次の始まりへ
ヴォクシーラの事件の影響は、ギルドだけに収まらず各国中枢にも広がっていた。今までこちら側へは大きな侵攻をしてこなかった森向こうの侵略国家が、ついにその手を伸ばしてきたのだ。当然、その対応はギルドという一組織でするものではなく、国単位での行動が必要となる。
多くの国は独自の兵力である国軍を有し、同盟を結び情報の共有や支援を行うが、全ての国が繋がっているわけではなく、情報の速さや精度にもまだ難がある。そういった点ではギルドの方が秀でている点もある。
基本的には各国にて独自運営となっているが、正確に言えばそれぞれが一つの組織の支部であり、広範囲の情報を収集する為という目的もある。故に情報伝達の手段、集約、精査は国が持つそれよりも優れている。また玉石混合ではあるが、冒険者という戦力も多く保有している。その制度ゆえ、有事の際の参戦は強制できないという問題もあるが、国軍に比べて融通が利きやすく動かしやすい戦力というのは有用である。
そういった事情もあり、ここ数日ラウドは通常業務に加え急増した臨時業務に忙殺されていた。
「……ふう」
書状を書き上げ、目頭を押さえながら一息つく。
……昔であればこの程度では疲労を感じる気配すらなかったが、嫌になるな全く。
そうはいうが、昔であればこういった業務を出来る能力はなかったので、体力と引き換えに得たのだと思うことにする。
そう思い聞かせた時、部屋にノックの音が響いた。
「ラウドさん、いますか? ユリーンです」
「おお、ユリーンか。入れ」
そうして扉を開けたのは、ラウドと同じく疲労を蓄えたユリーンだった。
「……お互い様のようだな」
「……ですね」
乾いた笑いを浮かべるユリーンに座るよう促し、自身も対面に座る。
「本当にすまないな。こんな時期に頼みごとをしてしまって」
「いえいえっ、もともと調べるつもりでしたので」
手を振り否定し、書類を渡す。ラウドはそれを受け取り目を通すと、数度頷き眉間に皺を寄せ深い息をつく。
「やはり……か」
「確定は出来ませんが、可能性は十分かと」
ユリーンは自分用の資料を手に取ると、詳細を話し始めた。
「ヴォクシーラはギルティシア帝国に実質的に支配、占領されていた。それも数日間もの間、他国には全く気付かせずに。にも係わらず、結果だけ見れば建物被害や経済損失はありますが、人的被害はほとんど無し。帝国の作戦は完全に失敗……のようにも見えますが」
「違うのだろうな、これを見る限りは」
「ええ」
頷き、書類をめくる。
「ヴォクシーラの事件が各国に伝わった日。その日から各国はもちろん、多くの民間組織の意識もそちらに向いています。その中でいくつかの売買組織にも調査に入らせましたが、ここ数日で運び込まれる奴隷の数が減っているようです。全体としてみれば運営には影響のない範囲のようですが」
しかし。
「その分、攫われたという被害報告が減っている訳でも、帰ってきたという報告が増えたという訳でもありません」
つまり。
「ここ数日で、小規模の人さらいの組織が何者かに襲われた。にも関わらず、攫われた人たちは帰ってきていない」
「状況だけ見れば、そのその戦闘の際に被害を受けた……という考え方もできるが、今それが起こったという事を踏まえると……」
「ギルティシア帝国の本来の目的はヴォクシーラの占領ではない。まあ副目的、あわよくばではあるだろうが……本命は人さらい……と見るべきか」
「でしょうね。ヴォクシーラの国民もことがスムーズに進んでいればそうなっていた可能性もあるでしょう」
「あとは報告書を見る限りは、魔導とやらの検証もあったのだろうな」
ラウドは深く座り直し、背もたれに身を預ける。
「今回の目的については予想がついたとはいえ、今度はその人さらいの目的調べか……全く、我らの仕事は終わらんな。しかし手間をかけたなユリーン。流石はあの荒れたイシュワッドを纏め上げた手腕、この短期間でよく調べてくれた」
「いえいえ、ラウドさんにいくらか仕事を引き取ってもらいましたから。……そちらの書状、例の件ですか」
目線で示された先ほど書き上げた書状に、ラウドは苦笑を浮かべた。
「まあ、な。確かにいい機会ではあるのだが……どう転ぶものか。人員の選定にも随分と悩んだものだ」
「お疲れ様です。良ければお聞きしても?」
「勿論。まだ提出前だからな、不備はないとは思うが意見があれば言ってくれ」
席を立ち、書状を手に取り眺める。
「魔王の下位、ロード誕生の兆しあり。……難題というのは別の難題に取り掛かっているときに降りかかるものだな」
「その対応として、そして帝国との対応も考慮の上で、隣国であるあの国の国軍と冒険者の合同演習を行う……為の、実証実験を行う人員数名を派遣せよ、と」
「ああ。私の権限で動かせるのはこのアルガーン所属の者と、無理をして他ギルドの暁の地平の者だが……ロードの対応はともかく、後者はどう転ぶものか……」
不安を滲ませる笑みと口調に、ユリーンは同情するように書状を受け取り確認した。
この大陸の運命。その一歩目となる、内容を。





