怨嗟の過去
――僕はここにいただけだ! ただ生きているだけだ! 何もしていないのに、どうして殺されなきゃいけないんだ!
これは誰かの記憶。
――お前たちが襲ってくるから、俺は抵抗しただけだ! それなのに何故俺が責められるんだ!
怒りと恨みに満ちた、誰かの記憶。
――……いいだろう。貴様たちが望むなら、我は魔王になってやろう。世界の敵になってやろう。世界の絶対悪として、貴様らを根絶やしにしてやろう。
この魔法は結晶だ。彼の怒りと恨みの結晶だ。己が身を焼き尽くすほどの、怨嗟の塊だ。
***
「邪竜黒獄炎!」
その瞬間、俺の体は紅黒い炎を纏った。髪も眼も紅く染まり、炎の化身とでもいうべき見た目になった。
「……っ、これは……」
見た目ほどの熱さは感じない。しかしそれ以上の、何か黒い感情が内に現れるのを痛いほど感じる。
――構うな。それは我のモノだ。貴様とは無関係の感情だ。それよりも急げ。貴様では長くは持たぬ。それに周囲への影響の方が大きい。特に洞窟のような閉鎖空間ではな。
「分かった。クラガさん、ちょっと我慢しててくださいね!」
「ハッ、鍛冶師が熱に音を上げるかっての!」
クラガの威勢のいい返事を聞き、俺は勢いよく飛び出した。
掴みかかろうとした結晶人形の巨大な指の隙間をすり抜け、巨腕を足場に走りその頭部に蹴りを叩きこんだ。
やったことは初撃と同じ。しかしその結果にはほんの少しの、けれども明確な差があった。獄炎を纏った蹴りは、僅かではあるが結晶人形の頭部を歪ませていた。
「よっし、効いてる!」
――阿呆。その程度掠り傷にもなっとらんわ。
「ならもっとやるだけだよ!」
俺は身体強化で身体能力、特に脚力を強化し壁や天井を足場に跳ね回り、高速機動で結晶人形への連撃を開始した。
これ以上の威力で攻撃すれば初撃のようにこっちにもダメージが来る。硬化させても硬さ勝負では勝ち目がない。だったら僅かでも効果のあるこの威力を何度でも叩き込めば!
***
「ドラゴニック……? それにあの炎……いやしかし……だが結果としてオリハルコンを蹴りのみで歪ませる火力……」
パピヨンマスクの男はブツブツと考え込むようにアリアと結晶人形の様子を見ながら独り言を呟いていた。その姿には先ほどまでの道化師を思わせる雰囲気はなく、その目は鋭く戦いの様子を見ていた。
「仮にそうだとしても、あれ以上の威力は自滅覚悟となる。オリハルコン製のゴーレムもあの程度なら……数時間は余裕でしょう。人の身ではそれほど長くあの状態は保てない……まっ、それは私もなのですがネ! あっつい!」
男は再びひょうきんな様子で襟元を引きパタパタと手で扇ぎだした。
「あれ以上の威力は生身では出せないけど火力は十分……そうだ! おいアリア!」
男の言葉を聞いていたクラガは何か思いつき、アリアに声をかけた。
「え、なに!? 手短にお願いします!」
アリアは一瞬動きを止めそう答えると、両手を握り振り下ろした巨腕を後ろに跳んで躱し、再び跳躍を開始した。
「お前、その状態で二……いや、一時間持たせられるか!?」
「一時間!? 流石にキツ……何か案があるんですよね!?」
「ああ! 恐らく一度だけだが、奴に有効打を叩きこめる!」
「……あー! 分かりました! 頑張って耐えますからクラガさんも頑張って早くしてくださいね!」
「任せとけ!」
クラガはそういい、洞窟の出口に向かって駆け出した。しかしそこには当然のように男が立ち塞がっていた。
「貴方今、面白いことを言っていましたねぇ? あのオリハルコンの塊に立った一撃で有効打になるものを一時間で用意する? ハハハハハッ! とぉっても興味深ぁい」
男はニタリと笑うと、まるで従者のように頭を下げ出口へ手を差し伸べた。
「さあどうぞ。なんでしたら出口までワープさせてあげましょうかぁ?」
「ハッ。誰がテメェみたいな気色悪ぃ奴の手なんざ借りるかよ」
クラガはそう吐き捨て、出口に向かって走り出した。