体勢を崩させ、距離をとる。
この繰り返しでダメージとしてはあまりないだろうが、最初に比べればかなり姿勢を崩しやすくなってきた……が、それはこっちも同じだ。いい加減気合でどうにかできないレベルで目が霞んできやがった。呼吸が碌にできない。ただでさえ炎で酸素が吸いにくいのに……。
「見苦しいほど頑張りますねぇ。あの男が戻ってくる保障なんて何もないのに。そもそもたった一時間で貴女がこれまで碌にダメージを与えられていない 結晶人形に決定打足りうるものを本当に用意できるとでもぉ?」
何か魔法を使っているのか、さっきと距離は変わらないのに今度はハッキリと聞こえてきた。
「大体貴女も不幸ですねぇ。見たところあの男の依頼で来たというところでしょうか。あんな男と関わらなければこんな目に合わずに済んだのにぃ」
…………。
「全く冒険者なんてやるもんじゃないですねぇ。同情しますよ。どうです? いっそ私のもとに来ませんか? 貴女は中々興味深い」
……あーもう。
「それなりの好待遇はお約束しますよ? そうですねぇ、少なくともギルドなんてちんけなところよりは――」
「ごちゃごちゃごちゃごちゃうっせぇなぁ変態マスク! こちとらもう自分の火でギリギリなんだよ! テメェの気色わりぃネットリ声を耳元で聞いてる精神的余裕なんてねぇんだよ! そんなに耳元で聞かせたいならこのまま抱きしめてやろうかあぁ!?」
色々我慢の限界だった。俺は思いのままに怒鳴り散らし男に向かって駆け出す。
「えっ、ちょっ、まっ、壁壁! こっちに跳んで壁になって!」
男は慌てて指示すると、背後の 結晶人形が跳躍する音が聞こえる。宙へ飛んだ巨体はそのまま俺と男の間に着地し、下を抜けられないよう姿勢を低くして待ち構える。俺はそれを待ってましたとばかりに、落とした速度を元に戻す。
完全に下をくぐり抜けることに対応していたのだろう、膝、腕、頭と足場にし頭上を飛び越えることは完全に不意を突いて容易だった。
そのまま体を反転させ天井に足をつき、曲げた足を一気に伸ばし全力の加速を得て 結晶人形に突進する。
「んなっ、一体なにを……っ!」
男も気づいたのだろう、背後を、洞窟の入口へ続く通路を振り向く。
「振り抜けぇええええ!」
そこにいたのは何かを投げたクラガの姿だった。
「あああああああああああああああ!!」
結晶人形とぶつかる寸前、俺はそれを受け取り反射的にソレを抜き、落下の勢いを緩めることなくソレは 結晶人形を両断した。
「オリハルコンを……両断? その刀……」
男が目の前の光景に目を疑い、絞り出す様に呟いた。
俺の左手に握られているのは暗い紅色の鞘。そして右手で抜いたのは、体を覆う炎を纏った、鮮やかな紅色の刀身だった。
「これは……」
「鞘から刀身までフレニウムで作った俺の最高耐火と切れ味の逸品だ! 正直予想以上の結果で流石俺だな!」
「なるほどフレニウム……。しかしあの炎を纏って耐えられるものなのか? そもそもあの炎が私の予想が当たっているとするなら……おっと」
ブツブツと考え込んでいた男に向かって横から勢いよく飛び掛かり斬りかかるが、刀を振り下ろす寸前、目の前の男が急に消えた――いや、男が背後に移動していた。
「ワープさせられた……っ」
結晶人形を倒したことで無意識に気が緩んでいたのだろう、体から力が抜け、魔法も保てなくなり炎が消えてしまった。
「はっ……はっ……っ……くっ、そ……」
「おいアリア! 大丈夫……あつっ、おい大丈夫か! しっかりしろ!」
その場にしゃがみ込み息も絶え絶えになっていると、クラガがこちらの熱さも構わず駆け寄ってくる。
「いやはや。ここにはただ新しいゴーレムの生成実験と性能実験に来ただけだったんですけどねぇ。これはこれは……あの邪竜の炎を纏う少女と、その炎を纏わせる刀を打つ青年。……まあ炎はあくまで仮定ですが。オリハルコンのゴーレムを両断できる時点で可能性としては十分ですしね。これは面白いものを見せてくれたお礼です」
男はそういって俺に手をかざすと、体に残っていた熱が下がり息苦しさも消え去った。
「どういう……つもりだ……?」
「言ったでしょう? お礼ですよ。存外楽しめましたし。それにしても急に口調が乱雑ですねぇ? そっちが素ですカ?」
「貴方もついさっきまでひょうきんさが出てませんでしたよ?」
「おっと。気のせいでしょう。ところで貴女の名前、記念に教えていただけますカ?」
「あー……アリアです」
「アリア……ふっつうな名前ですねェ」
「ほっといてくださいよ。……で? 貴方の名前も教えてくれるんですよね」
「はっはー! 私の名前は普通ではないのでネ! 貴女の名前だけでは釣り合いが――」
「教えてくれないと変態蝶仮面って呼びますね」
「私、グリムワールと申します。ゴーレムマスターとも呼ばれておりますね」
即座に態度を直し、大げさな演技がかった動きでお辞儀しながら男――グリムワールは名乗った。
「ゴーレムマスターね……もしかして、鬼神ってのと同じあれですかね?」
「おや。オーガと知り合いでしたか。どおりで見た目のわりに強いはずです。ええ、私は四大魔王が一柱。魔王と二人も出合う時点でかなり珍しいですが、二回とも生き抜くとは更に珍しい。将来が楽しみですねェ」
私も斬られないうちに帰るとしましょう。グリムワールはそういうと、くるりとこちらに背を向け、瞬きをした瞬間に消え去った。
「ゴーレムマスター……なるほどな。あいつならオリハルコンに魔力入れて 結晶人形に……出来んのか? なあどう思う……アリア? おいアリア!?」
「すー……すー……」
「……んだよ、ったく。こんなちっせぇガキが魔王の作った 結晶人形とやり合って……すげぇよ全く。情けなくなるなぁおい」





