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そんなこんなで結婚しろ、しないと揉めている間に王家側が痺れを切らしたらしく、婚約予定の王子自ら直々にセイル領にを訪問することが決まった。
視察も兼ねて3泊の滞在予定らしく、領地内は俄に活気付いた。
…普通、こんなにグダグダしていたら、代わりなんていくらでもいる、お前の娘等もういらん!的な展開になって話が流れるものかと思っていたので、王家がここまでするなんて正直言って意外だった。
王家にとって外せない婚姻ならまだしも、フラウ家と王家はもう十分に血の結び付きを深めている。逆に、フラウ家ばかり王家と婚姻を結びまくって反感を買わないのか心配になるくらいではあるが、他の有力貴族の娘は第2、第3王子と既に結婚しているので、継承順位の低い第4王子がまたフラウ家と結んだところで特に異論はないらしい。
かと言って第4王子が見縊られているのかというとそうでもなく、聞くところによるとキャシーの婚約相手(予定)のクリストフ様は、勉学にも武術にも秀でており、幼いながらも闘争心が強くしっかりとしたお人柄らしい。容姿も端麗で、音楽にも造詣が深いとか。
そんな立派な王子様に請われて嫁ぐなら政略結婚としては割と好条件だと思うのだけれど、今回の王子様電撃訪問の報せはキャシーには逆効果だったらしく
「我慢がきかない犬なんてお断りですわ!」
と、ぷりぷり怒って部屋へ篭ってしまった。
やっぱり私も巻き込まれて、キャシーと一緒に強制引きこもりの憂き目にあい、数日軟禁状態にあったのは言うまでもない。
そうして迎えた王子訪問。
みんなで宥め透かして渋々ホスト役を承諾したキャシーは、完璧な令嬢として隙無く武装していた。
普段はすぐに匂いを嗅ごうとしてくる危ない女の子だが、いざと言う時は公爵令嬢の顔でそつなく対応できる。
この切り替えの良さはまさしく王族向きだよなぁ、と個人的には思うのだけれど、本人にはその気が薄いので世の中はなかなか上手くいかないものだと思う。
私はと言うと特筆すべきこともなく、ただ静かにモブキャラとして王子を迎え、王子を見送った。
そう、何事も無く。
…鼻が利く王子の対抗策として私は今回秘密兵器を用意して臨んだのだ!
フラウ家の匂いをつければ誤魔化せるのでは、と思った私はフラウ家で1番濃密な香りを持つ、大奥様の着ていた服を借りようと思ったが、それは大奥様に断固拒否された。
獣を狩る時に獣の皮を被って気配を消すのは常識である。王家の血の強く混ざった大奥様の服ならうってつけだと思ったのだが、無理強いはできないので致し方ない。
ただし、ここで諦める私ではなかった!
鼻の利くユリウス様全面バックアップの元、国中のありとあらゆる香料をブレンドし、「フラウ家のもと」なる香水を作り出すことに成功したのだ!
…ちなみに制作期間は3日、香料はもともとフラウ家が所有しているものを使用したのでさほど手間は掛からなかった。
というのも、今回の目的はあくまでフラウ家の遠縁っぽく誤解させれば万々歳、くらいのものなので、完璧に再現する必要は無い。挨拶をしている短い時間に元の私の香りが誤魔化せればそれで良いのだ。
そうして訪れた唯一の接触は
「初めてお会いするね。失礼だけど匂いもフラウ家とは少し違うようだ。」
という王子の発言に対してサイラス様が
「最近養女に迎えたのです。」
と言う、嘘はついていないが大切なところ省きまくりの紹介をしてくれた時に軽く会釈をした程度だ。
やはり王族の鼻すごい!警察犬並!と恐怖心を植え付けられ、悪魔で嘘はつかずに上手に隠してくれたサイラス様の株が上がっただけの邂逅だった。
ありがとうサイラス様!ありがとう「フラウ家のもと」!
しかし一難去ってまた一難とはよく言ったもので、山場を越えたことに安心したのも束の間、クリストフ様が王都へ帰ると、あんなにも嫌がっていたキャシーが家族を集めて勝ち誇ったような顔で宣言したのだった。
「私、クリストフ様の元に嫁ぎますわ」
呆然とするフラウ家面々を見渡すと、キャシーは私に目を止めてにっこりと微笑んだ。
…嫌な予感しかしないんですけど。