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あれだけ難航していたキャシーの婚約話であったが、本人の「嫁ぎます!」宣言後はあっという間にまとまった。

王宮での1年間の婚約期間を過ごすべく、一家総出でバタバタと支度が進められたのであった。


…嵐のような半年間だった。


「私、気付きましたの。どうせ嫁ぐなら将来敵対する可能性のある他領よりも、王家の方がまだマシだと!それに、クリストフ様から許可を頂きましたので、私は暫く王宮を出られませんが、人を招くことはできますの。招待状を届けさせますわ!会いにいらしてね!」


有無を言わさぬ怒涛のマシンガン口上に返答する余地すら与えず、王都からやって来た迎えの馬車に颯爽と乗り込むとキャシーは旅立って行った。


できることなら王宮には行きたくないが、キャシーのあの調子だとほぼ間違いなく逃れられないだろう。

最悪、「フラウ家のもと」を目一杯振りかけて行くしかない。

王子の婚約者は婚約してから1年間、婚約相手の王子以外の男性とは会わない、という仕来りがあるそうなので、無闇矢鱈と遭遇することはあるまい。

キャシーに頼まれた時はささっとキャシーにだけ会って帰って来よう。


私だってキャシーは可愛い。

公爵家の娘ということもあるのか、お国柄なのか、同じ年齢の頃の私よりも遥かにしっかりとしていて、芯が強い。

言動は強引に見えるが、人の機微に敏感なので嫌な思いをしたことはない。

妹であり時には姉のような、私にとって特別で大切な女の子なのだ。

…毎日スーハーされるのも慣れたし。


どんなに王家と関わりあいにならないぞ!と言う決意を固めても、可愛いキャシーにお願いされれば何やかんやで私も断れないと思う。

しかしながら、少なくともキャシーも王都での暮らしが落ち着くまではそれどころではないだろう。

悩んでいても仕方が無い。

その時はその時!


そもそも、王子に見初められ〜的な展開も現時点では単なる私の妄想に過ぎないのだ。

気持ちを切り替えて紅茶を飲み干すと、ふと現代から持ってきた鞄が目に入った。


そういえば私は異世界トリッパーなのだ。

王道の王子とラブロマンス的展開はたとえ訪れたとしても全力でお断りしたいとして、現代知識を活かして領地を盛り立てる!みたいな方向ならやってみてもいいんじゃないだろうか。


ただし、あくまで不自然じゃない範囲でのビジネスにしなければ、セイル領だけ急に先進化を図ろうとしているぞ!まさか独立するつもりなのでは?謀反の疑いあり!攻めろー!からのバッドエンド展開も考えられる。


また、美容用品で話題になれば、社交界で一目置かれるマダムも御用達!最近話題の化粧品を作っている商会の会頭とは?なんだそやつは!会ってみたいから王都へ連れて参れ!からの王子ルートも有り得る。


我ながらちょっと自意識過剰かな、とも思うけれど危機管理はとても大切だ。

あくまで私の目標は、地味だけれど優しい夫と幸せな暮らし、なのだ。

スリルもショックもサスペンスも求めていない。


そうなると、活かせる現代知識は限られて来る。

持っている資格と言えば普通自動車免許と漢字検定くらいだし、持ってきた鞄の中身も普段の仕事用の簡単な荷物しか入っていない。


そう、私は良くも悪くも凡人なのだ。


決して手先が不器用なわけではないが、売れるハンドクラフトを作るほどではなく、料理も下手ではないがあくまでレシピを見ながら作る家庭料理の域。オタクではあるが創作物を消費するだけのオタクなので絵も下手だし、文章だって自信が無い。


唯一自信があるものと言えば、友達に頼まれて手伝って作っていたアイドルコンサート用のデコ団扇だが、ガラパゴス文化過ぎて根付く気がしないし、そもそも団扇を振るためのアイドルがいない。


何かヒントが無いか、とゴソゴソ鞄を探っていると、静かに部屋のドアがノックされた。

返事を待って入ってきたのは最近仕え始めたばかりのメイドの女の子だった。


「リリー様、新しいお茶をお持ちしました」


「ありがとう。」


丁寧にお茶を淹れてくれてはいるのだが、まだ若いからか私の鞄への興味が隠し切れていない。

ここは人の意見を聞いてみるのも一興なのではないだろうか。


「何か気になるものある?」


「す、すみません!無礼な態度をとってしまい…」


「大丈夫!珍しいものだと思うから、見たくなるの仕方がないし。見られて困るようなものは出してないから、気にしなくていいよ。」


叱責を受けると思ったのか慌てて謝るメイドを宥めて、もう1度質問する。


「どれが1番気になる?」


そばかすの散った顔でゆっくりと見回すと、彼女はおずおずと指を伸ばした。


「これが…。これは人形?なのでしょうか?柔らかそうな素材でできていて可愛らしいので気になって…」


職場のロッカーの鍵に付けていた小さなぬいぐるみマスコットは、ペットボトル飲料のおまけでついてきたもので、決して特別な物ではなかったが、彼女の目はキラキラしている。


「こういう、布で出来た人形ってあんまりなかったりする?」


「…うちは貧乏貴族だったので知らないだけかもしれませんが、お人形と言えば人間の形をした硬いものが主流で、こういう柔らかいものは見たことがありません。」



…これ、いけるんじゃない?



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