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レイの新技

 駆ける。


 大通りを、小道を、路地裏を、人の隙間を。突っ切る様に、縫うように。風が駆け抜け、その先頭にレイがいた。


 レイのスキル『神速』。実のところ、これはただ足が速くなるスキルでは無い。


 スキルは大きく二種類に分けられる。それは結果としての能力が自分の意志で起こせるものか、常時発動やランダム型など発動有無をコントロール出来ないもの。

 シーナやニナのスキルは前者に当たり、アリアやガルシオ、エクシアは後者に当たる。そして両者の違いは発動方法だけでは無い。後者は自身でコントロール出来ないが、強力な効果であることが多い。しかしそれ故か発現者の割合は数少ないスキル持ちの中でも更に少ない。

 ならば前者は。

 前者のスキルは任意に発動出来るためか、比較的便利に、有利に使えるものが多い。シーナの『光矢』、ニナの『回復』。それぞれにそれぞれの利点があるが、能力としての格のようなもので比較すると、アリアの達のものには一歩劣る。そしてもう一点違う点があり、前者のスキルは能力に理屈が存在する。

 アリア達のスキルは現象に理屈が無く、問答無用で強力な現象が発動する。しかしそれ故に応用が利かない。しかしシーナとニナのスキルは理屈がありそれ故制限があるように思えるが、しかし応用の余白が存在する。


 ならばレイの『神速』はどうか。


 『神速』は前者、任意発動型に当たる。つまりレイの瞬間移動ともとれる高速移動には理屈があるのだ。

 魔法による身体強化。特に脚力に集中すれば単純に地面を蹴る強さ、前へと踏み出す速度が高まり移動速度は増加する。しかし移動という行動はあくまで全身運動。下半身だけを強化しようと、上半身がそれに追い付かなければ意味がない。だからこそバランスが重要になる。


 レイは魔力を練ることができず、魔法を扱う事が出来ない。だからこそ『神速』が身体強化魔法の代わり──結果としては代わり以上のもの──になっているが、それ故に『神速』はただ足が速くなるスキルではない。より正確に表現するなら、高速移動も可能にする能力だ。



 こんな人数を同時に、それも完全に操るのは発動者もかなりの人数がいないと多分不可能。ならこれはあらかじめある程度の命令かなにかを与えて置いて、後はそれに従って勝手に動く……とかかな。それなら少人数でバレないように隠れながらでも出来る。有効距離とかも分からないけど、でも状況によって対応する必要はあるだろうから、国内にいる必要はあるはず。



 路地から這い出てきたエルフを跳躍して躱し、そのまま壁を蹴り街路を挟んだ向かいの屋根に着地しまた駆ける。


 レイが現在走っているのは街中。整備された道であり、建物が並び、人が大勢いる。走るための障害が多く存在する。それを彼女は高速移動の速度を落とすこと無く躱す必要がある。それを可能にするのが『神速』の一側面だ。

 人は移動する際に様々な視覚情報を処理する。徒歩から走行、移動速度に比例して素早い処理が求められる。そして高速で移動する彼女には、当然それに比例した処理速度が求められる。故に『神速』は、移動中の彼女に高い処理速度を与え、副次的な効果として思考そのものにも影響を与える。

 更により良い情報処理のためにはより良い材料が必要だ。故に『神速』は、移動中の彼女に五感の強化も与える。



 この音……やっぱりさっきの爆発音はエクシア達だったんだ。囲まれてるけど……まあ大丈夫か。私が行ってもあんまり状況は変わらないし。ならあっちに意識が行ってる間がチャンス。

 エクシア達を襲ってるってことは、多分狙いは私達全員。向こうにとっては私達とエルフの共倒れが一番良い結果だけど、両方生き残る以外はどれでも良い結果ではあるかな。ならこっちが目指すのはその両方生き残る結果。方法は帝国を倒せば良いだけだけど……なんで今なんだろ。



 速度を維持したまま一度強く踏み込み高く跳躍。高い視点からヴォクシーラを見渡す。一見すればそれはなんの変わりも無い夜の街。しかし国内に一カ所、建物が崩れ人が集まっている場所がある。更に二カ所、国外、森の中に違和感程度だが何かを感じ取った。

 身を翻しながら姿勢を低く着地し、ほんの僅かな静止状態を経て再び駆け出す。



 エクシア達がいるのはあれかな……。凄い集まってるけど、まあなんとかするかな。それに森の方……一つはアリアとニナだろうけど……もう一つは、シーナかな……?

 今行動してきた理由があるとするなら、それは私達の人員配置。アリアとニナは国外調査。エクシア、ガルシオ、ガヴァールは国内調査。私とシーナが休み。初日からの配置も思い出して……あ、そうだ。多分私達がヴォクシーラに着いた時点で国民の洗脳が終わってた可能性もあるから、私達に接触してきたエルフの言動も……。



 記憶を掘り起こし思考を巡らせ、やがて一つの仮説を掴んだとき、僅かなそれが耳に届いた


 ──……い、な……やってん……! ……っとやっちま……って!

 ──いや、こん……に多いとざっくり……しか動かせ……だって。魔法も……わせ難いしよ!



 見つけた!



 曲げた足を前に出し直線の進路に急ブレーキをかけ、右へと進路を変える。

 届く声が徐々に大きくなることを確認しながら駆け進み、そして、


「──見つけた」


 窓を斬り壊し建物内部へと侵入。

 そこは広い倉庫だが、しかしそこにいるのは数人の見慣れない黒い衣服の男のみで、それ以外は何も無くがらんとしていた。


「な、何者だ!」


 驚いた若い男の問いに、しかしレイは周囲を見回し、 


「そっか、国外用の入出荷倉庫。日中はヴォクシーラのエルフに人が仕事で出入りしてるから、そこに敵がいるなんて思わないよね。思い返したらちゃんと調べてなかったかも、うん」


 答える事無くただマイペースだった。


「貴様、馬鹿にしているのか! 何者かとっ」

「まあ待て」


 無視され怒気を強める若い男を、背後の大柄な男が肩を叩き落ち着かせる。


「女、貴様は……レイだな? 貴様等の中に女は四人。剣を使う者は二人で、アリアは今国外にいるはず。ならば貴様はレイだ。違うか?」

「あってる」


 大柄な中年の男の問いに頷いて返すと、ニヤリと笑みを浮かべる。


「ほう。ほうほう! それは僥倖。やはり我々は運が良い。レイ、君は剣術と移動術に優れているが、西の蛮族であるにもかかわらず魔法が使えない、合っているかい?」

「蛮族……かは分からないけどあってる。あと結構魔法使える人の方が少ないよ?」


 口調は丁寧な紳士のように、しかしレイと答えを聞きその笑みを更に下卑たものに釣り上げる。


「ほーうほぉう! いやはやレイ、君はとても素晴らしい! 正直とは人間が誇る最大の美徳だ。……しかし美徳とは、我々のために存在する言葉」

 

 男は指を鳴らすと、笑みを無くし冷淡な表情へと変える。


「君と君、周囲の駒をこちらへ集めろ。残りのものは防御魔導。始め」


 男がパンと手を叩く。それを合図に最初に動いたのはレイだった。

 その場から消えたとしか思えない高速移動。納刀された刀の柄に手を添え、おそらくこの集団の長と思われる中年の男の首を斬り飛ばす刹那、レイは見た。再び男が下卑た笑みを浮かべているのを。

 次の瞬間それは現れた。両者を隔てるような半透明な壁。それは男達を囲む様に半球のドーム状に複数枚重なって出来ている。

 首を狙った一振。それだけで表面にあった一枚の壁は破壊された。しかし二枚目で受け止められ、そして更に先程破壊した一枚が直ぐに修復された。


 レイは一時距離をとり様子を観察する。


「こっちの防御魔法みたいなのかな……一枚は割れるけど、威力が減衰されて二枚以上同時はちょっと難しそう。枚数は……四枚。中にいるのは七人で、一人は指示で二人は洗脳、じゃあ残った四人が」

「その通ぉり! あいにくと今の技術では一人一枚しか防御シールドを張れませんが、なら複数人用意すれば良いだけのこと。そして割られれば直ぐ張り直し。そうすれば実質完全な防御となります!」


 ……まあ、複数人で同時に攻撃されたり、長時間攻撃され続ける魔法使われたら弱いですがね。そう付け足しながら、男はレイを指さす。


「だがしかぁし! 貴方は剣術に優れ移動が速い──だけ! 魔法が使えず仲間もいない、貴方の攻撃速度では二枚目を壊す前に張り直しが可能! そしてもうすぐ呼び寄せた駒がこの倉庫に大挙します。我々はゆるりとそれを待つだけで良い」


 男はティーカップを持つジェスチャーをしながらレイを観察する。


「……ふぅむ。しかし貴方、麗しい。実に勿体ない。……そうだ! 投降するというなら無傷で捕らえてあげましょう。その後も捕虜なんて扱いにはせず、私の屋敷で飼ってあげましょう。大丈夫、安心して下さい。無碍な扱いはしません、これまでの皆も笑顔で過ごしておりますよ? えぇ」


 正直は最大の美徳ですから。


 これ以上無いほど下卑た笑みの男。しかしレイは無視しているのか、はたまたそもそも聞いていないのか。両手を組んで伸ばしたり、屈伸や足を伸ばしたりと軽いストレッチをしていた。


「……何をしているのです?」


 キョトンとした男の問いに、こちらには普通に答える。


「この回数はまだ出来た事無いから、ちょっと頑張ろうかなって」

「頑張る……とは」


 一体何を。と言葉を出す前に、男は──男達は感じ取った。

 左手を鞘に、右手を柄に。足は右を前に左を後ろに軽く開いている。言葉だけなら居合切り体勢のような、ただの攻撃姿勢だ。何も変わらない。問題ない。はずだ。

 しかし、何かがある。何かが起こる。そんなザラついた気配を感じながら、やがて男達はレイの言葉を聞いた。


「まずは……黒雷・重(こくらい・かさね)


 これまで不可視だったレイの動きが、黒い何かとして男達にも視認できた。そして響いたのは二枚の防御が同時に割れる音だった。

 

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