上を見上げて
今でも不意に、あの時のことを思い出す。
アルガーンギルドの訓練室。窓から月明かりが差し込む時間では利用するものもなく、風に揺れる木々のざわめきだけが聞こえる。
そんな部屋の中央に、訓練用の軽装姿の青年が胡坐で座っている。
慣れ親しんだ仲間との、初めての任務。興奮と緊張と、少しの不安。ただの採取任務だったとはいえ、あの高揚感は本物だった。
そしてそこで、あの少女と出会った。
初めから不思議な魅力がある彼女だったが、悪い子では……いや、むしろ底抜けにいい子だった。
その境遇や能力から冒険者になるよう誘って、受け入れて。初めのころは頼れる兄貴分みたいな感じで接してたけど……いつの間にかその立場も取られちゃってるしなあ。
それに……。
俺は懐に手をやり、一枚のカードを取り出す。
それはアルガーン所属冒険者ということを証明するギルドカード。そこに書かれているのは己の名前である『ロイ』という文字と、いくつかの細かい情報と――ランクを示す『B』の文字。
また初めのころはよかった。一足飛びどころか何足飛び超えてるのかわからない勢いでAランクになった彼女だったが、そこには何の感情もなかった。むしろ契機となったオーガとの戦闘経験を糧に、更に修練を積んだ。
その甲斐あってのB。一般的な冒険者のランク評価で言えば、Cで十分な一人前。Bで精鋭。Aになると戦闘能力と指揮能力が他者とは一線を画す……もしくはどちらかが比較にならないほどの能力を有している……と言われている。
俺はあの頃から頑張って、Bランクになった。ダイモやケーデもそう。僅か数カ月でここまでいくなんて、とんでもない逸材だ、なんていう人もいた。けれど俺たちは、俺たち以上の存在を間近で見てきた。だから頑張って、頑張って……。
「……ずっと、ここ止まりなんだよなぁ」
重心を後ろに傾け、大の字になって寝転がる。
今でも十分高い評価だ。もちろんそのことは分かっている。けどやっぱり、上を目指すことをやめたらダメだろう。
あと一つ上がれば彼女に、アリアに並ぶ……けど、最近ではそもそもギルドで見かけないし、噂じゃ存在しないAランクの更に上に行った……なんて話もある。どこまで信じるかどうかは置いておいても、少なくとも彼女は更に上に登っているのだ。
なら兄貴分……元祖兄貴分として、足を止めるわけにはいかない。
「とはいえ、どうすっかなぁ」
Aに上がるための条件。強さの向上と、指揮能力。
剣の腕はかなり上達した方だと思うし、パーティ間の連携指示も的確に判断して出せてる……が、それはこの環境での話だ。
アルガーンギルド内でなら強さは上位に入るが、世界を見渡せばどうかわからない。魔物討伐も同じ。
ダイモやケーデとの連携指示は大丈夫だけど、例えばそこにアリアが入るだけで俺の判断は鈍ると思う。
「結局は井の中の蛙、なんだよなぁ」
俺が知ってるのは田舎の村と、アルガーンだけ。その他は行ったことないんだから仕方ない……いや、いっそ行くか?
俺は起き上がって、三人の共通貯金……いや、俺の貯金額を思い出そうとして、直ぐ項垂れた。
「別に遠くに行ったところで、具体的な目的がないとなぁ。考えなしに衝動で走るのは悪い癖だって、ケーデに昔っから散々小言もらってたし」
少し前ならアルプロンタで統合武道祭典がやってたし……ちょっと無理しても行ったらよかったな、やっぱ。
たらればを考えても仕方ないよなあなんて考えていると、不意にノックの音が耳に届いた。
こんな時間に誰だろうと疑問に思いながら応答すると、入ってきたのは二人の男だった。
「ギルドマスターと……ロイヤード?」
一人はギルド関係者なら誰でも知ってる……というか知らざるを得ない、ラウドギルドマスター。そしてもう一人、こっちもある意味有名。アルガーンギルドトップクラスのパーティ、その長であるロイヤードだ。
正直ロイヤードについて一番知ってる情報は、昔アリアに熱烈に勧誘してたくらい……後は、俺と同じBランク冒険者であること。剣の腕は俺の方が強いけど、指揮能力はずば抜けてて……冒険者の間じゃ、今一番Aランクに近い男なんて言われてる。
……あれ、意外と知ってるな。にしてもこの二人が俺に何の用だ?
「ああ、ロイ。すまないな夜間訓練中に。少し邪魔してもいいか?」
「ええ。今はちょっと考え事をしながら休憩中でしたから。どうしました?」
「うむ。すぐ本題に行ってもいいのだが……」
ギルドマスターはやけに言いにくそうに歯切れが悪く、やがて片手のひらを立て口元を隠すように小声で聞いてきた。
「ロイよ、不満とか……溜まってたりせんか? 楽しくやれておるか?」
「……はい?」
「我々としてもロイや、ダイモやケーデにもずいぶん助けられていてな。今後とも是非うちで活躍してほしいが……いや、だがお主が希望するのであれば……!」
「え、ちょ、何の話です?」
苦渋の決断をするようなラウドと、その様子に慌てる俺。そんな光景にため息をついてロイヤードが口を開いた。
「ロイさん。失礼ながら先ほどの貴方の独り言が少々聞こえてしまいまして。何やら井の中の蛙や、遠くへ行く……というような。ですので、ひょっとして別国のギルドへ移籍などするのかと。恐らく静かな夜のせいで、声が響きやすくなっていたのでしょう。」
その説明を聞いて、俺は納得しつつも聞かれていた事に微妙な気持ちになった。
「えっと、ギルドマスター。とりあえず移籍とかそういうのは考えてないので」
「本当か!?」
「え、ええ……」
凄い勢いがある。何なんだ。
誤解を解くために、さっきの独り言の意図を話した。……勿論恥ずかしいところはちょっとぼかしてだけど。
「……ふむ。Aランクを目指し修練に励んでいるが、最近は伸び悩んでいる。また自身はそれなりの強さと思っているが、それは自惚れであるのでは、とも思っている……か」
「はい。俺の自分に他する評価は、アルガーンという環境での評価です。それはここにいる限り変わることは難しい……だから」
「外に……ですか。ラウドマスター、そういったことでしたら先ほどの話、ちょうどよいのでは?」
「うむ。そうだな」
ロイヤードの提案にギルドマスターは頷いた。
「先ほど言いかけていた本題なのだが……もうこんな時間だ。それに君だけではなく、ダイモとケーデにも話さねばならぬので詳細は明日にするが……私から君たちに、直接の依頼があるのだ」
「ギルドマスターからの……直々の依頼、ですか?」
「ああ。場所は大陸西方に位置する国キュリウス。依頼内容は、かの国の兵士との合同訓練。及び――オークロードの討伐だ」
「……オークロード、ですか?」
聞きなれないロードという言葉。思わず聞き返すと、ギルドマスターは頷いて答えた。
「ああ。魔物の種族の中には稀に同種の中でも特異な力を持つ個体がおる。今回のロード然り、な。オークロードとは簡単に言えば、オークの中でも最強の個体、という認識でよかろう」
オーク自体は何度か任務の中で戦ったことはある。人型巨体の魔物。かなりの力と、多少の知能を持つ、かなり危険な魔物だ。それの最強個体っていわれると……。
俺が悩み始めたのを見透かしてか否か、ギルドマスターは言葉を続けた。
「メインとしては合同訓練の方になる。これはお主の今の実力の確認と向上。それに、指揮能力の向上の一助にもなるだろう。オークロードの方はまだ確認自体は出来ておらぬようでな。出来次第、キュリウスの兵と協力して行うようだ」
「そうなんですか」
合同訓練がメイン……そもそもなんで一国の兵がギルドの冒険者なんかと訓練するんだ? ……まあこの辺は明日詳しく教えてくれるんだろう。
……正直、悩む。受ければさっきの悩みは解決できるかもしれないけど、二人がどう言うかもあるし……もし、自分の実力が足りなかったら。
我ながら情けないことをと思ってしまうが、次のギルドマスターの言葉で、俺は決心をつけてしまった。
「参加者は、他ギルドから二名。ロイヤードのパーティから数名と――アリアのパーティ三名だ」
ロイはまだしも、ロイヤードの事を覚えてたらかなり凄いです。なにせ34話以来の登場です。





