食事の語らい
キュリウス。大陸西部に位置する中規模国家。
有する騎士団は西部各国有数のものといわれ、もし他国へ攻め込めば負けることはないとされるほど。
また攻め込まれるとしても、し難い環境に位置している。
北には山々が高く、長く連なり侵入を拒む。またそこから降りる川は大河となり、キュリウスを挟むように二股に分かれて東西からの侵入も阻む。更に南には大河からできる広い湖がある。当然キュリウス側から外に出る方法は必要であり、東西の川にそれぞれ大きな跳ね橋が設けられているが、それらの管理施設はキュリウス側に設けられているため、周囲全てからのキュリウスへの侵攻は容易ではない。
故に城塞国家キュリウス。各国から畏怖され、連合となって対抗されるほどの存在。
……しかしそれは昔の話。
ドラグニールが現れ、各国が壊滅的な打撃を受けた。それはキュリウスも例外ではなく、むしろ他国よりも対抗する力があった分、より大きな被害を受けていた。
更にその後、人に対し危害を及ぼす魔物の発生により人々は対応に追われる。それによって人類の敵対図は人対人から人対魔物に変わり、それはキュリウスも例外ではなかった。
現在のキュリウスはかつてほどの戦力ではないほども、やはり他国の兵力よりも規模、練度ともに優れている。しかしその戦力は主に国周辺の魔物対策に用いられている。
ギルド加盟国であれば大規模なものには国の騎士団が、中小規模であったり即時の対応が必要なものにはギルドが対応という形での対応が取れる。しかしキュリウスはギルド未加盟国であり、全ての問題を騎士団が対応する必要がある。
またドラグニールと最も戦闘を行った国家であり、ドラグニールが最も長く存在した地域でもある。その影響か他地域と比較し脅威度の高い魔物が多く生息し、また特異個体の発生率も高い。
「そこに更に脅威度を高めるオークロードが発生してる可能性があり、その補佐として私たちが派遣される……と」
「そうそう。ま、表向きはだけどね」
アルプロンタの中央にそびえる白亜の塔。その上層に位置するレストランで俺とエクシアは食事をとっていた。
国のシンボルでもあり重要な機関が集う建物。その上層に構えられたレストランなので、当然そこらの大衆酒場どころか、ちょっと高級なレストランとも格が違う。
そう、ガチだ。ガチでマジの場所だ。
そんなガチでマジのレストランだが、俺たち以外には現状、客はいない。店員だって基本は見えない裏手にいて、表に出てくるのは必要最低限だ。
やや食事の時間から外れてはいるし、そもそもそれほど混むような場所ではないだろう。それでもまだ昼食と言える時間だし、聞いた話じゃ昼でもある程度は利用されているらしい。
そう思いエクシアに問うと、
「ん? ああ、せっかくだから貸し切っちゃった」
幾らだろう。と、お金のことが最初に浮かんでしまうのは悲しいことかもしれない。
理由を聞いてみれば、
「ほら、ここの料理って美味しいんだけど……マナーとか気を使っちゃうでしょ? でも、気を遣う相手って店員にもあるけど、他のお客の方がちょっと大きくない? だから貸し切っちゃえば僕らだけだし、店員も僕らだけを相手すればいいから接触も最小限にできるし」
とのことだ。
まあ実際助かってはいる。元の世界での食事のマナーには知識としてちょっと知ってるくらいだし、そもそもこの世界でのマナーが全く違う可能性だってある。だから先ほどエクシアに誘われたときは躊躇したが、そういう状況なら彼の真似をすればいいし、最悪気にせず好きに食べたっていいだろう。
だってほら、今の俺、可愛い女の子だし。
と思いながらもなんだかんだ身構えていたが、結局それは杞憂だった。
世界は違えど、食事という文化は同じ。食材を調理するものも、食べるのも同じ人間。故に使う食器も同じであり、それを使う文化や作法も行きつく先は同じなのだろう。最初はエクシアを真似ようと注視していたが、割と見知った作法だと確信してからは普通に食べられている。
見る限りエクシアは丁寧な所作で食べているし、こなれた雰囲気すらある。だから貸し切った理由のほとんどは俺への気遣いなのだろう。ありがたいことだ。
……幾らしてるんだろう。
「話を戻すけど。今回の件、あくまで表向きはロード討伐のための冒険者による支援。だけど、そう認識してるのはアリアのところのアルガーンギルドから選出された冒険者と、キュリウスの一般騎士だけ。僕らやギルドマスター、それと騎士団の上位の人たちや国のお偉方は」
「裏の目的も、当然知っていると」
「うん。そうじゃないと表の理由だけだと今回の支援内容って、正直意味わからないからね」
確かにその通りだ。脅威であるオークロードを討伐するために、大陸有数の戦力とされるキュリウス騎士団へ向かう支援が冒険者十人程度。しかも俺やエクシアくらいの精鋭揃いという訳でもない。これだけならいてもいなくても大して変わらない、むしろ支障をきたす恐れすらある。
だが真の目的はその先。帝国との衝突に備えたものだ。キュリウス騎士団は西側大陸最強の戦力とは聞くが、あくまでそれは一国が持つ戦力だ。対してギルティシア帝国は東側大陸を征服している。詳細な情報は無いが、相手が持つ戦力は一国のそれを大きく上回るだろう。
故にこちらは個々の国が単独で相対するのではなく、また国の戦力である騎士団のみで相手するのでもない。各国が協調し、騎士団と冒険者、公私の戦力を合わせ対抗する必要があり。という考えが広がりつつあるらしい。
もちろん全ての国が同意しているわけではない。帝国に近い東側の国ならともかく、西側の国ほどその傾向はある。遠ければ遠いほど被害を受けるのは後だし、自国の位置で被害を受けているのなら既に手遅れ。そもそも出せる戦力がいない。などなど。
言ってしまえば、脅威が迫っているのは認識したが、実際帝国がどれほどの脅威なのか分からない。またこちらの損失は最小限にしたいからよそで頑張ってくれ。っていう感じだ。
俺もラウドたちが愚痴っているのを小耳に挟んだが、帝国の事を魔法の素養がない野蛮人、みたいな、ちょっと下に見てる節があるらしい。
……こっちだって魔法を使える割合は少ないし、なんなら向こうは魔導っていう誰でも使える疑似魔法的なのを開発した分、野蛮人はどちらかというと。
思考ストップ。いけないいけない。
まあ現状、各国がそれぞれ色々思惑があって、それをどうこうしようとしてるのが対帝国を認識した国のお偉方とかギルマス達なのだが、俺は一つの疑問を持っていた。
「今回の任務、なんでキュリウスは提案したんですかね」
表のオークロード討伐。裏の戦力増強、連携確認。これらを提案したのはこちらからではなくキュリウス側なのだ。それもギルド非加盟国の中では一番に。
「キュリウスの戦力は自他ともに認める最強の騎士団。国が位置するのも西側。もちろんそれだけで帝国と戦うのは無理でしょうけど、どちらかといえば協力を渋る側の条件だなって」
「確かに。でもそうじゃない可能性もあるしね」
そうじゃない可能性?
俺が首をかしげていると、丁度次の料理が運ばれてきた。
白身魚のムニエルが終わり、その口直しにベリー系のシャーベットを食べ終わった今。
運ばれてきたのは一口サイズにスライスされたステーキだった。
つい喉を鳴らすと、エクシアは苦笑してステーキを示した。
「ねえアリア。このお肉、美味しいと思う?」
「え? ええまあ、思いますけど」
「どうして?」
質問の意図が分からず素直に答えると、重ねて分からない質問が来た。
どうしてって聞かれても。
「見た目や匂いからして美味しそうですし、今まで食べた料理も美味しかったので」
「そう、それ」
俺の答えに、エクシアは頷く。
「見た目や香りはいわば外からの評価。美味しそうっていうね。でもそれはやろうと思えばどうとでも繕える」
だけど。
「味は本質だ。本質は当然、誤魔化せない。アリアは今、この店の料理は全部美味しかった。だからこのステーキも美味しいって確信が持てるけど、例えば廃墟でいきなりこれを出されたら同じように思うかっていうと……」
「……それ、廃墟の効果が強すぎません?」
「……確かに。自室にしておけばよかった」
この人、割と天然なところがあるんだよな。
とはいえ、言いたいことは伝わった。
「私たちはキュリウスの騎士団は強いって認識してますけど、それはあくまでそういう評価を聞いたっていうだけ。実際はどの程度なのか分からないし」
「向こうから今回の話を申し出てきたってことは、だよね。……うん、美味しい」
……どうにも、思ってた面倒さとはまた違った面倒さもありそうだなあ。
若干気持ちが落ち込んだが、今は美味しい料理で持ち上がる。
一口サイズに切られているとはいえ、今の俺にはそれでも少し大きい。俺は半分に切りながら、ふと問いかけてみた。
「ところでエクシアさん、今も有効時間ですか?」
「うん、勿論。寝てる時だって有効時間なんだから、食事中は当然だよ」
「ま、そうですよね」
そっけない会話。
そのあとは何もなくお互い食べ進め、エクシアから少し遅れて俺もステーキを食べ終えた。
それを確認した店員がやってきて、あと数歩で立ち止まる、というタイミングで俺は動いた。
テーブルの下。俺の足元から放射状に出力を抑えた突風を発生。それによって左右とエクシア側のテーブルクロスが持ち上がって彼の視界を塞ぐが、俺の側はむしろ風に引かれるようになり塞がれることはない。
そのままその反動で後ろに下がり、テーブルとの距離が開いたことで椅子から滑るように降りるとそのままテーブルに跳躍。その際にナイフとフォークを両手に持つと更に踏み込み宙返りのように跳躍。頭上を越えるときにはナイフを、背後に着地してからはフォークを投擲。全て彼の不可視の状態で行ったが、
「甘い甘い」
舞い上がったクロスを左手で掴むと、体を左側に倒しながら滑るように椅子から降り背後のこちらへ身体を反転。頭上と背後からの投擲を避けつつ、テーブル上の食器やグラスを一切揺らすことなくクロスも抜き取った。
更に右手にはナイフ。俺が最初にテーブルに乗ったときに蹴り飛ばしたナイフも、ご丁寧にしっかり受け止められている。
「今度はこっちから!」
左手のクロスを投げこちらの視界を塞ぐ。
これによって左右上どこから来るのか分からなくなり、距離を開ける為下がるのがいいが……。
ここは、前に……!
あえての正面突破。
実際の戦闘はターン制ではないが、それでも攻守の切り替わりというものは存在する。
さっきは俺から仕掛け、相手はそれに対応する必要がある。つまり俺の攻撃ターンだったわけだ。そしてこちらの武器が無くなり、相手が持っているなら、今度は相手が仕掛ける番となる。このように実質的にはターン制のようになっているが。
そういうルールはないからね……!
こちらが無手でも、相手の攻撃ターン中でもこちらは攻撃していい。それが戦闘だ。
壁のように塞がるクロスとの距離が近づき、気づく。相手の選択も左右上どれでもない。正面だ。
前方。クロスにこちらへ向く小さな突起が生まれる。それは一瞬で銀の色を現し、鋭いナイフの先端が顔を出す。
互いが互いに向かって移動しているため、距離は一瞬で縮まり、ナイフの先端を認識したときには文字通り左の眼前へと迫っている。
俺は前に出した右足の踵でブレーキング。殺しきれぬ勢いは体を捻り、右足を軸足とし半時計に回転。刺さる直前の左目側を外周にし下がることでこれを回避。
更に姿勢を下げながら軸足を左にステップ。最初の状態から右にずれた位置に屈んだ状態になると、隠し持っていたフォークを右手に伸び上がる。
その結果、俺の伸ばした右手のフォークの先端はエクシアの首筋に触れ、エクシアのナイフは俺の首筋を捉えていた。
「……うーん、引き分けかな」
「ですねぇ」
その後。俺たちは何事もなかったように食器を拾い、突然のことで固まった店員に謝罪した。
この突発的な戦闘は先日思いついた俺たちの実践的修行法だ。
前のヴォクシーラの件では、俺とエクシアはこれといった戦果がなかった。その反省として、これまでの訓練として模擬戦から発展させた。
ルールはお互いが同じ空間にいると認識している。使っていいのはその場にあるものと非攻撃性魔法を一度だけ。完全な不意打ちは今のところ無しだが、それ以外はいつでもどこでも、どちらからでも仕掛けていい感じだ。
普通の訓練よりもより高い状況判断が問われるし、結構いい学びにはなってると思う。
……まあこんな店でやったら出禁くらってもおかしくないけど。そうなっても私がこの店に来ることはどちらにせよないだろうしな。うん。
「全く、何をしておるお前達」
面倒なことが起こったらエクシアに丸投げしようと考えていた時、意外な人物からの声が背後から届いた。
エクシアがあからさまに顔をしかめたので振り返ると、そこにいたのはアルプロンタギルドのマスター、ユリウスだった。
「なにやら変わった訓練を始めたのは聞いておったが……場所くらいは選べ」
「いやー、選んでたらこの訓練の意味が半減しちゃうんで」
「屁理屈を言うでない。……ところで、随分と気前が良いようだなエクシアよ。後輩を連れてこのような場所で昼食とは」
「…………」
エクシアがなんとも形容しがたい顔をしている。あえて言うなら悪戯がバレた子どものような……ってまさか?
「それも貸し切りとは。年少者であるアリアに気を遣わせぬためか、随分と甲斐性が身に付いたものだな?」
「いやぁ……まあ……」
エクシアさん? もしかして今回の料金の出所って?
「先ほど、使途不明な金銭の動きが確認出来――」
「僕らこれから次の任務の打ち合わせがあるんで! 失礼しまーす!」
「ぐえっ……!」
首根っこを掴まれ、風のように逃げるエクシアに引っ張られ俺たちはその場を後にした。
「……全く。最近落ち着きを学んだかと思えばこれだ。ともすればアリアの方が中身が出来ておるやもしれんが……」
チラリと、ユリウスはアリアたちが食事をしていたテーブルを一瞥。
「機会がなくとも、テーブルマナーくらいは学ばせるべきだろうか」





