シーナの秘密-5
シーナの秘密編ッ終わりッ!!
合計1.6万字くらいになっちゃった!なんならその約1/3が今回!
あとはextraとしてアリアの話を書いて終わりです。予定では1話だけど、予定は未定なので。
2話あれば終わると思います流石に。
「そりゃあこれでもハイ・ドワーフの鍛冶師だ。魔具もそれなりに作れるから、魔素も魔力も把握はしてる……が、あくまで魔具を作るための知識の把握だ。今この場で必要な知識はたぶん持ってないさ」
「そうですか」
腕を組み答えるクラガに、想定通りの回答ではあったので相槌を返す。その時ふと、視界の端にサルヒールのカップが映った。
……中身が減ってるとはいえ、湯気が消えてる。
イシュワッドに比べれば南に位置しているからあそこほど寒くはないが、それでも最近は日暮れが近づくほどに冷えるようになってきた。
あまり長引かせる訳にはいきませんね。
「まあこれはそれほど複雑な話ではありません。魔力はマナと比べ、劣化しないのです。理由としては分かりませんが……そこは本題ではありませんので。
マナは魔力に変わった結果、常に一定の質を保つようになった。その理解さえ持ってもらえれば大丈夫です」
「……おう」
微妙に歯切れの悪い返事。おそらく彼の中で答えは出ているのであろう。しかしあと一つだけが引っ掛かってる。その答えは私から出されるのを待つかしない。
とはいえ態度で悟られてるうちはまだまだですね。
「どうやら察しているようですので、答えてしまいましょう。劣化によって老わせるマナが不変の魔力に変わった。本来なら肉体の構造からの変化ですので老いを司るものがマナから時間になっただけです。
……ですが私は、私だけは、魔力の不変の性質だけがマナに加わった。ただ、それだけです」
「……つまり、お前の老いは昔通りマナの劣化に左右されるが、そのマナが劣化することがなくなった。そういうことか?」
「そういうことです」
「なん――」
「なぜ私だけが。その点に関しては」
来るとは思っていた質問。それを遮り返す答えは、
「それだけは、言えません」
「ん、わかった」
思わず力が抜けそうになった。あまりにも聞き分けがが良すぎるでしょう……?
「今までなんだかんだと色々話してくれた上で、話せないことなだろ? じゃあほんとに話せないんだろうよ。別にそういうもんって理解しちまえば問題ないような感じだしな。構わねぇよ」
……なんともまあ、聞き分けが良いことで。
横でサルヒールが声を抑えきれないという風に笑みをこぼしているが、一先ず気づかなかったことにする。
「……で?」
「……なんです?」
促しの問いかけに、何を求めているのかわからずつい聞き返す。
「なんですじゃねぇよ。ほかに何かあるのかってことだよ」
「ほかに……」
いけませんね。思考を中断してしまっていたせいでどこまで話していたか……。
ドラグニールの誕生。それによるエーテル、マナの魔素、魔力への変質。エルフの変質と老いの変化。例外となった私……おや、もしかして全て話し終えていませんか?
そもそも彼の最初の質問は、私だけが唯一のエルフという、あの夜の言葉の真意を問うものだ。ならば既に答えているようなものだ。問いの回答としては明言してはいないが、彼なら既に分かっているでしょう。なので。
「ありませんね。私から言うことはもうなにも」
「そうか……で?」
で?
再度の促しに、眉を顰める。
私から話すことは全て話した。彼もそれを了承した。なら更に何を求めているのだろう。
そんな私の疑問を見透かしているように、サルヒールが小さく、しかしついにこらえ切れなくなったというように声を出して笑った。
「フフッ……全く、相変わらずですね。肝心なところで抜けているのは昔から」
「何を言って……あ」
ムッと顔をしかめて抗議しようとして、急に思い出した。
ああそうだ。答え終えてクラガの反応次第で……でしたね。そうでした。
「……なあ、お前まさか」
「いえ、何も。まさか私が主目的を忘れていたとでも? そうだと言って私の心情を下げますか?」
「いや、言わねぇけどよ……」
いい心がけです。その半目も止めればもっと良いですが。
「んで、よ。話し終えた時の俺の反応で判断って言ってたけどよ。具体的にはどういう基準だよ」
当然の疑問ではあるが、実はそう問われると困ってしまう。何せこの五百年、基本的には誰にも漏らしていないのだ。稀に悟られることもあったし、あの襲撃の夜のようなこともあったが、すべて例外のない対応をしてきた。
なので、流れでああ言ったはいいが実際どうすればいいかは考えていなかった。
どうしたものか……と、考える私と、怪訝な顔でこちらを見るクラガ。
そんな状態を見かねてか、サルヒールが息をついてから口を開いた。
「クラガ。今の話を聞いて、その上で、彼女のことをどう思いますか?」
「……っ」
何を聞いているのか、と思わず視線を彼女に向ける。が、当の本人は気にせぬと受け流しクラガをじっと見ている。
そして。
「どう……って、言われてもな。別に?」
困惑の色を孕んではいながらも、しかし何も気負わず出されたその言葉に、私は無意識に強く拳を握っていた。
「……別にとは、随分とまあ気軽に言ってくれたものですね」
「ああ、いや。そういう意味じゃねぇんだが……そうなるよな。悪い」
意図せず声音が低くなった言葉に謝罪が返る。しかしそれは、取り繕ったようなものではなかった。
「分かる、なんてことは俺には言えねぇよ。秘密にしてたってことは、五百年をお前は一人で生きてきたってことだだろ? 嘘でもそんなことは言えねぇさ。ただまあ……」
頭を掻きながら言いよどみ、しかし諦めたように。
「アンタがどんな存在であっても、俺にとっては師匠でしかねぇ。もし性根が腐ってたり、人でなしなんだったらこうは思えないさ。だから、腑に落ちた部分もあるし見方が変わった所も無いとは言わねぇが……別に今までと変わらねぇな、ってよ」
「…………」
気づけば、テーブルの下で握っていた拳が緩く開かれている。強張った肩の力も抜け、自然と息が漏れる。
「なんですか、それは」
「悪ぃな。大体、こっちはそのドラグニールを憑依させたガキがいるんだ。とんでも存在としてはお前といい勝負だろうが」
思わず苦笑してしまう。
そう言われてしまうと、正直私の負けのような気もしてしまう。
「それでも納得できないなら……これ、撃ってみろよ」
指さすのはテーブルの下。己の腹部を狙ている光矢だろう。
距離は拳いくつもない。動かした瞬間に貫通する距離。それを。
「ここにきて下らない挑発ですか?」
「いいや? 弟子が師匠に甲斐甲斐しくアピールするだけだよ」
両手を挙げて答える。その手には何も、あの武装の格納状態である魔具も握られてはいない。
展開する時間もなければ、したところでこの距離は躱せず、当たれば易々と貫かれる。分かりきってるだろうに。
「……下らないですね」
蛮勇と過信は常に身を亡ぼすというのに……まあいいです。これが当初の流れです。
落胆のため息をつき、指を鳴らす。
その瞬間。クラガの姿が消えた。
「ま、あんたのおかげでこれくらいは出来るようになったからよ。今後も指導頼むわ」
背後から肩を叩き、そのまま横を通り過ぎ去っていく彼の後ろ姿。その足にだけ、展開された武装に覆われていた。
「彼、途中から足だけああしてたのよ」
「……なるほどね。無音での部分展開。成長はしてるってことかしら……まだまだだけれど」
そう言って、自身の背後。去る前にいたクラガの後頭部を狙う位置にした光矢を消した。そして、
「貴女も、随分と甘くなったみたいね」
サルヒールの悪戯な笑みを含んだ声を無視しながら、彼が座っていた時に腹部を狙っていた光矢。当たる直前で止めていたそれも消滅させる。
「貴女のマナと魔力が合わさったソレから作られる矢。スキルによって矢にしか転用できなくなった貴女の中に渦巻くもの。初めはただの矢としてでしか使ってなかったのに、今や成分だけを打ち込んだ相手に浸透させ、魔力を動力とする洗脳魔導にその成分を使わせることで誤作動を起こさせ解除させるなんてね」
「相手がお喋りで仕組みを話してくれて、上手くかみ合っただけよ。でなければ全員殺して終わり。何が言いたいの?」
「あまり向いてませんよ。そうやって冷酷ぶるのは」
……別に、そんな気はないのだけれど。
「まあ、あの様子なら漏らすこともないでしょう。特例として、貴女に免じて、今回は見逃してあげます」
「……ふふ。そうですね?」
「なに?」
「いえ、なにも? 少し昔を思い出しただけですよ。
昔、森に捨てられた孤児を拾い、どうしていいかと困った挙句連れ帰り、経験もない癖に何とか育て、育ての親が何年たっても見た目が変わらないことに子が気づいてから、ようやく事態を把握した。そんな人がいたな、と」
頬杖を突き、肺に空気を目いっぱい入れ、そしてすべて吐き出す勢いでため息をする。
「仕方ないでしょう。流石にあの時は気が動転していたのよ」
「……ええ、そうでしょうね」
サルヒールは目を閉じ、あの時を思い出す。
もう何十年も前、記憶もおぼろげな幼少期だというのに、それだけは覚えている。
魔物に襲われ、親を殺され、次は自分だというときに助けられたとき。彼女の表情は深い後悔の顔だった。それは自分が間に合えば、親も助けられたのにというものだろう。しかしその瞳は、また別の色をしていた。
何もかもが沈んだ。絶望の、否、それすらもない、すべてを失った色。全てとの関係を断ち、数百年生き、負の感情すら抱けなくなった者の色。
サルヒールは目を開き、彼女の顔を見る。
悪態をつきながら考えるのは明日からの事だろうか。しばらく冒険者としても、暁としての任務もない。ならばクラガとの訓練の内容だろうか。アリアやエリシアのような、生気に満ち爛々とした顔でも瞳でもない。しかし今くらいが、本来の彼女なのだろう。
ならば、あの頃の約束は。
「……貴女が明日を生きる街を作るという約束は、果たせたということでしょうかね」
「何か言った?」
「つまらない老人の独り言ですよ。貴女も何か考えこんでいた様ですが?」
「ああ……くだらない不老の考え事よ」
本当にくだらない。思い返して、気づいてみれば私も本当に甘くなっていたものだ。
さっきまで話している最中。ずっと彼の反応を見ながら、評価し、ダメな部分は正さなければとか……既に今後がある前提で考えていてしまっていたなんて。
無意識化で処分する選択をしていないなら、それが本音になっているという事だ。
全く。
「じゃあ私はこれで。もう冷え込むから、老人もさっさと帰りなさい」
「あら、貴女よりは全然若いですよ?」
「さっき自分で言ったんじゃない。もうすぐ日も暮れるから、子供は帰る時間よ」
立ち上がって、その場を後にする。そうして目に入るのは、夕焼けに照らされる眼下の街並み。
思い出すのは、今だ鮮明に脳裏に残るあの日の事。
あの日。あの邪竜の生まれた日。魔を孕んだ咆哮と、共に吐かれた業火。
幼く、まだ何もできなかった私は、守られただけだった。
両親のスキルは、共に守るというもの。父は物理的な防護として。母は病気や不運からの概念的なものとして。二人は直感的に分かったのだろう。三人を対象にすれば、その分効果が薄れる。それでは駄目だ。
だから二人は迷わずそうした。己のマナをすべて使いつくすほどのスキルで、私一人にすべてを託した。
そうして出来上がったのが不老のエルフだ。それから色々なことがあった。唯一の希望としてドラグニール討伐を押し付けられたこともあった。そうしないと何をされるかわからなかった。
確か光矢のスキルが生まれたのもこの頃だ。
そうしてまた色々あって。奴が封印されたと知って。用済みになって、生きる意味を失って……気づいたら、あいつを助けていたんだよな。
思いつく限りの自死を試してみたが、アリアの不死身ほどではないが強靭なエルフの肉体だ。易々と死ねるものではなかった。そんな時に見つけたあの親子。
成す術もない魔物相手に、文字通り命を投げうって我が子を守ろうとしていた親。その姿が、あの時の光景と重なって……。
紅い景色は、好きではなかったはずなのだが。
この夕焼けの光景は、そうではないらしい。
「……十分、いい街を作ってくれたよ」
この街の平和が続くよう。
願わくば、私の命が尽きる、その日まで。