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ブルーム王国。


それがこの国の名前だ。

そのブルーム王国の中央南寄り、湾に面した広大な地域がフラウ家の所有するセイル領だ。

フラウ家は公爵の爵位を戴く由緒正しい貴族の家柄であり、領地内に金山を所有するため財政的にも豊かだ。

また、軍人を多く輩出する家系でもあり、王家とも度々婚姻関係を結んでいる。


賢君と名高い先王の治世を宰相として支えたジョシュア・フラウは、先先代の王弟殿下の愛娘であるアイリスを娶った。

2人の間には3人の息子が生まれ、長男のレオナルドは宰相として現王の右腕の呼び声高く、次男のサイラスはフラウ家の預かるセイル領を見事な手腕で統治し、年の離れた三男のヨハンは近衛の指揮官として華やかな活躍を誇っている。


レオナルドとヨハンは未だ独身で通しているが、サイラスは伯爵家から早々に美貌の妻を娶り、ユリウスとキャサリンという二子を設けた。

16歳のユリウスは王都の学園で優秀な成績を修め、領地で家庭教師をつけている12歳のキャサリンも才媛の呼び声高い。

そんな表向きはまさしく完璧なエリート貴族なのだ。


そう、表向きは。


「お願い、お願いよリリー!今夜こそ私のベッドで眠ってちょうだい!隣で眠るだけでいいの!何もしないわ!ほんとよ?だから今夜だけ、お願い!お願いよリリー…!」


「いやです。」


「なぜっ!?」


ソファで優雅にティータイムと洒落込んでいた私の膝の上に乗りかかる勢いで懇願するキャシーを軽くあしらっていると、背後から両肩にそっと手が添えられる。


「キャシー、あまり聞き分けの無いことを言うものではないよ。リリーは今夜、僕と共に過ごすのだからね。」


「…ユリウス様の冗談は面白いですね。」


「僕が君をからかっているとでも?君に会いたくてたまらないのに、王都の学園で教師のつまらない話に耐え忍んで勉学の日々をおくっている僕に、ほんの少しの情けもかけてはくれないというのかい?愛しいリリー。」


「ユリウス兄様と夜を共になどしたら、リリーが妊娠してしまいますわ!!」


「それは素敵だ。そうなれば愛しいリリーは僕の妻になる。」


「最低ですわ!!リリー、やはり私のベッドで眠ってちょうだい!一晩中守って差し上げるわ!」


「どちらも謹んでお断りします。」



実態はこれである。



この世界では人間はひとりひとり特有の「香り」を持つ。


この「香り」というのは比喩でもなんでもなく、ロマンがないのを承知の表現を使わせていただけば、「体臭がわかりやすい」ということだ。


特に女性の方がその傾向が顕著で、男性は好みの香りを持つ女性をより魅力的に感じるらしい。

この「香り」はこの世界では容姿や性格よりも重要視される。

生まれ持った香りが素晴らしければ素晴らしいほど、女性としての魅力や価値も高くなるのだ。


フラウ家の人々いわく私は「一日中抱きしめて嗅ぎ続けていたいほど堪らない」「フルーティーな甘さのなかにも凛とした爽やかさがある」「小悪魔のようにキュートで美味しそう」な香りだそうだ。

ブルーム王国の王家は代々鋭い嗅覚を持っているらしく、その王家と血が近いフラウ家の人々もまた、嗅覚が鋭い。

そんな彼らがここまで酔うほどの香り。それを私は持っているらしい。


いい匂いのする女ほどモテる。


一言で言ってしまえば簡単なように感じるが、いい匂いの定義は人によって異なると私は思う。

その持論をフラウ家の人々の前でこぼしたら、私の香りは好き嫌いの次元を超えて誰からも望まれる香りであって、如何に素晴らしいものかを延々と語られたので、以降は反論を諦めている。


つまるところ、この世界での私は望まなくともモテモテ街道を歩むことになってしまったのである。


そりゃ勿論、私だって女だしモテると悪い気はしない。

しかし考えてみてほしい。

自分に愛を囁く人が揃って恍惚とした表情で「すーはー」と至近距離で深呼吸をしてくるのだ。そこにロマンチック感など皆無である。

はっきり言って、変態に狙われている気しかしない。


私も初めて執事のバルトさんからフラウ家の説明を受けた時はやんごとなきお家感に震えた。優秀な美形一家の一員に加わるなんて、と恐れ多さに眩暈がしたものだが、今は別の意味で眩暈がする毎日である。


どうしてこうなった。

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