いきなりの悪夢
「ダイモ、来るぞ!」
「ふんっ!」
ロイの合図に合わせ、ダイモは背負っていた身の丈ほどの大きな盾を構える。
『ブモォォォォオオオオオオオオ!!』
茂みから飛び出してきた巨大魔猪は勢いを緩めず一直線にダイモに向かって突進する。
「ぬぉぉおおおおおおおお!!」
『ブモォ!?』
ダイモが雄たけびを上げ巨大魔猪の突進を受け止めると、何かに跳ね返されるように巨大魔猪が仰け反った。
魔法が付与された武具は数多くあり、ダイモの盾もその一種だ。彼の盾には衝撃反転の魔法が付与さえており、盾が受けた衝撃をそのまま跳ね返すことが出来る。多くの衝撃反転を兼ね備えた盾はあまり大きなものは跳ね返せないが、彼の盾は超重量。衝撃を一旦完全に受け切らないといけないデメリットがあるが、その分かなり強い衝撃も跳ね返せるようになっている。
「ケーデ、任せた!」
「はい!」
ロイは僅かに浮いた巨体の下に素早く潜り込み、ケーデの杖から放たれた火球を剣に纏わせ切り付け、離れる。
標的をダイモからロイに変えた巨大魔猪の突進を俺は刀の代わりに手刀で風刃を放ってこちらに気を持たせ、向かってくる突進を事前に回り込んでいたダイモが再び防ぐ。
この連携を何度か繰り返しやがてドシンと音を立て倒れると、俺達は安堵の息をついた。
「やぁーっと終わった!」
「まさかダイモの盾で依頼品の牙砕いちゃうなんて……おかげで想定よりも数かかったわ」
「…………」
「ダッ、ダイモさんが悪いんじゃないですよ! ね?」
落ち込むダイモを俺たちは必死でフォローする。実際あれが一番安全な方法だったし。全力の風刃なら両断できるけど手刀だとまだ狙いが安定しないから前に誰かいると危ないんだよなぁ……。
「周りに魔物の気配もないし、ちょっと休んでから帰るか?」
「私は早く帰ってお風呂入りたいかなぁ。アリアちゃんは?」
「私も……帰りたいかな」
休憩しようと提案するロイと頷くダイモ。対して帰ろうと提案するケーデと俺。
風呂に入りたいのはまああるけど、どうしても来る前に見たあのイメージが引っかかる。
「あー、まあ汗は流したい。腹も減ったし」
ロイがそう言うと大きな腹の音が鳴り響いて、ダイモが照れて頭をかいた。
「よし帰るか。牙は一人一個ずつな」
布にくるんだ牙を持って談笑しながら森の中を歩いていると、突然ドラグニールが声を上げた。
――おい! そこのデカブツに後ろに向かって盾を構えさせて隠れろ!
え、どうしたんだよ急に。
――早くしろ! 全員死ぬぞ!
「ダイモさん! 後ろに盾構えて! 皆も隠れて! 早く!」
俺の声に全員素早く行動し、盾の後ろに全員隠れる。
「……とっさにやっちゃったけど、どうしたのアリアちゃ――きゃあ!」
「な、なんだこれ!」
「ぬぅぅううううううううん!!!」
それは突然襲ってきた。恐らくそれはただの衝撃波。空気砲のように衝撃だけを飛ばす単純な魔法。しかしこんな威力は聞いたことがない。今体感している威力だけで充分規格外だと分かるが、視界の端で森の木々が次々と薙ぎ倒される様がその威力を物語っていた。
ピシリ。目の前の盾にヒビが入る音を聞いて俺たちは顔を青ざめさせた。
「なっ、巨大魔猪の突進何度も受けてもびくともしない盾だぞ!」
「いつまで続くのよこれぇ!」
一度入った亀裂は一気に広がりもう壊れるといった瞬間、ようやく衝撃波が止んだ。
「な……何だったん、ガッ!」
「グフッ」
ロイが顔をのぞかせた瞬間、衝撃波を放った主がロイの顔を蹴り飛ばし、そのまま盾ごとダイモも蹴り飛ばした。
「なんだぁ? 結構な気配あったからわざわざ来てやったのに、優男と木偶の坊と女二人かよ。しかも片方ガキじゃねぇか」
盾で遮られた視界が晴れ、その言葉の主をを正面から見ることが出来た。
シルエットはガタイのいい人間。しかし彼が人間でないことも同時に見て分かった。
額から伸びる捻じれた二対の黒角。黒い羽織が風にたなびいて見える隙間からは黒い獣のような体毛が見え隠れしている。
「二対の黒角と体毛……そんな、まさか……」
男の姿を見てケーデがその顔を恐怖に染める。
「お、あんた俺のこと知ってんのか。俺も有名になったもんだ……なっと!」
男は快活に笑うと、勢いよく斬りこんできたロイの剣を片手で受け止め、折れた盾を構えて突進してくるダイモを片足で止める。
「くそ! なんなんだよお前ぇ! なんでこんなところにいるんだよ!」
「ケーデ! アリアちゃんを連れて早く逃げろ!」
「無茶よ!」
「いいから! 早くギルドに伝えてくれ! 鬼神が出たって!」
鬼神……?
「あー……なんか盛り上がってるとこ悪いけど、この体勢疲れんだよ、な!」
男が勢いよくロイとダイモを突き飛ばす。二人は左右の薙ぎ倒された木にぶつかり、打ちどころが悪かったのか頭から血を流しぐったりと倒れた。
「いやぁぁぁあああああ!! ロイ! ダイモ!」
「ふん。俺もまだまだか。気配を見違うとは……さて、後はお前らだが、ちっとは抵抗はしてくれよ?」
友人二人のその姿を見て取り乱すケーデとあくまで見逃す気はないという男の言葉。
……仕方ない。
「ケーデさん。二人を連れて早くギルドに。伝えないといけないんでしょ?」
「ほお。チビッ子、なかなか度胸あるじゃないか。いいぜ。その度胸に免じて、テメェを殺すまでは後の三人に手出しをしないでやるよ」
「無茶よアリアちゃん!」
「いいから!」
それはケーデを叱咤するものであり、本来の目的は不意打ちだった。至近距離からの手刀での全力風刃を男の胸に向かって放つ。
俺に声に押し出されるようにケーデは立ち上がり、そういう魔法があるのかロイとダイモを浮かせて引き寄せると、そのまま走り出した。
「必ず助けを呼んでくるから!」
涙交じりの声を背中に受け、吹き飛んで砂塵の中に消えた男をじっと見る。
全力の、しかもあんな至近距離の風刃は前回の魔法障壁をぶち破る威力はあるんだけど……。
――たわけ。あの程度で死ぬ奴ではないぞ。
「そうみたいだな……」
砂塵の中でゆっくり立ち上がる人影が、少なくとも決定打に至らなかったことを示していた。
「はは、ははははっ、ハハハハハハハハハハハァ!! いいねぇ! やっぱり俺もやるじゃねぇかぁ! ちゃあんと生きのいいのがいたじゃねぇか!」
男は砂塵を振り払うと歓喜の声を上げ飛び掛かってくる。
――受けるな、飛びのけ!
とっさに防御態勢をとるが、ドラグニールの指示に従いギリギリで後ろに飛びのく。
「オラァ!」
男の殴った地面はまるで隕石でも落ちたクレーターのようになった。
「なっ!?」
「反応も上々! ガキの癖にやるじゃねぇか!」
クレータの底からひらひらと殴った手を振り好戦的な笑みで見上げる男。
あの様子……多分まだ本気じゃねぇんだろうな。
「あの雑魚共は俺のこと知ってるみたいだが、お前はどうも知らねぇみたいだな。どうせなら強い奴に知っといてほしいもんだが……いいか! よく聞いておけよ!」
男は指をさして叫ぶと跳躍し、目の前に着地する。
「四大魔王が一人、鬼神オーガだ! 覚えて……いや、今から死ぬんだから覚えても仕方ねぇな! ……まあいいか!」
男……オーガはにかりと笑うと、一瞬でその笑みを好戦的なものに変え、その拳は一瞬にして俺の腹を抉りぬいた。
「カハッ……!」
声にならない声。一瞬の浮遊感の後、地面に叩きつけられた衝撃が背中を襲う。
不意打ち……返しかよ……。
うめき声を上げながら殴られて激しい痛みを訴える腹に手をやったとき、あるはずの感触がなく目をやると、真っ赤に染まり風穴の空いた胴体だった。
「――は?」





