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ここで話を冒頭のキャシーに戻そう。


ブルーム王国には現在、第一王子である26歳のウィリアムを筆頭に、10歳の第五王子ライアンまで5人の王子がいる。

その全員がまだ伴侶を迎えておらず、宰相でありフラウ家長男であるレオナルドは頭を抱えている。


というのも、第一王子のウィリアムの伴侶がなかなか決まらないのだ。


ブルーム王家の男は嗅覚が鋭い。

そのなかでも特に優れた嗅覚を持って生まれたウィリアム王子はその鋭い嗅覚が故に女性が苦手らしいのだ。


美人の基準が「香り」であるが故に、ブルーム王国の貴族は代々「香り」の強い女性と婚姻して継嗣を残してきた。

その結果、高位の女性貴族になればなるほど複雑で濃密かつ濃い香りがする。


フラウ家の女性たちも大奥様をはじめキャシーに至るまで、老若問わずみな外資系の香水のような強い香りを持っている。


ブルーム王国の女性たちが身に纏う華やかな芳香は彼にとっては毒にしかならず、同じ部屋にいるだけでも気分を害するらしい。


…なんともまあ、気の毒なことである。


ウィリアム王子自身は伴侶を探すことに意欲的であるにも関わらず、めぼしい貴族の娘は皆、生まれながらに強く華やかな香りを持った「美しい」娘ばかり。

では外国から妻を迎えよう、とも考えたがめぼしい家に釣り合う年頃の姫君がおらず、八方ふさがり。


そうしてとうとう、ウィリアム王子は結婚を諦めた。


幸い彼には弟が四人もいるため、王家の血統が途絶えることはない。今後も自身が伴侶を得ることがなく、継子が生まれなかった場合は弟の子を養子として迎え、継承権を与えると宣言した。


そうなってくると、兄の後ろで悠々としてきた弟殿下たちにお鉢が回ってくる。

すでに成人していた第二王子と第三王子は早々に伴侶を充てがわれ、第四王子と第五王子の許嫁も早々に決めてしまおう、と王は勇んで息子たちの嫁さがしに乗り出した。


キャシーは今年で12になった。

ブルーム王国での12歳と言えば、ひととおりの教養も身につけ終わり、女性として蕾も綻び始め、そろそろ良い人を見つける頃合ね、の意味だ。


キャシーは現セイル領主で公爵位を持つサイラスの娘だが、後継には男子のユリウスがいるため、必然的に余所に嫁ぐことになる。

そんな彼女に同い年の第四王子クリストフの許嫁として白羽の矢が立つのは至極当然のことだった。



「お父様、よお~く考えてごらんになって?私のような我儘放題に甘やかされた世間知らずの娘が「幼くも聡明で麗しい」とかつての先王陛下に言わしめた、あのクリストフ様に釣り合うとお思いですか?私、嫁いで愛想を尽かされるくらいならばいっそのこと、お会いする前にお断りされた方が心穏やかでいられますわ。可愛い娘が恥をかく前にどうぞお考えを改めてくださいませ。」


「…お前はこういう時だけ口が回るな。」


「キャシー、王家に嫁ぐというのはとても名誉なことなんだ。しかも姻戚関係を結んだら我がセイル領も安泰、伯父上たちも一安心で肩の荷が降りて万々歳、と良いことしかない。リリーのことは安心して僕に任せてくれて良い。」


「嫌ですわ!王家に嫁ぐとしてもリリーは連れて行きます!」


「考えてご覧、他所の世界から来ただけでも心細いのに、王宮なんかに連れて行くなんてリリーが可哀想だと思わないのか?リリーもようやくセイル領に馴染んで来たんだ。せめてこの地で穏やかに、事情を知っている者と過ごす方が幸せだろう?」


…すごーく個人的な含みがあるのは気になるが、確かにユリウス様の言う通り、ようやく馴染んだセイル領から外に出るのはまだ怖い。


まだフラウ家の人々以外とはまともに接触していないけれど、本当に私の香りが「好き嫌いの次元を超えて誰からも望まれる香り」であるのなら、トラブルに巻き込まれる可能性も大いにあるので、できることなら静かに気配を消して過ごしたいところではある。


この「香り」、こちらの世界に飛ばされて来た時に突然香るようになり、それ以来お風呂に入っても消えないので、やはり私の身体から発しているものなんだろうとは思うが、今まで全くそういうものと無縁だったので未だに慣れない。


ちなみに、貴族ではない一般市民の人々の大多数は他人にわかる程度の強い香りは持ってはいないらしい。もしくは、持ってはいるものの単純なあっさりした香りの人が多いらしく、フラウ家の人々ほど複雑で濃密な香りは高位貴族ならではの特性だとか。


また、鼻が利く人間であればこの「香り」によってどこの血統か大体の判断がつくらしいので、明らかに香りの系統が違う私がフラウ家にいるというのは、「ワケあり」ですと自ら公言しているようなものでもある。

フラウ家の「異界からの客人」の話は特に秘匿しているわけではなく、高位貴族なら大体みんな知っているらしいので、会えばほぼ間違いなく私の素性はバレる。


これでも想像力は豊かな方だ。

異世界人だとバレれば面倒なことに巻き込まれる予感しかしない。

進んだ文明の知識を求められたり、不吉な存在だと滅ぼされようとしたり、隣国同士で奪い合って戦争の火種になったりする展開をたくさん見てきた。


そんなヒロインたちの一生はまさに波瀾万丈!!


誰かの活躍を楽しく追うなら大好物だが、自分がプレイヤーになるのはまっぴらごめんだ。

もしも私があと10歳くらい若ければやる気もあったかもしれないが、最近アラサーに足を踏み入れた良い大人である。


…無理。体力的にも精神的にも無理。


そして思い出して欲しい。


「その優れた嗅覚故に強すぎる貴族女性の香りが毒となり結婚できない第一王子」

長年、ありとあらゆる小説や漫画やその他ありとあらゆる創作物に触れてきた…ぶっちゃけオタクの私にはなんとなくわかる。


これはフラグだと!!!


考えてみて欲しい。

異世界トリップして、誰もを魅了するけれど清らかで優しく甘い(ユリウス様がそう言った)香り持ち。

そこに女性の濃い香りが苦手な第一王子。


これはもう、『偶然出会ってしまって王子に請われて王宮へ、しかしそこは怖い王妃や王子を狙っていた令嬢たちの魔窟!あなたは王子に相応しくない!と毒を盛られたり、刺客を送られたりのドキドキハラハラ!現代知識を活かしてなんとか王子と結婚まで漕ぎ着けるものの、今度は王位争いに巻き込まれ…』みたいな物語ができあがる予感しかしない!!


わたし、なろうで読んだよ!

こういうの好きでたくさん読んだから知ってる!!

でも無理!私にはできない!


幸い、フラウ家に養子に迎えてもらい「リリー」という新しい名も貰ったので、無茶さえせずに大人しくしていれば領地内で静かに過ごせるはずなのだ。


これはもう全力で気配を消すしかない。


絶対に王子様(特に第一王子!)の印象に残らないように、静かに大人しく存在を消すべし。

そして貴族じゃなくて良いので領地内で素敵な人を見つけて、穏やかに毎日を過ごしたい。



「事情を知っている者だけで過ごしたいというのなら、個室を用意させて誰にも会わせずに私だけのリリーとして一生面倒を見るわ!ねぇリリー、可愛い妹のために一緒に王家に来てくださらない?それなら私も我慢して嫁ぐわ?いかが?」


「嫌ですこわいですごめんなさい」


「…ということなのでお父様、この婚約はお断りしてくださいまし!」


「どこで育て方を間違ったんだ…」



…領地内だけでもこれだけ大変なのだから、やはり絶対に出るべきではないと決意を新たにするのであった。



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