シーナの秘密-4
な、長くなったけど、もうちょっとだけ……あと一話説明回はつづくんじゃ……
「三つの事柄。順序をつけるなら。スキル、ドラグニール、そして魔法。この順です。そしてドラグニールが生まれたのは五百年前。それにより発生したのが魔法……ではスキルとは」
話の初めに戻ったような言葉。しかし続くのは、今まで誰一人として知りえなかったもの。
「魔法という特異な現象を引き起こした原因はドラグニールにあります。では更に特異といえるスキルは? ……実はいつから存在していたかは、私にもわからないのですが」
投げ出したような言葉。しかしクラガは気づいた。
「”いつから”かは分からなくても、”どうやって”っていう理屈は知ってるのか?」
「ええ」
鋭い。
クラガは、エクシアやガルシオ、アリアとは違う。そのスキルは常時発動型ではなく任意発動型。自分の意志で使うものだ。だが恐らく、”どうすれば”発動するかは分かるが、”どうやって”発動しているのか、その理屈は自分でも分かっていない。だからこその問いだろう。
「スキルも、魔法と同じ特異な現象です。故に……あったのですよ。魔素が大気に満ち、魔力が体内に生成される以前に、大気と我々にあったものが」
僅かにクラガの眉が動く。
……何か感じたが、掴みきれていないのでしょう。
「その名はエーテル。古来より大気に満ち、我々にマナという恩恵を与えていたものです」
「エーテルと、マナ……」
「ええ。それにより我々は、全員がスキルを持ち得ていました。一人一種、というのは今と変わりませんが、どのようなものかは、概ね思い通りに」
「そいつはまた便利な……でもよ、違ぇんだろ?」
……やはり察しがいい。少々ヒントを連発してしまったかと思いましたが……当事者ということもあるのでしょうね。
「あんたの認識としても、魔法よりスキルのほうが特異だ。そこに俺とのズレは無ぇ。それなのに昔はそのスキルが全員使えたと言いやがる。昔はそうだったがドラグニール切っ掛けで変わったんだって言われりゃあそれまでだが……ようやくさっきの引っ掛かりが掴めた」
一呼吸置く。自分が何を掴んだのか、掴んでしまったのか。目の前の存在が何なのか、何では無いのか。そこに踏み込む覚悟をする為に息を吸う。そして、
「さっきから出てた、エーテルによってマナを持ちスキルを使う”我々”。それはヒューマンやドワーフではなく、エルフだけを指していた。それも……俺らの思うエルフじゃない」
指をさす。目の前に座る存在に向けて。
……人に向けて指をさすものじゃないと、後で教えなければ。
「お前等。ドラグニール発生以前にのみいたエルフ、だろ? つまり――」
「やはり、思っていたよりも察しが良いみたいですね」
グラスを手に取り、中に入っていた物を飲み干す。
ですがそれは、
「まだです。話には順序がありますから、その続きは最後に回しましょう」
躱された物言いに彼は眉を立てるが、しかし私の言葉は同時に彼の考えを肯定するものでもある。だからこそ一先ず納得し背もたれに身を預ける。
「スキルの用途は思い通り……とはいえ、その内容は今のものとはかなり違う。なぜなら今とは生活環境、というより常識でしょうか、そもそも前提となる世界が違うのです」
そうですね、と一度間を置き。
「戦闘、といえばどういった場面を思い浮かべますか?」
我ながらざっくりとした質問になってしまったと思うが、彼はやや間をおいて、
「魔物相手とか……まあ人相手とかか」
「でしょうね。いわば自分と相手が互いに殺しあうものです。しかしかつての戦いとは、狩り。簡素な武器を用いて食事のために野生動物を狩る、それだけ」
争いの必要が無い、そんな生活でした。
「だからこそ、スキルとして望んだのはいつもの生活を少し便利にする。そんなものだったのです」
「どっちかっていうと、今の魔法の認識のほうが近いか? 焚き火するときアリアかエリシアに魔法で火つけてもらうと楽だし」
「……まあ、認識的にはそういったものです」
謎の認めづらさがあるのは何故でしょうか……ともかく。
「身体性能は今の人間を凌駕していますが、能力は戦闘向けとはいえない。それがかつてのエルフです。……そんな世界に、ある日、ドラグニールの咆哮が響きました」
目を閉じ、あの光景を思い出す。
「魔を孕んだ咆哮。それは大気のエーテルと結び付き魔素へと変質させ、取り込んだそれはマナを魔力へと変えました。当然、それは即座に行われたわけではありません。徐々に、しかし確実に体を変質させていきました」
故に。
「当時の人々はドラグニール討伐という目的の元に団結します。しかし身体性能で上回るも戦闘向けの能力を持たないエルフ。そしてそれ以下の能力しか持たないかつてのヒューマンとドワーフ。勝ち目などあるわけもありません」
そして。
「数年の後、ドラグニールは勇者という存在に封印されます。そして残されたエルフは魔によって変質し、次世代以降は今のエルフと同等の存在に落ち、ヒューマンとドワーフは魔に適応し今の存在に成る……つまり三種族が同等の存在になったのです」
「それがドラグニール誕生の以前以後に起こった人間の流れってことか……」
呟いて、彼は少し考え、指を一本立てた。
「一つ、かつてスキルはエルフがマナを使って発動してた。なら今のスキルはなんだ?」
そして二本目を立て、
「二つ、結局お前はなんだ? かつてのエルフは変質し、数世代かけてだが今のエルフと同じになってる。なのにお前はそれとは違う、つまり変質前のエルフって口ぶりだ。偶然それから逃れられたって訳でもないだろ。そもそも昔のエルフはお前みたいに数百年も生きるのが普通なのか?」
どうにも、大人しく話を聞くという気はないらしい。しかし私も話が得意という訳でも、まして好きという訳でもない。これくらい反応を返してくれるほうが楽ではある。とはいえ私にも想定している流れはあるので、そこから外されると困るのですが……この質問は自然流れでしょう。
「前述の通り、スキルとはエーテルを取り込み生成したマナを消費して使用しました。そしてそれらは魔素と魔力になりました。しかしマナとはエーテルから作られるもの。そして魔素とはエーテルから変質したもの……全くの別種ではなく、基礎としては残っているのです。
故に。極少数ですが魔素からマナ……とは到底言えないですが、その残滓を得るものがいるのです。それが今世におけるスキル使いの正体です」
なるほどな、と座りなおしながら納得する。
……落ち着きがない。彼にとっては一つ目は確認、前座のようなもの。もしこの説明で納得出来ていないとしても、自らもそのことに気づかないでしょう。
次の二つ目が本命。そしてその答えによって目の前の存在への認識がどう変わるかわからない。それ故の不安でしょうか。
いけませんね。そういう気持ちになるのは構いませんが、表に出して、なおかつ相手に悟られてしまうなんて。
「そして二つ目ですが……始めに言っておくと、私がエルフにおいて特殊という存在ではありません」
「……どういうことだ?」
「マナ。かつてはエルフのみが持ちえたもの。それはスキルを使うための原動力……だけではありません。そうですね……」
一度間を置き、考える。別にただ答えを言ってもいいのだけれど、思っていたより彼の反応が良いのでつい勿体ぶってしまう。
「クラガ、貴方の体は明日、どうなっていますか?」
「どうって……なんも変わらねぇだろ」
「ええ。では、一年後は? さらに五年後、十年後は?」
「そりゃあ、それなりに変わってるだろうよ。オッサンってほどではねぇけどよ」
「そうですね。では五十年、百年経てば?」
「まあ……少なくとも百年後には死んでるだろうな。お前じゃないんだから」
おや、それは失言ではないでしょうか。一つ目ということにしておきましょう。
いまいちこちらの意図が掴みきれてない視線を受けながら、言葉を続ける。
「つまり貴方の体……今の人間の体は、時間と共に老い、やがて死に至るということです」
「殺されたり、病気なんかにならなきゃ、まあ、そうだな……おい、まさかそういう……いや、それでも……」
さらに困惑の色を深める様子に、わずかに上がる口角を感じる。
気づくだけならまだしも、次の引っ掛かりを得られますか。彼のパーティはエルフの彼女が参謀の役割に見えますが、彼のほうが向いてるかもしれませんね。
「貴方の得ている困惑は、恐らく当たりです。この話の始まりはマナはスキルのためだけでは無い。そしてかつてのエルフは全員マナを得ていた。つまり、エルフにとっての老いとは、時間の経過ではなくマナの劣化によるものです」
その言葉にクラガは頷いた。
「やっぱり話の流れからしたらそうか。流石にご丁寧に誘導されればそれは気づける。けどよ……つまりエルフも老いるんだろ?」
「ええ。老います。エーテルを取り込みマナを生成。スキルのために消費。生成、消費。これを繰り返すと、徐々に体内に生成されるマナの質も量も落ちるんです。そしてそれは肉体にも反映されます。それがエルフにとっての老い。
まあある意味時間経過によっての老いという考え方もできますが、同じ日に生まれたエルフが同じように老いるわけではありませんからね」
また勿体ぶってもいいのですが、流石にもう一度はくどいでしょう。
「そして貴方が引っ掛かった次の疑問。少なくともエルフは不老不死ではない。老化もマナによるものだがそのマナももうない。では私はなんなのか」
その答えは、今にある。
「クラガ、魔法……魔力については知識がありますか?」